← 11月と12月の1行日記
10月31日、ハロウィンの朝は雨。今日はずーっと雨の予報で、モンスター達は地下に潜って騒いでいるのだろう。昨日のうちに楽しんだ方々の画像もたくさん SNS に流れている。今の時期の雨は球根を植えなさいという自然の催促で、スイセンなどは植える端から芽を伸ばして来る。そのまま花が咲くことはなくて、寒さがやって来るまでは低いままで、冬の間に花芽ができて、次の春になると早い内に咲き始める。チューリップはもう少しゆっくりしていて、ちょっとだけ伸びたかな? という微妙な姿が春まで続いた後で、暖かくなるとスッと伸びて花をつける。球根を買いに行こうかなー。パンジー苗も仕入れないと。
10月30日、コニファー、要するに杉やヒノキの仲間は、時々というか、常に投げ売りされている。見た目が綺麗な木から売れて行って、残ったものは何処となく人気なく売り場に並んだ後で、特価販売のコーナーに移るのである。こうして売られているものは挿し木で増やしたものが多くて、挿した枝によって樹形にクセが出ることも珍しくない。常に一方に曲がっているとか、片側にしか枝が出ないとか、根本から何本にも枝分かれして平行に立った枝ばかりだとか。いずれも、クリスマスツリーのような綺麗な形には育たない。そういうものが、売れ残りには多い。畑の周りの防風林とか、家の生垣に使うのであれば、取り立てて問題とはならないので、安価なのはありがたいことだ。但し、小さく育てるとは言え、やがて花粉を飛ばすのは覚悟しなければならない。
10月29日、朝からネットワークの無線アクセスポイント設置場所の確認。ホイホイホイっと簡単に済むと思っていたら、意外と緻密な作業で時間がかかった。電源、配線、設置可能な空間か、温度や湿気など問題ないか、利用者の便宜を考えるとどの位置が適切なのか、複数のアクセスポイントがあればそれらの相互の関係はどうするのか、など。建物に設置すると、その周辺にも電波は届くので、そういう使い方にも配慮しなければならない。資金がいくらでもあれば、大学の敷地にくまなくネットワークを届けたい所だろうか。いやそれは水道管を網の目のように張るのと同じことなのかも知れない。立ち会っていただいた方々に感謝。
10月28日、毎日リストアップしている arXiv のテンソルネットワーク関連の論文、抜けがあることも多い。キーワードとして tensor など重要なものが明示的に含まれていない場合には、内容から推測して当たりをつけて、中身をさらっと読んで確認する。spin chain とか XXZ とか Hubbard とか、オタク言語がその指標となる。量子化学分野では DMRG が当たり前のように使われているので、こちらはもうスルーしている。さて 10 月 8 日の論文がスッポリと抜けているとの指摘があった。確かに、手元で検索した形跡として残るメール送信記録がない。ネットワークの現地確認などの立ち合いをしているうちに、失念してしまったのだろう。危ない危ない、忘れないように工夫しなければ。でも、この作業はそろそろ AI に任せたいなーとも思う。検索フィルターを設計しようか。
10月27日、今日は有限温度のフェルミ気体。ここ何年か、フェルミ・ディラック積分を使う講義スタイルでやってきたけれども、どうも直感が沸きにくいし、計算量も大して節約できない気がして来たので、そろそろ積分を表に出す形に変えるべきかなーとも思う。講義ノートは AI に作ってもらうのが良いのかなー、毎年どこの大学でも講義されるようなものは資料も蓄積しているし、講義ノートが妙なものを出して来る可能性も低い。ついでに、言語を超えて学習して来るから、英語の膨大な資料についても参照した上で答えてくれるのがありがたい。AI 講師で十分ではないか、ということになったら、いよいよ講義は専門家による漫談の時間と化すのだろう。AI が漫談し出したらどうする?!
10月26日、水挿ししておいたアジサイを全て土に植える。まだ発根が十分ではないものもあるのだけれども、今からの季節であれば乾燥して萎れてしまうこともあまりないだろう。挿木苗はギャンブルのようなもので、発根せずに枯れてしまうこともあるし、調子良く育っているように見えて 1 年目、2 年目にあっさり枯れることも。早い段階で地植えした方が成績が良い。元々、アジサイは山に自生していた強い植物なので、大地に一度根付いてしまえば、少しくらい乾いても枯れるものではない。そういう意味で、アジサイの本体は根と根元にあるのではないかと思う。変わり咲きする品種は、どちらかというと弱いものが多い。それは仕方ないか。
10月25日、学生運動という言葉も一般には絶えて久しいのだろうか、今ではその結構な部分が政党に吸い取られている気がする。大昔には、若い世代が人口のかなりの部分を占めていて、血気盛んに色々な流派が全国に立った結果として「全学連」なるものが形成された。そのエネルギーは爆発的なもので、東大の入試が一年間凍結される事態にまで至っている。今は政治の主戦場が SNS という時代で、ネットメディアの上に学生運動の基盤がいくつか築かれつつはあるのだけれども、消長の激しいことも。鶏口牛後、長いものには巻かれるなという気概については評価したいものだ。
10月24日、情報ネットワークの管理は、水道屋さんと似ているのかも知れない。滞りなく流れている時には誰も何も意識しないのだけれども、止まったら大騒ぎになる。正常に流れていた時に、どこにあるどの配管を通って水が流れていたのかが、その時点でようやく判明するという事も珍しくない。あるはずの配管がそこに無くて、別の経路から水が流れているということも。知らない場所から水が漏れているとか、本来流れてはいけない場所に知らずと流れていたりとか。いずれも、水を情報のパケットに置き換えると、そのまま情報ネットワークという脆いシステムの現状を表す記述となる。大学でも wifi の接続が一般的となって来たので、使われていないポートもたくさんあるんだなー。そんな場所に無断配線がはびこる素因があったりもする。現地調査あるのみ。
10月23日、洗濯機の給水弁が壊れた。全体のシステムとして、何かが壊れる時には安全な方向にという設計思想があるようで、壊れると弁が開かなくなる。この状態で困るのか? というと、昔のことを考えると全然問題ない。そもそも2槽式の洗濯機の頃は、水道の蛇口からホースを使って、手動で給水していたのだから。というわけで、しばらくの間、洗濯する度に蛇口を開いて閉じて、という昭和を味わった。給水弁は修理部品として購入できるので、それに取り替えて修理完了。まあ、部品が一つ壊れたということは、他の部分もやがては壊れることだろう。樹脂の部分や、ゴムのパッキンは 20 年も保つものではないから。調べてみると、次にダメになるのは駆動のベルトあたりらしい。それを修理する強者も居るのだけれども、その場合には流石に買い直しとなるだろう。
10月22日、ラワン材というと、安い建材で、主に合板に使われるものという印象がある。材木としては縦に割れやすくて、比較的柔らかいけれども木口は硬くて、丁寧に扱う気力が湧いてこないようなイメージを持っていた。最近になってラワンというのが色々な材木の総称であることを知って、どんなのがあるのかなーと調べて回ると、緻密なものもあるのだと気づいた。手間をかけると、それなりに美しい仕上がりになる。年輪がないので、正目と板目を気にせずに、円柱のようなものも切り出せてしまうのが特徴の一つかも。よーく眺めると、一応は正目、板目の方向はあるらしいのだけれど、遠目には気づかない。カンナをかけづらいという特徴もあるか。まあそれも個性なのかな。
10月21日、バイオリンの弦の間隔、意外と狭いのであった。糸巻きに近い方の、いわゆる上駒の所でわずかに 5.5 mm しかない。弦一本だけに触れる限界くらいで、ギター演奏家の目で見ると窮屈なサイズだ。ギターを小さくしたようなウクレレでも弦の間隔は 10 mm を超えている。バイオリンの面白い所は、そこから弦が放射状に広がっていて、弓の当たる部分は見た目で倍くらいの間隔になっている。こうなるまでには試行錯誤があったようで、博物館に飾られているような古い楽器はサイズがマチマチだし、どちらかというと装飾品のような凝り方で作ってある。ちょっと木工してみようか。
10月20日、木枯らしっぽい風が吹く。今日を境に、暑いと感じる熱気が去るらしい。これから先のシーズンは、手荒れに用心しなければならない。心強い味方がオリーブオイル。浸透力が強くて、酸化しないのでベトつかない。講義でチョークを握った後は、よく手洗いして、オリーブオイルを垂らす。チョークの石灰は厄介で、荒れた肌に残っていると、汗の出ない時期にはたちまち肌を痛めてしまうので、さっさと水洗いすることが大切だ。同じような色や材質の合成物でチョークを作れそうなものなのだけれども、あんなに安価ではないのだろう。分解しない素材だったら、かえって危ないかな。合成物は、それはそれで厄介かも。
10月19日、木を削る方法を思案する。小口を削る時には、刃と木の接触面 (?) 接触線 (?!) を小さく保って、大きな力をかけなくてもサクッと削れるよう工夫する必要がある。また、刃物で削るよりもノコギリで切り取る方が早いのが普通だ。ある程度の所まではノコギリで切り取り、その後はクシの歯のようにノコギリを入れて、削る目標の所まで切削を容易にしておく。そして刃物で飛ばせる部分を飛ばして、最後に目標に向かって軽く軽く削り進めて行く。強い力はともかくかけない方が良い。削った断面が押しつぶされたように汚くなるし、刃が滑ったりすると怪我をする。滑った方の手が、どこかに当たって痛い目に遭う可能性も高い。木工は、少なくとも気分的には軽く仕上げるのがコツだ。
10月18日、街のあちこちでコンサートが開かれている。行きたいなーと思いつつ、そこで数時間を費やして戻って来るとなると、この秋の内に済ませておくべき畑仕事が丸一日延期となる。要するに先送り。ついでに、楽譜を読むという自己研鑽 (?) の時間も潰れてしまう。芸術を身につけるには良いものを見聞きして、というのが基本ではあるのだけれども、自分で練習しない限りは芸も身につかない。本業に目を向けると、解けないまま放置してある微分方程式もある。数値解で満足すれば良いのかなーと思ってみたり、積分形とか無限多項式で形式的に求まるまでで置いとくべきなのかとか、色々と思案する。というわけで、結局は畑をウロウロしている内に日がくれた。
10月17日、ギターとバイオリンの違いは? 色々とあるけれども、平面があるかどうか? というのは結構大きな違いだと思う。バイオリンの設計思想は薄く軽く頑丈に、ということで圧力に対して壊れにくいように、ほぼ全ての部分が曲面で構成されている。ギターの方は? 抱えて演奏する楽器なので、重たくても構わない。というわけで、音量重視で振動板は面積の広い平面で構成されている。それでは力学的に弱いので、裏側には添え木が貼り付けられている。ギターは弾く瞬間しか弦にエネルギーを与えられないので、それを無駄なく音に変える必要があるのだ。バイオリンは? 弓か無限のエネルギー (?!) が取り出せるし、演奏する人の体からも音が出ているという説があって、どうも本当らしい。知らんけど。
10月16日、ふらーっとやって来た方を重要な作業に加えてはならない。これは当たり前のことなのだけれども、うっかりしているといつの間にか、そんな感じになってしまうことは良くあることだ。政治を眺めていると、今まさにそのような混乱が生じているのではないだろうか。コアな部分というのは、同じ価値観を共有できる者で作業を進めるべきであって、少しくらいのボランティアを入れるべきではない。仮にボランティア参加を考えるならば、監督者を立てて何が起きても大丈夫なようにしておくのが肝要で、万博はこの点、うまく運営されていたのだろう。さて、色々と失敗の後始末しなければ。
10月15日、今日は月曜日の時間割で、朝から統計力学の講義。今日はフェルミ分布関数、ボーズ分布関数、そして T=0 のフェルミ縮退したガスの状態の前半。この辺りから、統計物理学は雑学に入る。広い意味で、物性に足を突っ込むと言って良い。よく、金属は縮退したフェルミ気体の典型と呼ばれるけれども、もう少し広い意味では固体として存在する物質のほとんどは、近似的にはフェルミ縮退していると言える。内殻電子が埋まっている所は、まあ縮退と見做しても粗い近似としては悪くない。そして、物質が何であれ、強く圧縮して行くとやがては金属化してしまう。金属水素については、できた、できないと議論が続いている所だけれども。
10月14日、朝顔もおしまい。イモ掘りの季節でもある。季節は進んで、さて次は何を畑で育てようかと思案する。素人の畑は、この辺りが抜けていて、考え始める頃には植え付けの時期を逸している。ジャガイモのように、年中植えられる無難な作物がないわけではない。ネギもそろそろ。キャベツの芯を水栽培しておいて、そのまま畑に植えるという裏技もある。コマツナなども、小さなものが根付きで売られ始めたから、外の葉だけいただいて、茎はそのま畑に植えるという手抜き栽培もいいか。素人の畑なので、誰にも揶揄されずに作付できるのが良い。海からの潮風、今日は夕方には雨が期待できそうだ。
10月13日、クリスマスツリーを飾る木は針葉樹と決まっている。杉っぽい木であれば何でも良い。松は、クリスマスツリーとしてはあまりカッコ良くない。ヒマラヤ杉の大木が一番クリスマスツリーらしい形をしている。大木とはいえ、放置するとトンデモナイ大きさまで育ってしまって、台風が来たら枝が落ちて来たり、最悪、根本から倒れてしまう。そこで芯を止めて、毎年のようにひとまわり小さく剪定するのが定石だ。この時に、木は上ほど伸びやすいことを忘れると、年々頭でっかちな妙な木になってしまう。今日は祭日ということで、平日としての論文検索の合間に、少しハサミを入れてみた。切ったように見えないような切り方が目指すところで、これはなかなか難しいのであった。
10月12日、カシュー塗料は、ちょっと不思議な所があって、塗ったままにしておくとなかなか硬くならないのに、少し乾いた時点でヤスリのようなもので傷を入れたり、表面に新たにデコボコが生じるように塗料を拭くように薄く塗ると、すぐに硬化する。すこーしだけ珪藻土のようなものを混ぜておくと同じ効果が得られるようで、最初から混ざっている下地材も売られている。ともかくも、凸凹になっている表面を何とかしようと、カマボコ板に紙やすりを貼り付けて、ガシガシと削ってみると、凹んだ部分はまだまだあるのに、部分的には木地が薄く出てきた。最初に、平らになるように削っておいたはずなのに、塗料の有機溶剤を吸って、微妙に狂ったのだ。まあこういう事もあるのが、木工の面白い所かも。
10月11日、高校の同窓会へ。年に一度、関西一円+αの地域に住まう高松高校卒業生の有志が集う。しばらく前までは、旧制の高松中学校や県立高等女学校の同窓会も合わせて開催だった。時の流れはあるもので、今では高松高校の卒業生のみとなった。香川という田舎だけあって、来賓にも名士がゾロゾロと。香川県知事も、この日ばかりは同窓生としてやって来る。(香川県知事が同窓生でない場合にはお声がけしないらしい、知らんけど。)今年は、来賓ではないけれども、とある政党の党首も少しの間だけいらっしゃった。参加者には世界のアチコチを渡り歩いたという方も珍しくなくて、色々と四方山話が聞けて楽しかった。そういえば、香川大学には理学部がなくて、今度は高松の駅前に私立の文理大学がやって来るのだとか。文理とは言っても、どちらかというと工科系らしくて、私のような理論物理屋では雇ってもらえそうにもない。
10月10日、その昔、大阪大学で現代物理学を学ぶオムニバス講義で、「無限に強い磁場も生成できることを示したら、一億円の予算がついた」と語るおじいさんに何となく本物を感じたことを覚えている。阪大強磁場の創設者、伊達宗行先生、色々と語録がある。「物理学者は実空間で考えるか、運動量空間で考えるか、いずれかである」とか「何を測定するか、選ぶ能力が大切」とか。珍しくパイプでタバコを吸う方で、よくパイプを水洗いしていた。今のようにキャンパス禁煙の時代だったら窮屈だったろうなーとも思う。そのオムニバス講義にはプラズマの専門家もやって来ていたような記憶も。コイルは Forec Free に配置するとか言ってて、なるほど巨大な装置では比較的弱い磁場でも大きな力が発生してしまうものだと思った。じゃあ Force Free な強磁場発生は可能なの?! という疑問はずーっと抱えたまま。ようやく今頃になって、もう一度本気で考えてみるか、と、ノートを掘り返している。
10月 9 日、板金加工というのはトンデモナイ超絶技巧だと思う。普通に板を叩いても、まあ上手く行ってフライパン程度のものしか出来ないだろうと想像してしまうのだけれども、名人はヤカンまで作ってしまう。それを可能にする合金という素材が、大昔から人類の共有財産であったのも興味深い。昔の金属製品にはヒ素や鉛など有毒な不純物も結構含まれていたらしいのだけれども。銅のサビは無毒と言っても、昔々の世代の方々にはなかなか理解してもらえない。それはそうと、金属円板を叩いて半球にする時、それぞれの部分がどれだけ伸び縮みするのか? という数学的な写像の問題はけっこう楽しめる。そんなに一筋縄ではない。
10月 8 日、青ヶ島が台風のど真ん中に入ったらしい、という X ポストが流れて来るかと思いきや、現地は停電となったのか、通信が途絶えてしまった。青ヶ島に一箇所だけある信号は、果たして無事だろうか。八丈島は電力も生きているようで、さすがは東京都だと思った。ふと思ったのが、太平洋戦争に入る頃の南の島々は、どこの県だったのだ? ということ。どこまでも広い東京都だったのかなー。今は AI に質問しさえすれば、サッサと答えが戻って来るのだけれども、青空を眺めつつ思索を巡らせるのも楽しい。今朝の神戸は、ちょっと涼しい。これからは夕暮れ時が寒くなって来るのかな。
10月 7 日、神戸大学の百年記念館の眺めが、どうやらツーリスト向けの撮影スポットとして認識されているらしくて、観光客がたくさんやって来ている。ちょうどスタバがあるので、コーヒーが飲めるというのも人気の要因かもしれない。これが生協の自動販売機だったら ... とは想像しないでおこう。まあ今の時期だから、というのもあると思う。厳冬期には、いやいや、確か真冬の時期にも見かけたぞ? 神戸には小さいながらもスキー場もあって、冬もまた手軽に観光できる良い時期なのかもしれない。一番避けたいのが真夏。ようやく夏の暑さも去って ... ところが今日は何だか暑い。台風のイタズラか。
10月 6 日、統計力学の後半、まずは密度行列についてサラリとさらって ... 足をすくわれた。規格化した密度行列から話を始めたはずが、途中でいつの間にか企画化されていないものになっていた、というのが「うっかり」の正体。普段はどちらも適当に使ってるから気が付かないのだ。キッチリと抗議する時には、この辺りにも気を配らないとダメだなあ。気を取り直して、Fermi系と Bose系の固有状態の取り扱い。こちらは、前期の間に生成・消滅演算子を使ってまとめておいたから、割とスンナリと進んだ。つもり。場の理論は何度でも何度でも復習して身につくものでもあるから。
10月 5 日、畑から色々と夏のものを取り除き始める。カボチャはもうツルが枯れてしまったので、実だけ収穫して、あとは土に戻す。サツマイモも、もう収穫して大丈夫かな。ついでに植えておいたアサガオも、膨らんでいるタネはツルごと収穫しておけば、あとは自然に成熟する。大きくなる時点ですでに種の構造は出来上がっていて、あとは乾燥するだけのようだ。木々も、秋の剪定の時期。花芽が夏につくような樹木であっても、枝先を全部切り捨てるようなことさえしなければ、いつの時期でも剪定できる。大きく育ちすぎた木は、バッサリと枝を減らすことも必要だ。秋は作業量が多いなー。今日も神戸駅の方では、幾つかのコンサートが開催されていたようだ。行きたい所がいくつもある中から、その日の時間を選ぶのがストイックな楽しみなのかも。
10月 4 日、秋の日はコンサートがあちこちで催されている。行きたいなーとは思いつつも、今日は家事に専念する。寿司の仕込みに入った段階で、どこに出かける時間も無くなるのだ。それくらい、寿司は食材の仕入れから始まって具材の仕込み、酢飯づくり、具材を合わせての盛り付けと手間がかかる。寿司屋さんは仕事としてたくさん一気に作るから、あの程度の値段で出せるのだと実感できる。手をかけて作ったものは、一気に食べるのが良い。あっという間になくなったら、食後の時間も楽しめる。食べきれないほど作るのはよくない。来週もまた、コンサートだらけだなー。
10月 3 日、物理モデルで色々と計算する時に、計算すれば結果が出るのだからどう計算しても良いだろうと考える進め方もあるし、幾つかの解析方法のどれが一番、直感的に楽に結果に到達できるだろうかと考える進め方もある。一見すると後者の方がスマートに見えるのだけれども、往々にして策士策に溺れるという失敗に遭遇する。進められる計算については、枝葉を狩らずに進めてみるという、素朴な手段もキープしておける内はキープして、必要があればいつでも計算して見せるくらいの準備はしておくのが無難だ。それにしても、複素積分自分の研究に正面切って使うことになるとは思わなかったなー。
10月 2 日、冷凍食品は年中同じように売ってるだろう、と思いきや ... これは売ってるはずだと確信して買い求めに行くと、探して探しても遭遇しない。料理には季節感というものがあるから、その時期に出回る食材に合わせて、冷凍食品もケースに並ぶ。そもそも、冷凍のものは氷やアイスクリームは別として、商品の回転が悪いので、宅配にシフトしてしまっている。冷凍でナントカを仕入れようと思えば、パソコンを開いてポチるのが正解なようだ。配送料はかかるけれども、わざわざ遠くまで電車に乗って探しに行くことを考えれば、十分にリーズナブルと言えるか。いや、そもそも、その日に出回るものを買って来てそのまま食べるのが経済的なのかも。
10月 1 日、枝豆を茹でるとアクが出る。そのままでも大きな問題にはならないのだけれども、湯切りした時にアクが豆に乗って汚れてしまうので、スプーンですくって捨てる。後から後から次々とアクが浮かんで来るので、その都度ホイホイと。いい香りが漂ってきたら、もう茹で上がっているので、ザルに上げる。ザルとは言ってもステンレスの金網のものだ。どうしても竹ザルが欲しかったら 100 円で売っているので、それを洗って茹で干ししてから使う。加熱して変形したザルを、たこ糸で補修したりするのも楽しいかも。ああもう 10 月になってしまった、今日はセミナーの打ち合わせだ。
9 月30日、同じ楽譜を演奏しても、楽器によって聞こえ方が全然違って来る。オルガンのように持続音が出るものと、ピアノやチェンバロのように減衰する場合の違いは明らかなのだけれども、もっと不思議なのが弦楽。スーッとアタックなしで音を出せるのが弓で演奏する弦の特徴で、よくよく聴くとトンデモない不協和音でも、曲の進行によって解決される方向の和音であれば耳に触ることがない。コーラスも同じように使える。管楽器も無理ではないけれども、金管では出だしが目立ってしまう。ともかくこういう騙し (?) はピアノはもとより、音の出だしがハッキリとしているオルガンでも困難なことだ。楽曲を耳コピする時には、ともかく弦に要注意、あれは手強い。
9 月29日、バイオリンの胴体のサイズってどれくらいだろうか? と調べて回って、縦がおおよそ 35 cm 強、横幅が 20 cm くらいと知った。意外に細いのが、最もくびれた部分で 10 cm ほどしかない。大昔からこんな形だったのだろうかと調べて行くと、細長かったり、ひょうたんや洋梨のようだったり、ギターの小さい形だったり。弓で演奏するので細いところが細いという、演奏上の都合でこんな形になったらしい。これくらい小さければ、ベニヤ板でも切って、ちょっと作ってみようか? という気になって来る。横幅が 10 cm くらいある角材から切り出して貼り合わせるという手もあるか。それを曲面加工するには工具から作らないといけないな。音はどのみちマイクで拾うから、妙なバカ鳴りしないように重たく硬く造るのが無難だろうか。
9 月28日、トマトの生育がパッタリと止まって、季節が移って行くのだなーと思っていたら、単に枯れ始めた。どうやら連作障害のようだ。農作物の中には連作を嫌うものが結構あって、農家の方々はどういう風に土地を使い回しているのだろうかと不思議に思う。最もリッチなのが土地を 1 年休ませるという昔ながらの方法だろうか。海辺の畑のように、あまり広くない菜園ではなかなか使えない手だ。ネギを植えるという強力な方法があって、これはなかなか良いのだけれども、ネギばっかり食べると飽きがくる。稲や麦もまあまあ良いのだけれども、穀物は買えばいくらでも安く手に入る。来年は葉物野菜にするか。
9 月27日、何度も書いているのだけれど、立ち木の調子がおかしい。葉が枯れて、どんどん落ちて来る。少し調べてみようと枝を切ってみると、一見すると緑の断面で何も問題ないように見えるのだけれども、よくよく眺めると芯の真ん中が茶色い。導管に菌が入った証拠だ。こうなったら、もう打つ手がないので、そのような枝を全て切り払った。頼みの綱は根本からのひこばえで、これから先に少しでも生えて来てくれたらラッキーだ。根本から伸びた芽には土を少しかけておくと、枝の途中から発根して新たな株になる。そうなったらいいな、いいな。
9 月26日、情報ネットワークは生き物で、最新の機器はすぐに古いものへと変化してしまう。こういう配線であったはず、という設計図というか設定表を信じて現地に赴くと、記録にない配線が何本も伸びていることがある。配線は接続されているけれども、データが通っていない線も多い。今の時代、パソコンを帰る時にシャットダウンする人がどれくらい居るのだろうか、落ちていれば当然ながらデータ通信も途切れる。配線接続先の部屋を確認に行くと、そもそも部屋に入れないことや、仮に入れたとしても机や本棚の裏に配線が隠れてしまっていて、確認作業が難儀することもある。ガスや水道管や下水などの点検をする方々も、きっとこんな感じなのだろうと思う。
9 月25日、カシュー塗装のコツが段々とわかって来た。ともかく薄く塗るのがポイントで、製菓に使うゴムベラのようなもので、ゆっくりと塗り広げて行くのが確実だ。シンナーで薄めるといくらでも薄くなるのだけれども、既に塗ってある面がシンナーを吸い込んで行くことと、結果として使用する溶剤の量が増えてしまうので、健康に良くない。竹べらのようなものを使って、意図的に筋が入った状態でムラ塗りすると乾燥が速い。ただ、この方法では綺麗な面が出ないので、下地塗りにしか使えない。角の部分を綺麗に塗るのは難しくて、仕方がないから最終的には削って磨いて仕上げようか。
9 月24日、丸いカボチャに包丁を入れる。この時に、一気に切ろうとすると突然刃が横に寝たり、思わぬ方向へと刃が切れ込んでヒヤリとしかねない。包丁の切先を使って、まずはヘタを取るなどして小さな切れ込みを確実に入れて、そこからジワジワと切り広げるのが安全だ。包丁にかかる力は接触面積と関係しているので、細長い果物ナイフのようなものが大きな包丁よりも使い易いこともある。これらは普通に売っている大きさのカボチャの場合。ハロウィンに使うカボチャの中には、とても表面が硬くて裏から切るのも難儀なことがあるので、こんな場合にはノコギリの出番となる。これがウリ科の植物かと思うほどヘンテコな形のカボチャも、花を見るとスイカなどにもよく似ている。今日はカボチャ三昧の三食を過ごすか。
9 月23日、新米の季節になると、例年では半額米がチラホラと目立つのだけれども、今年はどうも様子が違う。ちょっと怖いのが、現在の販売価格が実勢的に半額であるという見立て。つまり、新米はどんどん高値で取引されるという悪い予感のような、いやいやそれが適正価格であるという感触。こういう微妙な時だけに、政治空白はあって欲しくないなーとは思うのだけれども、与野党議員が全員揃っていても今の国会の勢力分布でどうにかなるのか? という気もする。やっぱり解散風が吹くのだろうか。おおよそ 2 年に 1 度は衆議院選挙があるとか、ないとか。秋の祭りは長く続きそうだ。
9 月22日、昨日に集中して使ったエネルギーを補充するために、今日は休み休み動く。時々は横になって ... しかしながら、とある問題の座標系の取り方が気になってしまう。最初に取り付きやすい座標系を使うのか、それとも後々に便利な座標系を使うのか? プロとしては後者を選びたいのだけれども、前者もまた捨てがたいものがある。途中で座標の使い方を変えるというのが良いのかも知れないけれど、無用の記述と指摘されるのがオチだろう。ということは、その便利な座標系をうまく導入するステップの幾つかを自然に組み上げる方法を考えなければならない。うーん、どうしようか。
9 月21日、秋のマリンライナー、大きな荷物の西欧の方々は茶屋町で降りて、宇野行きへと吸い込まれて行った。そのまま直島まで行くのだろう。瀬戸内がエーゲ海だと何とか、そんな表現もあるらしい。海辺の楽しさは世界共通だろうか、毎日何か新しいものに出会える。何かが流れて来るパターンもあれば、洗い流されて埋まっていたようなものが出てくるパターンもある。流木を拾い上げてアートにするのは大昔からの定番の芸で、田舎のお屋敷の床の間に飾ってあったりもしたものだ。大きな巻き貝もあったかな。島へ渡った観光客は島々を眺めて、どんな気持ちになるのだろうか。
9 月20日、成田の三里塚から野菜が届く。産地直送の元祖とも言える成田の野菜、配送している組合 (?) は幾つかあって、その中から比較的モダンな取り組みをしているワンパックを利用している。今回はオクラや空芯菜、カボチャなどが届く。ネギは放置しておくとドンドン溶けてしまうので、洗って綺麗な部分だけを取り出して、ラップに包んで冷蔵庫へ。クズの部分からは強いネギの香りが立ちのぼる。ネギなのだからネギの香りがするのは当たり前?! いや、普通に買って来るネギはそんなに強くは香らない。土地の力を使って自然に育ったものの中から、虫に食われなかったものが送られて来たのだ。冷蔵庫のネギはサッサといただくことにしよう。
9 月19日、秋風が吹くと、来年の講義担当を考える時期となる。大学の講義って、どんなふうに組み立てるのか? と不思議に思われることがあるかも知れない。一般的には、教員が講義ノートを作成して、それに基づいて講義を進める。頭の中に全てが入っていて、チョーク一本で進めて行くというスタイルの方もいらっしゃる。そんな風に講義するよりも、定評のある教科書を選んで来て、読み上げるように講義する方が効果的だと考える方も。正解がないのが講義なのだろう。ともかくも、講義経験は若いうちに積むのが良いと思う。体力が落ちてくると、講義をマトモに組み上げようという気力が尽きるのか、どうしても定型的な講義に陥りやすくて、講義の中に新しい学問の芽も入れて行こうとか、そんな創意工夫が面倒になる。いかんのー。
9 月18日、朝は快晴。嵐の前の静けさなのだろうかと思いつつ、まだ夏の熱気が漂っている中を通勤して、大学までやって来る。車窓からは雨の降っている場所もチラホラと目にしたのだけれども、六甲の丘の上では待てど暮らせど何も降らない。いや、一瞬だけパラパラと降ったかも知れない。しかし地面が湿ることはなく、薄日さえ射すようになって来た。期待ハズレとはこのことかと。気になって海辺の畑の辺りの雨量を確認してみると、これまた期待ハズレ。こういうことがあるから、雨の予報があっても朝夕の水やりは欠かせないのだ。根がおかしくなったら、収穫がパーになってしまう。農家の人々は凄いなーと常々思う。そんな思索を巡らせている内におやつ時になって、ようやく本番の雨が ... 来たかな?!
9 月17日、今日が夏の最後の日、今日が夏の最後の日、今日が夏の最後の日、そう信じたいものだ。神戸大学は山の中腹にあるので、夕方になると山から涼しい風が吹いてくる。海辺の自宅や畑もきっと涼しいのだろうと思いつつ、山を降りると段々と暑くなって、山手幹線までやって来ると夜も昼間のように暑い。自動車やエアコンが、いかに熱エネルギーの発生源であるのか、またコンクリートという蓄熱体の威力を見せつけられる。電車に乗って海辺まで戻ると、開けた浜を渡る風もあって、それなりには涼しいのだけれども、海水温が高くてまだまだ夏の夜という感じだ。これはもう、雨が降って、秋風が吹くのを待つしかないか。今日が夏の最後の日、そうであれ。
9 月16日、畑でヤブ蚊に刺される頻度が今週はとても減った。辺りを飛び回るトンボが片端から捕食しているらしい。そういえば堆肥の辺りを飛ぶハエも随分と減った気がする。辺りがクモだらけになっているからだろう。季節がめぐる温帯ならではの光景なのかもしれない。果樹の葉は毛虫や芋虫に食べられ放題、その虫たちも大きくなってサナギになろうかという時に、姿が突然見えなくなる。無事にサナギになったのか、あるいは鳥に食われたのか。イモムシの中でもスズメガの幼虫は巨大で、よくよく見れば美味しそうにも見える。今の地球大気の酸素濃度では、それより大きな昆虫は活動できないのかな。そう言えば今日は職場で、スズメバチの巣を撤去するそうだ。どんな巣なのかなー。
9 月15日、清々しい秋の一日が過ごせるのかと思いきや、朝方になって窓を開けると既に熱風。しばらく屋外で畑作業しているだけで、何となく体力が抜けて行ってしまう。こういう、少し疲れた時にギックリ腰がやって来やすいので用心用心。水を飲んで、何度も休み時間を作って。しかし、用心していてもどこかしら傷めるもので、利き足の側の筋肉を一部だけ痛めてしまった。特定の動作をした時だけ、わずかに痛い程度で済んで良かった。どこが傷んでいるかは企業秘密にしておこう。野生動物は、バッタリと倒れてしまう直前まで、何事もないように活動するらしい。幸い、まだ電車やバスで座席を譲られたことは一度もない。
9 月14日、今の時期のリンゴは出始めで、例年だとまだ何となく物足りないのだけれど、今年はあら美味しい。夏の天候が良かったのだろう。豊作なのか、値段もまたとても安い。同じように並んでいるナシの半額くらいだろうか。リンゴもナシも、当たり外れはあるので、なるべく玉が小さくて沢山入っているお買い得品を狙う。そういう、小ぶりなものからは沢山の種が取れるので、苗を作って楽しむのにも良い。自分だけのリンゴの品種、ナシの品種、美味しくても美味しくなくても愛でたいものだ。だいたい、屋外で何もせずに実らせたものは、カラスやヒヨドリのエサになるのが関の山。野鳥が寄ってくるだけでも楽しいではないか。
9 月13日、畑の小高い場所にあるラベンダーの秋の手入れを始める。まだ気温が高いので、ちょっと気を使う作業にはなるのだけれども、雲が出て湿気もあって、強く切っても枯れ込まないだろうという判断で進めてゆく。本当は枝の流れをよく眺めてからバッサリと枝ごと切って行くのが効率良いのだろうけれども、茂りすぎていると枝も見えない。そこで、まずは今年伸び始めたであろう場所まで刈り込んで、そのあとで枝を分けて絡んだ部分や枯れた部分を取り除く。この作業中にポキっと折れる枝もあるけれども、あまり気にしないでおく。元気な枝はそんな風に折れないものだから、折れたものは折れる運命にあったのだ。しばらく作業したら、流石に精神力が持たなくなって撤収。
9 月12日、平面上に同心円状に配置されたコイルがあって、流れる電流が中心軸からの距離 r の 2 乗に反比例する状況設定を考える。中心付近で電流値がとても大きくなるので、その辺りには小さな穴が空いていると考えよう。また、無限遠についても、どこか遠くで電流値が 0 に落ちると考えておくのが無難だ。ともかくも、こういう状況の下で発生する磁場はソコソコ単純で、平面を挟んで上下に放射状に広がる磁場の配置となる。理想流体と真空中の磁場には良い対応があって、小さな穴の周囲の非圧縮流体をイメージすると良い。では穴の大きさが有限の半径を持つ円であれば? ええと、微分方程式の解を何とかして求めなければ ...
9 月11日、夜半に雨が降ってやれやれ夏も一段落、ようやく秋の入り口に立った気分になれた。この雨で新芽を出した木々もある。よくよく観察すると、空中湿度だけで発芽したような芽もあって、あまり育たない上に、どこか葉の色が悪い。これは早々に枝ごと枯れてしまうサインだ。うまく芽が伸びだ部分は、枝も綺麗に緑で、葉もツヤツヤとしている。この違いは木部がしっかりと働いて、水分が十分に吸い上げられているかどうか。木々の芯が腐っていたり、アリが入っていたりすると、どう頑張っても元の状態には戻せない。樹木というものは、基本的には気難しいもののようだ。
9 月10日、雨は出雲あたりまでやって来ているのだけれども、神戸は薄曇りというよりも、熱風が吹く夏の盛り。こういう時に畑の水が切れると作物が枯れてしまう。大切な実りの時期には、ザブザブと水をやるわけではないのだけれども、切れてしまうと元も子もないので、注意深く散水してから職場に向かう。そろそろ次の学期のことを考えて講義を組み立てておく必要がある。今年はどこを主眼にして、どう時間を確保した上で、どんな最新のネタに話を振って行くか。基礎的な学習科目にも最前線がチラホラとしているのが物理学というか、サイエンス全般の特徴なのだ。そもそも定説というものに穴が空いていない場合が「ない」のも、サイエンスらしい所かも。
9 月 9 日、9月9日午前9時99分99秒になると銀河鉄道がやって来てメーテルが才覚ある若者を機械部品にするべく銀河の旅へと連れて行く、そんな話だったっけ? 銀河鉄道999は、どちらかというと松本零士の後期の作品で、あまり毒気が無い方に入る。ワダチや大純情くん辺りが転換点のような気もする。読み直してみて凄く面白いのは男おいどんや大四畳半物語、その少し前のセクサロイドなど。その谷間に入ってるのがインセクトなどの短編。ひるあんどんも良いのでは? そういえばマンガもすっかり紙や墨汁から離れてしまったなーと、最近流行っている作品を眺めていて感じる。これはアニメでも同じか。新しいものが次々と現れるのは、それはそれで良いこと。表現の幅が広がったのかな。
9 月 8 日、登山家の方の映像がよく YouTube に流れて来る。なんだか、六甲山に登る回数が多いので、近くに住んでいる方なのかなーと思っていたら、三宮を飲み歩くという映像もあって、神戸に住んでいるのだそうな。今日に流れて来た動画では、冬山で遭難しかかったという体験談が語られていた。山中で氷ってしまって、夏頃に発見されるというホラーな (?) 結末でもおかしくない状況が、客観的にというか、いや主観的に興味津々に披露されている所に、精神的な強さを感じた。サイエンティストも見習うところがあるなーと。研究していると色々と頓挫することは多い。そこで自分を環境に照らして観察するというのは、大切なことだ。そうそう、今日は成績発表の日だ、何か問い合わせがあれば客観的に対応しよう。
9 月 7 日、テレビドラマを見る方ではないのだけれども、フォローしている SNS の方々から 19 番目のカルテがよく流れて来るので、ついつい試聴してしまう。主役の松本潤、なかなかシブくなったなーと感じる。ずーっと前に「スマイル」という、ほとんど救い難いテレビドラマで外国人の被疑者という救いのない役を演じていて、あれもなかなか良かったなーと。その「スマイル」は、恐らくはアランドロン主役の「暗黒街のふたり」が元ネタとなっていて、こちらの方は更に更に救難く、アランドロンは処刑台へと歩むのであった。フランス映画は怖いなーと。いや、向こうの人々にとっては、ハラキリで終わるサムライ映画もまた怖いのだろうか?! ともかくも、ほんわか終わった 19 番目のカルテ、続編を期待してしまうのであった。松本潤が白髪になった頃に。
9 月 6 日、しばらく前に棚を整理していたら、紙に乗せて干したままのザクロの種が出てきたので、バラバラにして畑に撒いておいた、というのが今日の前振り。去年に、半額になってスーパーマーケットの売り場に転がっていたザクロからジュースを絞ったカスを、丁寧に洗って干したものだ。果物の種の中には、モモや梅の種のように乾かすと終わってしまうものも多くて、芽が出るかなーと思案していたのだけれども、ちゃんと芽が生えて来た。発芽率も上々だ。こんなに沢山のザクロの木があっても仕方ないのだけれど、まあ今回発芽したものも育てられる所まで育ててみよう。狭いながらも海辺の畑のつもりなんだけれども、果樹園になってしまうのかなー。
9 月 5 日、神戸には有名なポートタワーがある。32 本の真っ直ぐなパイプを組み合わせた構造で、外形は双曲面になっている。近づいてみると、一本のパイプに見える部分も、階ごとにジョイントされていて、これが 1963 年に獲得されていた技術なのかと驚いてしまう。いま同じものを作ると、どんな素材で、どのように造るだろうか? 木造などというのも、現代の法律では可能なのかも知れない。さて、このような双曲面の形の導線を作って電流を流すと、電磁石として使うこともできる。こういう研究は既に行われているだろうと思いつつも、いくら検索しても出てこないので、とりあえず arXiv に投げておいた。古参の方々からコメントが降ってきたら、reference に追加して review article にまとめようかな。
9 月 4 日、朝から雨、というか朝だけ雨。海辺でもけっこう降ったので、神戸大学に登る道中は大変なのだろうかと心配したのだけれど、電車を降りる頃にはすっかり上がっていて、陽光もうっすらと差すように。基本的には曇り空なのが、とても有り難い。随分と暑さが違う。ただ、秋の気配は全くなくて、感じるのは昨日と同じように熱帯低気圧からの生暖かい風。一応は台風ということになっているけれど、台風のパワーなし。こういう状況をナメてはいけなくて、雨がたっぷり降ると、どこからでも崩れるのが六甲山の怖いところ。崖には近寄らないでおこう。
9 月 3 日、雨雨降れ降れ、前線が通過したはずなのだけれども、雨は瀬戸内海の沿岸だけをスキップして太平洋へと抜けてしまった。代わりに (?) 台風が近づいているらしいのだけれども、吹いて来るのは熱風ばかり。熱くて湿り気の ... 相対湿度の ... 低い空気は畑の作物を次々と枯らしてしまう。まだ、次の季節の苗を定植するのは早いのかなーと、ブツブツ唱えつつ今日も散水。少しだけ日照がかげっているのが救いだ。これから数日間のうちに雨が降るらしいのだけれど、さてどれくらい? 降っても、10 mm とかだったら畑にはお湿り程度にしかならない。たっぷり降ってほしいな。
9 月 2 日、座標系の取り方は物理学の要の一つ。同じように現象を記述するにしても、なるべくシンプルに見通しよく書き下せるのが良い座標系の取り方だ。計算機を使った数値解析をしていると、ついつい何でも力技で押さえつけてしまうので、このような考え方を忘れがちなのだけれども、計算機の限界が見え始めると、誰でも同じように (?!) なるべく計算資源が節約できる座標系を探し始める。普通は。というと、普通でないのは何かということになるのだけれども、資金を潤沢に使って計算機を回せば回すほど予算も更に付いて来るという需給構造ができてしまうと、傍目にはどうだろうかという状況が生じる。まあ、金は天下の回りものとも言われるのは確かで、大きな区分の資金は誰かが何処かに流すことによって、やがて小分けにして有効利用される。それが税金の正しい流れというものだろう。恐らくは。
9 月 1 日、暑かった夏も終わって ... 終わらなくて、いつの間にか 9 月になってしまった。万博にやって来た外国人には台風の恐ろしさも知ってもらえるのではと、以前は思っていたのだけれども、待てど暮らせどやって来ないのであった。この夏はどれだけ畑に散水すれば良いのだろうか。幸い、日照りには事欠かないので、前述のカボチャを初めとして、畑の作物は順調に育っている。これだけ日光があるのであれば、サツマイモも植えておくのであった。イモが全く育っていないわけでもなくて、自然に生えるヤマイモは、抜いても抜いても茂るばかりだ。どこかに芋があるはずなのだけれども、掘り出すとなると、とても大変なので、ムカゴをちょっといただく程度で満足している。大きな種芋が地下深くで育ってるのかなー。
7 月と 8 月の1行日記