←11月と12月の1行日記  

10月31日、arXiv プレプリントサーバーが予告なく更新停止。サーバーで何かあったのだろうか。普段から、火曜日には週末に溜まっていた投稿がドカッと公開されるので、もし火曜日の更新が止まると水曜日にトンデモない量(普段の3倍弱)のプレプリントが一気に公開されることになる。こうなると目視による拾い上げは、ほぼ不可能になって、キーワード検索などによる狙い撃ちとなる。なるべく的確なキーワードを設定したいものだと普段から思っているのだけれども、今のところは原子的に tensor matri(x, ces) dmrg renor fidel entrop(y, ic) entan(gle, glement) "density matrix" "density-matrix" などを次々と検索して行き、最後にざーっと new submission を眺めて、目の端に引っかかったものを粗く確認している。... と書いているうちに更新されて、やれやれ、さて目を通そう。

10月30日、マイクが音を捉える原理には色々とあるのだけれども、中でもひときわ秀逸なのが、カーボンマイクだと思う。その昔、素材も素子も何もない中で、適当にガサガサと詰まった粗目の炭の電気抵抗が、振動によって大きく変化することに気づいた人は偉大だと思うばかりだ。粗目のカーボンは、鉄板の上で砂糖を炭にすると容易に得られるので、誰でもカーボンマイクを作れる。その音質は? 耳にすると、ああ昔のトランシーバーや電話は、こんな音声だったなーと思い出す、懐かしい響きだ。今だと、ヴォーカルに被せるエフェクトの一つとして使えるだろうか。丸い音の低音の再現が全くマズいのが特徴で、これが音の持ち味にもなっている。また、全体的にガサガサ感があって、これは SP レコードの再生音にも共通する。さて脊椎動物の耳を眺めると、その仕組みはカーボンマイクに少し似ていて、どうしてあんな仕組みで豊な音が拾えるのかと、不思議にも思う。

10月29日、宅配業者のトラック、そのエンジンの音を何度も聴いていると耳に覚えてしまって、宅配便がやって来たことが音でわかる。そういう時にはサッサと家の門前へと出て行って、ドライバーがトラックから降りるのを待つ。やがて、引き戸を開ける音がして、荷物が降ろされる。ここで業者さんとご対面。大抵の場合は互いに顔見知りなので、すんなり荷物の受け渡しとなる。一方で、郵便局が何かを運んで来た時は、トラックの場所では受け取れずに、わざわざ門前まで運んで来て、表札を確認しての受け渡しとなる。まあ、どちらにも一理あるわけで、業者それぞれのスタイルで運んで来てくれれば問題ない。

10月28日、年に一度の、高校の同窓会に向かう。出席者は主に関西地区在住の母校卒業生で、同じく卒業生の来賓や、関東からわざわざ駆けつけた方なども集って、一年ぶりの再会を祝うのだ。卒業年次は問わないので、そこそこ (?) 若い方々も、お年を召された方々も、一緒に同じ時間を楽しむ。この同窓会活動で知り合った方も結構いて、10 年も続けて参加すると挨拶だけで結構な時間となるほどだ。色々と出し物があって、最後は校歌斉唱とエールでおしまい。その後は三々午後、同期だけの二次会・三次会へ。そうそう、会場のホテルでは G7 とか何とかいう国際的な会合があって、あたりは警察官だらけであった。また、私服っぽい服や背広を着た警官もたくさん居て、ちょっと面白かった。

10月27日、ハロウィンにはカボチャ。カボチャを栽培すると、スイカやウリに近縁の植物であることを再認識できる。葉が大きくて、ツルを伸ばして日光をたっぷりと浴びる。ただ、あれだけ葉があったとしても、どうしてあんなに大きく実るのか、見ていて不思議に感じる。スイカとかメロンも大きいには大きいけれど、水っぽいので何となく納得できる部分がある。一方でカボチャはギッシリと中身が詰まっている。うーん、光合成の力って凄いなーと驚きつつ、今の季節は毎日のようにカボチャを軽く煮て、さっさといただく。保存が効く野菜で、昔は冬に食べる野菜として重宝したのだろう。

10月26日、Appleシリコンを搭載した Mac のハードディスクは、MacOS のクリーンインストールなどを目的に、安易に消去しない方が良い。intel 搭載の頃は、ネットワークブートで立ち上げてから、ディスクユティリティーで内臓ディスクを消去し、その上に OS をインストールできた。今の Mac でも、その作業ができるだろうと思うと谷底に突き落とされる。ブート可能な外付けハードディスクをまず用意して、そこに OS をインストールしてから本体側の作業に入ることになってしまった。外付けディスクにも色々と注文が付く。OS を入れるには APFS でなければ駄目とか、あれやこれやと。こういう不毛な試行錯誤があるのもまた、パソコンが user 管理のものではなくなって来た証拠だろうか。

10月25日、スーパーでローズマリーを買って来る。挿し木して苗を作るのが目的だ。ローズマリーの挿し木は、まず失敗しない。それどころか、植木鉢の底に挟んでおくだけでも発根して育ち始める。とても頑強で、一度根付いたら少々乾燥しても枯れない。さて、挿し穂を作ったら、取り除いた葉が結構あったので、少し乾かしてからオリーブオイルに漬けた。そのままで充分に香りが移る。しばらくオイルを使ったら、鍋に取ってオイルを足して、煮出そうか。問題は、ローズマリーオイルが似合う料理を、それほど思い付かないことだ。けっこう香りが強いので、ドバドバと使うと料理の味を壊してしまう。うーん、まあ、まずは焼肉にでも少量だけ使ってみるか。

10月24日、カップヌードルの容器は、なかなか優れた植木鉢だ。室内で何かを栽培するならば土を入れて、そのまま軽く 1 年は鉢として使える。陶製の鉢は安いものなので、鉢だけを買った方が経済的ではあるのだけれども、一度は中身を賞味できることと、使い終わったらそのままゴミ袋に入れて捨てられる気軽さが良い。また、陶製の鉢に比べてとても軽い。内面が防水になっていて、熱容量が小さいという欠点はあるので、根腐れし易いものには使えない。また、根がパンパンに張ってしまうような強い作物を植えると紙が耐えられなくなって破れてしまう。破れても、そのまま使えはするけれども。

10月23日、獅子唐辛子のとても安価な見切り品があったので、ひと袋買って来た。調理の下準備をしてみると、何だかどれも硬い。まあそんなものもあるかなーと、縦に切ると種が黒くなっていたので、丁寧に種を取る。そして炒めてみて、一本かじる。まあまあうまい ... と、そこで火を吹いた。いわゆる、当たりの獅子唐辛子で、本気で辛いのであった。これはもう、冷やして薬味にして、少しずつ賞味するしかない。問題は、しばらくしてから手がヒリヒリして来たこと。冬のシモヤケには唐辛子を塗れ、と昔は言われていたことを思い出した。その薬効はともかくとして、手指の角質に染み込んでしまった唐辛子成分は、難儀なことに急には取れないのであった。オリーブオイルを塗って、そちらに辛味成分を移しつつ様子を見るか。

10月22日、クラシック音楽に日本歌曲という分野があるのを知ったのは最近のこと。それはまあ、古典ばっかり聴いていたら、同じ時代の日本の音楽はガチな邦楽なので、近代の西洋音楽と出会って以来の日本ならではの楽曲をスルーしてしまっても無理はないか。思い返してみると、実は昔から日本歌曲はよく聴いていた。合唱コンクールで披露される曲目は、かなりの割合で日本歌曲だ。ということは、合唱部・合唱サークルに所属して育った人々は、自然に日本楽曲に親しんでいるということになる。そんな人々の間では、林光の曲は既に古典なのかなー。YouTube にも色々と演奏が上がっているので、ぼちぼち聞いて行こうか。

10月21日、スーパーで拾った、骨付き豚リブ肉の半額品、豚の肩肉の半額品、鶏の胸肉の半額品。それぞれ別に調理するのは面倒臭いことこの上ないので、全部一度に、同じ鍋で調理することにした。まずは下処理から。温度管理がどうしても悪くなるショーケースの上で丸一日以上を過ごした肉なので、特に表面は良くない状態になっている。まずは熱湯をくぐらせて鰹のたたきのような半煮えにしてから、本番の調理に入る。鶏の胸肉はバサバサになり易いのだけれども、今日は豚肉と一緒にグツグツと。食べる時に塩分とオイルを足せば、バサバサ鶏肉でもそれなりに美味しい。こういう食べ方に慣れて来ると、フライドチキンがとても脂っこく感じるから味覚は不思議なものだ。

10月20日、2 年くらい Mac の不調と付き合って、OS の update で何とかなるだろうという希望は打ち砕かれ続けて来た。問題が Library の下にあるらしいことまでは何とかわかったのだけれども、そこから先が難儀。よし、と、思い立って、まずクリーンインストールしてから、外部ディスクに退避しておいたバックアップファイルを「いくつかのグループに分けて」順番にコピーすることにした。一応はシステムなどもバックアップしておこうか。ちょっと懸念があるのが、このような症状が出るのがグローバルネットワークの下であること。ウィルスだったら、この対処法では再び感染して努力が水の泡となる。まあ何事もやってみるまでは希望を捨てないでおこうか。

10月19日、日本大学への交付が停止となったことで世間一般に有名となった「私立大学等経常費補助金」、その補助金の交付の状況を追って行くと色々と興味深い。まず、交付の停止や大幅な減額となった場合、その理由が公開される。よくあるのが不祥事やお家騒動。入試の不正はかなりの重大事象として、必ず減額の対象となるようだ。逮捕者が出た場合も含め、新聞沙汰となるとかなり心証が悪くなるようだ。とある私立大学では、令和1年には7億円あった助成が、令和4年には3.4億円まで減額されている。令和2年に学生の逮捕者が出ているのだ。なお、助成を受けていない私立大学も沢山あって、経営がしっかりしているとか、とても独自色が強いとか、ともかくお上の干渉を受けたく無いとか、色々とあるらしい。それに比べると、国公立大学は特色がそれぞれあるとは言っても、運営の機構的にはどこも似たり寄ったりだと思えて来る。個人の感想に過ぎないのだけれども。

10月18日、大学のすぐ西側、細い川を渡った先に、小さな神社がある。いや、小さいのは拝殿で、神社の敷地はけっこう広々としている。川の水音が聞こえて、今のように住宅に囲まれる以前の昔は見通しも良かっただろう、いかにも神社という立地だ。不思議なのが、その場所に神社の由来を記したものが何もないということ。神社の呼び名も現地では全くわからない。不思議に思いつつ、昼休みの散歩で通りかかる時には一礼して何やかんやと祈る。ふと思い立って検索してみると、小川の随分と上流にある大土神社の別社で、大土平町にある厳島神社なのだそうな。ややこしいのが、篠原の氏神様である篠原厳島神社がすぐ近くにあること。大昔には別々のコミュニティーだったのだろうか。

10月17日、昨日、弁当の半額品に夜の買い物で遭遇する。もうお腹いっぱいなのだけれども、半額のまま廃棄されてしまうのはもったいないと思って購入、そのまま冷蔵庫へ。朝になって、まず品質をよく確認して、半額弁当のおかずを細かく刻んで鍋に放り込む。水 2 カップを投入して、ネギなど野菜を加えて煮立たせて、少しダシなどで味を整えた後で、半額弁当のご飯を投入。要するに雑炊。しばらく加熱して、ご飯がほぐれて来たら丼へ移し、カツオブシをまぶして出来上がり。これに梅干しでもと、思いかけてやめた。市販の弁当は案外塩辛いもので、更に梅干しでは塩分の摂りすぎとなる。なんだかんだで、半額品には目がない。それより安上がりに自炊するのは手間がかかって (?!) 面倒でもあり。

10月16日、最近、海外から修士課程・博士課程の学生になりたいというメールが届く。もちろん、常々このようなメールは届くのだけれども、特に最近多いのだ。これは文部科学省の奨学金申請と関係していて、今頃の時期から研究打ち合わせをして、各国大使館を通じて申請しなければ間に合わないのだ。履歴書を眺めると、既に教員として働いている方もよく見かける。まだまだ教育が浸透していない国々では、大学を卒業した数少ない人々が、直ちに教員として働けることが多いのだ。さて研究履歴を眺めてみると ... 安定化電源? ニュートン力学?? うーん、大抵の場合、こちらの大学院の専門とは擦り合わせできない分野からの応募で、メールを既読スルーすることになる。これは致し方ない。

10月15日、天気が良いので、海辺の神社まで散歩する。祭事なのか、お供え物がたくさん盛られていて、神職の方々が静かに仕事をして回っていた。そういえば、昔々のこと、田舎の小さな神社のお祭りが、こんな感じだったなーと思い出した。屋台が1軒やって来るか来ないかで、のぼり旗が立って、ワラで結界が張られていて、普段は見かけない神主さんが静かにお祓いをして、普通に一日が過ぎて行く。普段は見かけない、いや見かけている方だったのかも知れない、普通に野良作業のいで立ちで畑を耕していたり、木々の管理をしていたり。さて海辺の神社には、少し早いけれども七五三の親子三代もやって来る時期になって、おめでたい雰囲気になる。秋はいいなー。

10月14日、朝は曇っていて、午後から時々雨になる。今日は大学でゴソゴソと作業して、夕刻から近くのカフェで音楽イベントを楽しむ。今のいままで知らなかったのだけれども、坂道を登って松蔭女子大学の近くにある T 字の交差点からすぐ近くに、神戸大学の学生たちが共同経営しているカフェがある。そこで、時々イベントを行っているのだそうな。学生だけで運営していると言えば、駅前の知るカフェも有名だけれども、あちらは就職活動の場で、運営も全国区だ。今日の行き先の ink BOOKS & COFFEE は完全に独立で、誰でも立ち入れる。まあ、立地から言って大学関係者がメインとなるのは必至なのだけれども。ともかくも、面白い企画だった。

10月13日、丸一日経った今頃になって、なごや嬢が名古屋城のダジャレであることに気づいて脱力した。さて今日は、たまにはリッチなものを頂こうというわけで、生協で仕入れた「ぶぶか焼きそば」なるものを作って賞味した。ソバだけだと途中で飽きが来るだろうと、まずはピーマンと長ネギを油で炒めておいて、作りたてのカップ焼きそばを器に盛り、野菜を添えて出来上がり。なるほど、これが油そばラーメンで知られる「ぶぶか」が監修した味わいか。インスタント食品をいただくと、うまく味を落とし込んでいるなーと毎度のごとく感じ入る。今度はチキンラーメンにしようか。

10月12日、なごや嬢というお菓子を頂戴した。なんとか姫という名前の食べ物はよく見かけるのだけれども「嬢」は恐らく初めてだ。なごや嬢のパッケージはピンク色で、縦カールの髪の女性が描かれている。今はジェンダー何とかの時代なので、2020年代ではなかなか打ち出せない商品名かも知れない。そういえば昭和の頃のイチゴには女峰というのもあったっけ。栃木県にある女峰山に由来するのだそうな。ところで、漢字の姫は書けても嬢はなかなか難しい。坊ちゃん嬢ちゃん、という表現では坊と嬢が対になっていて、昔は男女で子供の頭髪が分かれていたのかなーと。

10月11日、秋晴れとなったので、バスで神戸大学よりも先の鶴甲団地まで登ってみる。そこまでバスに乗ったのは初めてで、また鶴甲団地という終点が存在しないことも初めて知った。降車した後のバスは、そのまま次のバス停へと向かって発進し、坂を下って行った。理学部まで降りる道は幾つかあるのだけれども、なるべく車道を通らないようにまず鶴甲第二キャンパスに入り、道を渡って鶴甲第一キャンパスに入り、そこから工学部を経由して芝生の広場に出て、百年史記念会館を眺めつつ戻って来た。桜が少し紅葉し始めていたり、カキが実っていたり、少しだけ秋っぽくなったかなー。遠足の後は、再び MacOS の不調の原因を探る。iconservicesagent workloop というメッセージはあるのだけれども、これで検索しても何もヒットしない。うーむ。

10月10日、この連休から長袖シャツを着始めた。寒く感じたら運動するなどして調整して来たのだけれども、そろそろ限界だ。ただ、山を登る時にはまだ T シャツ一枚くらいでないと汗だくになってしまう。着たり脱いだり半袖にしたり羽織るだけにしたりと、色々と面倒な時期に差し掛かって、それを楽しむのが秋なのだろう。今日は昼頃に空が暗くなって、ひととき時雨が降った後に青空が戻って、日差しで暑くなったのでまたまた T シャツ 1 枚に逆戻り。夕方になるとスーっと気温が下がって来て、下山ジョギングを楽しめた。夏の間は下山もまた暑かったなーと、ちょっと懐かしくも思う。

10月 9 日、昼頃から弱く雨が降る日曜日、あちこちから秋祭りのツイートが流れて来る。近所の神社では縁日が立っているようだ。祭りの場所まで行かなくても、何となくその場の雰囲気を垣間見れるのが SNS の良い所だ。一方で、遠く離れた場所でミサイルが飛び交ったり、人々が互いに戦う場面もまた SNS から流れて来る。色々と眺めていると際限なく時間を食い潰すので、まずは昼食を組み立てることにした。冷蔵庫を開けると焼いた味噌漬けの魚が転がっていた。よし、和風パスタにしよう。ご飯よりもさっさと作れてしまうのが、パスタの簡便な所だ。ついでに、パスタの方がずっと安い。東アジアに生まれたのだから、米を食いたいとは思うのだけれども。

10月 8 日、今日は神戸大学の船、海神丸がポートターミナルにやって来ているそうだ。見に行く時間を確保できそうにないので、marine traffic で位置を確認する。巡視船 (?) と並んでいるらしいことが、現地から届く SNS 写真でわかる。仮に撮影するならば、観光船のロイヤルプリンセスに乗って海側から写すと良いのかなーなどと想像しつつ、黙々と海辺の畑で植栽管理する。時々、沖を行く船から汽笛が聞こえたりするのも神戸らしい。... そうだ、故郷の高松ではもっと頻繁に汽笛が聞こえたのだった。本州や島々に渡る船が結構行き交う光景を思い出して、穏やかな1日を過ごした。

10月 7 日、最近、何だか頭に小さな傷ができることが多いなーと不思議に思っていた。30 年以上使っているヘッドフォーンの、頭に当たる部分をよくよく見てみると、樹脂が劣化して所々が欠けているではないか。全体的に、どこか妙に荒れた状態になっていた。そこで思い立って、その部分に木を貼ることにした。曲面なので、アイスキャンデーの棒みたいなものを短冊に切って、並べてエポキシ樹脂で貼り付けることしばし。素早く硬化するタイプのものなので、そこそこ暑い時期には手早く作業する必要がある。10 分も経つと、もうずらせない程度まで硬化したので、とりあえず使い始める。まあまあだろうか。削るなどの細かい修正は明日以降に行おう。

10月 6 日、職業柄、推薦状なるものを書くことも度々あるのだけれども、推薦状の中身はあまり意味がないことが多い。どちらかと言うと、履歴書にも書かれている身元を更に確認するために推薦状が存在すると言っても良い。当人を確かに知っていて、平たく言うと「怪しい者ではありません」とサポートする、そんな書類だ。誰に推薦してもらうかも大切な要素で、最も身近な指導者や共同研究者「ではない人」から推薦状が届いたりすると、どうして近くて親しい人から推薦してもらえなかったのかという疑問が生じる。遠い有名人の推薦よりも、近くで人物をよく見定められる立場の人からの推薦が大切だ。さて、今日も推薦状を書くか。(←関係者に特定できないよう日時を変更して書いてます。)

10月 5 日、音楽は不思議なものだ。大抵の場合、演奏者が高い技量を持っていて、聴いている方は音楽が好きではあっても素人が大多数だ。それで演奏が成り立っているのが、音楽そのものの楽しみなのだろう。サイエンスでは、なかなかこうは行かない。研究発表は学生も含めて専門家の間で行われるのが常で、一般聴衆の前で語る機会はほとんどない。また、市民講演会のような場で話すならば、音楽とは違って専門をそのまま披露することはできない。絵画や文学(の一部の領域)にも、そんな側面があるだろうか。将棋、囲碁、スポーツもまたそうか。サイエンスでは専門と一般の間にギャップがある所が、ノーベル賞に関心が集まる理由なのかも知れない。

10月 4 日、あぶく銭は世の中に常々存在するものらしくて、検索すると色々と引っかかる。この「あぶく」は何だ? と、ふと思って、泡吹くだろう ... と一応は納得したものの、検索すると泡浮くとか泡沫だとか、色々な説がヒットする。そもそも泡は立つものであって、泡を吹くのは死にそうになった時くらいだ。泡を食うという慣用句もある。泡がつく名詞も沢山あるなーと、どんどん思索が違う方向へと流れて行って、そういえば日々食べているパンもまた泡を食っているようなものだという落とし所に到達する。もう少し泡らしいのがマシュマロで、あの食感はまさにエアダンパーそのもの。断熱圧縮すると温度が上昇するはずだ。さて、あぶく銭、どこかから降って来ないかなー。

10月 3 日、だいぶん涼しくなって、曇っている今日は昼間でも冷房なしで過ごせている。もっともこれは、酷暑に慣れてしまったからで、初夏の頃は 25 度でも汗をかいていた。こういう気候の良い時には、阪急六甲駅から大学への散歩の途中で色々と寄り道をする。昔は、そのまま六甲ケーブル下まで歩いて行って、のんびり大学まで降りたりしていたけれども、今その体力はない。たとえ登れたとしても、後で充分に昼寝することになる。さて今日は夕方から Zoom に接続して、座長をしなければならない。英語を聴いていると段々と眠くなってしまうのだ、集中力を最後まで維持できるだろうか? まあ、誰か質問するだろう、そう思って気楽にしておこう。

10月 2 日、デパートで定期的に行われている北海道展、どれも同じような物なのだろうと思い込んでいた。旅先で、ひょっこり「北海道展」に出会った時に、まあついでに見て行こうか?! と思って、特設会場へ行くと、あら不思議、今まで見たこともない店が出展しているではないか。なるほど、デパートそれぞれに企画立案しているのだから、担当者によってセレクションが異なって来るのは自然なことだ。ハムやベーコンなどを持って来るにしても、数ある業者の中から、どれを? というのは、地域によって異なって当然か。昔は乾物やらクリームやらと素材系が多かったけれども、最近ではスイーツや弁当など、一手間かけたものが多い。写真に撮って綺麗なものが売れるのだろう。ともかくも北海道展は楽しい。

10月 1 日、阪急神戸線の御影駅や岡本駅で降り、山側へと移動すると直ちに凄い坂道になって ... いや「山道」と表現する方が良いだろうか、すごく高い山の中なんだなーと感じる。一方で六甲駅はというと、六甲登山口くらいまでは普通に商店や住宅街があって、市道山麓線を行き交う交通量も多いので、山という感じは全くない。不思議なことに標高で比べてみると、阪急六甲駅のホームだけが 60 m を超えていて、他の駅は 10 m 以上低いのである。山手という感覚は標高ではなくて、勾配なのだと再認識した。神戸で有名な下山手とか中山手とか山本通などの標高は、阪急六甲駅よりもずっと低いのだ。神戸大学への通勤は、駅に降り立った時点で既に登山なのだと再認識した。

9 月30日、職場の近所(?)にあるスーパーマーケットに行くと、レジ前のプラスチック板が撤去されていた。こんなに広々としていたんだー、と感激する。レジ係のマスクだけは、このまま定着するかも知れない。不特定多数に接する店員のプライバシーを守るという効果は絶大だと感じるからだ。教員はというと、そもそも教員になろうと思う人が素顔を隠して黒板の前に立つか? という点もあって、アッサリとノーマスクに移行した人が多い。私はたぶん、突出して最も早期にマスク放棄した方だと思う。六甲山を登る時にマスクをしたまま、というのは、酸素制限して心肺を特別に鍛えるような行いであって、シニアにはキツい。

9 月29日、今日もフラリと京都の研究所にお邪魔する。幾つかのトピック(ス)について discussion を持てたのが良かった。その後で、四条河原町まで歩いて移動。その道中にも、あれやこれやと、貴重な情報が得られたのも有り難いことだ。河原町にはストリートミュージシャンが沢山いて、京都は文化の街なんだなーと感じる。都心が鴨川に近いという地理的な要因もあるのだろうか。夜遊びしたいのは山々なのだけれども、神戸三宮までの移動に 70 分もかかると思うと、意欲喪失。さっさと帰途についた。三宮で乗り換えて海辺に帰るまで、まだまだ乗り物での移動があるのだけれど。

9 月28日、京都河原町と神戸三宮の間を移動する時間は、だいたい 70 分くらい。神戸大学から京都大学の間では、もう少し長くなるので 2 時間は見ておかなければならない。行きに 2 時間、帰りに 2 時間、昭和の首都圏では当たり前の通勤時間なのかも知れないけれども、日中にちょっとした用務が神戸大学である場合、その後で京都大学へと出向くことは現実的ではなくなってしまう。Zoom なる便利な道具ができて、開催中の研究会の講演は見聞きすることが可能だ。コーヒーブレークに参加できないのは致し方ない。昼食や夕食の時間が結構大切な交流の場なのだけれども、それは通いでは無理。いろいろと整えてから、研究も進めてから、出直すしかないなー。

9 月27日、MacOS update がやって来たので、試してみる。インストールが終わって再起動された時点では、アイコン表示が遅いままであったのだけれども、しばらく待つとキャッシュがまともに生成されたのか、アクセスがスムーズになって来た。これが一時的なものでは無いことを祈っていると ... 再起動したら元の木阿弥であった。さて、ちょっとうるさいのが入力ソースを変更した時に画面にモードが表示されること。キーボード上の変換キーを押しているので、わざわざ表示されても仕方ないのである。どうやって切るのかなーなど、どうでも良いことを探さないといけないのが、新しい OS の余分な機能というものだろう。さて今日は京都へ。

9 月26日、MacOS の不調の一端がまたまた少しだけ見えた。アイコンの表示がめちゃくちゃ遅いのだ。数分待って、ようやく白アイコンからマトモな形になる。クラッシュレポートを眺めると、確かに iconservicesagent が頻繁にクラッシュしている。この症状に対応するには? どうやらキャッシュをクリアしてしまうのが良いらしい。というわけで、ターミナルを叩いて削除すると、あれれ、iconservicesagent が全く立ち上がらなくなった。キャッシュが貯まるまで起動されないのだろうか、この辺りは謎である。そして、キャッシュが無いので、当然色々と遅くて、これは待つしかない。

9 月25日、秋分の日は休みだったっけ? と、ふとカレンダーを見て、土曜日に吸い込まれていたことを確認。あーあ。元旦もそうだけれども、天文学的なものは移動祭日にできないからなー。というわけで、1 日損した気分で月曜日を迎える。今週は毎日、片道 3 時間かけて京都行脚の日々 ... の予定であったのだけれども、突然の用務もあって今日は神戸大学から Zoom 接続。夏休みの間は Zoom を使っていなかったので、まずアプリケーションの update から作業開始となった。自動 update が上手く行かない。仕方ないので、インストーラーをダウンロードして、上書きインストール。こういう作業はギリギリに行うものではないなーと、思った。

9 月24日、フウセンカズラの種を眺めていて、これはどこかで見たことがあるぞ?! と、思い巡らしてみると、ああ冥王星だと気づく。探査機・ニューホライズンズがそこに到達した時には、表面に白いハートマークが浮かび出ていたのだった。あの準惑星は結構な楕円軌道を描いているので、太陽に近づいて表面がどんどん昇華して、再び遠かった時には別の模様になるのだろうか。フウセンカズラの方は、種を撒いて実ができると、その中にある種はいつも同じようにハートマークになっている。これぞ遺伝子のなせる技だ。時間の経過とともに発芽率がどのように落ちるのかは知らないけれども、けっこう昔に採れた種をたくさん蒔くと、そこかしこに芽が出てくる。ハートマークの力だろうか?

9 月23日、洗濯物をどこに干すか。大昔であれば晴れた日の室外に干すのがデフォルトであった。けれども、そのような干し場所が確保できるか? というと現在の都会では難しい所がある。学生さんが住んでいるワンルームマンション? では、十分に広いバルコニーは確保し辛いのではないだろうか。また、干している間に花粉は来るダストは積もる、自宅のように海辺だと塩が付いてしまう、ロクなことがない。文明の利器・エアコンがある部屋ならば室内で干した方が綺麗に仕上がる。ついでに、誰が、どんな年齢の人が何人そこに住んでいるのかも把握されずに済む。... 何だか面倒な世の中になったなーとは、確かに思う。

9 月22日、管理されていないような空き地は、草ぼうぼうになっている。色々な草が生えていて、そのバリエーションが面白い。毎年一度だけ草を刈る場所では、背の高い雑草(?)が伸びて、可愛い花を咲かせる。枯れると茎が軽い棒になるので、大昔には冬になる頃に「基地づくり」などに使ったものだ。クズが生えている場所では、ツルがどんどん伸びてクズだらけになる。もう少し手入れの悪い場所ではススキが占拠していたり、笹だらけになっていたりする。もっと時間が経つとクスノキなどが茂って常緑の林になる。海に囲まれて雨の降る国では、空き地を放置すると森になってしまうのだなーと実感する。

9 月21日、暑い夜の後、明け方になって待望の雨がやって来た。夕立ではない雨は久しぶりで有り難い。前線が通過した午後には暑い風が吹いて、パラッと雨が降った後、さして気温は下がらず。それでも、夏場は息を潜めていた植物たちが今になって新芽を伸ばし始めた。夏の間に、虫にすっかり食べられたような木々の葉も、常緑樹であればこうして更新されて行くのだなーと、改めて思う。今年は気温が高いまま推移するとの予報もあるから、落葉樹も新芽を伸ばして冬までに結構伸びるかも知れない。長い秋はどうやって過ごそうか、落ち葉を集めて研究費に化けさせる研究でも始めようか。

9 月20日、曇りの1日。日照がないと、少しばかし楽に登山できる。それでも日中の気温は 30 度を一瞬超える。大学は、学会シーズンでもあって、大学院生もあまり見かけない。少しだけ涼しくなった(?)今が、夏休みを楽しむ良い時期なのだろう。学生が戻って来たら、そろそろ卒業研究や修士論文の取りまとめのスケジュールを立てて行かなければならない。国公立大学では、それほど多くの学生を抱えるわけではないので、一人ずつ個別のテーマで研究を進めてもらうことも可能だ。ときどき「流行」が起きて、みんな同じテーマに取り付くこともあるけれども。それはそれで良いか。今年はどうなるかなー。

9 月19日、今日もまたとても暑くて、あちこち移動する道中、ツクツクボウシの鳴き声を耳にする。ただし一匹だけ。競争相手は居ないけれども、さてメスが周囲に居るかどうか。季節が進んだなーと感じるのは夜になってからの虫のささやき。草むらから色々な音が聞こえて来る。秋がやって来たんだーと思う反面、やっぱり暑い。夜もまた暑い。海辺はともかく暑い。海水温が 30 度に近い状態では、少しくらい山から冷たい空気が降りて来ても、全く涼しくならない。少し風でも吹けば、海面の水も攪拌されて、下の冷たい水と混ざるのだろうれども、今晩は風もなく。

9 月18日、松茸の人工栽培はまだまだ遠いと聞く。スーパーマーケットに、輸入品の松茸が並んでいるけれども、とても手が出ない。教員業はそれくらいの収入なのだ。地球を眺めると、広大な針葉樹林が広がっている。そこには、想像もつかないくらい沢山のキノコが生えていて、人知れず朽ちて行くのだ。これから先の世の中では、このようなキノコを AI で見つけて知らせてくれるように発展して行くのではないだろうか。結果として、実は松茸は腐るほどたくさん採れるということになると、大昔のようにバコバコと松茸を食べられるようになるはずだ。あるいは、ゲノムを足して松茸のような香りがする椎茸やエリンギーを開発しても良いのかも。

9 月17日、今日は冬瓜を調理する。普通に皮をむくのは大変だ、無理とは言わないけれども。まず両端を切り落として、中央に包丁を入れて少しずつ切り進めて真っ二つにして、まな板の上に安定するよう置いてから、パイナップルの皮むきを行う要領で包丁を上から下へと押し切って行く。皮が外れたら、縦に 6 分割して、種の部分を切り離して下処理完了。捨てる部分は植物繊維たっぷりなので、堆肥にするのも良い。中身は瓜なので、そのまま生でかじっても、まあまあイケる。大きめに切り分けて、さっと湯をくぐらせた後で鍋に並べてダシを注ぐ。後は適当に酒みりん醤油など。梅酢も少し入れて柔らかくなるまで煮て、ストッカーに入れて冷却。薄味のまま仕上げるのが良い、足りない味は後で幾らでも調節できる。

9 月16日、成田から野菜が届く。つるむらさき、オクラ、ピーマン、葉つき生姜、冬瓜、かぼちゃ、ジャガイモ、落花生、ナスビ、ええと他に何かあったっけ。ダンボール箱に入っていた説明を読むと、今年の夏は雨が少なくて苦労したらしい。さっそく茹でたり炒めたり、野菜三昧の夕食となった。ちょうど、鶏肉を煮た汁があったので、野菜スープがすごく手軽に作れた。茄子は炒めた後でダシ味醂醤油酒を加えて煮浸し。堆肥で育てた野菜はしっかりしているなーと、毎度のことながら感じる。茹でたオクラのうち半分は、細かく切った後で冷凍した。うまく解凍できるだろうか。つるむらさきは、一番に食べてしまった。

9 月15日、熱い一夜が明けて、みなさん SNS もスロースタート。阪神優勝。1985年に優勝した時は、下宿や隣のアパートから六甲おろしが何度も聞こえて来たし、みんな廊下に出て祝勝会開いていた。まあ SNS も何もない時代なので、そうやって語らうしかなかったのだ。ゲームに流れている部屋もあれば、そのまま麻雀が始まったりしていた。その頃の CPU は Intel 8086 とか MC6809 が主流で、まだまだ Z80 や MOS 6582 がパソコンの CPU として現役であった。論理的にわかり易い構造の CPU が多かったなーと思う。中身はワイヤードロジックのものあり、マイクロプログラムのものあり、変わり種として TMS9900 のような小型のミニコンも対等に動いていた。その命令セットはスッキリしていたなー。

9 月14日、気象庁サイトで雨の降っている場所を見ると、九州の北部から山陰にかけて前線の雲がかかり、涼しい雨が降っている。一方、近畿では前線に向かって南から風が吹き込み、今日も 30 度を超える気温になっている。曇っているのに、全然涼しくないのだ。ただ、六甲山が夜には冷えるので、時折、山の上から冷たい風が吹き降りてくる。これが六甲おろし?! というのはまだ早い。が、通勤途中の三宮は「六甲おろし」に満ちていて熱い。バース掛布岡田の三連発は、大阪大学で物理を学んでいた頃のことだったなー。

9 月13日、秋晴れの下、書類を書く。テンソルネットワーク形式で統計物理学模型を研究しているとは言え、元々は物性物理屋なので、何か書き物を始めると途端に物性物理学の言葉遣いとなる。学位論文が磁性体の電子模型だったことが影響しているのだろうか。その頃の指導教員曰く「色々と分野を巡って研究した後に、最後は元に戻って来る」とのこと。その運命のようなものからは、なるべく離れていよういようと努力していても、確かに物性物理学には吸引力があるのだ。これに負けてしまうと、元の木阿弥なので最後まで抵抗して、今後も量子情報の観点を貫くことにしよう ... か ...?!

9 月12日、芋虫をよくよく眺めていると、その動きが結構緻密であることが見えて来る。頭に近い方の、胸にある 3 対の脚が昆虫の普通の脚で、これだけで木にぶら下がることもできる。腹の真ん中には 4 対、そして一番後ろに 1 対の、枝葉を挟むような脚があって、こちらはタコの吸盤のようにシッカリとしている。これらを巧みに操って、前進したり、枝から枝へと乗り移ったり、ターンしたりする。行き先を探す時には頭と胸を立てて、あちこち探索するように振る。しばらく休んだかと思うと、糞をして、またガリガリと葉を食べ始める。一年に何回も世代を重ねる芋虫、いや昆虫ならではの進化の速さによって、この精巧な仕組みが獲得されたのだろうか。

9 月11日、書き物が溜まっている時に限って、何か別の書き物のアイデアが浮かんで来たりする。あるいは、良く知られた曲をギターで演奏できないだろうかなど、しょーもない逃げ道に走ってしまう。どうせならば物理の新しい着眼点が目の前に現れて欲しい所だけれども、もうン十年も物理学に携わっていると、型から抜けられないというか、自分で歩き回れる範囲はパッと見渡せても、その外側に虚心坦懐に打って出ることが自然にはできなくなる。研究会に参加すると、皆さんが色々な技を次々と披露してくれるので、そういう研究の輪に加わらないとなーという意欲が一瞬だけ出てくるのだけれども、そのまま持続できないのが情けない。ここであきらめないのが科学の秘訣か。

9 月10日、雨降らないかなーと見上げる空は、綿雲はあれど天高く青空の秋、いや、気温は夏のままだ。レーダーを眺めると、南から雨がやって来ているらしいことは分かるけれども、それで空振りすると畑の作物がパーになる。仕方なく、時間つなぎの散水を行う。ホースが届かない場所にはバケツを担いで行くしかない。何往復もするくらいならば、天秤棒でも買って来て背中を丸くして肩で担ごうか。そうとも思い始める頃に、ようやく地面が湿った感じになって来た。やれやれ、と、昼寝をして、目が覚める頃に曇って来て、やがて雨となった。想像していたよりも降雨が早かったので、慌てて水やりしなくても良かったかなー。

9 月 9 日、最近のカメラレンズは迷光がなるべく生じないように設計してあって、コーティングも良いので、ハッキリと写る。肉眼で見たよりもクッキリしているほどだ。肉眼の場合には、まつ毛による散乱があって、暗い場所で明るいものを見ると回折光が目に入ってコントラストを落としているのかも知れない。クッキリ、スッキリと写るということは雑っぽい感じが無いわけで、時に「空気」っぽい感じが落ちてしまう原因にもなる。敢えて散乱光を招くフィルターを入れてみたりもする。そこまで凝るくらいならば、迷光だらけのオールドレンズを拾って来て、カメラに取り付ける方が楽でもある。マトモに映らないレンズにも、楽しみ方は色々とある。

9 月 8 日、朝の 9 時から 2 時間の Lecture を京都で行う。海辺の自宅から京都までは電車の旅になるのだけれども、いつ電車が止まってしまうか予測がつかないので、充分に時間的余裕を持って最寄り駅へと駆け込むと、なんと朝の 7 時過ぎには京都に着いてしまった。そこから先、時間があり過ぎるので、しばらく散歩することにした。が、途中で不運にも降雨に遭遇。仕方なく、公共交通機関を散歩の途中から利用した。講義が終わったら ... そこで体力が尽きていたので、続く講演を聴いている内に居眠りしてしまった。これではアカンというわけで、後はゆっくり神戸に戻って来て、日常業務をいくつかこなした。

9 月 7 日、曇りの1日。雨が降るかなーと待ち受けるも、空振り。まだ気温が高くて、熱帯低気圧の影響で風もあるという、畑の植物には酷な環境となった。海風ではないのがわずかな救いで、「塩だらけ」にはならずに済んでいる。辺りで野菜を作っている畑は自動的な水やりを毎日繰り返している。作物も段々と変化していて、新たに苗を植えている畝も見かける。農家は大変だなーと思うし、その大変さを機械で補うには知恵とエネルギーが必要なんだなーとも感じる。こうして育てられた野菜を毎日いただいているのかと思うと、(捨てる部分は既に捨ててあって)購入した野菜に捨てる部分はないわけだ。流石に歯の立たない部分などは乾燥させて、堆肥にするけれども。

9 月 6 日、夕方、京都大学にちょっとお邪魔する。2 年ぶりになるのだろうか。道中、淡路駅の立体交差工事が進んでいてびっくりした。基礎物理学研究所はいつも通りの佇まいで、会場には知った面々が何人か。外国人が結構いて、誰か知っている人が居るかなーと思いきや、顔見知りはゼロ。今週は分野融合の週なのだそうな。金曜日に行う Lecture は、そのあたりを理解した上で組み立てないといけないなー。案外、非一様な物理系についての話題が良いのかも知れない。テンソルネットワークを扱った Adaptive な表現、さて、どんな物理系の何に focus しようか?!

9 月 5 日、一晩思案してみて。全国津々浦々に大学があり、キャンパスはもっと沢山ある。食堂営業するのに適した場所もあれば、そうでない所もある。昼も夜も休業期間中も来客が絶えない場所であれば、さまざまな業態で食堂営業に新規参入できる可能性が高い。丼屋さん、カレー屋さん、パスタ屋さんなど色々と思い浮かぶだろう。キャンパスの周辺にそのような店が並んで学生街を形成している所もある。一方で、閑散とした小規模キャンパスの場合、誰も手を挙げないので結果として定番の生協食堂となりがちなのだ。採算が取れるかギリギリの営業となることが多いのだけれども、同じメニューが他キャンパス、他大学よりも高価であれば直ちに SNS で比較されてしまう。この状況の下では、全国的に割高な標準価格を設定する圧力が生まれてしまうのだ。うーん、それで良いのだろうか。構造的には、一国社会主義とよく似ている。

9 月 4 日、学生のツイート、今は X だったっけ、百年史記念館にスタバ (?!) が open するというトピックで満ちている。信頼あるソースを示したものはないのだけれども、この手の噂 (?) は速やかに拡散するものだ。さてこれに絡んで、大学生協に期待する X への書き込みもあれば、生協いらないというものもある。また、休日や夜間、長期休暇で利用がガタ落ちする期間をどうやってカフェ営業で乗り切るのか? という現実的な書き込みもある。これを書き込んだのは、飲食店アルバイトを経験した大学生なのではないだろうか。生協いらんからもっと安い学食を、という声もあった。この点については、しばらく思案することにしよう。

9 月 3 日、自宅で麺類を食べる時には、少しだけのダシを振りかけていただく。美味しいダシは、形の見える乾物から取れるものなので、贅沢に使うとコストがかかるし、味の詰まったダシを沢山飲むと塩分の摂りすぎ、そしてコレステロールの摂りすぎとなる。また、多量のダシに浮いた麺というのは、表面に浮いた小麦の香りがダシに吸い出されてしまっていて、すすった時の小麦感がイマイチなのだ。麺に絡むかなーという程度の量だけ「返し」と合わせたダシを注ぎ、薬味とともにいただく。最後まで丼に少しだけ残ったダシを、ひと口で飲み干す。これで充分だし、それ以上はない。こういう食べ方は麺を選ぶので、麺のまま食べても美味しいものを用意する。今の時期はスダチのスライスを添えるのもいいかな。

9 月 2 日、ふと「定価」とは何かを考えて、迷路に入ってしまった。販売者と購入者が自由に売買を行うならば、そこには「時価」しかない。それでは、いちいち掛け値など手間のかかるるプロセスが必要となり、結局は誰の利益にもならないから、目安として定価を定めておくのだろうか。これは、ちょっと先物みたいな考え方で、購入した物の品質が事前に予想したものと一致しているかどうかは別として「定価」で買うしかない。物ではなくて労働力を売買する時に「定価」を持ち込むと、これは労働に対する対価は常に同じであるべきだという、共産主義的な要素が含まれているようにも映る。日常的に、あまり不思議にも思わない消費行動の中にも、色々とある物だと感じた。それにしても、最近は物価が上がりっぱなしだ。

9 月 1 日、不思議なことに、前日の Keychain(s) 関係の古いファイル削除から一夜明けると、幾つかの問題が解消していた。移行アシスタントで Mac を乗り移った時に、Keychain の設定ファイルに古いものと新しいものが混在するらしくて、これが何とも言えない相互作用を生んでいたらしい。ただ、全てが正常かと言うと、そうでもなくて相変わらずアイコンが飛んでみたり、起動が遅いアプリケーションがあったりする。まあ、当座の用には使える程度まで改善したので、ボチボチ使おう。さて今日からは 9 月、大学の辺りでは秋風を感じるのだけれども、電車の駅まで降りるともう熱気が戻って来る。海辺の駅に降り立つと、また少しだけ涼しい風に戻るので、ともかく都会は暑いと言うことなのだろう。


7 月と 8 月の1行日記