← 11月と12月の1行日記  

10月31日、ハロウィンの月曜日だ、何となく今日は既に万聖節に入っているような静けさである。天気は凄く良くて、こういう日には散歩したいなーと思う。実際に、あちこちで歩いているという投稿が SNS に。私たちの年齢となると、そろそろリタイア組も出てくるわけだ。充分に生活基盤が築けていればのことであって、大学教員では無理なこと。我々はどちらかというと、生きている限り働く、そんな存在だと思う。既に少子化が顕著に進行中で、教員業というか、それに補助的な仕事だけでは食えない可能性もあるので、多角経営は必須だ。... と、FX に走ったりすると銭失いになるんだろうなー。公営ギャンブルの世界にも、既に AI 予測は必須の道具となりつつあるらしい。田舎から出て来たものは、田舎暮らしに戻るというのが、真っ当な選択肢だろう。

10月30日、阪急電車に乗っていて、いちばん安定していると感じるのは 9000 系だ。昔は 3000 系が凄くシッカリした造りで、乗り心地も悪くなかったのだけれども電気代を食うこともあって引退。7000 系はすごく沢山の車両があって、それぞれに癖があるのが楽しかったというか、今もモーターを取り替えて現役だ。あ、道草した、9000 系の凄い所は、線路に貼りついているかのような滑らかな加速と、その加速が中速域に入っても落ちない所だ。加えて台車もまた(重いのかどうかは知らないけれども)重量感があって良い。ここに書いてあることは、乗っていて物理的に感じた感覚に基づいて書いてあるので、メカの実装がどうなっている、こうなっているというウンチクに走るつもりはない。ともかく 9000 系に巡り会えると Happy なのだ。

10月29日、大阪大学で低学年セミナーというものを受講したのは大学1年の夏休みであった。建築家の先生が開講していた「4次元超立方体をみる」という課題を選んで、ゴソゴソと菱形 12 面体を立体視できるよう図面に落とすのが受講内容であった。地下道などの設計にも加わっていたそうで、人がどこで詰まるのか、合流地点や改札などがある場所はどういう広さで整備すれば良いのか、そんなことを研究されていた。また「まどりくん」という、四角いスペースをどのように間取りして部屋に分けるのかを自動的に決定するという研究も語ってくれた。雑踏警備のことについて、餅を撒いたら群衆が折り重なって数多くの犠牲者が出たという、そんな歴史も教えてくれたものだ。他にも、通路に人が満ちて設計荷重を超え崩落した話とか、あれこれと専門家から生の言葉を頂戴できたのは貴重な経験であった。

10月28日、大学のあちこちで柿が実っている。こういう柿はおおよそ渋柿で、トロトロに熟さない限りは、そのままでは食べられない。急斜面に生えている柿は誰も手が出せないので、晩秋にかけて鳥のエサとなる。柿は種がしっかりしていて、芽生えると垂直にすくっと素早く立ち上がるスタートダッシュが上手い植物なので、定期的に草刈りするような場所によく生えている。そうこうする内に、人々の手の届く場所にも柿が生え来て、秋になるとたくさんの実をつける。渋柿も渋抜きをすれば食べられるので、週末に人の気配がなくなった時に、誰かが枝ごとバッサリと刈り取って行き、明けた月曜日にびっくりするものだ。そこまで切った柿の木は、翌年は実をつけない裏年となり、翌々年にまた実をつける。写真撮影するなら今の内かな。

10月27日、論文を読むのは楽しくて、あっという間に時間が過ぎて行く。こんな仕事もしてみたいものだなーと思ったり、これは労力を投下した割には一般性に乏しいなと思ったり、色々だ。アイデア勝負のものは特に面白くて、どうやったらこんな発想に辿り着くのだろうかと不思議に思ったりもする。長大な論文、難解なもの、それぞれ埋もれる傾向がある。恐らくは簡潔に表現できる所までが人類の共有財産で、そこから先は趣味の世界なのだろう。あっさりと書かれているものが良いと思う。同じ雑誌に、宣伝感たっぷりの論文と、簡潔な表現の論文が並んでいたら、恐らく後者が内容の詰まったものだ。そんな感触を持ちつつ、今日も論文に目を通す。

10月26日、焼き栗をむく。簡単にむける焼き栗は、お尻を包丁で切るとすぐにクルリとむける。9 割くらいの時間を、すぐにはむけない栗に費やすことになる。爪を使うと良いのだけれども、何度も何度もむいている内に段々と指を痛めるので、皮の端を包丁でまな板に押さえながらの作業となる。ここで頭に思い浮かんだのがニッパー。あれがあると便利なのだけれども、遠く離れた某所まで取りに行く時間はない。そういえば、小さなプライヤーがスイスアーミーナイフに仕込んであったっけ、ということを栗むき作業が終わってから気づいた。次に栗と対面する時には覚えておこう。焼き栗を食べて思ったのは、栗が甘いとは言っても、さつま芋ほどの甘さは出ないということ。単に焼くだけでは、澱粉が甘みに転化しないのだろう。栗の研究を .... いや、物理の研究が先だ。

10月25日、テンソルネットワークの傍で色々と仕事をしていて、楽しいと感じるのは様々な物理の分野で応用されて行く広がりを目の当たりにする時だ。他力本願と言えば他力本願、この言葉の使い方が正しいかどうかは別として、異なる考え方がテンソルネットワークという共通の道具の下で、解析されて行く流れは見ていて飽きない。研究者の数も増えて、今では物理学の分野に絞っても 1000 人くらいの規模で存在するだろうか、大半がパッケージの利用者だけれども、コードをフルスクラッチで書く硬派な (?) 人々もけっこう居る。量子化学や AI の分野まで含めると、一体どれくらいになるのだろうか。今日もまた、何件かプレプリントが投稿されていて、さて読んでみよう。

10月24日、洋書を読むのは、最初は大変だ。そもそも、何が書いてあるのか読みこなすことが無理で、何となく雰囲気は掴めるかなーという程度の読解から出発する。その状況を苦しいと感じるか、楽しいと感じるかが分かれ道であり、後者に上手に滑り込めれば、その先に続く長い道のりに自然と乗れる。大切なことは、ともかく日々ページ数を乗り越えることであって、少々の穴は無視して先へと進む勇気が必要だ。後から読み直してみると、随分と荒いことを続けていたなーと、びっくりする事もあるけれども、若い内はそれくらい冒険に満ちていて何の問題もないだろう。老人になって、同じような境遇であれば、楽しめるだけを楽しんで過ごせば良いだろうか。

10月23日、今のところ、鶏肉は肉の中ではとても安いので日々の料理に重宝している。とあるフレンチのシェフ曰く、鶏でスープを取る時には丸ごと使え、と。実際に、鶏肉を調理する際に得られる煮汁は、とても濃い味となる。「まったりとした味」と、京風には表現できるだろうか ... 誤解され易い表現なので、あまり使わないようにしているのだけれども。その鶏が食べる飼料が段々と値上がりしている。人件費もまた。こうして、少しずつ定食など値上がりして行くのは仕方ないことだろうかとも感じる。自分が学生だった時、夕定食の最安値は 250 円だった。40 年くらい経って、物価が倍になったと言えるだろう。これからしばらくの間、もう少しハイピッチな値上げが続くとは思うけれども。

10月22日、レモンの種、ミカンの種、ハッサクの種、ともかく柑橘類の種を目にしたら、空き地に放り投げておく。うまくすると、芽生えて段々と大きくなる。不法植樹と言っても良いだろう。アゲハ蝶を呼び寄せる木に育ってくれる。どのような実が実際につくかは、しばらく待ってみないと何とも言えない。種は交雑の結果として生じているからだ。先祖返りして小さな実しか付かないものもあれば、大きな実がつく形質を受け継いでいる場合もある。せっかく芽生えたものだから、全て大樹に育って欲しいとは思うけれども、それぞれ場所があっての生育なので、幸運を祈るしかない。

10月21日、フランスフェアが神戸阪急で始まった。少し早めに仕事を終えて、どんな催しとなっているか、チラリと覗きに行った。フランス人の来日は無いということだったのだけれども、既に沢山のフランス人が日本で暮らしているらしくて、あちこちでフランス語のおしゃべりをしていた。目当ての品を幾つか買い求めて帰途につく。夕方の日差しがすっかり秋の角度になって、東西方向に伸びる三宮の道路のわずかな隙間を射抜くように照らしていた。すぐに暮れて、辺りは暗く。秋の夕べは短い。これから 40 日くらいの間は、もう少しだけ日没が早くなって行く。ボジョレーヌヴォー解禁も近いけれども、さて円はどんどん切り下がり中、一本ン千円の声も聞こえて来る。

10月20日、三宮の上空でニコちゃんマークが描かれると聞いて、さて三宮から遠い神戸大学からでもみえるだろうかと心配していたら、バッチリ真上で描いてくれた。今日は風も緩くて、段々と薄れて行くマークを眺めつつ、昼休みを楽しんだ。どうやって描くのだろうか? と思っていたら、まず丸を描いて、その中に目を器用に描いて、最後に口をシュッと描いて離脱。器用なものだ。途中でエンジン音がどんどん変化するのが、レシプロ機らしくて平和な世の中であることを感じた。同じ飛行機でも、ジェット戦闘機はすごく大きな音を立てるので、名古屋や福岡を訪れた時にはびっくりしたものだ。その後、伊丹の空など何箇所かでも描いたのだそうな。

10月19日、時々、海外から日本にやって来て勉強したい、研究したいという方が現れる。近隣諸国ならば、まあ時間帯も近いし、フライトも短いから気楽に来れるのだろうけれども、随分と遠い国々からも、色々と希望者がコンタクトして来る。まだまだ社会的に未発達な国からの場合、祖国脱出がまず目的となっていることが多く、こういう場合は妥当で詳しい研究計画が立てられていない限り、スルーすることになる。日本よりも「近代社会」の歴史が長いであろう (?) ... いやいや、日本の江戸時代は充分に近代社会だけれど ... 国からの希望者は、往々にして格闘技のマスターだったり、アニメなどサブカルチャー ... いや、アニメはカルチャーだ ... などに興味があるものだ。まあそれはそれで良くて、こちらもまた研究計画がしっかりしていなければならない。そして、ごく稀に、そのような事例に遭遇するのである。10 年に一度くらいだろうか。

10月18日、ゴミ収集車は、おおよそ決まった時間にやって来る。この通りに面した捨て場は朝一番、こちらは昼まで積み上がっていて、と、場所ごとに回収時間がマチマチなので、遅い場所にはゴミが集まり易い傾向がある。住んでいる場所によってゴミ出しの場所も決まっているのだけれども、それが厳格に守られるかというと、そこにも経済原則に似た行動原理を垣間見ることができる。ある日のこと、そのゴミの山が夕方まで残っていた。これぞ行政の抜き打ち攻撃、回収車の巡回コースが変わったのだ。回収の後に出されたゴミは不法投棄ということになる。不法とは言っても、誰かが責任を被るわけでもなく捜査されるわけでもなく、その状態が次の回収日まで続くだけだ。腐敗の進んだ臭いゴミに対面する、次の回収作業もまた大変なことだろう。

10月17日、日曜日だけ営業するパン屋さんがあるのだそうな。多くのパン屋さんが日曜・月曜がお休みなので、一理ある営業スタイルだ。お店の賃料を考えると割が合わないから、自宅のような場所での営業なのだろうか。(ミクロ経済的には、そこを貸し出す賃料収益との兼ね合いとなる ... いや個人営業の場合は、なかなかミクロ経済学的にスッキリとは説明がつかないものも多い。)阪神間には、とても沢山の個性的なパン屋さんがあるので、歩き回って探すのも楽しい。結果として、土産物屋さんのようなスタイルで、一見さんも大切にしているようだ。あちこちで欲張って多く買い求めると、いつも通っているパン屋さんから足が遠くなってしまうので、そのバランスも考えつつ。

10月16日、瀬戸大橋を渡る。JR 神戸線・京都線のスムーズなロングレールに慣れていると、地方路線のガタガタした乗り心地にしばらく戸惑う。狭軌の電車は、前から見ると安定感がないフォームで、あんなに揺れて脱線しないのだろうかと不思議に思うこともある。昔は、あのガタガタの線路の上に蒸気機関車が走っていた。JR 高徳線で、実際に運行されていたのを見た記憶がある。本当に目にしたのか、記憶が混ざったのかは定かでないけれども。高松駅に着いたら、今度はコトデン。乗ったのは東急車輛の改造車。出発する瞬間の加速がなかなか強くて、これまた阪神電車や京急に乗り慣れていても、用心しなければ転倒するほどの勢いだ。田舎は面白いなーと思う。

10月15日、神戸大学のそばで、オーケストラの演奏があるということで、休日出勤の後に会場へ向かう。意外なことに、同じ学部の先生とバッタリ。指揮者の方が共通の知人であることを初めて知った。コンサート会場では、こういう事が時々ある。以前は、かかりつけのお医者さんとバッタリ出会ったことも。今日はベートーベンの交響曲第3番。直に音楽を聴いて、ベートーベンはティンパニーの使い方が上手いなーと思った。2 つの音階しか出ないティンパニーを、どうやって曲の中に音程を持った打楽器として組み込むのか、引き出しが多彩だ。よーく聴いていると、4度の音程を持った三味線の解放弦と使い方がよく似ている。ベートーベンが三味線に接していたら ... ええと、時代的には合ってるのか ... どんな曲をつくっただろうか?

10月14日、ギターの 4 弦が切れる。駒の側で切れたので、弦を再利用することをまず考える。ただ、4 弦の糸巻きは最も遠い場所にあるので、4 弦には長さの余裕がない。そこで、タコ糸をくくりつけて、取り敢えず糸巻きに凧糸を通す。そして、糸巻きを巻いて弦の部分が一周した所ですかさずクロス、もう半周少し回った所で再びクロス。これで、摩擦力によって弦が巻き戻ることはない。今回で、最後の余裕を使い切ったので、次にどこかで切れたらもうおしまいだ。いや、そもそも切れるくらい古い弦は、すり減りによって音はダレているし、音程も怪しいので、この手の再利用は意味がないとも言える。貧乏なので新しい弦が買えないだけなのである。

10月13日、週明けから、ずっと長期金利が付いていない。国債の取引が、市場では成立していないことになる。一体、どれくらい日本の国債が信用されているのか、誰も知らないという状況となっている。鎖国していれば、江戸時代のように改鋳しようと徳政令を出そうと幕府の勝手なのだけれども、そうこうしている内に海外と独自の取引を始めた新興勢力 (?) から維新が始まった。国内から刷新が始まったのは幸運だったのだろうと思う。そのまま帝国主義へと突っ走ることになったのだけれども。今の状況が何とかなっているのは、曲がりなりにも日常生活では円しか使えないという通貨の壁があるからだ。ドルでも買えますよ、と、外貨決済が日常に持ち込まれた段階で、管理通貨の意味がなくなる。また、ドルを買って貯め込んでおけば、日本円が切り下がったとしても ... と、巷の人々が考え始めた時に、日本円が終わるか、あるいは新円切り替えの声が聞こえて来る。わしゃ、しーらないっ。 

10月12日、楠は勝手に生えて来てどこまでも育つ、とても強い樹だ。切り倒しても、根っこから芽が沢山出てきて、強いものが残って再び大きくなる。神社に生えている楠の古木には、根本から何本も末広がりに生えたものがあって、古木だけれども何代目かの幹ということもある。これだけ強い楠だけれども、時に根元で樹皮が環状に傷んでしまうことがあって、そうなると一気に枯れてしまう。アリが巣を作っているのが原因なのか、それとも結果なのかはわからないけれども、樹木が枯れるにはいろいろな要因があるものだ。さて理学部の周辺を見渡すと、すでに沢山の楠の芽が出ている。黒い実を鳥が食べて、糞として辺りにバラ撒かれた結果だ。大きくなっても邪魔にならない場所に生えたものは、運が良ければ大木にまで成長できるかも知れない。あるいは、校舎の建て替えとともに伐採されるかも知れない。

10月11日、肥料の中で、最強のものは? と問われれば、即効性のあるものとして動物の排泄物がまず頭に思い浮かぶ。田舎であれば、昔はどこにでも野壺があったし、幼少の頃から「肥溜めには気をつけるように」と教えられたものだ。小学校に通っていた頃には、風向きによっては田舎コーヒーと表現されていた絶妙な空気が流れて来たものだ。人糞が使われなくなった後も、牛糞が冬の田んぼに盛ってあったりした。これらの「肥やし」は、長続きに欠ける所があって、そこは様々な堆肥で補う必要がある。もっとも一般的には稲藁や蓮華など、雑草の種が入っていない植物が使われる。最強なのが干した小魚。これはミネラル分たっぷりで、長持ちする。大量に使うには比較的高価であるけれども。乾物屋へ行くと、いりこの頭だけを集めたものが売られていて、個人の園芸にはバッチリだ。そろそろ寒肥の準備の季節、色々と溜め込んでおこう。

10月10日、昨日今日と秋祭りの日で、大学周辺ではだんじりが出て華やかな雰囲気になるはずだった。昨日はそれでも何とか、行事の一部は省きつつも住吉駅の辺りで賑やかに巡行していたのを、一瞬だけ JR 車内から見れた。Twitter にも色々と上がっていた。今日は鐘の音が聞こえて来るかなーと思いつつ、世界は平日で動き始めた中、ゴソゴソと大学で作業するために六甲駅までやって来る。小雨が降っていて、雰囲気は閑散、何の音も響いていない。そうそう、昔は 10 月 10 日は晴れの特異日などという、統計的揺らぎの検定も何も行っていないような報道がなされることが多かった。今日はまさに、その例大祭の日の雨。神事は神事で、行われているのだろう。さて、arXiv から論文を拾う。地域の秋祭りはどうなっているのだろうか ...

10月 9 日、関西地区に住む高校の同窓生が集う会合が、大阪のホテルで開催された。2020, 2021 とオンラインだったのが、ようやく現地開催となった。ご高齢の方もたくさんいらして ... 自分達も、昔の基準では「ご高齢」になるのだろうけれど ... 波乱の時代を生き抜いて来た方々は強いなーと感じた。テーブルには大きなアクリルの仕切り。あれを一枚一枚、ホテルの基準で綺麗に磨き上げるのは大変なことだろうに。アルコール抜きの会合で、乾杯も無言で。これは、感染症対策とは言っているものの、どちらかというと作法と免罪符が合わさったような儀式なのだろう。ひょっとすると、神社でまず手水を取るという作法も、大昔に疫病が何度も流行るうちに、様式化されたものなのかも知れない。参加者は、以前の半分より少し多い程。大阪の人出はすっかり元に戻った? ... 少子化で、全体的に街を歩く人々の平均年齢が上がっているようだ。

10月 8 日、連休だ連休だ連休だ、いや待て、色々と仕込みが必要な半期の始まりでもある。レフリーした論文の、著者から戻って来たコメントをよく読んで、サッサと返答しなければならない。最近感じるのは、ともかくインパクトファクターという学問と研究費の罠。なんだかんだと、当代の流行を引っ掛けて来て色々と議論している割には、本題に入ると普通のルーチンワークだったりするものが多い。こういう論文は、それぞれの専門分野で掲載されるべきもので、驚きを持って受け入れられるものではない。そういう返答をすると、まあ織り込み済みということなのだろう、当然ながら再び長文を持ってエディターにアピールする文面と共に再投稿となる。何となく、世の中のリソースを食っているのが現代のレフリープロセスで、大昔の Physical Review の頃のおおらかさが失われているなーと思う。世界的に平和な地域が広がって研究者の数が増えたから、仕方ないか。

10月 7 日、関東では雨とともに冬のような気温となったと伝わって来る。こちら関西も秋深まる感じの雨で、この所の晴天で乾燥した地面を潤してくれている。今は下草を刈る時期でもあって、枯れ草の香りやら、そこへ雨が降って発酵したような香りなども立ち上って来る。所々でキノコが顔を出している。道端にも可食なキノコがたくさん生えているらしい。毒があるから、というよりも、どんな衛生状態かわからないので手を伸ばす気にもならないのだけれども。キクラゲが生えていた某所の枯れ株は、腐って朽ちてしまった。ハツタケとかキシメジとか、美味しそうなものにはまだ大学の中で遭遇したことはない。雨上がりには、ちょっとキノコの種類が増えているかもしれない。週明けが楽しみだ。

10月 6 日、ベル不等式に関連してノーベル賞が選ばれたニュースが流れる中、さて当のベルはというと 1928 年生まれで 1990 年に没している。量子情報について、民間も含めて関心が広まったのは今世紀に入ってから。時代の流行を色濃く反映しているのがノーベル賞であって、一種のお祭りみたいなものだ。量子力学についての基礎的な、そして応用的な研究を後押ししたことは間違いないので、祭りならば祭りなりに、うまく利用する、あるいは流れに乗ることも、業界的には大切なことなのだろう。そして流されないことも。それはそうとして、受賞者が日本人ではない時の、あっさり消えてしまう報道は、結局のところ社会的なサイエンスへの関心が低いことを表していて、この辺りの底上げが一番大切だと思う。

10月 5 日、急に秋めいた。大陸の高気圧から直接的に風が吹き出すのは、この秋はじめてだろうか。ようやく夏が終わった感じで、ちょうど大学の夏休みも終わりとなった。2 年前は確か、10 月入学がどうのこうのという議論があって、さっさと立ち消えになったのだったっけ、既に記憶が怪しくなるほど、この 2 年半は慌ただしく過ぎて行った。あちらの国々で秋入学になっているのは、冬が厳しくて夏になるとバカンスを楽しむという風習があるからなのだろう。こちらは夏が厳しいから、春入学でちょうど良いのだ。さて明日からは、毎週木曜日の午後に週一の講義を受け持っている。大昔に一度やったことのある内容なのだけれども、昔のようにセコセコと教えることはもう無いだろう。あのペースでは受講者の大半が置き去りになってしまう。一緒に理解するくらいの、ゆっくりした講義にしようと思う。結果として「残りは宿題」になるのだけれど。

10月 4 日、スケート場が神戸で営業を始めるまで、あと 1 カ月ほどとなった。この時期に気をつけるべきは、ギックリ腰。寒くなる季節なので、夏のままのつもりで、パッと動き始めると貴重なひと月を失ってしまう。バケツを持つ時には、背中が温まっていることを確認して、慎重に両手で持ち上げる。眠っている間にゴミ回収車がやって来ても、そのまま寝ている。若い頃は、回収車のエンジン音が聞こえてから、ガバッと起きてゴミ袋を抱えてダッシュ、など平気でやっていたのだけれども、今ではダッシュした後でバタっと倒れて、コードブルーになりかねない。あ、海辺とは言え、近くの「島」に大きな病院もあるから、ヘリコプターは絶対にやって来ないか。ともかくも、目標はスケートだ、しっかり働いて休暇が取れるようにしよう。

10月 3 日、後期が始まった。学生さんたちも戻ってきて、食堂は大繁盛 ... とまでは行かない。そこそこは来るけれども、午前だけ、午後だけという履修パターンの日には、大学で昼食をとらないような習慣も定着しているようだ。クラブ活動が低調という背景もあると感じる。まだまだ、皆さんマスク姿という日常、そういえば国会中継でも議員さんたちはマスク姿だった。屋内でもマスク必要ないですよーというサインを出せる人は誰だろうか? 食事の時間を楽しむという習慣を、再構築する必要もあるのだろう。その前に、人間関係が疎遠になってしまっているのだろうか。それはそれで、暮らし易いという方も一定数居るので、何でも昔に戻せば良いというものでもない。

10月 2 日、海辺はいいものだ。毎日、海辺から大学に通っているにはいるのだけれども、海に向かう日はそんなに多くない。週末も三宮に遊びに行ったりすると、海辺とは縁がな苦なってしまう。買い物などする前に、神戸港まで歩いて行くと、この秋は 3 年ぶり (2 年ぶり?) にいろいろなイベントが催されていて、賑わっていた。子供たちが、観光地に戻って来たことが大きいと感じた。また、パッと見てわかる外国人の姿もだいぶん目立つようになった。日本が安く楽しめる場所になった、なってしまったからだろうか。日本に来ると半額で飯が食える、そんな国でもまあ良いのかなー、とも思う。ともかく今日は海を楽しもう。

10月 1 日、ラベンダーは大株になると、悪条件の下では次々と枝を捨てる。株全体が枯れない工夫らしくて、雨が降ったり適温になったりすると生きている部分から次々と芽吹いてくる。結果として枯れた部分だらけの状態となってしまうので、剪定バザミの出番となる。枯れたラベンダーはとても硬くて、少し太い枝になるとノコギリの出番となる。断面を見ると、枯れただけの部分と、枯れた上に腐って分解された部分に分かれている。分解した所はボロボロで、手で掻き取ることも可能だ。硬いのは未分解の部分で、これは手強い ... のだけれども、材木のように何かに利用できる訳でもない。草は草というか、繊維が絡み合っていないので、すぐに割れてしまって使い物にならないのだ。ともかくも、涼しげに剪定したラベンダーに水をやると、次々と新芽を吹いて来る。乾燥にはとても強い植物だ。

9 月30日、香水の材料のひとつに、腐葉土がある。落ち葉の山をひっくり返した時に、下の方からフワッと湧き上がって来る土臭い香り、いや臭気と表現した方が良いだろうか、あのような中に香水に使えるような成分が含まれているのだろうかと不思議に思うのだけれども、ジャコウもそうであるように、ピュアーに良い香りだけを混ぜ合わせても香水にはならないらしい。また、腐葉土を蒸留すると、元々の材料によって意外な香りが抽出される。これが自然に現れる例が、例えば松林に生えるキノコだろう。積み重なった枯れ松葉を掘ると白い菌糸がまとわりついていて、生のキノコの香り、カビ臭さが漂う。松茸の香りそのもの、という気もする。加熱調理すると、その香りが部屋には満ちるけれども、料理した後にはあまり残らない。余談ながら、コロナ前は朝の電車の中が、さまざまな香りに満ちていた。今はよく換気されていて、あまり香らない、臭わないのが、ちょっとうれしい。

9 月29日、都会からは大量のゴミが出る。ちょっと昔風の養豚場を思い浮かべてみると、「動物」の密度的には同じくらいになる。そのまま積み上げると、藁の上で豚を飼うような状況となってしまう。いわゆるゴミハウスに近いだろうか。それでは困るので、ゴミを出して回収して、焼却場で燃やす公共サービスに税金を投入する。燃やす時に、温度が下がったり上がったりすると有害な排気が生じたり機器が損傷したりするので、色々と調整するらしい。ゴミを分別収集するのも、その辺りに主な理由があるのではないだろうか? と勘ぐっている。リサイクルというと聞こえも良いので、人々がせっせと生ゴミとプラスチックに分けてくれる。うまい政策とはこのようなものだろう、目的が幾つかあって、どれか一つくらいが人々に刺さればうまく行くわけだ。

9 月28日、10 億円も、10000 で割ると 10 万円になってしまう。何千人もの関係者を一日雇うと、それくらいの費用がかかってしまうことが、映像からよくわかった。卒業式などの華やかな催しも、それぞれ個人の負担を全て足し合わせると、結構な額になるのだなーとも思った。年末になると、昔は 1 万人の第九合唱というイベントもあった。なるほど、それを整理するイベント業が成立するわけだ。こういう催しが成立するのも、公共サービスあっての話。大昔だと公共のホールなど無かったので、集会は宗教施設で行われて、お布施が建築費を支えていた。今の世の中では、税金がそれに代わるものとなっている。ドイツには教会税という、中間的な税金も存在するのだったっけ。そしてまあ我々、研究者というものもまた、税金によって支えられているわけだ。そろそろ後期の授業が始まるので、再始動しないと。

9 月27日、大学の講義は、学部を 1 つに限ったとしても同時に多数開講されるので、時間割表のような一覧表を作ったり、システム登録したりするのは大変なことだ。登録する作業も大変ならば、出来上がったものをチェックする作業もニラメッコしましょ、的な時間が刻々と過ぎて行くもので、段々と目が点になって行く。そして結局のところ、誤記載や都合の悪い部分は最後まで残ってしまう。1人の教員が同じ時間に別の場所で講義していたり、二つの必修科目が同じ時間に開講されている等の大事故を避けることが最も大切で、流石にこういう事は滅多に起きない。エラーを減らすには、仕組みを単純化することが肝要で、科目数や科目の区分などを折々に整理することも重要な仕事となる。野菜を食べなさい、散歩しなさい、という予防医療に少し似ている。「お上」からは、次々と「新しい提案」が降って来るので、そのままに色々と積み重ね続けると、スパゲッティー化してしまうのだ。

9 月26日、人類みな同じ頭を持っているので、何かを思い付いた時には誰かが同じことに思い当たっている。情報が伝わるには時間がかかるので、何年かの時間差があることもあるし、分野が違うと何十年も違っていたりもする。今日は、あっと驚くことに、最近取り組んでいた研究に関連した論文が 3 年前に出版されていたことを知った。考えるグループが違うと、目的とする所も違っては来るので、完全にオーバーラップしている訳ではない。ここは整然と、既に提唱されていた部分については引用して言及し、新しい概念や異なる目的については、人類の知識に付け加えられるものとして整理して公表する、そういう追加作業が必要となる。どちらかというと、研究目的である所の、とある最適化の概念がより広く色々な分野で使われるようになって行くことの方が大切だ。

9 月25日、新神戸から岡山へは新幹線で 30 分少し、岡山から高松は快速で 50 分少しかかる。特急券を除いた乗車券の料金は 2,640 円と 1,550 円で、これが距離感なのかなーと思うと不思議にも感じる。在来線だけで神戸三ノ宮駅から岡山駅まで行こうとすると、接続の悪さもあって、これはなかなか時間がかかる。体感的な距離というのは、結局は所要時間から来るものらしい。そういう意味では、神戸大学も最寄駅から徒歩で登る時に、実際の距離以上に遠く感じるものだ。降りる時は真逆で、六甲駅にせよ六甲道駅にせよ、すぐそこにあるかのようだ。心理的な距離というのは、フィンスラー幾何学で説明されるとか何とかいう怪しい解説もある。有難い数学の知識は、こういうウンチクを傾けるためにあるのかも知れない。

9 月24日、庭木の剪定した枝だとか、下草だとか、乾燥した果物の皮などを粉々に破砕してしまうミルがあると便利なのだろうなーと思って、色々と見比べている。電動式は楽は楽だろうけれど、ちょっと大掛かりだし音もでかい。手動のミルは手動のミルで、ハンドルを回すスペースが必要な上に、しっかり固定できる場所も大切だ。うーんと、しばらくカタログを見比べて、またにしておこうと、先送りする。これからの季節は気温も下がって行くので、あらゆるものの分解が遅くなる。寒肥の仕込みにうってつけの時期なので、それに合わせて破砕の道具を揃えるには良い時期なので、また時間ができたら考えてみよう。それまでは? 海辺の某所に穴を掘って、植物のクズはそこへ放り込んで埋めてしまおうか。掘り出すと、ホンの薄い層に縮んでしまうので、植物はスカスカなのだなーと実感する。

9 月23日、粗大ゴミで時々見かける、分解しかかった合板の家具は、屋外で雨水にさらされたような悪条件下で使われ続けたか、あるいはとても古いものだ。接着剤が進化して、木材の下処理と樹脂の使い方などが整備されている現在というか、かなり前からというか、ともかく合板の家具は壊れる気配もないほど長持ちする。色々な部材を組み合わせて軽く造ってあるので、力学的に安定しているという側面も大きい。合板の弱点は角にあるので、角が出ないように丸く仕上げてあるか、あるいは角には角材を当ててあるか、そもそも目立つ外部に角が出ないようにデザインするか、など工夫してあるものが多い。大昔の学校向けの机などではこの辺りが怪しくて、四角い天板が合板そのままで、端からはがれて来たようなものをよく見かけたものだ。世の中、情報機器以外も少しずつは進歩しているものだ。

9 月22日、パソコンの一台のメールソフトに、大学で使っているメールアカウントの設定をする。と!!! メールが一つ、受信箱から消えた。あちゃー、あのメールは今日の作業に関わる内容だったので、仕方なく自宅に○時間かけて戻って、保管しておいたファイルを再送して、また◯時間かけて大学に戻る。道中、海風を浴びて塩っぽくなってしまった。今日は一体、何時間を乗り物での移動に費やしたのだろうか。首都圏では何時間もかけて通勤という、そんな冗談のような状況が少し前までごくごく一般的であったのだから、コロナ騒動もまた社会を変える効果があったのだろうと思う。さて、作業も終わったし、また◯時間かけて自宅に戻ろう。道中、神戸の夜の街に吸い込まれるかも。

9 月21日、基礎物理学研究所にお邪魔する。行き帰りの京都は素晴らしい陽気というか、涼気というか、秋の観光真っ只中という感じで、行き交う人々も楽しそうにしていた。高校生がたくさん歩いていたし、外国語も飛び交っていた。往年の賑わいからすると、まだまだなのだけれども、それでも閑散ということはなくて、それなりにバスも混んでいた。水曜日という平日に、これだけ人々が戻って来たのだから、週末は ... あ、今度の週末はまた荒天になるのだったっけ? さて講演の方は、前回に続いて板書。今回は、テンソルネットワークの考え方である部分和に焦点を当てて、地道に話した。つもり。それでも、集中講義のようには時間をタップリ使えないので、途中は駆け足で。少しでも理解してもらえれば有り難いことだ。

9 月20日、台風一過で涼しくなった。これから 12 月に入るくらいまでが秋という感覚を楽しめる季節だ。まずはキノコから。既に、エリンギーなどが安くなっている。もともとキノコが生える時期には、栽培されているキノコも安くなる。考えてみると、真冬や春や真夏にキノコが生で買えるのがヘンテコなのだけれども。田んぼのあぜ道などには、確かに春から秋までずっと生えるキノコがあるにはあるけれども、やっぱり秋に目立つ。食べられるもの、と言うべきか、食べても毒のないものは結構ある。切り株などに生えているキクラゲは、誰も見向きもしないけれども、毒のないものが多い。そういう事を言い始めると、水溜りの縁にドロドロと緑色になっている部分も、よく洗えば海苔になる。日本円がどんどん安くなって輸入食料が絶えたら、野山の自然作物も再び脚光を浴びるのだろうか。

9 月19日、台風がやって来る来る、いやどうも九州の山々で相当遮られて消耗してしまったようだ。台風らしい風は吹いているけれども、何となく威力に欠ける。とは言っても、辺りは落ち葉やら折れた枝葉が目立つ。夏の間に伸び伸びと育った植物が、こうして自然の風によって剪定されて、それぞれの自然な姿へと整って行く。場合によっては根本から倒れて、その場で枯れたり、根本から新芽が出てまた育つ。あるいは倒れた枝から挿木のように生えて来ることもある。松ぼっくりも沢山落ちている、アスファルトの上に落ちても仕方ないのだけれどなーと、少しだけ拾い集めてみる。集まると何となく有機的で趣があるオブジェとなる。

9 月18日、雨が降らない日が何日続いているのだろうか。南から湿った暖かい海風が大量に送り込まれているのだけれども、風向きの関係で全て和歌山の辺りで雨になり、乾いた暑い空気だけが、風速 10 メートル程度で吹き続ける。辺りの草を眺めると、夏枯れ。秋に枯れる時には黄金色になって枯れるのだけれども、夏の場合は緑色のまま縮れてしまう。次に雨が降ったら、腐って分解してしまう、そんな枯れ方だ。少しだけ西には、雨マークも出ている。紀伊水道を通り抜けた風は、姫路よりも西側で雨を降らせている。大阪湾は、四方を山に囲まれた盆地なのだなーと、再認識した。郷里の香川県はというと、やっぱり四国山地で雨が降って、ほとんど降っていない。

9 月17日、既に台風モードのスーパーマーケット売り場、特定の商品が売り切れている。卵がすっかりなくなっていたり、ラーメンがなくなっていたり。台風に備えてという感じはあるものの、どちらかというと非日常を楽しむような感じでもある。西日本は直撃という感じではない予報だから、何となくノンビリしているのかも知れない。連休の食事に必要な分量だけを、外食に頼らずに購入するとなると、仕入れが追いつかない、そんなこともあるのだろうか。という自分もまた、さて何を調理して食べようかと、どうでも良いことを頭に浮かべながらスーパーマーケットで買い物をする一人となっている。買い忘れたものはないかなー、いやいや、いま海辺の自宅にある食材で1週間は過ごせるしなー。

9 月16日、家庭で「持続可能な」エネルギー節約の一つが、ゴミを乾かすことだ。軽くなって、ゴミを焼却場まで運ぶエネルギーが節約できて、燃焼時に水気を飛ばすエネルギーもまた節約できる。生ごみを太陽光に当てて乾かすと、本当に少ない分量になってしまって、乾物というか燃料と化すのだ。昔は普通に行われていて、何でもその辺りに放り出しておけば乾いて、燃料として燃やして利用するか、そのまま風化させて土に還していた。庭というか、軒下が十分に広ければ、容易に何でも干せた。魚などは、猫が勝手にどこかへ持ち去って、跡形もなくなる。もっとも大きな効果は、ゴミを乾かすのに手間がかかるから、ゴミを減らす習慣が付くことだろうか。食べる量を減らせば出る量も減る、まあ限度はあるけれども。

9 月15日、クワッドアクセル、ついに公式戦で認定。これまでに、練習で着氷したという人の動画は結構色々と転がっていて、公式戦の一発勝負に組み込んで成功するのは誰かという段階になっていた。一度、成功する人が現れると、お手本となって次々と飛び始めるのがスケートの世界、これから何年かの間が楽しみなものだ。今日の動画を見ると、素人目にはとてもクリーンに成功している。観客席にあまり人が居ないようにも見えた。まだシーズンの初めだから、これから先の大会が次々と待ち受けていて、これもまた楽しみだ。色々と議論はあるとは思うけれども、ロシアの選手も見てみたいなーとは、常々思っている。氷の上にまで戦争を持ち込む理由はないよなー。

9 月14日、共同研究に潜む危うさというものを改めて認識した。最終的に残るものは論文として成果発表されたもののみで、ついでに論文として公開すると、その時点で公知の人類の財産となり、誰のものという考え方は、普通は無くなってしまう。とは言っても、名称が付いていないと不便なので、シュアーの不等式だとか、ガウス分布だとか、最初に ... というよりも系統的に議論した人の名前で呼ばれている。その公知のものへと至った経緯は、関係する人々の記憶に残っているけれども、これは事象を認識して、それぞれに記憶に定着したものであるから、当然のことながら人によって「歴史」とか「意義づけ」が異なってくる。最も端的な議論は、誰が思いついたもの、誰のアイデアであるか? というもの。音楽であれば、誰の作曲であるのか、誰のフレーズなのか? という、そんな話でもある。語るだけ無駄だと思うし、建設的でもない。御仏の教えに従って、厄介なことからは離れて生きることにしよう。

9 月13日、物理学会に参加する。ずーっと参加していたいのだけれども、都合あって日帰りの参加。自身の発表を含む、ほんの少しの時間だけの顔出しとなってしまった。しばらくぶりのオンサイトの学会で、会う人会う人、少しずつ歳を重ねていた。自分もそうなのだろう。人口構成から言って仕方ないのだけれども、若い人々の参加が少ない、というか齢50を超えたる者が目立つ。高温超伝導騒ぎの折に、普段は人気のない物性理論にも人々が流れ込んだ時期があって、その辺りの面々がそのまま歳をとったという感じだ。流石に、昔の理論がそのまま通用するということはなくて、一時期はみんな手を染めたけれども、今は誰も使わない技というものもある。そのまま埋もれることもあれば、再び日の目を見ることもある。そんな積み重ねの一旦を垣間見ただろうか。

9 月12日、物理学会が始まっている。が、今回は自分の発表の所でピンポイント参加するので、今日は神戸でゴソゴソと普段の活動。いや、明日の準備をしなければならない。最近、スライドを作る気力が段々と失せている気がする。というか、毎度のごとく同じようなスライドを使うのが、何となく新鮮では無くなったという気分で、ホワイトボードに向かってマーカーで描いたものを写真に撮って、スライドにする事が増えつつある。ちょっとした修正が手っ取り早く行えるのが、板書の良い所だ。複雑なものを素早くは描けないという短所には、まあ目をつぶろう。なので、real time での板書ではなくて、先に書いておいて、写真を撮るのである。スライド 1 枚だけ、という講演もいいのかもしれない。

9 月11日、日曜日は何事も急がなくても良いので、ポトフにする。調理が楽だ。長く加熱する野菜は香りを失い易いので、大きな塊にしておくことが大切だ。野菜は、例えばトマトなら半分に切る程度、人参も一本を 4 つに分ける程度の大きさで良い。エリンギーは 3 等分くらいだろうか。唐揚げとかベーコンとか、あり合わせの具材も大きく切って、鍋に放り込んで、あとは時間に調理してもらう。梅干しを作った時の梅酢は重宝する、ひとさじ加えておくだけで、文字通り良い塩梅となる。ついつい、スパイスを加えたくなるのは封印。ここにカルダモンなど放り込むと別の料理になってしまうし、クミンや唐辛子なども加えたくなる連鎖が止まらなくなるからだ。

9 月10日、切り身の焼き魚というと、いつも塩を振りかけて焼くだけとか、味噌漬け、味醂漬けなどにして焼くばかりで、それ以外のバリエーションを考えたことがなかった。イタリアンなテイストに、ということで、ニンニクを敷いて油をかけて焼いてみた。あら不思議、イタリアン、というか洋食になった。この手は広く使えるなー、魚に限らず、ハンバーグなどでもどんどんイケる。ニンニクは、細かくしておくとあまり量を使わなくても良いようだ。沢山使ったら、それはそれで美味しいけれど、財布に厳しい。小さいニンニクは安く入手できるから、梅酢づけにでもしておくと良いだろうか。種に使えそうな立派なニンニクは、季節によっては一個で何百円もする。安い時は安いのだけれども。

9 月 9 日、エリザベス女王が亡くなったというニュースが、パソコンを開いて最初に目にしたものだった。ふと思い出したのが「女王の微笑」という写真集だ。とあるバザーで目にして、もらい受けて書棚に積んでおいたので、さてさてと引っ張り出してみると 1975 年の来日を記録したものだった。銀塩写真をグッと引き伸ばしたもので、高感度フィルムを使って望遠レンズで捉えたものが多い。宮中など、照度の低い場所での撮影にも苦労の跡がある。48 年も前、オールドレンズと呼ばれていた頃の写りはエッジが柔らかくて、荒い画質は絵画のようでもある。オークションで、どれくらいの値段がついてるかと検索してみると、けっこう安いのであった。

9 月 8 日、最先端で、というか誰も想像したことがないだろう、という新しい研究テーマについて思いついた時には、既に何人かの人々が同じ境地に達して仕事を初めている。そういうこともあれば、そうでないこともある。有名な話では、非可換ゲージ場の発見が挙げられるだろうか。もう少しマイナーなネタだと、例えば 1 次元 S=1/2 Fermi 系のデルタ型相互作用模型の厳密解がある。聞くところによると Gaudin という研究者が解を構成し終えて、さて公開という所で Yang の論文に先を越されたらしい。今日では、両者ともに業績が認められていて (?) Gaudin-Yang model と称されている。こういう、誰も気づかない競争は常々行われているものなので、全く油断ならないのだ。数学の分野で解析学が始まった頃も、そんな状況だったのだろうか?

9 月 7 日、少しだけ秋めいた感じになって、やれやれという朝になった。そろそろ、朝顔などの管理も先々を読んで行う時期だ。あまり刈り込んでしまうと、花が咲く前に秋枯れしてしまう。また、冬の時期に似合った植物を植える時期も、よくよく考えておかないと、植栽が地味になってしまう。寒くなってしまうと寒肥を幾らでも仕込めるけれど、今はまだ時期が早くて、大量に刈り込んだ草などを積んでおくと、熟成というよりは腐った状態となってしまう。来年に花が咲く木でも、あまりに混み入っている場所は、花芽もろとも切って涼しくしないと、どのみち見苦しくなるからなー、うーん。

9 月 6 日、台風がやって来た、いや日本海へ抜けた。夜通し、昼間のように暑い風が南から吹いて、辺りの下草が海風の塩気もあってヘタっている。沖には白い波も見えるので、そんな所で波が砕けて、潮風となるのだろう。台風が温帯低気圧に変わった後で、寒冷前線が通過してくれたら涼しくなるのだけれども、予報を見る限り、あまり期待できそうにない。台風により運休、閉店、色々と事前アナウンスされるようになった。細かく見て行くと、そもそも火曜日という利益の薄い日に、台風の影響で人通りが少なくなったら採算取れない、という感じの所も目立つ。食堂など必須のもの、利用が見込まれるものは店を開けての営業だ。とは言っても、やはり、お客さん少ないかな。

9 月 5 日、もう時効なのだろうか、共同研究で苦い思い出がある。とある研究グループの学生さんが来日して、しばらく一緒に研究しようという事になって、成果の出そうなテーマを設定して、おおよそ仕込みが終わった段階で帰国となった。そのまま研究が進むだろうと思ったのが、まずい油断であった。新しいものは往々にして理解されないもので、何だか妙な方向へと議論が進んだらしく、音沙汰がなくなってしまった。1年以上の時間が経過した頃に、全く同じテーマについての研究が、海外の別のグループ 2 ヶ所でも進んでいることを知ることになった。その後に、もうひと騒動あって、スッタモンダした後で、結局は得るものが殆どなくなってしまった。科学の蓄積としては、進んだわけで、サイエンスというのはそういう性格のものだと割り切って、日々を過ごすべきなのかもしれない。

9 月 4 日、ときどき、陸地を離れて海を旅したくなるのは、島国 (?) 生まれならではの習性だ。双胴船に乗って神戸空港沖まで出る。台風の影響もあって南風が強く、白波も出ていた。空は晴れていて日差しも十分、コントラストの高い眺めを楽しめた。大阪には雄大な積乱雲がいくつも並んでいて、雨が降る様子も観察できた。海の上には障害物がないので、気象現象もよく把握できるものだと思った。海を眺めていると、けっこう浮遊物があって、大きな角材などもあった。どこから流れてきたのだろうか。また、このところ雨量が多いせいか、プランクトンたっぷりの海であった。魚も増えてくれるだろうか?

9 月 3 日、小鯛の切り身を買って来た。ウロコも引いてあるし、腹の骨も取ってあって、ほとんど世話する必要のない状態で助かった。そのまま食べても問題のない状態だったけれども、既に焼き魚なども購入済みだったので、ミリン醤油に漬け込んで冷蔵庫へ。最近は、雑魚やら何やらと、魚を食べる機会が多い。輸入品に頼りがちな肉が、ジワジワと高価になって来たからだろうか。経済原則から言うと、肉が高価になって人々が魚をどんどん買うようになると、魚の値段もまた上がる。雑魚のような、これまで価値のないようなものが流通し始めるかもしれない。それも面白いだろうか。さて漬け込みが仕上がる明日が楽しみだ。

9 月 2 日、大学のメールシステムが更新されて、というか、全て外注になって、色々と使い方が変わった。一番面倒なのがセーフリンクというもの。URL が全て、microsoft の認証がかかった長いものに書き換えられるという仕様となっている。普通のメールのやり取りであれば、文面が長くなって見苦しいくらいで済むのだけれども、論文や文献の URL そのものをやりとりする時には、いちいち添付ファイルにしなければならないので、面倒なこと限りないのである。実はもう少し心配事があって、サイエンスの分野でもあり得ることなのだけれども、アメリカにとってマズい事が書いてあれば、全て「見てはならないもの」として処理されるのではないか、そんな恣意的なことが「システム上は可能」という点が一番気に掛かっている。まあそれを言い出すと、TCP/IP なんて西側のシステムそのものなのだけれども。

9 月 1 日、雨の日は、なるべく身軽になるように、紙の買い物袋だけを持って出歩くことにしている。この際に、普段の手提げカバンの中から、書類などを移すのを忘れていると、さああの書類、と思った時に、ガックリと来る。海辺の自宅まで取りに戻って、またやって来るというのは丸々半日を潰すようなものだから、現実的ではない。書類のことは、また明日。明日も同じ失敗をすると、来週になってしまうから、明日こそ用心しなければ。そんな時に限って、集中豪雨がやって来るのだ。夏休み (?) の最中に、大雨でわざわざ職場までやって来るか? という判断はあり得る。この 2 年で、テレワークの環境もすっかり整ったことだし。

7 月と 8 月の1行日記