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4 月30日、もうメロンが食べ頃だ。普通に露地で栽培すると今頃からようやく定植なので、余程暖かい地方で作ったのか、ハウス栽培なのか、苗だけ先に伸ばしておいたのか、何か工夫してあるはずだ。恐らくこれらの品々はデパートやケーキや外食などに流れて行くべき品々だったのだろうなー。イチゴは、そろそろ露地物の季節だ。もっとも、最近では畑でイチゴを作るなんてことは稀だろうか、収穫も面倒だし日光の当たらない面は色づかないし。全体的に、果物は同じ値段でも、品質が1ランク上になっている感触だ。あまり変化がないのがバナナ。そもそも高級品と考えられていないからだろう。果物が豊富な季節、それなりに自宅で楽しめそうだ。海のざわめきを聴きながら。

4 月29日、タンポポの種、あれは綿毛の部分が大きく開いているので、地面に種が落ちても下草などに引っかかって、そのままでは土と種が触れ合わない。雨が降ると、綿毛がしなっとして、ようやく種が土に定着するし、綿毛の部分に水が染み込む。十分な量の水が確保できるまで、発芽しないようにできているらしい。綿毛を飛ばす時に、野山と都会の、どちらが効率が良いのだろうか?とも思う。都会の路地などで、意外とタンポポを見かけるからだ。アスファルトの上に落ちたら何も生えないぞ、と、思うような場所でも、わずかな割れ目から芽が出て来るのだ、恐るべしタンポポの増殖力。

4 月28日、工事で土を掘り返したら、生えている草は全て土の中に埋れてしまって、運動場のような更地になる。そこに、どうやって種子が運ばれて来るのだろうか、気がついたら既に草が生え始めている。よく耕された土になっているのだろうか、転々と生えた雑草は日光をたっぷり浴びて巨大化する。案外、普段の土の表面は栄養が吸い取られていて、養分は深い部分に流れ込んでいるのかもしれない。芝のようなものも見えるから、次の季節にはもう緑に覆われた場所となるのだろう。どうも、雰囲気的に、更地のままで次の工事が始まる気配がないのだ、そんな更地ばかりがアチコチに。

4 月27日、ツバキの実を落とす。ツバキの花は、今頃にはもう落ちてしまって、そのあとに小さな青い実が残る。これを放置すると、どんどん栄養を吸収して、ツバキの種子になる。ツバキ油が取れるほど、カロリーたっぷりの実だ。結実にエネルギーを使うと、木の生育が悪くなるので、見つけ次第、片端から実を摘んで行く。ツバキは中低木で、手の届かない場所もある。そういう場合には幹を弓のように曲げて先端のタネを取る。これがなかなか難しい作業で、油断すると手が離れて釣り竿のように飛んで行ってしまう。その衝撃で枝が折れることもある。難儀だ難儀だ、と、楽しむ。

4 月26日、ツツジは人の背丈くらいまで伸びる低木だ。低木なので、基本的には根元から新しい芽が出てきて、しばらく伸びると水の供給が尽きて生育が止まる。そうこうする内に、また根元から新しい枝が伸びて来て、段々と訳がわからない状態になった頃に、元の枝が呆気なく枯れる。そのままにしておくと、段々と枯れヤブのようになって来て、もはや園芸植物とは呼べない状況となる。枯れ枝は台風や冬の北風でも容易には吹き飛ばされない。というのも地面に近い場だから。さてどうやって手入れしたものか?と思案して、根元を蹴ってみたら次々と枝が折れた。根本から風化してカスカスになっていたわけだ。生きている部分はシッカリしていて、ツツジは強い植物なのだと実感した。

4 月25日、いわゆる行楽日和。よく晴れて、比較的暖かい。新緑も美しく、どこかへ出かけたいな〜と思わせる雰囲気がある。普段のゴールデンウィークならば、ここでドッと人々が繰り出して ... となる。さて、静かなゴールデンウィーを迎えて、これはこれで、なかなか良いではないか?と感じたりもする。もちろん、人々全てが同じように閉じこもってしまえば、回るものも回らなくなるから、何とも言い難い所だ。さて、街路樹などの中には新緑が出ない、あるいは勢いが悪いものがある。よくよく見てみると、定植する時に根鉢を作っていたバンドが幹に食い込んだりしている。まずは、その問題の改善から手を出してみようかな。

4 月24日、オンラインという概念をもって、普通に対話している、あるいは普通に授業している感覚のまま、従来の枠組みを持ち込もうとすると破綻する。視覚を人がひとり見えるくらいに制限した状態で、多人数が集まって対話できるか?という思考実験を行ってみれば、結果は明らかだろう。会議などの場合は、参加者間の通信量が少ないので、比較的スムーズにオンライン化できる。パーティーの場合は、なかなかそう行かない。一画面をどのように、全体とも、個別にもつながれるように運用するのか?というノウハウが、まだ足らないのだ。道具としての進化を期待するという、待ちの姿勢もあれば、今ある道具で工夫するという、攻めの姿勢もあるだろう。ともかく実行してみることが肝要だ。

4 月23日、写真を撮る趣味から言うと、実は今、とても珍しい状況になっている。まず誰でも思いつくのが人の居ない都会の写真。これはなかなか撮れない。苦労して、フィルターを使って長時間露光している方もよく見かけるくらいだ。今は人が居ないから楽に撮れてしまう。ただし商店も閉まっていて、ホントに風情も何もない。結構面白いのが空の写真。筋雲や高層の薄雲が出ている状況で、飛行機雲が全くない写真が撮れてしまう。いい空模様だと思って撮っても、思わぬ方向に飛行機雲が走っていてダメな写真となる場合がある。苦労して消すくらいならば、最初からない方が良い。今は本当に飛行機が飛んでいなくて、雲も出ない。こんな事は滅多にないので、サッサと写真を撮り貯めておこう。

4 月22日、色々と pdf ファイルやら写真やらチラシやらあれやこれやと作成する必要があるので、Adobe Creative Crowd を購入している。大学勤めの間は、アカデミック割引が使えるので、ちょっとお高いゴールドカードの年会費くらいで何とか使える。映像処理のソフトは、今まで全く使わなかったのだけれども、遠隔講義の実施でいきなり使うことになった。もちろん、フリーソフトをかき集めて来れば、同じような映像処理は可能なのだけれども、ノウハウを色々と検索したり口コミで入手する必要がある。完成度の高い加工ソフトが手元にあるというのは、とても便利なものだ。ちなみに、この類の公用にも私用にも使うソフトウェアは、自費での購入にしている。

4 月21日、新入生には新しいことで、上回生には「いま目の前にあって欲しいもの」の一つが、生協食堂のご飯ではないかと思う。実のところ、大学勤めの私たちにとっても、生協のご飯は研究の活力を生んでくれる貴重なものであって、思い出せば「あれも食べたい、これも食べたい」と食欲の塊となるのである。麺類もまた捨て難いものがあって、そろそろ冷やしうどんとか、冷麺が出て来るかなーと楽しみにする季節なのである。カツ丼が大好きという生協の職員も居たっけ。時々目にする企画メニューの丼もまた美味であった。カレー激戦区の神戸にあっても、生協のカレーは美味しいと感じる。生協食堂のご飯、食べたいよー。

4 月20日、いよいよ新年度の動きが本格的に?始まる。まずは教科書販売と履修登録からだ。こういう風に互いに隔離された状況での新学期、どんな風になるのだろうか。遠隔でも色々と手続きが可能であるという証明あるいは先例となって、これから先の大学運営の引き出しの数を増やしてくれる事を祈っている。さてゴールデンウィークは ... はっきり言って、今年くらい、ゴールデンウィーク「なし」で良いのではなかろうか?在宅勤務で詰めている日々の中に、祭日がやって来て「はい休んで下さい」と言われても全く有り難くないし、どうせ働いてしまう。平時が戻って来るまで、祭日が貯金できれば ... いや、来年は祭日なくてもいいや、毎日普通に働けることの有り難さが骨身に染みてわかったから。

4 月19日、大きなタケノコと格闘する。例年になく大きなタケノコを前に、さてどうやって鍋に納めようかと思案する。大きいように見えても皮の部分が半分くらいを占めているから、エイヤッと小さく切ってしまえば良いのだけれども、それも風情がない。ギリギリ入るところまで小さく削って、何とか鍋に収める。そしてアク抜き。ついつい油断して、吹きこぼしてしまった。まあいいか、ヌカの洗浄力でガスコンロも掃除だ。自然に冷やして、皮を半分くらい取り除き、水に晒す。半日くらい、水につけておこう。その間にダシを取って、美味しいタケノコの煮物の準備。ワカメも戻しておかないと。

4 月18日、今日は煮込み時間をかけて、ポトフの調理。長時間の煮込みの場合、ともかく野菜は大きく切らなければならない。小さく切ると、どの野菜も味がスープに抜けてしまって、何を食べているのか訳がわからなくなる。大根、ニンジン、タマネギ、セロリ、トマト。包丁を細かく使う必要がないのは楽だ。ベーコンもたっぷり加えて、ひと煮立ちしたら後はトロ火で3時間。最後に少しだけ塩味の調整をして出来上がり。野菜からスープに花のような香りが移る。じっくりと作った料理も、食べる時は一瞬だ。縁あってレストランから仕入れたベーコンは、スモークがしっかりしていて、とても美味しかった。まだまだ冷凍庫にたくさん残っているから、どんどん賞味して行こう。

4 月17日、今年は、スーパーマーケットに並ぶタケノコがとても立派だ。例年、どれくらいの量が業務用に使われていたのだろうか?と想像してしまった。マグロだとかタイラギ貝の貝柱だとか、寿司屋さん居酒屋さん御用達の品々も切り身としてズラリと並んでいる。地の恵み海の恵みには事欠かない国なのだということを再認識する。狭い国土ながら、数千万人を支えるだけの「潜在的な」農業生産力はあるらしい。それを超えて人々が増えて、更に大都会に集中してしまった。都会に居てもタブレット端末しか見ない時代になったのだから、また地方へと分散して行けばいいではないか、と、ボンヤリ考えつつ、雨が近づいてい空を眺めて、海辺を散歩した。海岸で海から吹く潮風にウィルスは居ない、これが海辺に住む利点だ。台風や津波の時に備えて逃げる用意が必要だけれども。

4 月16日、海辺の我が家から、電車のようなバスのような乗り物に乗って、とある駅で下車して区役所へ向かう。ちょっと届出を出す用事で立ち寄った。消毒液が置いてあり、窓口はもちろんマスクで応対。何とも物々しい雰囲気なのだけれども、突然明るい雰囲気になった。婚姻届の提出に、若い二人がやって来たのだ。ええと、80 年は 30000 日。その 1 日が、婚姻の日であると「平均的に」考えると、10 万人住んでいれば1日あたりの婚姻届の提出件数は (100000/2)/30000 で 1 件程度となる。意外と少ない気もする。今日は友引だから、祝い事には悪くないお日柄だ。そうか、区役所は生老病死、喜怒哀楽を見つめる役所でもあるわけだ。二人の行く末を祈りつつ、また自宅に戻って、籠り勤務を続けた。

4 月15日、コロナで人々の動きが封じられた今、思うことがある。「これまで東京へ出張する必要があったのか?」ということ。大学は全国にあり、研究者も全国的に分布している。この状況下で、研究・教育に関する様々な団体活動について「東京に集まって会議を行う」あるいは「在京の会員から委員を募る」と言う仕組みは、とうの昔に時代遅れになっていた。しかしながら、この点について神戸という地方都市から何度指摘しても、「特に困ったことは生じていない」とか「機材も技術もない」でおしまいなのであった。これには、日本が中国やロシアやアメリカやブラジルやインドのように、移動に何時間もかかるほど大きな国ではないという地理的な事情もあるだろう。が、その移動には航空機や新幹線が必要だ。今こそ仕組みを根本的に変える時なのだ。地方の人材を「現地から全国に配信する形で」活かそう。

4 月14日、オンライン講義、試験的に受講してみると結構しんどい所がある。何がしんどいのか?というと、適当にやり過ごす事が面倒なのだ。音声をスピーカーで流して、大きな画面で見ているならば問題ないのだろうけれども、ヘッドフォーンをしてパソコンの小さな画面で見ていると、そこから逃れることが難しいのだ。これは YouTube みたいに「自分が見たいもの」を選んでいるならば問題ないのだけれども、授業となると、そうも行かない。画面の片隅にチャット box を発見。そこに次々と書き込んで暇をしのいだ。音楽のストリーミング配信などでは、みんな、ドコドコ書き込むんだよなー、ついつい、あのノリで。遠隔授業は、やっぱり、オンデマンドで静的に行おう。

4 月13日、予算の年度末執行の弊害の一つとして、よく街路樹の剪定が挙げられる。春先はいよいよ木々が芽吹こうとしている時期なので、樹液が上がり始めていて、その時期に幹を切ったりすると切り口が汚くなって、菌も取り付きやすくなる。花芽がつく木だと、これから咲く花を落とすことになる。今年もそんな風景を目の当たりにして、こういうものくらい、作業完了を年度明けまで待ってもいいではないかと思ったものだ。実際に桜の木が何本か、枝を落とされて寂しい春を迎えている。しかしながら今年に限って言うと、花を見る人々も居ないから、どうでもいいかーという気もして来た。物事には、絶対的にどちらが良いという決まりはないものだ。

4 月12日、雨の日はウィルスの空中浮遊が少しはマシだろうと、海辺の我が家から徒歩の範囲内で少しだけ散歩をする。雨の日の良い所は、犬の散歩やジョギングやバドミントンなど軽い運動に出る人々がほぼ皆無で、誰にも近づかずに歩けることだ。水際では波の音とともに、遠くから列車が通過する音も届いて来る。雨の日は遠くの音が良く聞こえるという、あの現象だ。... 物理的に、どうして音が遠くまで届くのか?ということをシミュレーションしてみるほど詳しく調べたことはない。貨物列車はいつもと同じように、重量感あふれる音だ。旅客列車は実に軽い。乗客がいないのだ。空気を運んでいると表現しても良いだろう。ちなみに、列車が運ぶ空気の「質量」を求めてみると、意外と大きいことがわかる。

4 月11日、食料品の買い物には制限がないので、スーパーマーケットはお昼前と夕方には混み混みになる。時によってはレジ前が満員電車並みの人口密度にも感じられる。天井が高いとか、他にスペースが空いているなど、電車と比べるとマシな要素がないわけではない。でも、何となく思ってしまうのだ、それぞれの商品を、いつ、誰が触ったのだろうかと。ラップをはいで中身を食べるようなものは、あまり問題ない。牛乳パックのように、試しに持ってみることが珍しい商品も問題ない。選んで買えるリンゴのようなものが、ちょっと。みんな、大きくて美味しそうなものを探すために、山崩しを丹念に行っている。ま、あまり気にしないでおくか、感染る時には感染る。

4 月10日、さて遠隔講義を、どのように行うかだ。一番楽なのは動画を撮って転がしておくこと。これなら普段通りに行える。ただ、ずーっと動画を見ておくのも疲れるものだ。real time に何かを行うというのは、どうやら危険行為のようだ。その時間に、たまたまネットが落ちたり、サーバーの容量を超えてしまったりすると、講義進行もへったくれもない。また、講義の終わりの時間に一斉に何かをアップロードさせるのも駄目らしい。となると「演習問題」のようなものを並べておいて、少しずつ解いてもらうなど、静的に勉強してもらうのが、確実な手段の一つとして浮かび上がって来る。それでいいのかなー。

4 月 9 日、Mac OS の update があった。特段何もないようなアップデートに見えるかもしれない。いやいや、随分と使い勝手が良くなった。何が一番かというと、日本語入力。キー入力が終わって、さあ確定という瞬間に妙な誤変換に変わるという、とんでもない症状に苦しめられて来たのだけれど、それがスッパリ消えた。もう一つ、長年のバグが解消している。それは、サーバーのディスクをマウントしてファイル操作した際に、時としてものすごく長い時間、レインボーカーソルが出てファインダー上の操作ができなくなるという症状。ターミナルから見ると、ファイルは見えていて移動や消去もできるのに、画面でドラッグしたら固まるのだ。昔は、不安定で爆弾が出るのが Mac の魅力だったという冗談もあったけれども、MacOS X になって随分と有り難みを感じたものだ。

4 月 8 日、海辺のわが家でゴミ出しに出てみると、すぐ向こうの浜の道を人々が歩いている。犬の散歩はどうしようもないらしい。催促されるんだろうなあ。託児所への送り迎えもこれまた仕方ない。幼稚園は閉まっているのかな、確か。このように例外はポツポツと見かけるのだけれども、確かに人々をあまり目にしなくなった。どこかで集まっていると、空中のヘリコプターに見つかって、おまわりさんが飛んで来るのではないだろうか、そう感じるほどヒッソリとした海辺の住宅街だ。さて遠隔授業となって、注意すべきことは「過大な課題を出さないこと」だろう。ついつい、あれも、これもと盛り込んでしまうと、結局は積んでおくだけになって、逆効果に過ぎない結果を生む。少し、少なめで設計しよう。

4 月 7 日、湯を沸かすという言葉、よく突っ込まれる表現の例だ。英語だと boil water で、直訳すると水を沸かすとなる。言語によって言葉の意味する範囲が微妙に違うということが見えて来る例だ。water は液体であれば water であって、boiling water, hot water, cool water など形容詞をつけて状態を表すことになる。漢語だと湯と水は別の単語だし、湯の文字が温水だけではなくて、スープまでを指す。北京の裏通りでナントカ湯という文字がズラーっと並んだメニューを眺めて、恐る恐る注文するのも楽しいものだ。何が出て来るか、配膳されるまでわからないのである。さあ海を渡って ... 今は無理。じゃあせめて、中華街かその辺りの中華料理屋さんで ... これまた今はもはや、夢見るだけの体験となってしまった。トホホ。

4 月 6 日、あわただしい、週明けの1日だった。いよいよ、次の段階に入るという情報が飛び交い、その対応に右へ左へと足を運ぶ。こういう時こそ、小異は捨てて人々の間で協力が芽生えることを祈りたいものだ。協力とは肩を組むだけではなく、「互いに近づかない」ということもまた協力である。原理原則を超えて、いまできることは何なのか?という所から考え始めることが大切だ。「それは持続可能なのか?」という視点も重要だろう。教育に目を転じると、スマホの持ち込みを制限していた義務教育という「遅れた教育システム」が、今の乱世の立ち上がりを阻害しているようにも見える。何事も、平時の事なかれ主義のままに考えていては、いけない。

4 月 5 日、自宅で使っているイスを眺めると、けっこう痛んでいる箇所が目につく。これは修理に出して ... とは思っても、いま修理に出せるような状況ではない。自分で補修することにした。全面的に座面を外して、一から貼り直しということも一瞬だけ考えたけれども、それは荷が重すぎる。座面の編みが緩んだ所だけ、部分的に補修することにした。しかし、作業を始めてすぐに気づいた。編みというものは、一部分だけでは成立しないのだ。緩んだ箇所があるならば、その緩みを何とかするには、全面的に渡る調整が必要となる。補修という手段を選んだことで、かえって複雑な作業に取り組むことになってしまった。まあいいか、それも楽しみ。

4 月 4 日、日によって、スーパーマーケットの品切れ商品が異なっている。ある日はパスタ、その次の日は肉。野菜が切れてしまうことはない。肉は冷凍保存できるけれども、野菜は凍らせるとぐにゃぐにゃになってしまうからだろう。アイスクリームが品切れになるのは目にしたことがない。クリームでは主食にならないからだろうか。お米は、結構しぶとく供給され続けている。パン屋さんの営業は全く平常で、小麦の流通は普段通りらしい。神戸大学の斜面には、これからしばらくの間、山菜が色々と生えて来る。それを掘って ... おっと、国有財産の横領になるか。放置しておくと、うりぼう様がたいらげてしまうのだけれども。

4 月 3 日、道端に落ちている枝を拾って来て水に挿してみた。広葉樹で、既に葉がしおれていたので、まず全体を水に浸けて、葉の表面からも水が吸えるようにして様子を見る。しばらくすると多少は水を吸っているようなので、葉の部分を空中に出してみる。すると、スローモーションを見ているかのように、葉がピンと張って来た。魔法を見ているようだ。この時点で水が回らない何枚かの葉は既に捨てられていて、植物の給水システムの巧妙さに驚くばかりだ。無駄に水を使わずに株を守るという、生存に必要な処置を上手にプログラムしているのだ。この後、腐敗することなく根が出て来たら水挿しは成功なのだけれども、そこはまた別の生態システムの出番だ。うまく行くことを祈ろう。

4 月 2 日、最近話題の ECMO がどういうものか、実際の所を少しカジってみた。機械としての部品の組み合わせは人工心肺に近いけれども、心臓の機能を置き換えるものではない。また、肺機能を 100 % 支えるものでもない。対応する和語がないので、新聞によっては「人工心肺」を使っているわけだ。新しいものが人々の目の前に現れた時、それが言葉として定着するには時間と手間がかかるものだと感じる。QUANTUM に対して「量子」の2文字を当てたのは 100 年前くらいだろうか。その後の量子は、ずーっと専門用語としてのみ用いられて来た。新聞に何度も登場するようになったのは、ごく最近のことだ。ただ、誰にでも直感の働く言葉ではない。まだまだ、言葉としての「量子の冒険」は続く。

4 月 1 日、e-mail は宛先や返信先など細かく設定でき、仕事上の連絡には欠かせない道具だ。ただ、メールが届く人に直ちに情報が伝わるか?と言うと、それは怪しい。メールアカウントはあるけれども、全くチェックしないという人も多いのだ。現在では便利な SNS もあるから、知り合いであれば、いわゆるメッセンジャーや DM を使う方が手っ取り早い。e-mail はフォーマルな道具として一応は確立したものだと表現すれば良いのだろうか。この状況が、複数人へ向けて何かの確認を取ろうとする時に、ちょっと難儀なのである。メールを投げてレスポンスがなければ、検索してみたり友達を探し当ててコンタクトを依頼したり、あらゆる方法で最初のコンタクトを取らなければならない。一度連絡がついたら「次からはメールを見てね」で済むのだが ...

3 月31日、毎日の通勤で利用する阪急六甲駅の近くに、この辺りでよく知られた中華料理屋さんがある。阪急六甲駅界隈の歴史の一部と言っても過言ではない。「コロナ騒動」の今、弁当や惣菜の店頭販売に力を入れている。そして、販売コーナーの店舗改装も始めた。こういう時に、どんどん新しい動きで攻めて来る所を、見習いたいものだと思う。大学に学生が通って来れないならば、こちらからコンテンツをプッシュしなければならない。Web 講義とか動画配信になったら、どんな風にやろうかなー、題材は何に定めようか。大学院の講義くらいだったら、受講者数も知れてるから、普通に実施できるかもしれない。あくまでも「通って来れるならば」と言う仮定の下でのことだけれども。

3 月30日、有名人にも訃報が。(とある意味で)成功した人ほど長く人々の前で働くことから、我々がメディアで知っている人の年齢構成は、高齢者層が厚いものとなっている。政治家がいちばん端的な例だろうか。いわゆる有識者というものも、この範疇に入る。物理学会構成員もまた同じだ。見知ったる人々の顔を思い浮かべれば、新聞に毎日のように書き込まれている、何人感染、何人死亡という数字を「眺める」のとは、全く異なる想いがあるものだ。特に、恩のある人には元気でいて欲しいと思う。← これが既に勝手な想いで、自分から真っ先に餌食となる可能性を排除している。まあ、人間、そんなものだろうか。

3 月29日、新学期のスケジュールが一応は決まっているのだけれども、この一年間について、今の時点で何か確定的なことが言えるか?というと、全く無理な状況となりつつある。公式の掲示にも、最初または最後に、決定的なことは何もないという意味の文言を付け加えられている。さて、海辺の朝は人通りが少ないし、海からウィルスはやって来ないので、風向きの具合の良い時間帯に少し散歩する。ほとんど誰も歩いていない。桜が咲いている。人々の活動が止まってはいても、木々が新芽を吹く様子は例年通りだ。こうして春は確実にやって来て、やがて梅雨となる。その頃には、どういう世の中になっているのだろうか、まずは生き抜かなければ。

3 月28日、カメラでオールドレンズを購入する時に、注意を払うべきことを一つ学んだ。それは最小の F 値には、常に設計上の無理があるということ。今日の観点から言うと、F4 でレンズを設計するのは余裕だろうと、自然に思ってしまう。しかし、それは経験則が十分に蓄積した上で、コンピューターが使い放題という恵まれた環境の上のことであって、旧石器時代に通用する常識ではない。大抵のレンズが、開放から少しだけ絞った時点で、最大のコントラストを得るように設計してある。それよりも小さな F 値を使う場合には、後で画像処理しなければならない。まあ、それも楽しみか。

3 月27日、国分寺という地名はアチコチにある。故郷のうどん県で国分寺というと、それは讃岐国分寺のあたりで、JR 国分寺駅もある。国分寺が各地に建立された頃は、流行り病に再々襲われたとも伝わる年代で、仏教をもって国家鎮護するのが目的と、教科書には書いてある。... 書いてあるけれど、じゃあどうやって鎮護したんだ?と問われると、ええと、答えようがない。お経をあげるという、今日よく接する慣習が、そのころに広まったのだろうか?とか、色々と人々の風俗まで浮かぶような、そんな学習も大切だろうか。さてコロナウィルスの世の中に、再び国分寺が脚光を浴びるようになるのだろうかと、思ったり、思わなかったり、取り止めのない雨の日の午後だ。

3 月26日、写真を撮って大変なのが、その整理。今回は、整理を全て任せているので、何もしなくても良いのだけれども、撮っただけで見ないでいるのは良くない。どの写真にも失敗している部分はあるわけで、ミスを未然に防ぐには、写真のマズい所をイヤというほど見なければならない。今回は全員合わせると 300 人くらいになる。こういう時に顔認識して、それぞれの人のフォルダにリンクを貼ってくれるソフトがあると楽だろうなー、もう存在するとは思う。ある意味恐ろしい時代でもあって、集合写真の類いは流出しないように管理しなければならない。さて、その前に、まず日常の論文読み書きから。

3 月25日、撮影で難しかったことの一つが、焦点合わせ。最近のレンズは、日中に明るいと絞りが自動的に小さくなってしまって、焦点合わせが難しい。もちろん、それを防ぐ機能も付いているのだけれども、そのボタンをいちいち押すのも面倒臭い。これはもう、15 mm くらいのマニュアルレンズを探すしかないか ... と思っても、選択肢はそれほど多くない。少し研究しておこう。サブカメラの方は、50 mm のマニュアルレンズを取り付けていた。こちらでマズかったのが F 値の選択。古いレンズであまり小さな F 値を選ぶものではない。辺りが夢のようにボヤけた画像になってしまう。F2 くらいから先を使うのが無難だ。ま、これらの問題は、ある程度は後処理で何とかなる。手間を増やすのは良くないけれども。

3 月24日、急遽、小規模セレモニーのカメラ担当を引き受けることになった。機材は、普段から使っている Lumix を大小 (?) 3 台用意。さて問題は、持っているレンズがほとんど全て、固定焦点であること。撮影場所はデッキの上にあるので、長い焦点距離のレンズを使うと「柵越えして奈落の底へ落ちる」まで後ずさりする必要があるのだ。25 mm でも、まだ少し長すぎる。そこで取り出したのが AI NIKKOR 24 mm F2.8 という、年末のレンズ祭りで仕入れたオールドレンズ。日光が差し込むと、迷光が画面を焼いてしまう難儀な所もあるけれども、目立った収差がなくて良く写る。予備カメラは 15 mm F1.7 と 12 mm F1.4 の、一応は LEICA 認証の入った自動焦点レンズ。絞り値は全部 F2.8 に揃えておこうか。日光があれば十分だろう。SD カードはフォーマットして、電池は充電。準備万端?ということがあり得ないのがカメラの怖い所だ。

3 月23日、バジルを買って来て、水に挿す。うまく発根してくれれば、実生苗を育てるよりも手っ取り早くバジルを収穫できる。少し暖かい時期になると、発根が早まる場合もあるのだけれども、発根する前に腐ってしまう率も上がる。春くらいの季節が挿木に向いているようだ。日照時間も微妙に関係しているのかもしれない。発根には陽が当たる光合成の時間よりもむしろ、暗い夜の方が必要なのだろうか。ミントも同じように水挿しで苗が作れる。こちらは、いつやっても、ほぼ確実に発根する。植え付けると、その場所の栄養分を吸い尽くしてしまうまで成長して、憎たらしくなる。この辺りに、園芸というものの難儀な側面があって、そこそこ栽培が難しくないと人々の関心を引かないのだ。

3 月22日、節分の豆まきに使う大豆、あれを土に植えると、大豆が半分に割れたような双葉が芽吹く。大豆もやしの姿そのままだと考えると良い。ではそら豆は?ずーっと今まで、きっと巨大な双葉が土から顔を出すのだろうと想像していた。ではやってみよう、と、生のそら豆を買って来て、土に植えてみると ... いつまで待っても、双葉が出てこない。どうなってるんだ?と思っていたら、ヒョローっと、スィートピーみたいなツルが伸びて来た。最初は、それがソラマメだとは気づかず、何が生えて来たんだろうか?と思案したほどだ。豆の仲間の中には、ずーっと双葉の部分が土に植わったまま、という変わり者もいるのだと、初めて知った。

3 月21日、木の幹は、どうして円筒形なのだろうか?単純に、形成層で細胞増殖が起きるだけならば、凸凹ができた時に、それが修復されることなく段々と乱雑な表面になって行き、綺麗な円筒にはならない。凸凹を修正するような働きが形成層にはあるはずで、しかもそれは局所的なルールで決まっているはずなのだ。また、それぞれの樹木の表面に現れる模様も面白くて、プラタナスのように複雑なパターンを形成することもある。これまた統計物理学が登場しそうだ。生命現象の中には、様々な数学が隠れているのだろう。研究テーマにしてみようか。きっと、既に沢山の研究がなされているとは思うけれども。

3 月20日、神戸大学理学部物理学科の偏差値は? ... そういう概念には興味がないというか、敢えて目を向けないようにしているのだけれども、やっぱり気になって見てしまった。結果はまあ、見ればわかることなので、ここにわざわざ書くまでもないだろう。最近薄々感じていることは、この偏差値という数字に従って進学先を選んでいるであろう受験者も多いらしいということ。絶対に物理学がやりたいんだ、という感覚の受験ではなくて、まあ理学系やったらどこでもいいんじゃない?という感じ。それは良くないことなのか?というと、何とも言えない部分がある。大器晩成という言葉もあって、何となくボンヤリと過ごしていて突然ある時、開眼するパターンもあるのだ。しかしまあ、偏差値、そんな値だったのか。(←まだ気にしてる ...)

3 月19日、大阪と兵庫の間で不要な行き来は自粛せよとのことで、祭日ではあるのだけれども、海辺の我が家から電車に乗って大学までやって来る。あ、海辺の我が家が兵庫県の海辺であることをバラしてしまった。さて大学で何をするのか?というと、まずはプレプリントのチェック。それから、大切な仕事がもう一つ。変換学習のリセット。Mac OS のカナ漢字変換が、最近とても妙な動きをするので閉口していたのだ。よく言われるのが、フロントエンドプロセッサーを「昭和の使い方」で鍛えようとするのは、現在では悪影響しかないということ。文節変換なんか今では誰も使わないんだよなー。というわけで、エイヤッと、妙な学習の履歴をリセットしてしまった。さあ、また執筆へ。と、日も傾いて来たので、海辺の我が家に戻ろうかな。

3 月18日、阪急六甲から神戸大学へと登る道は山道だ。住宅の間を通っている道もあれば、崖道やら藪の中をくぐり抜けるような抜け道もある。今日は風も弱くて、辺りは春の香りに包まれていた。田舎の匂い。要するに、冬の内にイノシシやら鳥やら犬やらネズミやら、あらゆる動物が落として行った肥やしと落ち葉などが混ざって発酵する、あの香り。雪国のスキー場などでも、あたり一面に匂い立つ。牛や羊が放牧してある場所では、贈り物の周囲から猛烈に下草が生えて来る。花が咲き乱れて、お花畑のように。春先は黄色い花が目立つ。さて次は桜の出番だ、もう後数日だろうか。

3 月17日、人間の目でレンズの働きをしているのはどこ?と問われると、大抵の人が水晶体と答える。「中学理科 目の構造」あるいは「中学理科 目のしくみ」で画像検索すると、それそのままの図がヒットする。しかし、これはちょっと、何とかしなければならない図なのである。ここでレンズと称しているのは凸レンズのことであって、凸レンズの働きが最も強いのは角膜表面なのだ。水晶体もまたプラスチックレンズ並みに屈折率が大きいのだけれども、人間の目の場合、どんなに頑張っても角膜によるレンズの働きに比べて、半分くらいまでの集光力しか得られない。従ってレンズと称するのであれば、角膜表面もレンズ、水晶体もまたレンズ、これらの複合レンズにより網膜に像を結ぶ ... が正解となる。もちょっというと、網膜に結ばれたボロい像から得られる情報を、かなり脳神経系が「盛って」いるらしい。これは携帯電話のアプリ真っ青な情報処理だろう。どんなふうになっているのかな?

3 月16日、冬に戻った1日。六甲山は雪化粧、神戸大学でも雪が降った。気温もけっこう低くて、日陰には小さな吹き溜りもできた。大学の Home Page には、新入生向けのガイダンスが web 資料で公開された。一度こうして作っておけば、来年からも使い回しできるし、わざわざ集まってガイダンスする手間も減らして行ける。今年のコロナ騒動は、これらの「省力化」の背中を押したのかもしれない。大切なことは、こうして省かれた手間を継承して、いや更に進めて行くことであって、時計の針を巻き戻すような議論には目を光らせておかなければならない。「昔はこうだった」とか「これが常識」という言葉は、聞いた瞬間に古い!と考えるようにしよう。あ、さっき、私、これらの言葉を口にしたな、トホホ。

3 月15日、ティッシュペーパーの供給はようやく戻って来たけれども、トイレットペーパーはまだまだ回復が鈍い。購入制限をしている状態だ。一度、家庭から空になってしまった物品は、入荷してもどんどん我先に買い求められて、けっこう長い期間に渡って不足状態が続くわけか。イザとなったら、ティッシュペーパーで「用を足す」か?大昔は、丸いロールがなかったから、トイレには「ちり紙」が積んであったものだ。いま和式トイレに戻れと言われたら、もう無理。贅肉たっぷりの重たい体で、あのしゃがんだ姿勢を長時間保ったら、翌日は筋肉痛になることだろう。これを機にウォッシュレットが進化するかな?

3 月14日、物理屋同士の場合、もちろん商売仇といえる相手は沢山いるのだけれども、商売仇だからといって「あの陣営とは口もきくな」ということはない。互いに、秘匿すべき情報があれば、それについては言及できないのだけれども、誰とでも物理という共通の方向を持って議論を進め、互いのアイデアを埋め合う内に新たな進展が得られたりもする、そういう状態が普通だ。こういう open な慣習に慣れきっているので、時と場合によっては周囲から驚かれたり、怒りを買ったり、呆れられたりもする。では世間に合わせるのか?というと、相変わらずなのであって、物理屋は物理屋の道を行くだけなのである。人々の行いについても、履歴を辿ればそれは物理現象としては一意であるという信念がある。それをどう解釈するかは各個人の自由だし、そこは open に考えて良いのだと思う。一週間を振り返って、ふと、そんなことを考えた。

3 月13日、今日は13日の金曜日として歴史に遺るのだろうか?株価がこれだけ一気に落ちたのは、ブラックマンデー以来のことだ。翌日の新聞は、株価の一面が黒三角ばかり。ただ、実体経済への影響は、かなり遅れてやって来た。その当時はネットも細々とした e-mail と fj の掲示板くらいだったし、まだまだテレビと紙媒体でのノンビリとした情報伝達が主体だった。今の SNS の世の中は、どちらの方向にも速やかにブレるものだと今回の騒動で感じた。で、コロナが去ったら株価が戻るか?というと、さてどうなんでしょうね、今まで財政支出で持たせていた部分が消し飛んだということは、誰しも認識している所で ...

3 月12日、普段の平日の昼間の街は、ご高齢の方が目立つ。これは当たり前で、生徒・学生は学校に通っているし、就職してバリバリ働いている世代はそれぞれの職場で過ごしている。ところがここ数日、街が若者天国と化しているのだ。コロナウィルスに感染した場合の致死率について、高齢であるほど高いというデータが人々の耳に入るにつれ、それに当該する年齢層の人々を見かけなくなった。家族に諭されて自宅か近所で過ごしているのだろう。一方、若い人々に蟄居していろと、いくら言っても無駄であるし、エネルギーは外で発散してこそ。というわけで、深夜の街から様々なツイートが飛んで来るのであった

3 月11日、普段とは違う持ち物を携えている時は、色々と油断できないものだ。ファイルを手に持って銀行の ATM で作業をした後、その場を離れるとファイルがどこかに。あ、ATM の横に置いたままだ!と、気づく。そこで慌てて、エスカレーターを「駆け下りる」という危険行為に出る。後続の人がもし居れば危なかった、と、後になって思う。ともかくも「忘れ物しましたー」と声をかけて、ATM 横に置いてあったファイルを回収して、再び職場へ。今度からは、ちゃんと手提げ袋などにファイルを入れて持ち歩くようにしよう。この時期は毎年、色々と振り込みがあるものだ、もう少ししたら地方税か。

3 月10日、まあまあ暖かくて、日中も薄暗く、雨がしとしと降り続く。下草が伸び放題、石垣のコケも緑を増した。このような条件の下で伸びた植物は、何となくヒョロリとした感じとなる。カラスノエンドウは伸び放題に伸びて、バッタリと倒れてそのテリトリーを広げる。初夏までにタネを作って、あとはじーっと暑い夏を地面で耐えて、寒い季節になると再び活動を始める。どういうスイッチに従って、このような周期を作り出しているのかは知らない。赤い花は、まあまあ綺麗だ。後期試験へ挑む受験生たちも、この雨の日に学力を伸ばしていることだろう。前日に開いた教科書や参考書にズバリ的中などという幸運があるだろうか?

3 月 9 日、合格発表の掲示はないのに、親子連れがチラホラと。ああそうか、下宿探しなのだ。不動産の契約には保証人が必要なので、親が居れば契約をサッサとできるのだ。もちろん保証人は印鑑をついて、必要に応じて身分証明となる書類を添付するだけで良いので、顔を見せる必要はないのだけれども、親子揃っての契約の方が重要事項の説明なども楽だろう。部屋が決まったら引っ越しパックに、寝具や家具などの見定め。今は携帯やタブレットが一番の「家具」で、後は冷蔵庫が必要かどうか?といった所だろうか、「下宿」という言葉自体がもう使われなくなり始めていることだし。新生活様変わりの世の中だ。今年は静かな新学期となりそうだ。

3 月 8 日、スケートリンクが閉まってしまって、休日に体力づくりをする方法を考えなければならなくなった。一番簡単なのが散歩。登山もやってみたいのだけれど、今の時期は花粉が飛びまくっていて、山道に分け入ると悲惨なことになる。というわけで、海辺の我が家から、海に添った道を延々と散歩。そのまま三宮へ ... いや、都会の海辺は甘くないのである。アチコチに埋め立て地があって、海辺を歩くことを阻んでいる。このような場所に到達するたびに大回りして、再び海辺に出てと、妙な道なき道を散歩して、ようやく三宮までたどり着いた。延々と東に向かって歩いた後の帰り道は、西向きだ、そして日が暮れた。体重たいして減らず。

3 月 7 日、コロナの感染が広まって来て、街からますます人々の姿が消え ... ええと、そういう訳でもない。確かに、学校が休みになって、クラブ活動についても禁止ということで生徒児童を見かけることは激減したけれども、スーパーマーケットは相変わらずというか、普段より買い物客が増えたような印象すらある。商品にも変化があって、外食できないならば家で食べようかという客が目当てなのか、次々と目新しい食品が並ぶようになって来た。今のところは物価に目立つた変動はないように映る。ただ、工業製品は品切れが多くて、ノートパソコンなどは買おうにも現物が払底して、どうしようもない状態だ。中古が人気になるかも?

3 月 6 日、コンクリートは少しずつ溶ける。雨が流れると、石灰分が二酸化炭素を含む水に少し溶け込んで、少し離れた環境の異なる場所で再び固体に戻る。鍾乳石を作る原理と同じだ。あるいはサンゴや貝殻として海の中で固定化されることもあるか。この過程が、溝や水路の途中で起きると厄介なことになる。俗に詰まる、と呼ばれる現象だ。骨材を含まない石灰だけの塊となるので、石のように硬いわけではないのだけれども、それでも叩かなければ取れない程度の硬さはある。通常の水流だけで吹き飛ばすことができないので、一旦詰まり始めたら、ガシガシとかき落とすか、専用のジェット水流で削り取るしかない。コンクリートの建物のそばで水が溢れたような跡を見つけたら、この手の詰まり方をしている可能性がある。観察あるのみ。

3 月 5 日、しばらく前に、アザミの苗が売られていたので購入した。寄せ植え用の山野草としての販売で、あんなものを寄せ植えにしたら大変なことになるんじゃないか?と不思議に思いつつ、単独で鉢植えにする心づもりで入手した。水をやって陽に当てていると、やはり素性を現してドンドン成長、うーん、鉢植えくらいで良いのかなー、地植えにしないとダメかなーと思うほど大きくなり始めた。元々がアザミなので、こうなることは解っていたとは言っても、やっぱりデカい苗になると元々の可愛らしさが懐かしくなる。大きいと言えば、スペイン料理に使うアーティチョークもまた、アザミの近縁種だったっけ、あれも栽培したいと思いつつ、その大きさ故に遠慮していた。挑戦してみるか?

3 月 4 日、卒業式を行わないことになった。衣服のレンタル、祝賀会や二次会なども多くが解約となり、○千万単位のお金の動きが凍りついたわけだ。昨今の状況では、こうなることは予測の範囲内であったとも言えるだろうか。さて、改めて「卒業式」を眺め直すと、その意義がだんだんと変化して来たのだろうと感じる。今はどちらかというと SNS に投げる写真撮影の機会として重宝されている。通信制の教育機関では、卒業式もネットで行う所がある。この試みは、あらゆる騒動にほとんど影響されないという強みがあって、一歩進んでいるなーと思う。自主ヴァーチャル卒業式でも立ち上げるか???

3 月 3 日、きょうはたのしいひなまつり。そのうららかな日に入った知らせが「神戸市で感染者」とのこと。事実としては「感染者が検出された」であって、たぶん少し前から細々と感染のバトンタッチが行われていたのだろう。何ができるかというと、何もできないというか、今までと全く変わることがない。例年、冬の間は手袋をして、なるべくドアノブなどに手で触れないようにしている。大きな病院では、看護師などがドアを開ける時には、常に肘かどこかでボタンを押していて、手をなるべく使わないようにしている光景を見かける、その真似。火を通したものを食べるとか、帰ってきたら花粉落としを兼ねて着替えたり、花粉がすごい日にはシャワーを浴びたり。まあそうやっても感染する時には感染するから、後は免疫を信じる。そして自粛はせずに楽しく過ごす。そんな所かな。

3 月 2 日、神戸の観光船ルミナスが民事再生というニュースが飛び込んで来た。運行会社のホームページの記事などを読むに、コロナ騒動が最後のひと推しになったことは確かだけれども、構造的に採算割れとなっていたようだ。神戸の観光船をいくつか乗り比べて思うのは、素敵なオープンデッキがある船が「より楽しめる」ということ。これは、宇高連絡船に何度も乗ったという昔の経験から来る郷愁かもしれないのだけれども、やはり海は海風に当たってナンボだ。これからどう再生して行くのか、あるいは船を売却するのかは分からないけれども、乗船する誰もが海風に当たれるような航海に出て欲しいなーと思う。

3 月 1 日、肉を醤油漬けにしておいてからオーブンで焼くと、少しハムっぽい色になった。塩を含んだ状態で加熱すると、こうなるらしいとわかって「ハムの作り方」など、ネットで閲覧してまわる。なるほど、まず塩に漬けておいて、塩抜きした後で乾燥・加熱という工程でハムが作られるわけか。生ハムの場合は塩抜き工程がなく、そのままの熟成となる。大きな冷蔵庫があれば、自宅でハムを作って楽しめるだろうなーと思いつつ、やっぱり買って来る方が楽でいいや、と、楽な方向へと流れる現代人の自分、まあそんなモンだろう。何より、冷蔵庫で腐らしてしまったら、庫内の掃除が大変だ。胞子はすぐに、他の食品に飛んで行ってしまう。

1 月と 2 月の1行日記