11月と12月の1行日記  

10月31日、カボチャを切って、鍋に積む。ダシを少しいれて、フタをする。蒸気が回ったら、仕上がり。これは、簡単な調理ではあるのだけれども、カボチャは水を吸う野菜なので、水がなくなって底が焦げることに注意しなければならない。カボチャの種類によって、吸う水の量が違うから厄介だ。そして調理に入ると、見事にコゲを作ってしまった。スープだったら、焦げたらおしまい。カボチャの場合は、焦げても上の方は「スモークかぼちゃ」になってて、案外美味しい。底の焦げは、ダイオキシンを含んでるかどうかは知らないけれど、ともかく食えたモンじゃないから、そこだけ削って捨てる。どうせなら、焦げ専用の調理鍋をひとつ作っておこうか。昔は、万能鍋で、そういう荒っぽい調理もやってたな、確か。

10月30日、画用紙にシマウマの輪郭を描く。そして「シマを描いて下さい」と、ホイッと誰かに手渡してみよう。おおよそ縦縞だという所までは誰でも知っているだろうけれど、細かい所になると落とし穴が幾つも隠れている。このシマウマ、今まで「単純に野生の馬で、縦縞模様のもの」だと思ってたら、馬とロバの中間くらいの生き物なのだそうな。馬の方は、ほとんど野生のものは居ないのだとか。今度、動物園へ行ったらよく眺めておこう。さて馬が登場したのは何故かというと、弦の振動の話をしていて、ふと胡弓が出て来たからなのである。あ、いや、胡弓じゃなくて二胡の方だった、何だかこっちも似て非なる物だ。シマウマとウマとロバにせよ、胡弓と二胡にせよ、並べられると誰でも違うと言えるものであっても、頭の中では混ざってしまうものだ。政党の名前も何が何だか訳がわからなくなって来た、かつてはマンガに出て来る(憎まれ?)政党は「民自党」であった。今はどうなんだろうか ...

10月29日、今まで、主に1人で使って来た居室を3分割することにした。自分が使う「穴熊の巣」の一角、ビジターが何週間でも滞在できるような窓際のコーナー、そしてセミナーや打合せを行う残りのスペース。あ、それから、水道と流しがある一角は掃除道具を納める場所に。この作業の一番の難所がパソコン器機の移動。よーく考えないと、電源が足らなかったり、接続コードが短くて使い物にならなかったり、あれやら、これやら。模様替えの作業を始めて、すぐさま思ったことが一つ。知らぬ間に「ごみハウス」と化していたのだ。あちこちに、当座は不要なものとして置いてあったものが、完全に不要なものへと変化して、ゴミの山に大変身。もうこの際、全て処分しようと部屋の真ん中に出して積んでみると、身動きが取れなくなった。引き出しの中身も吟味しないと駄目だなー、頭の中身も似たような状況なんだろう、いつか書いたように。

10月28日、熱平行状態かどうか?という概念は、物理やっててもピンと来ないものがある。刃物を焼き入れすると固くなるのは、マルテンサイト変態という現象で、これは急冷によるものだから結果として得られるのは準安定状態。そのまま置いておくと、長い長い、地質学的時間の後に柔らかくなってしまうらしい。刃物の場合は、焼き入れのままではモロくて使い物にならないので、何百度かで焼き戻しする。この時の温度管理が粘り強くて長持ちする刃物の秘訣らしい。これは、日頃から何度も使う刃物の場合の処理。日本刀はどうだったのだろうか?あれは武器だから、どちらかというと一撃必殺の道具で、何度もガシガシと使う性格のものではないような気がする。研いで行けば、そのうち鋼が無くなってしまうという構造も、日常的に使う刃物とは全く造りが違っている。あ、熱平衡の話だった、ともかくも、包丁を沸騰した湯につけて消毒するのは、特定の目的が無い限り止めた方がいい。

10月27日、西宮のガーデンズの入り口まで行ってみた。西宮北口は、再開発されたとは言っても、一歩離れるとそこは昔ながらの戸建てが並ぶ住宅地。そこへ陸橋の通路が延々と昔の球場の方へと続いて、こつ然と現れるショッピングモール。ちょっと不思議な感覚なのである、西宮北口からならば、チョイと足を伸ばせば梅田も三宮もすぐそこなので。後で地図を見て、ちょっと納得したのが「見た目には大きく見えるけれども、実はコンパクトにまとまっている」こと。梅田にしろ三宮にしろ、あそこへ行って、次はあちら、と何カ所も巡るには合計で何キロメートルも歩かなければならない。それも、あの人ごみの中を。ノンビリと買い物したいなら。箱庭みたいなショッピングモールがいいのかも。で、何を仕入れたかというと、砥石を六本。合成砥石は、本気で勝負すると6時間くらいで一本使い切る。気がついたら、刃物の代金よりも、砥石の方が高かった、なんてことも。天然砥石はとても高価だけれど、そんなに速くは減らない。

10月26日、家電メーカーが苦労している、という話題ばかりの新聞を見て毎日思うこと:小型軽量の新技術が iPhone であれ何であれ、眼鏡をかけて「よーく眺める」必要があるのでは、あまり役に立たない。焦点を合わせる目の方を何とかアシストしてくれ、と言いたいのである。自動焦点眼鏡、自動焦点コンタクトレンズ。冗談と思うようなことも、実現されて来たのが家電の歴史である、腕時計テレビの例を語るまでもなく。動的屈折率コントロールなるものが、広い屈折率の範囲で実現できたならば、これはもうノーベル賞ものと言って良いマテリアルサイエンスの勝利である、世の中の進展を期待したいものだ。

10月25日、ラベンダーの太い枝が立ち枯れしてしまったので、枯れた枝だけ切る。太い所は、何かに使えそうな気がしたので、ためしに削ってみた。加工は難儀であった、まず表面がデコボコしていて、何かに使おうと削っても皮を巻き込んでいて更に削るか、それともエポキシか何かで埋めるしかない。繊維が固くて、木口の加工に手間がかかる、そして何よりも、苦労して削った材は軽くて、削りにくいにもかかわらず爪で容易に凹んでしまう。道理で世の中にラベンダーを加工した木工製品がないわけだ。ちなみに、ラベンダーの木化した茎には、ラベンダーの香りは全くない。これは、楠やメープルとは違う所だ。懲りたから、苦労の注ぎ甲斐があるウォルナットの加工に戻った。クルミの系統の木は、削り易くて、肌触りが良くて、表面の見た目もそれなりに奇麗。拾って来た小枝たちも、ただいま乾燥中。

10月24日、1982年12月に発売となったのがエプソンの「テレビ付き腕時計」。もう30年も前のことになる。伝説と化したこの製品、どんなものだったのか?とふと思って検索してみると、腕時計部分はディスプレイで、本体から接続コードが伸びているのであった。そこから携帯電話のテレビが一般化するまでに20年、色々な技術が積み重なって少しづつ進んで行くのが家電らしい進化だ。じゃあ iPad のご先祖様は?西洋の人に聞くと石板だと答えるであろう。中国人なら竹簡か。いや、どちらかというと工事現場で使っている工程表の看板がそれに近いかもしれない。冗談抜きで、工事現場のボードって、どうしてあんなに凝縮されているんだろうか?と不思議に思ってしまう。さあ、今日も文書かきかき。

10月23日、天気図を見ると前線は一本。降雨レーダーを見ると2つの降雨帯が。気象予報士向けの解説資料には、前線が二段構えになっていることが予め注意してある。じゃあ天気図の前線はどっちの方かというと、後ろに控えている方が「親玉」との判定。確かに、ウィンドプロファイラーの断面図を見ると、暖気の乗り上げが奇麗に見える不連続線面は「親玉」の方につながっている。細かい所は、850 hpa の図を色鉛筆で塗って確かめるのが予報士の職人技ではあるけれども、今日のような場合は気象シミュレーションのデータに直接アクセスする「可視化」の手段があれば、と、思った。まあ、アンサンブルの内の一つだけを取り出して来ると、それが一人歩きするという危険はあるのだけれども。ともかく、今日は2つの雨の合間をかいくぐって、大学まで「涼しい登山」を楽しめた。

10月22日、圧力について説明する場合、パスカルの原理は重要なポイントだ。天気予報の効果もあって、パスカルの名前は広く世に知れ渡っている。但し「ヘクトパスカルさん」だと思っている人が居るかもしれない。さて本家本元のパスカルさんとは全然関係ないのだけれども、コンピューター言語にパスカルというものがある。何をするにも begin と end に囲まれていて、アルゴルのゴリゴリさを受け継いでいる。C言語の { と } を begin と end にすると、パスカルっぽくなるという人も居るかな? いや、Cは「戦場の言語」で、パスカルのようにスッキリとはしていない。パスカルは教育に適した言語だと言われたこともあった。高校の教科書を開くと、そこにあるのはベーシック言語。うーん、今日、プログラムのオタクになる中高生って居るのだろうか?

10月21日、今日は日曜日だから、大学で「締切のある仕事」を進めよう、と思っていた。みんなこの時期は忙しいものだ、もう一つ別の「締切のある仕事」を進めた方から書類が届いた。うむ、これこそポアソン分布というべきなのだろうか、書類や締切は、ますます書類や締切を呼ぶのである。この状態を嫌だと思ったら精神衛生上宜しくない。有り難くも仕事があるのである、どんどん片付けて行くことに生き甲斐を見い出そう。さー、片付いた、よっしゃー、と、意気込み新たにした時に、もう一つ別の「締切のある仕事」が届いた。どんどん楽しくなる日曜日である。明日からも頑張ろう。楽しいな〜(涙?!)

10月20日、この夏、大学前の斜面で立派な松が立ち枯れした。立派な樹形の松が、突然枯れた理由はよくわからない。マツクイムシか、単なる乾燥か、それとも?ともかく、そのままでは腐って倒れる危険もあるし、見苦しいし、何よりも害虫の温床になってしまう。そう思いつつ毎日その横を通り過ぎていたのだけれど、今日は切り株になっていた。ちょうど、座れるくらいの高さの所で真横にスパッ。そして、角になった所を丸く削ってあった。根元から切らずに、枯れてもしばらくは腰掛けになるように、という配慮だろう。長持ちしてほしいな。

10月19日、漢字の昔の形は漢字辞典を見れば載っている。但し、現在使われている一つの文字に、幾つもの違った古形があるわけで、全部載せると文字一つ一つに一冊の本が出来上がってしまうようだ。現在使われていない文字は?どうも、これが色々とあるらしい。現在ならば複数の漢字を当てる所に、複雑な漢字が一字とか、そもそも「漢字もどきの文字」がアチコチに存在していた時代というのもあるらしくて、そこからの借用だとか。いやまあ、そんな事を言い始めると、世界中でいま使われている漢字も何種類かある訳か。後世、どんな漢字が生き残って、どれが淘汰されるんだろうか?バイキンマンの「黴菌」という2文字、菌は生き残るとして「黴」は完全に忘れ去られるであろう。パンを表す漢字、誰か造って!

10月18日、引き続き本棚の話。何冊も同じ教科書が、新品のまま隅っこに積み重なっていた。色々な機会に、教科書をサンプルとして頂戴することもあるわけで、積み重なると「本棚の肥やし」となってしまうのである。さてどうするか?アマゾンに出したり、売ったりするのは「たぶん」良くないことだろう。例えて言うならば、食料品店で試供品として頂戴した小袋を売るようなものだ。また、保管している間にも紙質が劣化しているかもしれない。しかしながら、そのまま廃棄する、リサイクルに出すというのも、何となく書物を素末に扱うようで気が引ける。まあ、「先輩からもらった教科書がもうボロボロになって」という人も居るだろうから、必要な人に譲るくらいが関の山か。とりあえず、誰でも手に取って読むことができる書棚に置いておこう。

10月17日、本棚も整理することにした。お世話になった「楽々 LaTeX」も、開かなくなってかれこれ10年。Linux 入門本も、古典的価値を見いださない限りは手元に置いておく意味がない。カーニハン・リッチーの「プログラミング言語C」、これは名著だから保存。単にC言語の解説のみならず、プログラムは何をどう考えて組んで行くべきか、そういう哲学が詰まっている。数値計算の本は、昔の方が凝っている。計算機リソースが貧弱な時代に、どうやったら意味のあるデータを導き出せるか?そういう勝負を続けて来た重みが詰まっている。Wilkinson なんかは、今から同じレベルのものを書こうと思っても書けないんじゃないかと思う程だ。良くないのが、最近の「プログラミング入門書」の類い。全部が全部とは言わないけれども。どの言語でも「同じ演習問題」を行う風なものは良くない。本棚がこうなのだから、私の頭の中も「役に立たない知識」ばっかりなのかもしれない。

10月16日、外国人が日本にやって来て何らかの活動をする場合、在留許可が必要となる。また、(観光とか友人に会うとかは別として)何らかの活動を目的として入国する場合には査証も必要となる。在留許可を取っていれば、査証の申請がスムーズに行き易いと書いてある資料を目にすることがある。また、査証があれば在留許可の申請が行い易いと書いてあるものもある。どっちが先?と一瞬迷ってしまうのだけれども、一般的な答えはないようだ。両方とも申請の手続きを進めて行って、指示された、あるいは質問された事項に回答する資料を作成して行くもののようだ。入国しようとする個人の履歴、国籍などによって、随分と事情が異なって来る。重大なトラブルの前例が少ない国の方がスムーズであることは言うまでもない。我々も、海外へ行く時には Gentleman であるべきだと思う。そういう積み重ねが、国家間の信頼を増して行くのだから。

10月15日、気がつけば紙ゴミの山。場所があるから置いておけ、と思って積んでおいた紙を、全てリサイクルに回すことにした。ある程度の時間、書類を積んでおくという事は「掘り出す」必要に迫られた時の安全弁と言えなくもないけれど、最近では殆どの書類が電子化されてしまったので、積んである書類は「まあどうでもよい」レベルのものばかりとなった。もちろん、個人情報が入っていたりマル秘のものはリサイクルには回さず、某所で処分する。論文の別刷りも、完全に意味を失ってしまった。最近では、別刷りを作らない選択肢が一般的になって来たし、そもそも紙媒体が存在しない雑誌もある。この際、一括して捨ててしまおう。製本された、ナントカ成果報告書なんて問うまでもなし。

10月14日、御堂筋が歩行者天国で歩けると聞いて、早速行ってみた。御堂筋が、と、信じて梅田から徒歩で南下する。が、車道には自動車が普通に走っているではないか。中之島を過ぎて、ようやく交通規制が始まった。ここから心斎橋までが歩行者天国。色々なブースが出ていました、官製動員かけたようなのもチラホラ。心斎橋からは千日前線で上本町に出る。頼んでおいた砥石を購入。カーボン製で荒めの中砥石で、刃物の整形にピッタリの品だ。そこから阪神電車に乗って三宮のカメラ屋さんへ移動、写真を焼く。待ち時間の間に、展示のレンズをアレコレと見ていると妙なものが。ニッコールの玉にアダプターを付けてデジカメに接続してある。重厚さがあって、手に持つ感触がいい。最近のカメラは「軽すぎる」かも。

10月13日、見積もりを出すというのは、結構な手間がかかるものだろう、取る方は「何件でも」取れるわけなのだけれども、一件しか採用しないわけなので落選した見積もりは「無駄なもの」になってしまう。かといって、見積もりを廃止すると、どのような方法であったとしても結果としては談合に近い状態となってしまう。この現象を見る尺度は2つあると思う。一つは古典経済学的に投資の無駄から考えて行くこと、もう一つはマルクス経済学的に労働から考えて行くこと。いや、まあ、そういう言い方をすると経済学の随所で「2つの尺度」が登場することになるのだけれども、市場経済で「採用されないものへの労力」をどう考えて行くのか、学んでみたくなって来た。神戸大学には専門家が居るはず。たぶん。

10月12日、ヤブ蚊がようやく去り、気になっていた下草刈りを開始。要領が悪いので、30分くらい作業して数平方メートルくらいしか刈れなかった。植えてある植栽も、徒長していれば短く直し、花をつけている野菊があれば残す、いろいろと考えながらの作業なので仕方ない面もある。もともと石庭風に造っていた所が、全て草に覆われつつあるので、また暇を見て石を補充しなければならない。庭は、つくづく Keep することが難しいものだ。また、楠やらカエデやら、大木になるものを色々と残して管理している現状も、いつかは見直さなければならない。地植えの木を盆栽のように管理することは、なかなか困難だからだ。まあ、どれを残すかは自然に任せよう。「管理人」がどうこう考えても、木々の勢いというものは変えられないものだから。

10月11日、弾性体というとコンニャクだよなー、と、いつも思う。但し、コンニャクが、どれくらいまでの変形の範囲で線形の弾性体として振る舞うのか、そこは全く知らない。非線形に変形する領域を経て、弾性限界まで行くとその先は破壊である。塑性変形することは、少なくとも目の前で常識的タイムスケールの下で観測する限り、有り得ないことだ。(←と思う。)但し、ずーっと圧力をかけておくと、段々と水が抜けて行くことは有り得そうだ、豆腐みたいに。このコンニャク、一体どういう高分子なのだろうか?工業的に合成される高分子とは違って、意外と資料が転がっていないものだ。調べておくと、何かの折に、チョイと話すことができそうだ。なお、毒性のないもので「コンニャクを一発で溶かす方法」というのも知りたいものだ。

10月10日、入国管理局を目指して三宮からテクテク南下。が、あれれ、目標のビルは工事中。そんなバカな。南東にある合同庁舎まで足を延ばして、ガードマンさんに聞いてみると「工事しながら業務やってます」とのこと。戻ってみれば、グルリと防音壁に取り囲まれた南の一角に、一カ所だけ隙間があって人が出入りしている。改めて見上げると、重厚な建物だ、耐震補強して使う価値がある。付近のビルに比べて、随分と高さが低いのもヨイ。庁舎へ入る所に、改札のような自動ゲートが設置され、警備が強化されていた。入館者は、定期券のようなパスを持っているか、あるいは入り口で記名の上、一時的な立ち入り許可をもらう。確かに今の世の中、ガソリンを撒いて火をつけるような凶行も多いし、それが官庁で発生したら書類が燃えてエラいことになる。大学事務は、どうしたモンだろうか?

10月 9 日、振動・波動の講義に行くと、第一回目よりも受講者が増えている。そんなバカな、教員生活20年かつて無かったことだ。(←根拠なき記述!)今年の講義は「教科書そのまま」実行する、と決めてしまったのがウケたのかどうか、それは良くわからない。紙に書かれている通りに黒板にも書いて行くのは機械の一部になった気分に陥り易く、脱出しようとして「余談という物理学最前線」へと泳ぎ出しがちだ。いけない、いけない、講義は淡々と進めないと、目標まで到達しない内に学期末となってしまう。振動・波動の入門編で身につけるべきことは、振動モードに尽きる。ともかく、これを固めよう。え?水面の波動?それは、大変難しうございます、霧粒がいっぱい発生するような「波がくだける」現象なんて、お手上げです。

10月 8 日、ヤブ蚊が去るまで「立ち入り禁止区域」と化していたミニ庭園を見に行く。あれー、萩の木が倒れているではないか、これが台風の猛威。敷地の中で倒れたので、気づかなかったのだ。敷地の外に倒れると通行の邪魔になるし、車両を痛めていたかもしれない。庭木というものは、常日頃より人々に危害を加えないよう、注意して管理しなければならないものだ。ともかくも、ノコギリと剪定バサミ登場。30分ほど、折れた枝・倒れた木の撤去を行った。日頃は使わない筋肉を使うので、余力を残して撤退。講義で右腕が上がらなくなったら、左手で文字書くか、口頭で説明するか、プロジェクターに頼るしかない。いずれもイヤ。

10月 7 日、最近あまりテレビを見ない。たまに見ると、映像が「安価なレンズ」を通して撮影されていることが気になる。地上波デジタル化で画像の隅々まで見えるようになったとか、いつでも誰でも街中で映像を撮れる時代になったから、興味深いイベントが「民生用のカメラ」で撮影される傾向があるとか、YouTube から拾った映像だとか、まあ色々と理由はあるのだろう。口径の大きさとか、画素の多少にかかわらず「安いレンズ」はどこかにシワ寄せが来る。エッジが「もわーっ」としててコントラストが低いとか、色ズレがあるとか。まあ、映像は撮り方次第だし、映画と比べるのは酷か。

10月 6 日、入国管理局へ行く前に、どんな書類を作れば良いのか、復習しておく。これは今までに3度は行った手続きなので、スンナリ行くと思っていた。が、法律というものは年々変化して行くものだ、書類も少しづつ変われば、手続きに電子書類が導入されている部分もある。また1から書類読み直し。以前、入国管理局へ行った時には、窓口で「日本語がお上手ですね」と言われたり、非常にゆっくりハッキリと話されたりした。日本に住む外国人の多くが、日本人と見分けがつかないのかー、と思ったものだ。... だれじゃ、真っ赤な人は「ガイジンに違いない」なんて指指すのは?!

10月 5 日、電車って、1時間動かすと、どれくらいのお金がかかるのか? ふと疑問に思った。近くを走っている都会の電鉄だと、1時間乗れば数百円になる。定員いっぱいに乗っていれば、各車両 100 人と計算して、8 両あるから 800 人。これにまあ 500 円をかけると、40 万円となる。昼間はスカスカで走ってるから、実際は 10 万円くらいだろうか。「貸切り列車」を検索してみると、運賃一定の区間の片道運行で1車両あたりン万円という料金設定が多いようだ。案外安いものだと思うかもしれない。一方、電力消費から考えると、家庭のひと月分と同じオーダーの電力を各車両が毎時消費して行くわけだ、節電で「間引き運転」した理由もこの辺りにあるか。

10月 4 日、講義室へ行く。三人がけの長机がズラリと並ぶ縦長の部屋だ。前の方の数列は完全に空席か、あるいはガラガラ。後ろの数列は、机にギッシリと3人かけている。講義開始前に、黒板に注意書きを書いた、「黒板が見え辛い場合や声が聞き辛い場合は、前の方へ移動して下さい」と。今年は、毎回コレを板書してみよう。声が通り易いかどうかは、周囲の騒音によっても変わって来る。経験的に「騒音源」があれば、ニコニコとそこまで歩いて行って「何か判り辛いことがありますか?」と聞くと効果がある。この「騒音源対策」はキッチリと行っておかないと、学期末になってからクレームが来るのである。企業による就職説明会の会場は水を打ったみたいにシーンとしているんだけどなー。

10月 3 日、最近の家計の助けはナスビ。ともかく安い。ぶった切ってスープにして食べる。油を吸い込ませなければ、カロリーもそんなにない。精進料理でボリューム感を出したい場合には、輪切りにしたナスビに「これでもか」とゴマ油を吸い込ませて、味噌をタップリ塗る。こうすると塩分もカロリーもグンと上がる。まあ、毎日食べるなら、揚げ物ではなくて煮物ですね。漬け物という手もあるか、塩分さえ気にしなければ。ナスビは買ったら即刻調理。放置しておくと、袋の中で大きくなって、段々と食感が悪くなって行くから。さあ、今日も調理、調理。

10月 2 日、2原子分子を、知っているだけ書き並べなさい。--- と聞かれたら、何個答えられるだろうか?可能性としては、一万通りくらいある。この中で、常温常圧で2原子分子を組む組み合わせは、それほど多くはない。ただ、設問に「常温常圧」とは書いてないので、宇宙の彼方に C_2 なんか浮かんでいれば、それも2原子分子なんだろう、もし安定な共有結合が生じるのであれば。希ガス、特にヘリウムは極低温で並べてくっつけても「1原子分子間の分子間力」で寄り添っているだけで、化学結合とは言えない。じゃあ、量子情報的に「明確な共有結合と分子間力の線引き」が可能か?と問われると、それは無理な話だと思う。また、固体表面に吸着している原子同士が2つ寄り添ったような場合にも、化学結合の概念を広げてカウントする人も居るだろう。なお、別の興味として、世間一般にどういう返答が戻って来るか?国別で有意の差があるか?という調査もしてみたいものだ。

10月 1 日、彼岸花の季節になった。スイセンなどと同じく、あれは全草が毒。ジキタリスやキョウチクトウほど危なくはないか。根の球根も毒。但しデンプン分だけを、クズ粉のように取り出すと「飢饉の時には食うしかない」程度の危ない食料にはなり得るという記述も、アチコチにある。(←くれぐれも平時には真似をしないように。)この「飢饉」というもの、いわゆる先進国では、もう何十年も出会っていない危機だ。いま食糧難になったら、野山にある「何が辛うじて食べられて、何が駄目か?」という知識はみな皆無に等しいので、バッタバッタと中毒で倒れるんじゃないかと思う。今の時期に山に入る方は、特にキノコにはくれぐれもご用心。煮炊きして食わなくても、キノコを触っていると、その手をナメる危険もある。(←「深読み」しないように。)ケータイで撮影するだけにしておこう。ともかくも、いまの状況で世界的な飢饉が来たら、もう覚悟するしかないね。

9 月30日、台風が来るとは言っても、直撃ではないし、風も南北方向だから知れてるだろう、と、タカをくくっていたら、エラい暴風雨がやって来た。4月の爆弾低気圧以来の荒れ模様である。夕方になって、ようやく雨が上がり、一瞬だけ陽が差して夕焼けと虹の空になった。散歩に出ると、辺りは落ち葉、いや落ち枝だらけ。松や桜や楠などの小枝が沢山落ちていた。そこを人々が踏んで歩くので、なんだか森林浴のような香りが漂っていた。倒れているベンチやバイクや看板あり、どこから飛んで来たのか白いビニールが吹き溜まった場所あり、嵐の日にし観察できない光景である。個人商店は早々に閉店、スーパーは頑張って営業していた。

9 月29日、低温のオーブンでじーっくり牛肉を焼くなら、どんな牛肉が美味しいのか調査中。まず、勿体ないけどステーキ肉で試してみた。すると、おお、こんなにも脂肪分があったのか!と驚くほどに縮んで、小さなカケラがコロリ。食してみると、もちろん美味しい、が、価格に釣り合わない。牛バラは比較的安価。これは煮込み料理によく登場する。歩留まりも良く、味もバッチリ、これはイケる。次なる候補はスネ肉。でも「資金の欠乏」により、しばらくは牛肉中止。鶏肉が安いよねー。どの肉も、結局は穀物をエサにしているから、これから先はますます高価になって行くのだろうな。ずーっと昔に、お爺さん、お婆さんから「卵一個がごちそうだった」という話を聞いたっけ、貧乏教員の食卓も、行く行くはこうなるのだろうか。

9 月28日、仕事で使っている Mac の OS をアップデートすると、アップデーターがハングアップ。これはエライこっちゃー、と思いつつリセットした。結果は、何とか無事に「未インストール状態」に復帰。再度インストールすると、今度は10分で作業完了。タイムマシンのバックアップディスクを複数選択できるようになった所がヨイ。が、最初の場付くアップは何故か失敗した。やり直し。ファイルを移動する時に、今までは行き先のフォルダなどがハイライトされるだけだったけど、より直感的な表示になった。が、時々ファイル移動に失敗する。初期の MacOS X の方が堅牢だったような気がしてきた ....

9 月27日、日付が変わって「消えた1日」に入る。西に飛んだ時に「長い1日」を楽しんだ代償だ。モンゴルに差し掛かったので、イソイソとギャレに出向いて、おにぎりをパクリ。十三の食品会社が作った、美味しい鮭おにぎりだった。(←その食品会社の株主は大手電鉄会社!)今回のフライトは「平ら」なコース。モスクワの真上を通って、ノボシビルスクの真上まで、地図上でほとんど東に一直線。どうして?と考えていたら数学が登場。コースをずらす効果は、ズレが小さい内は2次で効く。一方、気流が飛行機を押す効果は1次。(←注:気流は不連続に変化することもある。)ちょっとズラすだけで、随分と気流に乗ることができるわけだ。北京上空を通って、普段どおり香川県徳島県と通過して関空到着。税関では「学会ですか?ご苦労様です」と。いまの時期は、そういう出張が多いのだろう。帰宅して、アレコレと荷物を片付けて、寝たり起きたり。

9 月26日、平日なので、早朝に起きてまず arXiv 論文チェック。メールと facebook もチェックして、早朝の朝食へ。食べ終わって空を見ると、朝焼けになっていたので、慌てて撮影に出る。戻って来たら、荷物の最終チェック。インスブルック空港は、神戸空港みたいなものだから、1時間前に到着すれば充分だ。そうとわかってはいても、あらゆる災難を想定して(?)2時間前にホテルを出たら、果たして 100 分前には到着してしまった。離着陸が頻繁な空港であれば、ここでカメラを構えて離着陸の撮影となる。が、待てども待てども撮影できそうな飛行機は来ず。出発30分前に、ようやく着陸したのは「チロル航空」のプロペラ機。チロルと聞くと、チロルチョコレートを思い浮かべる年代の我々。飛行機も、果たして可愛かった。フランクフルト空港は混雑しているぞー、と身構えていたら、今度はスカスカ。そうだ、到着したのは金曜日の夕方だったんだ。きいなりタップリ時間が余ってしまった。かといって、ショッピングゾーンまで歩いて戻るのも難儀、そのまま「内職」することにした。再び B747-400 に乗り込む。機内で「ネットが使えますよー」という放送があった。が、1時間で千円、24時間(?)で2千円、中国上空では使えない、クオリティーは未知数、しばらく考えて「やーめた」。ブラウザーを立ち上げると、画像処理で電力消耗が激しくなり、バッテリーが上がってしまうというのも理由の1つ。フラッシュプレーヤーのプラグインが、何かと立ち上がってしまうこと煩わし。

9 月25日、会議最終日。予定では午後までプログラムが詰まっていた。ところが、講演者が急用で一人減ったので、午前に押し込んで昼食をもって解散となった。こういうフレキシブルな所は見習わないといけない。主催者としては、ついつい「穴埋め講演」なんてものを考えてしまうからだ。インスブルック大学の視察というオプションプログラムも用意されていたけれど、帰国前に睡眠不足を解消しなければならない、午後は昼寝と散歩と写真撮影と決め込んだ。その前にエアチケットのチェックイン。今度も後ろ側の中央4席が左1つだけ埋まっている状態だったので、右端に予約を入れる。(←結果は今回も「勝ち」で、搭乗してみたら左側は空席。)さて散歩。インスブルックの名前に含まれている「橋」を渡って来た。見えるのは山また山。山を撮影していて気づいたことがひとつ。緑の山は白黒で撮った方が目立つ。そうしなければ、空の青色に混ざってしまって、手前にある「人間が造ったものの数々」が目立ってしまうのだ。人も、カラーで撮ると生身っぽくて、段々と最近では白黒での撮影が好きになって来た。夜はスーパーで軽食を仕入れておしまい。教員の収入という経済上の制限は、外国に居ても忘れていはいけない。

9 月24日、今日は午前のチアマンを仰せつかる。一番最初の講演は専門分野のテンソルネットワーク、次は専門に近い格子上の1体問題の話、最後がこれまた専門に比較的近い格子ゲージ理論の負符号問題の話、まあまあ集中して聞くことができた。内容を把握していないと、司会できるモンじゃないですからね。司会を離れて、午後はゆっくり聞こうとノンビリ構えてたら、題材が実験の細かいことであったり、いきなり数学だったりして、話の入り口で緊張の糸が切れてしまった。そういう時には、何とか意識を保とうと努力するにはするのだけれども、限界が来ると意識を失ったように時間が飛ぶことも。夜は、主催者にバッタリ出会ってゾロゾロと行き着いた先がネパール料理。インド料理と良く似ている。それも北インドの料理に。違いは、仏像が置いてあったことかな。働いている人がホントにネパールの人なのか、インド人なのかは不明。色々と話をした最後に、電力エネルギーの話へ。いま仮に、世界が脱石油に成功したならば、産油国は再び混沌に陥るであろうという話も出た。ヨーロッパは中東に近い所なのだと思った。

9 月23日、日曜日、ではあるのだけれども朝から会議。3つの講演があった。食事の後の午後は半日のエクスカーション。集団でゾロゾロと山に登る。当然、ケーブルカーに乗ればケーブルの物理、山頂につけば山麓に崩れる砂を指して「あそこに臨界点がある」など、結局は物理のことを話している。ありゃりゃ、若い人々は山道で出会った同じ国の女の子達を引っ掛けているではないですか、その技を盗みたいものだ。そして、山を降りて旧市街の少しの範囲をガイドされつつ歩く。ガイドさん曰く、第一次世界大戦で非常に多くの国土を失ったと。これはエラい発言で、日本に例えると赤道以北の島々を失ったと公言していることに等しい。それはともかく、チロル地方は、現在でもオーストリア側とイタリア側で「広域の自治体もどき」を形成しているらしい。ヨーロッパなりに複雑な事情があるものだ。さて、夜になったらバンケット。(←色々とオマケが付いてるので、今度の会議の参加費は自腹です。)良く organize されたバンケットで、始まりもなければ終りもなく、好きなようにテーブルに着き、好きなように話し、好きなように席を立つ。日本だと、よく「乾杯の挨拶」とか「中でスピーチ」だとか「締め」とか、ともかく人々をコントロールしようとするものだけれど、よく考えれば窮屈な習慣だなーと思い始めた。結婚式披露宴も、こちらでは自然に流すのかもしれない。

9 月22日、会議初日。顔見知りに会う毎に挨拶する。量子コンピューターを使って有限温度の密度行列を構成するという話があった。確かにこれは、有限温度の量子系をシミュレートする基本技術である。ついつい、それならば量子コンピューターを熱浴に接すれば良いではないか?と思ってしまうのだけど、例えば極低温であるとか、中性子星みたいに高温であるとか(注:物理的に言うと中性子星は「低温状態」です)そういう極限状態の再現には「実験室にある熱浴」に頼っているわけには行かない。さて、昼食前までは時差を吸収していたつもりでいた。メシを食ったら、急に眠気がやって来た。これは「時差」というよりは「疲労」と言った方が良いかもしれない。旅の移動中に眠った時間は、通常よりもかなり少なかったから。マトモに考えると、吸収に数日はかかるストレスだ。辛うじて仕入れた情報が、ポルチンスキーが3次元イジング模型の臨界指数に王手をかけた(?)というもの。本物だったら、大躍進だ。そういえば、昨日のお歳を召された団体旅行の方々、お元気だろうか?

9 月21日、行き先がオーストリアのインスブルックなので、久々にルフトハンザ便を利用する。ヨーロッパへと旅立つ便の中で、9時40分発というのは早い。少し後にKLM、その後がエールフランスと続く。機材はB747−400、これも実に久々の利用だ。ルフトハンザはエアバスという先入観があったので、チェックインの時に少し驚いた。夏場はお客さんの数が多いのだろうか。今回は、後ろの方の座席を選ぶ賭けをした。座席は3列−4列−3列がこの便の基本で、中央の4列の右端だけ予約済みの場所があった。すかさず左端に入れる。うまくすれば、中央の2席は空席となるはずだ。今回は賭けに勝った。周囲の空席には団体さんが後からチェックインして、けっこう席が埋まっていたものの、狙い目の2席は空席のまま。シートピッチは、パソコンを使うには少し厳しい間隔であった。この日の運行では、秋田沖からロシアへと向かう辺りでジェット気流の乱れに遭遇して、ひどく揺れた。バイカル湖の北でも、少しの揺れがあった。後で、高層天気図を眺めてみよう。ドイツに到着、フランクフルト空港は人で溢れていた。成田空港よりも混んでいる。パスポートコントロールに列、荷物のチェックも通過に30分。トランジットに2時間30分も必要?と最初は思っていたけれど、ホントに必要だった。乗り継ぎ便はプロペラ機。チロルの山の中へ着陸するには、プロペラ機の短距離離着陸特性が必要らしい。けっこうな数の日本人が乗っていた。添乗員の「おばさん」に聞いてみると、オーストリア周遊の旅に出るのだそうな。参加者はリタイア組が多い。お疲れでないかな?

9 月20日、定数変化法という微分方程式の解法がある。ひとつ解がみつかった時に、他に解がないかどうかを調べる道具だ。必要は発明や発見への道筋である、という代表例でもあるのだろうか、きっと昔の人は「解の個数が足らないなー」と不思議に思って、この技を編み出したのだろう。では、どうして定数変化法で求まる「因子」が、独立な解を与えるような数学構造になっているのだろうか?こういう所は、高校や大学の一般教養では教えてくれない。特異点のイタズラだなんて、教えようとした瞬間に「特異点って何」という話が待ち受けている。言葉だけなら、すっかり現代用語になってしまったか、特異点は。

9 月19日、四国物産展で馬路村の存在を初めて知る。讃岐出身の私にとっても高知県は遠い所。知っているのは足摺岬と室戸岬からのアメダスのデータ、高知市内の日曜市、土佐文旦、皿鉢料理くらい。高知県はとても広い、まだまだ知らない所があるものだ。旅人が武士の落人集落を「発見する」なんていう冗談も、幼少の頃には何度か聞いたっけ。その馬路村、物産展でノドの乾きをいやそうと、買い求めた「ゆず飲料」にハマってしまった。ゆずと蜂蜜と水だけか、はちみつレモンみたいなもの?と思いきや、香りがある。飲んだ後もしばらく爽やか。それでまあ、馬路村農協の通販ページをアクセスして箱で購入。え?年商ン十億もあるの?山奥の村で?時流に合ったんだろうな〜。

9 月18日、天気図の描き方にもの申す、と言いたい気分の、ここ数日の天候である。いまの天気図の描き方は、ノルウェー学派から来るものらしくて、そもそもヨーロッパの天候を表現するのに適したものだ。天気の主役は寒気と偏西風、そして西岸海洋性気候に大切な暖流。一方で、日本は大陸の東岸で比較的低緯度、夏になると偏西風は北の果てへと去ってしまう。結果として、よくある「同じ気団の中での収束による降雨」とか、上層大気との間で対流不安定性がある場合の降雨を天気図上で全く表現できない。オーストラリアも似たような問題を抱えているので、少しばかし図の描き方に工夫を加えている。アメリカの場合はそもそも前線の表現に主眼を置かずに、雲や降雨そして気温を中心に天気の広報を行っている。明治以来の伝統も、そろそろ捨てて行きませんか?

9 月17日、ヤコビアンの書き方に2通りあることに気づいた。本によって、縦棒を付ける流儀と、付けない流儀があるのだ。従って、重積分の変数変換に出て来るヤコビアンの絶対値は、縦線が一本のものもあれば、2本のものもある。こんなの、わかっている人が見ればどうという事はないのだけれども、学習の妨げとなることは間違いない。なお、日本語ではヤコビアンと呼ぶものは、必要によってヤコビ行列とかヤコビ行列式と書き分ける。数学の本場・フランスでは?行列式は男性名詞なので Le De'terminant Jacobien つまりヤコビアンと発音するけれども、行列は女性名詞なので Le Matrice Jacobienne つまりヤコビエンヌとなる。そうか、宝塚のタカラジェンヌは(仏語的にはタカラヅキエンヌではないか?という突っ込みはあるんだけど)男だったらタカラジャンになるわけか。

9 月16日、オルガンの演奏者は、どういうわけか日本では女性が多い。私のような素人がオルガンを習いに行くと、男性が1人だけということも多い。家庭の子育てなどもあって、変化の激しい女性の日常の中でコツコツと向かうには、音楽が似合っているということなのだろうか。さて、今回のお題は先週も書いたようにクープラン。ようやく、1曲目の流れ、形がおぼろげに浮かんで来た。いや、こういう状態で本番に臨むと必ず沈没する、練習あるのみ。さて、全部で9曲もあって、その中から1曲2曲の講習となる。残りの7曲くらいは講習を聞いて自習。また元町に習いに行こうかなー。

9 月15日、ブドウの花芽は前の年に伸びたツルにつく。前の年に、というと、四季のない国では通用しない表現かもしれない。要するに、伸びている最中にツルの脇芽として固い小さな芽ができて、休眠期に入った後に伸び始める時に花が咲くのである。じゃあ四季のない国では花が咲かずにツルが伸び続けるのだろうか?ホントの所がどうか、私も知らない。温暖な土地で葡萄栽培する場合には、収穫の後に水やりを止めてしまい、強制的に休眠させてしまうのだとか。強い乾燥に耐える葡萄ならではの栽培方法だ。教育に同じ方法が使えるかどうか、よく考えてみよう。新学期になると学習の進みも著しい、と、期待しつつ。

9 月14日、ガシガシとオニグルミの木片を削る。四角いうちは刃が繊維に沿って入ることが多く、逆目に食い込まないように注意しながら削り進める。木口は固いけれども、特に難しいということはない。木片の中にあるものをイメージしつつ、どんどん削り落とす。全体が段々と丸みを帯びて来ると、刃も滑らかに滑るようになって来て、いよいよ「荒削り」と言える段階に入る。何を造っているのか?というと、果物切りナイフの柄。実用上は、断面が楕円形あるいは八角形の柄で充分なのだけれど、どうせ造るならば少しは凝ってみたい。凝りすぎるのは逆効果なので、あくまでも「少しは凝る」程度。

9 月13日、みかんの木も、オリーブの木も、根元近くでブッタ切ったら直ちに新芽が出て来る。広葉樹は強いものだ。針葉樹は?一概には言えないけれども、銀杏などの例外を除いて、切り株から芽が伸びて来ることは珍しい。そのかわりかどうか、ブッ倒れた針葉樹の若い枝は容易に発根して新しい苗になるらしい。確かに、針葉樹の挿し木苗を作るのは簡単だ。空き地を管理する時には、この違いに注意を払う。いや、いちばん厄介なのはススキかもしれない。あれは葉で手を切り易いし、ちょっと油断すると容易には除去できなくなってしまう。見つけ次第、雨上がりの日に抜いてしまうのが良いかな。今はまだ、ヤブ蚊だらけなので、もう少し涼しくなったら作業しよう。

9 月12日、クープランの楽譜が届く。音を取ってみると、途中で左手に十度が出て来る。キーボードの鍵盤だったら何とか「引っ掛けて」十度も押さえることができるけど、相手はあのオルガンの鍵盤だ、「やっと押さえられる」というレベルでは太刀打ちできない。柔軟体操して左手が開くようにするしかないなー、腱鞘炎起こしそう!でも、密かに思うことあり。クープランって、ショートオクターブのオルガンを弾いてたんじゃないか?まあ、よく言われることなんだけど、「その1音が押えられなかったら曲にならないの?」という問いに答えられるよう、練習しよう。

9 月11日、初等的な数学でもナメてかかると大変な目に遭う。まあ、よくある「0の0乗」だとか、テイラー級数で対数関数の複素平面上のブランチカットを見せてみよとか、そういう「収束半径と解析接続を無視した引っかけ問題」には乗らないでおこう。テイラー級数で log(1+x) を表しておいて、log(1+x)(1+y) = log(1+x) + log(1+y) をテイラー級数の形のまま示せ、と言われると、コレは難儀。指数関数の場合 exp(x+y) = exp(x) exp(y) よりも格段に難しい。更に難儀なのが、exp(log(x)) = x と log(exp(x)) をテイラー級数で示す問題。これも、収束半径には気を配るに超したことはない。

9 月10日、朝の1限目くらいの時間に大学を歩くと、やっぱり閑散としている。まだまだ夏休みなんだー。これから、どこかへと遠足に行くのだろうか、学生さんがキャンパスの一角に集合していた。9月は、学会がアチコチの大学で開催される。ポスターを抱えたスーツ姿の学生さんがゾロゾロ歩いてたら、たぶん工学系の学会。理学系の場合、ゾロゾロゾロっとオタクっぽいのが集団とも何ともつかない様子で歩いている。文系はどんな学会になるのかなー、見たことがないので、よくわからない。ながーく大学という組織の中に居ても、やっぱり理系のことしか見えて来ないものだ。

9 月 9 日、ブタ肉ミンチと目が合う。さっき、キャベツを丸ごと買ったから、早々に消費できるメニューを、と、思っていた所であった。いや、ここでギョーザへの道を進むと、何やかんやで2時間くらい食材から目が離せなくなる。さあどうする?うーん、せっかく特売してるし、でも、特売の日の肉は脂身が多いミンチだし、混ぜても手に弾力を感じないことがあるし、ええと ....  しばらく思案していると後ろを通り過ぎる店員が3度「いらっしゃ」と声かけ。お勧めの品というのは利潤が多いんだろうなー、それで安売りできるとなると ....  エイッ! と、結局は買ってしまったのであった、意志薄弱な私。

9 月 8 日、生まれ故郷で石といえば、黒っぽい灰色の庵治石。花崗岩と安山岩の中間くらいで、キメが細かいのが特徴だ。その庵治で石と絆をテーマにした映画が撮影されたことを知った。懐かしい場面も映ってるかな?いや、今の行政区画とは関係なく、庵治と呼ばれる地域は広い。映っているのは知らない場所ばかりらしい。キャストを見ると、なになに、asaoka さん?庵治らしい雰囲気なのだろうか??きっとそうなんだろう ...。映画はともかくも、庵治にはもう30年くらい行ったことがない。歩いてみたいな、浜辺を通るコトデンの風景も撮りたいし。

9 月 7 日、鯛は美味しい魚だけど、切り身をそのまま焼くとパサついた感じになる。どうしたら、誰でも美味しく食べられるかな〜と思案して、まず薄く切って耐熱皿に重ね、塩胡椒をして充分に油を振り、水気が飛ぶまでじっくりとオーブンで焼いてみた。出来映えはまあ良いんじゃないだろうか?東欧の料理のように、サワークリームっぽいもので味付けしても良さそうだ。この調理方法は、ササミや豚ヒレにも使えるかな。時間がかかる調理なので、オーブンレンジが一台しかない台所の場合には調理の順番を間違えると難儀だ。オーブン調理で高温になっている最中に限って、何かを電子レンジで暖めたくなるから。

9 月 6 日、神戸の水際を見渡すと、港と工場だらけなのである。いやいや、これが近現代神戸のそもそもの姿。よく出入りする船が何を運んでいるのか?石油や石炭や貨物はもちろんとして、けっこう目につくのが中古車の輸出。付近の高速道路を写真で写すと、必ずと言って良い程、中古車を二段に積んだトレーラーが映る。どんどん集まって、そしてどんどん船に吸い込まれて、今日も出航。行き先はどこなんだろうか?さて、その隣には石油タンクがあり、文字を読んでみると「ミナス重油」と書いてある。なんじゃ?ミナス重油って?調べてみると、常温では固体(?)の重油だそうな。アスファルトと何が違うんだろうか?固まらないように、冬の間も暖めているのかな?

9 月 5 日、最近しばらく、お茶を買っていない。先生も警察官も収入減という実情に即して、切り詰められるものは切り詰めよう、という訳である。でも、お茶は良く飲んでいる。色々な種類のお茶を飲みたいと思って、ストックしておいたものがあるからだ。よく調べてみるとけっこう古いお茶もある、この際、在庫を片端からドンドン消費して行こうというわけだ。昨日は、夜に茶の飲み過ぎで目がパッチリ、朝方まで寝付けなかった。何事にも反動があるものだ、カフェインが切れたが最後、眠気と疲労感がドドッと押し寄せて来た。(←なんか文章がおかしいのも、そのせい?)今はあまり問題にされないけれども、カフェインもニコチンやアルコールに並ぶ習慣性を持つ薬物として、摂取を控えるよう勧告が出るんじゃないだろうか?

9 月 4 日、キャビネットを開くと、奥からエールフランスの機内誌が出て来た。目玉記事はコンコルド。もちろん、そんなモノに乗ったわけではない。普通に、エアバスA340(だったかな?)に搭乗して、のんびりシベリア上空を飛んでいた時に頂戴した冊子である。時代の勢いというか何というか、ハッキリ言ってあれは超音速爆撃機である。まあ、それを言ったらジャンボジェットだって、充分に軍用機なのだけど。この飛行機の面白い所はというと、巡航に入るまでに消費する燃料がバカにならない量であること。当然、チケットのお値段もトンデモナイものになる。それでも、ネットを叩くと「搭乗記」がゴロゴロと出て来る。世の中色々な需要があるものだと思う。

9 月 3 日、大学で働いている人々に問おう。夜間、祭日、週末に大学に関係する緊急事態が生じた時に、何処へ連絡をつけるべきかご存知だろうか?慌てて「ナントカ大学 緊急 連絡」と検索しても「ナントカ大学 110番」と検索しても、頼りになるものはヒットしない。もっとも、こういう連絡先は公開したらしたで、日夜のように緊急性のない連絡の「交換台」として使われる懸念もある。それでもなお、ナントカ大学110番は、存在していて欲しいと思う。なお、学生の皆さんには「学生生活110番」というものがある。この場で商品の宣伝はできないので「お勧め」とは言えないけれども、まあ、見てみてね。

9 月 2 日、ブドウは乾燥に強い植物である。けれども、成長する時には水が必要だ。水に乏しい時には、葉が少しだけ出ると成長が止まってしまう。こういう状態では、何年待っても実がつくまでに充実しない。地下水が期待できない場所での路地植えでは、ありがちなことだ。水やりすれば良い?もちろんそうだけれども、植えてある場所まで毎日バケツを担いで行く?それとも、保水性のあるものでマルチングする?いや、何だか根が蒸れてしまうような気がする。収穫が期待できなければ、冬の間に鉢上げして、別な場所に植え替えるのが良いかもね。

9 月 1 日、大阪を歩く。今回は天神橋筋5丁目界隈。いい雰囲気だなー、何だか安心する、昭和の香りがあるような感じ。そこへたどり着くまでの道中、阪急梅田から東梅田まで歩くと、既に「とおせんぼ」の囲いが取れていてスンナリ南下。そしてエスカレーターに変わった「むかしの階段」を降りる。あれは、イザという時に危ないんじゃないかと思う。大阪ではエスカレーターが歩くものだとはいえ、高度差が一階分であれば最大の輸送力は階段のソレ以下。危険が迫った時に人々が殺到すれば、当然ながら雑踏事故となる。あそこには近寄らないでおこう。

7 月と 8 月の1行日記