9 月と10月の1行日記  

8 月31日、無線 LAN が超遅いという質問があったので、現場を見に行った。そこで目にしたものは?中継基地として整備しておいたパソコンの電源がスッコーンと抜けていたのである。じゃあ、遅いってどうして?答えは、中継基地ではなくて、元々の発信源から来る超よわい電波に辛うじて接続できていたから。なるほど、切れてしまったら、「つながりません」とコメントが即刻やって来るのだけれども、遅いという事象には日頃から携帯なんかで慣れているから、そういうモンだと思い込んでいたわけか。研究室のように、移動しない場所で「超おそい」というのは、異常事態です!... それにしても、中継基地のパソコンの電源を引っこ抜いたのは誰じゃ?

8 月30日、ちょっと大きな図書館であれば、どこでも製本雑誌が置いてある。雑誌そのままでは、閲覧したり貸し出ししたりする内にボロボロになってしまうので、固い表紙や背表紙を付けるのだ。一般の雑誌を製本することは滅多にないだろう。学術論文誌は「?知の宝庫?」として大切に製本されて来たけれども、現在までに廃刊を免れて生き残った学術誌は「創刊以来の冊子全部を電子化」するようになったので、製本冊子は見向きもされなくなった。さて、どうする?溶かしてトイレットペーパーにするか?いや、それはちょっと待った。著者が存命の間くらいは、紙のまま置いておこう。有名な賞が出たら、当該の号巻だけ保存しておくのである。そして、それ以外のものは捨てる。そんな方策でどうかな?

8 月29日、関数 f を使って、y = f(x) と変換する。更に f を使って z = f(y) と変換する。そして w = f(z) と3回目の変換をする。こういう風に「何回目の変換」という考え方の「回数」に着目しよう。n回目の変換の、nがゼロであれば恒等変換、−1ならば逆変換。まあ、ここまでは許容範囲として、n= 0.3 なんていうのはどうだろうか? 0.3 回変換するのだ。f が線形、あるいは線形とみなせる近傍(?)だとか、べき乗だとか指数関数だとか、ある程度想像が付く場合もあれば、雲をつかむような場合もある。どうりで、繰り込み群というのは特異点まわりの事しか議論しないわけだ。

8 月28日、暑い暑い坂道を登って行くと、向こうから笑顔が。暑くてメガネを外していたので、誰なのかよくわからない。目をこらして見ると、よく知っている学生さんであった。「覚えていますか?」と声をかけられてしまった、はい、まだまだ、いや、まだ何とか記憶能力は衰えておりません。さて、丘を少し降りた所の職場に到着すると、またまた向こうからよく知った顔が。はい、何年か前の量子力学講義で、次々と質問されて回答に窮した覚えがあります。大学はというと、10月に授業が始まるまで、学生にとっては「夏休み」なのだけれども、やっぱり9月になると周囲が「夏休みではなくなる」からか、あるいは大学祭の準備が始まるからか、段々と学生の姿が増えて来る。さて、こちらもひと仕事。

8 月27日、原子力用語の中には「何となく騙される」ものがある。高速増殖炉というのは、燃料にならないウラン238を入れると「ドンドン高速に」プルトニウムを造ってくれるモンだと思ってしまう。でも実は「高速中性子」を使う「高速炉」の仲間であって、燃料の増殖は「じわじわ」と行うものだ。中国語では?「快中子増殖反応堆」ちょっと日本語風に直すと「快速中性子増殖反応炉」で、こっちの方が少しは正直な用語だ。注意するべきことは、どんな型の炉を使ったとしても、核反応してエネルギーを取り出す毎に、万年単位で見守る必要がある放射性廃棄物をつくり出してしまう点だ。現在の理工学の知識では「完全燃焼炉」を造ることはできない。

8 月26日、ダイヤモンド砥石の意外な弱点を知る。霞包丁のように、軟鉄と鋼を合わせた部分を研ぐと、とかく削れ易い軟鉄からドンドン減って行く傾向が顕著なのである。もちろん、ほかの砥石でも同じように鋼は減り辛いけれども、特にその傾向が強いのである。ダイヤモンド砥石を使う時には力を抜いて、ダイヤモンドの粒が軟鉄に食い込まないようにしなければならない。そこで、再びアルミナ砥石に戻る。千番という細かい粒だけれども、研いでみると鋼がどんどん減って行くし、軟鉄は軟鉄で同じように減る。調子に乗って、その研ぎ汁をでっかい大平の砥石に垂らして研いでみると、しはらくの間はいい具合に研げる。こんな用途に大平を使うのは勿体ないか?

8 月25日、青少年科学の祭典は活況であった。ひとつひとつ、工夫があって、ホントはよく時間をかけて見て回りたい。でも、主役は子供たちだから、ジジイは遠巻きに見守るだけ。その中に、蛍光灯の線スペクトルを見る課題があった。スペクトルは、虹色の中に線が浮かんで見えるものだ。これを写真に撮ってプリントアウトすると?ありゃりゃ、その辺りのカメラが悪いのか、それともプリンターが悪いのか、スペクトルの線が周囲とは異なる色で印刷されてしまう。これは当然といえば当然で、単色光の全てをバッチリと「人間の心理学的な色の空間」に合わせて補足することなど不可能なのだ。いや、その不可能に挑戦するのが、撮像関係の仕事をしているメーカーさん、そこで働く人々なのだ。聞く所によると、そういう人々もリストラの危機にあるらしい。

8 月24日、表計算ソフトに、どれくらいの信頼を置くだろうか?いや、単純な足し算計算について、それ自身にバグが混入する可能性は低いと思う。むしろ、表計算ソフトが乗っているパソコンにどれくらいの信頼を置くかが問題だ。PC98 の時代は、CPU の暴走(!)さえなければ、そこそこ安定した動作であったが、マウスが無かったので操作は面倒であった。Mac に乗り換えた頃は、いつ爆弾マークが出て来ても良いように、こまめにバックアップを取った。事実、爆弾は次々と現れたし、ハードディスクが飛ぶのも時間の問題であった。MacOS X になってからは、何もかも非常に安定している。けれども、「爆弾の恐怖」は精神的に残っていて、おおよそ10分に1度は、どこかにバックアップしている。

8 月23日、作業用に大画面が必要となり、Apple のシネマディスプレイを持ち運ぶ。やっぱりアメリカンサイズだ。まだまだ軽量化する余地がある。この先、こういう画面がタッチパネル機能を常備するのか、それともペラペラのスクリーンへと進化して行くのか、見守りたい。あるいは単に「大きさや性能がそのままで価格がどんどん安くなる」という、電卓が辿った道を歩むのかもしれない。電卓といえば、シャープは確か、電卓メーカーとして有名だったではないか、今はディスプレイ、この先たどる道は険しいのだろうか?

8 月22日、カボチャが安い季節になった。箱で仕入れて置いておく場所があれば、冬の終わりまで(?)ビタミンAの供給源は安泰だ。長く保存できる固いカボチャの泣き所は、調理のために2つに割るのが難しいこと。それなりにガッチリした刃物が必要になる。牛刀のアゴを使う方法、少し薄めの出刃の切っ先をド真ん中に差し込んで割る方法、出番でしたとばかり登山ナイフを突き立てる方法、あの方法、この方法と、工夫して怪我をしないことはもちろん、刃物やまな板を痛めないことも大切だ。なになに?投げ上げておいて、日本刀で空中切りする?うまく芯に刃が当たったら2つに割れるかもしれない。でも、カボチャの汁は錆を呼ぶから、奇麗に保ちたい刃物は使わないに限る。

8 月21日、「雨ニモマケズ」を英訳すると?詩の大部分は、宮沢賢治が持つ理想像についての記述である。そこは主語を立てずに節のまま放っておく、動詞が出て来ても活用せずに原型のまま置いておく、そんな風に英訳するのが自然だろう。ロマンス諸語などでも同じことかな。じゃあ音声付き動画を探してみようか?あれあれ?小学生が束になって「 I will not ... 」と叫び続ける映像が幾つも検索に引っかかるぞ!気持ちはわかる、「宮沢賢治理想像の叫び」だし、小学校では1人称の活用から習うから I will not ... なんだろう。しかし、それでは「雨には負けたくない、風にも負けたくない」と、個人的な意思表明に終始してしまう。なんとも「いずい」表現なのである。

8 月20日、虹を見ていて、ふと思った。あの形、あの色の虹が出るのは、水滴がおおよそ丸いからである。但し、水滴がある程度大きければ球形ではなく「まんじゅう型」になる。従って、虹が出る場所や色合いは雨粒の大きさに微妙に影響されるはずである。ここで発想を広げる。もし、降るものが正四面体であったらどこに、どんな虹が出る?立方体であれば?正八面体、正十二面体、正二十面体であれば?宇宙は広いから「多面体の結晶が空から降って来る」ような気象現象が起きる惑星があるかもしれない。まあ、地球でも、高い所では氷の雲があって、時々虹のようなものが空に見えるには見えるんだけれども。

8 月19日、8月のはじめに届いたメールを、塩漬けにしたまま返事していないことに気づく。出張中だから、あまり時間が取れなくて、とか何とか理由づけすることはできても、先方には関係ない、早々に検討して良い解決策を見つけなければ。一方、出張中の支払いをカードで行っていた分が、ドカッと積もって来月に引き落としとなる。もちろん、その分だけ現金を使っていないわけなのだけれども、住宅ローンを抱える身では口座の残高は常に「マイナスに限りなく近い正の数字」である。どないしよか、ちょっと金融に走ろうか?(←これは間違い:住宅ローンの支払い繰り延べの相談を先に行うべきである、上手く行くかどうかは別にして。)

8 月18日、雷雨が来そうで来ない状態が続く。これは経験的には一番危ない状況で、いつどこに雷が落ちてもおかしくない。こういう日に、野球場は危ないのか?と思って調べてみると、なるべく落ちないように避雷針で囲ってあった。ビルの屋上や、広々としたバルコニーやテラスも同じように、上を見上げると避雷針や針金が張ってある。そういう場所では、規模はどうあれ、晴天時にも放電が起きる可能性があるから、用心に用心を重ねてあるわけか。人が雨宿りしそうな公園の木々、場所によっては導電性を期待してアース棒を貼り付けておくと、気休め程度にはなるかもしれない。

8 月17日、演習問題について4年生に質問された。重心系で等方的に2光子崩壊したら、実験室系では光子のエネルギー分布が最大値と最小値の間で一定になることを証明できるか?という問題だ。素粒子実験では常識の一つらしい。不意打ちを食らって、光子の4元運動量ってどう構成するんだったっけ?極座標と立体角の関係ってどうだったっけ?ローレンツ変換の式は?と、ひとつひとつ「ネットのお世話」になりつつひも解いて正解に達するまでに1時間を要した。一応は式の上で「一定である証明」は出来たのだけれども、これは空間次元が3次元であるからこその偶然である。これが単に偶然なのか、それとも背後に美しい秘密が隠されているのか、謎が増えるのであった。

8 月16日、夕日が隣の建物に反射して窓から入り込むようになった。4月と8月の半ばあたりに起きる「現象」だ。季節が移りつつあることを実感する。天気図を見ると秋の姿が前線の向こうに見えるけれども、窓から眺める景色は夏。ナスビがだいぶん安くなって来たので、ナスビ尽くしの料理にしようかな。意欲だけは次々と出て来るのだけれども、正体不明の倦怠感に襲われる。(倦怠はにんべんに巻き、台に心か。)風邪に感染した初期症状に似ている。帰国一週間を迎えようとしているから、時差から来る疲れが溜まった?しかし、仕事は仕事、今日も実行あるのみ。

8 月15日、カラカラの夏もひと休み、恵みの雨とともに湿った風が吹くお盆である。去年の今頃、一昨年の今頃と時を遡って思い返し、懐かしい人々に自然と問いかける。道端に咲く花にも、そこに立ち寄る蝶にも、それぞれ意味があるように思える。静かに祈りたい。

8 月14日、ふと、高校で習った物理の授業風景を思い出した。毎回の授業が、手を使う実験に始まり、データに基づく討論に終わる。初等物理の授業は、こうするものだと思い込んでいた。随分経って、関西で毎年行われている OB 会に顔を出して最近の授業風景を聞いてみると、完全にデスクワークになってしまったのだそうな。惜しいことだ。日常的に入手できるものを上手に組み合わせて、あれだけ意義のある実験装置を組み上げて来たそのノウハウは大切な資産として受け継いで行きたい。まずは検索してみよう、キーワードは「矢野淳滋」である。(←物理教育の分野では有名な方です。)

8 月13日、今まで使って来なかった iCloud を少しずつ使ってみることにした。まずはメモの共有から。ここで初めて気づいたことは、Apple Store に登録するアカウントと、iCloud にサインインするアカウントは別々でも良いということ。それはそうか、Apple Store は管理者が登録しておけばよくて、iCloud は利用者それぞれ独立に持つべきものだから。一つ気をつけなければならないのが、7月に失敗した Safari のブックマーク。安全策を取って、まずはバックアップしておく方が良い。同期する範囲と必然性については、じっくり考えたいと思う。例えば、メールは同じサーバーから端末が読みに行くので、特に共有する必要もないわけだ。まあ、細かい点は除いて。

8 月12日、再び遠くから眺めることとなったスロヴァキアという国、どういう経緯で成立したのだろうか?と眺めてみる。世界大戦前には、オーストリア・ハンガリー二重帝国の北部にスラプ系の人々が住んでいた、という背景があり、ポーランド側からは「ひと山超えた」辺りとなっていたこともあって、段々と国のまとまりが生じて来た。結果として、スロバキアの首都ブラティスラヴァは国土の西の端にある。もともとウィーンの双子都市で、昔はドイツ語も公用語のような立場にあったのだ、ヨーロッパの歴史は面白いものだ。じゃあ隣のハンガリーは?その南のルーマニアは?ブルガリアは?旧ユーゴスラビアは、どうして紛争にまみれたのか?ベルリンの壁を崩す予兆となったハンガリーの行動は?次々と読みあさった。たまには歴史もいいものだ。

8 月11日、 アムステルダムは空路の混雑により出発が 30 分遅れとなる。その後、ウラル山脈直前、上空 10 km の気温は -47 度。B777 の対地速度は 1085 km/h を記録した。200 hpa の天気図によれば、上空 12 km で寒冷渦の南側で -48 度から -52 度へと昇温する部分があり、これに対応して東向きのジェット気流が最も速い所で 80 m/sec にもなっている。うまく気流に乗れている状態で、そのまま山脈を越える。今のところ乱気流もなし。高層の実況図によると、この先、北京上空に差し掛かる手前から再び強い気流に出会う。こちらは乱流を示すギザギザ線に縁取られていて、ひと揺れありそうだ。→(時間の経過あり)→ 北京上空、高度 11277 m の気温は -44 度、対地速度は 1074 km/h で、揺れは小刻みであった。→日本付近は予想に反して曇っていた。関空も朝の内に雨が降ったようだった。浦島太郎の心境で自宅に戻り、寝る。

8 月10日、EU諸国の税金の話を色々と聞いた。給料からの天引きが2割以上、間接税も2割は当たり前。保険も含めて、半分は手取りと思うなというのが常識であった。そもそもの給与のレベルについてもアレコレと話した。EU内部では、貧しい国と富める国があるにしても、何倍もの給与格差が存在し得る訳ではない。その外側は、東へ行くほど特に公務員の給与が下がって行くそうだ。結果として、人と物の流れをほぼ自由化したシェンゲン条約国も、EUの外側へはなかなか広げることができない。悪い冗談かどうかは知らないけれども、シェンゲン条約の境目を越えたら、検問がある度に「袖の下」を用意しておけ、という話も聞いた。さて、今日はもう帰国する日。一部の付加価値税について還付を申告してみようと思い、実行してみたら、たちまち聞いて回る歩いて回ることになった。やっぱり、こういうものは面倒なものだ、意図的に面倒にしているのではないかとさえ思えて来る。

8 月 9 日、こちらのスモモは美味しい。皮がプルーンのように硬いけれども、中身は濃厚な味。モモはというと、生食では食感も硬くてイマイチ。味の濃さでは日本のモモに勝るかもしれない。煮くずれない、火を入れると味が表に出て来るなど、お菓子やデザート向け。トマトも、加熱用が色々と売られている。マッシュルームが激安。但し、少し大きく育てすぎているような気がする。そういう意味では野菜全般が大柄で、味がハッキリしているものが多い。加熱調理が基本なのだろうか。これらの野菜を大量に食べていたら、半年間くらい苦しんだ唇の荒れが一週間で治ってしまった。帰国してからも、煮炊きした野菜をドンドン食べることにした。財布と相談しなければならない。根菜も含めて、季節の野菜を安く買う技を手にしなければ。

8 月 8 日、地形図だけを見て国境がわかるか?と欧州で問われると厳しいものがある。スペインの場合は比較的わかり易い。ポルトガルとの国境を見分けるコツさえ覚えれば良いからだ。イタリアもまあまあ、東側の国境に気をつければよい。中欧から東欧へと入ると、もうアウトである。川の流れをよく見るか、湖の位置を覚えておくか。日本地図はどうだろうか?県境を全て消したら、県の境目を見つけることができるだろうか?さて、明後日に飛び立つウィーン空港はスロバキアの国境を越えてすぐの所にある。昔はどういう管制を行っていたのだろうか、ちょっと航空機が旋回しそびれると、直ちにスロヴァキア上空である。また、いまの時代に、ブラティスラヴァ空港とどういう航空管制を行っているのだろうか?先週末に聞いておくのであった。

8 月 7 日、レストランで食べる昼食や夕食が、甘いクリームのかかったクレープであっても良いし、ジャムが入ったケーキでも良い。そう堂々と語られると、本当かいな?と思ってしまう。確かに、栄養のスコアから考えると、塩分は別にしてスパゲッティー・カルボナーラと大差ない。日に1度だけジックリと食事をした頃の習慣が残っているのかもしれない。さて今日は、1960年から続くスロバキアの飲み物、コフォラを初めて賞味した。西欧との物流が途絶えた時代に、独自に造られたコーラである。スッキリした自然なレモン味のコーラで、なかなか良い。まあ、炭酸飲料には違いないから糖分の採り過ぎには要注意。今日の1日、こちらに来てから初めてアイスクリームを食べなかった日であった。ともかく乳製品が激安で、コーンに2つ乗せても1ユーロに満たない、これは食べない訳には行かない、そういう日々が続いていたわけだ。

8 月 6 日、スロヴァキアにやって来てから、プロバイダーの送信サーバーへ接続できない状態が続いている。この問題はプロバイダーも把握していて、色々と抜け穴を用意してくれてはいるのだけれども、どれを使っても引っかかるのである。また、どうやらPOPの使用は積極的には推奨されていないようで、古くからのメールユーザーは絶滅を待たれているかのようだ。適当な送信サーバーを探して来るという抜け穴もあり得るのだけれど、これまた「あまり使いたくない手段」である。一方、外国から使うことが日常的である「とあるサーバー」は全く問題なく接続を受け付ける。ということは、そうか、その番号へのポートは開いているわけだ。プロバイダが、そこの穴に対応しているかどうか、もう一度確認してみよう。なんか不毛なことをやってる気がする。

8 月 5 日、スロヴァキアの言葉や文化の基礎を築いた町ニトラを訪れる。スロバキア語が、キリル文字ではなくラテン文字で筆記されるのは、ローマカトリックが推し進めた現地語による聖書翻訳の成果の1つなのだとか。幾つかの修道会が様々な活動を活発に進めている。現代の修道院も外側から眺めることができた。自宅を離れて、ここで少年期を過ごすのだ、不思議な感覚を覚えた。さてブラティスラヴァに戻って来た夕刻のこと。ドイツから、自家用飛行機に乗ってブラティスラヴァ空港へと降り立った教授さまと一緒に、ドナウ川散歩をして社会や物理のあれこれを話し合った。ユーロをどれほど信用するか、直接税と間接税で給与の半分は消える話、飛行機の話、講義の話、やっぱり同業者である、話は通じるものだ。

8 月 4 日、その昔、チェコスロヴァキアのアイスホッケーチームは最強であった。チェコとスロヴァキアに分かれた今では、両国の対決は毎年のごとく関ヶ原と化して国民の注目の的なのである。昨季はスロヴァキアが準決勝でチェコに勝ち、決勝でロシアに敗れた。決勝でロシアに敗れたことはまあ横に置いておいて、スロヴァキアがチェコに勝ったことで充分に満足なのだそうな。人口でも経済でも、何でもチェコの方が倍の規模を持つこの両国間で、常に対等であるよう競争する、そういう意識があるようだ。アイスホッケーチームが専用のリンクを持つ、またその昔は凍った地底洞窟の中で夏でも練習していた、そこまでするか?という程の熱の入れようなのだ。

8 月 3 日、お昼前に、セミナーで正弦二乗変形(?)について話す。夏休みなので、聴衆は「休み返上で物理を楽しむ」コアなメンバーが10人足らず。これは厳しい条件であった。眠そうにしていた方が、話の後でズバリ本質を突く質問を投げて来てびっくりした。スロヴァキア科学アカデミーの底力の片鱗を見たのであった。人口が五千万人くらいであることを考えると、アカデミーの広大な敷地にあらゆる文芸科学の専門家が集まっているのは壮観である。その昔、社会主義の時代にも、ユーゴスラビアの西北側と同じように、そこそこ経済発展があったというのも理解できるような気がする。商店主が割と笑顔で対応してくれるのも良い。週末なので、夕方は早々に切り上げて散歩した。

8 月 2 日、水道をひねれば飲める水がどんどん出て来る。ドナウ川の恵みというのは有り難いもののようだ。氷河の山から流れて来る水なので、多分に石灰質な水のはずだけれど、スイスで飲む水ほどには「硬く」はない。さて、ここ何日か、段々と気温が上昇して来た。風がなく、気温が上がって来ると、そのうち短い雷雨が来るのだとか。常に暑くて、予期せず夕立がやって来る日本と比べてしまった。このように水気のある風土であっても土は砂地で、保水力には欠けているのだとか。あちこちに松が植えてある、あるいは自然に生えている。そういう場所へと行くと、何となく日本を感じてしまう。来日したスロヴァキアの方々も同じように思っただろうか?

8 月 1 日、スロヴァキアの首都ブラティスラヴァは観光客だらけ。定住している外国人も含めて、半分くらいはスロヴァキア人だと思うな、と教えられた。オーストリアのウィーンまでは数十キロしか離れていない。ということは、少し西へ移動すると、直ちに国境を渡ることになる。今日では、国境には何もない。昔は有刺鉄線が張り巡らされ、川には電線が仕込んであったとか。多くの人が越境に失敗して命を落としたらしい。国境が開かれて20年ほど。今では、多くのスロヴァキア人がオーストリアの東の外れに自宅を構えているのだそうな。また、奥さんがスロヴァキア人というオーストリア人も多数居るのだとか。うん、それはそうか、スロヴァキアのお嬢さん方はスリムで可愛い。

7 月31日、その地に赴けば、その地の料理を食べるということを楽しみにしていたのは昔の話、収入が減少した今は海外においても節約第一である。スーパーマーケットへ行くと、農産物は大抵の場合、日本で買うよりもずっと安い。国境を囲まれるとおしまい、という厳しい時代を生き抜いて来た国々だけあって、食料自給率は高いし、それなりに効率的な農法を身につけている。いや、日本が非効率というわけではないのだろうけど、明治以来の急速な経済発展もあって、相対的に農産物の価格も高くなってしまったのだろう。ともかくも、ヨーグルト1カップが 0.45 ユーロ、牛乳も1ユーロ、いまユーロが安いことを割り引いても安い。ついでに、米の価格も .... これを話し始めると、先に述べた日本の食料自給率との関係が怪しくなるか。今日は日本領事館前で祭りがあったらしく、夕方には寿司バーが特設されていた。お客さんは閑散としてたけど。

7 月30日、スロヴァキア科学アカデミーを訪れる。郊外の広々とした場所にあって、辺りは夏のお花畑状態。カモミールが道端に何気なく咲いている。リンゴの木から、どんどんリンゴが落ちていた。あれはそうか、レモンと同じで、未熟果が次々と淘汰される果物なのだな。研究所では、常勤職についている人も居るには居るらしいけれども、最近になって研究員になった人は数年間の契約なのだそうな。その数年ごとに成果を査定して契約を延ばすという、なかなか厳しいシステムで運営されている。その運営によるものなのか、若いポスドクがゴロゴロ居る。みんな、切れ者ばかりで私のようなボンクラが何か話すと、鋭く突っ込まれる。訪れるには、いい場所だ。

7 月29日、最初のフライトの飛行時間は12時間足らず。一方で MacBook Air の電池は、最近の実績では持って7時間。どうするか?利用目的はプレゼンと、文章の編集。しばらく使ってみて、画面を眺めながら考え込む時間が長いことに気づいた。そういう時には、直ちにスリープして節電。ということは、日頃のパソコン作業というのは「壮大なエネルギーの無駄」を重ねているわけだ。頭のスイッチがオフな時には、パソコンも省電力モードになる、そういう工夫を推し進めるべきかもね。昔は確か、使わないとクロック周波数が倍々で遅くなる C-MOS 論理回路なんてのもあったな、リバイバルしないかい?

7 月28日、変圧器を買い求める。小さな電池の充電器は、国内で購入できるものは大抵 AC 100 V (あるいは 110 V) 専用なので、海外で使うには変圧する必要がある。大電力は必要ないので、最も小さな変圧器を選んだ。おおよそ、キャラメルひと箱くらいの大きさ。但し、中身はトランスなので、持つとズッシリと重い。こういうものに技術革新があるとすれば、それは地道な鉄損の減少か、あるいは巻き方や放熱の工夫か。超伝導というものが、こんな所に恩恵をもたらすのは、いつの時代になるだろうか?

7 月27日、恒例のバーベキューパーティー開催。私の趣味は調理、こういう機会に炭火や鉄板の使い方を会得できるのは実に楽しいことだ。今年も焼きそば調理係と化す。今年の炭火は至極順調、強すぎると水をかけながら手早く調理しないと全て焦げるので超忙しくなるものだ。途中で、焼きそば用に炒めてもらってた肉野菜いためが何処かに「吸収される」という珍事(?)もあり、最後は麺が主体の焼きそばとなってしまった。調理の2時間、隣の焼き肉から流れてくる煙に苦しめられたけれども、何とか予定どおり日没までに調理完了。

7 月26日、MacOS 10.8 を入れる。うっかりクラウドを ON にしてしまって、Safari の Book Mark が壊れてしまったので、Time Machine のバックアップからブックマークファイルを掘り出して来て復帰。ブラウザーのフォントはどうやって大きくするんだ?メールの使い勝手は良くなったのか悪くなったのか、いまだ判定できない状況にある。総じて、Tiger を入れた時のような「ひっかかり」があまりなくて、スムーズに移行が進んだようには感じる。今後に注目。

7 月25日、アチコチに書いてること:スライスチーズという名称で売れられている四角くて薄いチーズ、あれはスライスされたものではなくて、融かしたチーズを平たく延ばしてラップした後に冷やしたものである。ヨーロッパでも、同じようなものを見かけるには見かけるのだけれども、塊からスライスされたナチュラルチーズの方が一般的だ。乳製品の流通と採算に、たぶん大きな違いがあるのだろう。もちろん、どっちのチーズも、目の前にあれば美味しく食すのみ。

7 月24日、サワグルミという、木工家から見捨てられたような材木がある。桐のように軽くて、ラワンのように粗い肌というと、まあ重宝がられないのは当たり前なのだけれども。主な使い道はというと、マッチの軸だとか、つけ木だとか、他の材木を痛めないための一時的な作業台など。同じように目が荒くても、バルサ材は軽さゆえに重宝される。こんな木でも、木口側はもちろん固い。うまく木口を出すように材木を合わせれば、ナイフの柄の表面などに使えるのではないかと、研究中。

7 月23日、阪急六甲駅から経済経営学部前まで歩くのが毎日の日課。ノンビリ散歩していると、カトリック教会前あたりで後ろからの学生に抜き去られる。よし、モードチェンジ!いきなり加速すると、心肺の調和が取れないのでジワジワと距離を詰める。慌ててはいけない、調子に乗って早々に抜いたりしたら、即座に抜き返されるかもしれない。しばら〜く、ぴったり後ろにつけて、バテているのを確認の上でスパートをかけるのである。なんか研究生活に似てるな。本日はスパート成功。

7 月22日、彫刻刀の柄をつくる。最初の一本がオニグルミ、二本目がサクラだったから、三本目は杉板にしよう。ちょうどカマボコ板が机の上にある。ヌカ目ではないけれども、贅沢にも柾目である。というか、カマボコを買う時に「よ〜く見比べて」柾目のものを選んでいたのである。板付きのカマボコをマジマジと眺めている妙な買い物客が居たら、それは私かもしれない。晩秋になると、植木屋さんが樹木を剪定する。そういう時には、「くの字」に弱く曲がった枝を探す。ナイフの柄にピッタリの材料なのだ。

7 月21日、草抜きしながら空を眺めると北東は尋常ならざる様相であった。危険を感じるものは、正体が見えないものである、何となく暗くて空がどこまで下がって来ているのかわからない、そんな状態をボーっと眺めている内に雷鳴が響き渡った。早々に退散。とかく雷は怖いものである、これまた正体不明だからである。え?電気じゃないのかって?それを自分で確かめようとしたフランクリンは偉い。わしゃ、どんな名誉を前にしてであっても、雷からは裸足で逃げる。

7 月20日、酢酸菌を取ろうと、酒をコップに入れて放置する。が、菌が繁殖する前にアルコールだけ飛んでしまった。腐りかけた果物でも何でもいいから、種を入れておくんだった。酢酸菌を使って何を作るかって?酢しか造れません。糖質の原料から酢を造るのは途中で酒税法違反になってしまうので、アルコールになっているものを買って来て、酢にしようというわけです。例えば酒粕とウォッカと水の組み合わせなど。酒粕がどう働くかは、不明です。

7 月19日、計算結果が何か妙やな〜、正になるはずの量が負になっている。スピン S の2乗は S(S+1)。ミスプリじゃないですよ、S*S ではなくて S(S+1) が正解。ここまでは充分に気をつけていたのだけれども、次にうっかりミス。S の2乗の2乗は (S(S+1))(S(S+1)) なのに、単純に S*S*S*S と計算していた。そりゃあ、計算が合うハズがない。量子力学では、演算子の2乗の期待値は常に要注意である、ということを改めて認識した。

7 月18日、金曜日になると首相官邸の周囲を散歩するのが恒例となりつつあるらしい。安保闘争以来のことではないだろうか?と思って人口ピラミッドを眺めると、ちょうど「その頃の大学生たち」が定年退職する頃合いになっている。フォークギターが再び売れるかもしれない。いや、昨今はスピーカー付きのエレアコの方が音量もメッセージ性も高いか。我々の世代は、再び先輩達に圧倒されるのだろうか?

7 月17日、ジェット気流が随分と北側へと迂回している。それが連続的に北上して梅雨明けか?と思いきや、その西側にある寒冷渦の西側から更に北側へと進む上空の空気の流れがあり、どうやら現在の日本上空のジェット気流は消滅するらしい。ともかくも、昼過ぎには梅雨明け宣言「らしきもの」が出た。さあ夏だ、海へ行くぞ!その前に、ええと、海流に対抗できるだけの推進力を得る筋力と持久力をつけておかないと。

7 月16日、メリケンパークが賑やかだ、海の日の祭りに人々が続々と。この時期に水辺でイベントというのは全国的なものだし、今は祇園祭のシーズンでもあるので、雑踏警備を頑張っている割には、自由に動き回れる会場であった。恒例のヘリコプター遊覧も実施。貧乏人の私は地上から望遠レンズでヘリを捉えることに楽しみを見いだす。え?その望遠レンズで何回ヘリに乗れるかって?いや、そんなに高くないのです、某●という製品ですから。

7 月15日、ポートアイランド・スポーツセンターへ行く。あそこの競泳用プールは水深2メートル。ちょっと速く泳いでやろう、などと思ってペース配分を誤ると、途中でヘトヘトになって、50メートルの後半はアップアップの泳ぎになる。そういう場所なので、一般公開しているけれども泳いでいる人は非常に少ない。その隣の飛び込み用プールでは、シンクロナイズド・スイミングの練習をしていた。

7 月14日、大阪をぶらぶら。東北物産展やってた。今回は乳製品の前で説明を色々と聞く。栗駒高原に牧場があるのだそうな。飲んでみると、甘みが強い低温殺菌牛乳だった。ヨーグルトなども試食して、セットを一つ購入。ガラスの瓶入りなので、「梅干し入れ」の容器に使い回しができる。さて自宅の「蔵」を開けてみると、梅干しやら梅酒やら魚味噌やら、色々なものが雑多に置かれている。給料が減った時には、「蔵出しの品々」で飢えを満たすべし、というお達しか?

7 月13日、彫刻刀の柄を作る。これは簡単な作業だ、平刀で溝を掘っておいた木に、彫刻刀の刃を入れて、もう一本の木切れを接着して、後は好みの形に柄を削って行くだけ。ナイフと違って、彫刻刀の柄に美観を問われることはない。使い勝手が全てなので、使い易いように削ったら、それでおしまい。表面仕上げもなし。作業で、ちょっと難儀だったのが気温の高さ。速乾性のエポキシ接着剤が、あっという間に固まってしまって、接着面から樹脂を追い出す暇がなかった。ま、いいか、実用本意だし。ナイフを作る時には、速乾性のものは使わないでおこう。

7 月12日、今日も元気だ、朝から快調に講義、と思ってたら、途中からお腹の調子が下り坂。「ちょっと待ってネ」と捨てセリフを残してトイレに駆け込む。何か悪いもの食ったかな〜?思い当たるフシがある。世の中、税金の支出を減らそう、減らすならばまずは人件費から、という流れが定着している昨今である、教員も節約しなければならない。冷蔵庫をガバッと開けて「これ、大丈夫かな〜」と思いつつ、捨てれば給料の無駄遣いと思って、とある「残り物」を食った結末であった。

7 月11日、上空のジェット気流は真北から真南へ。一方で下層の湿った空気は南から北へ。オホーツク海にあるような、無いようなものは弱い高気圧だけども、その上空にあるのはカットオフされた冷たい空気の塊。梅雨時の空は、天気図だけでは表し辛いものがある。もっと、目に見えるような気象の表現方法をよく考える必要があると思う。これでも、昔に比べれば、天気と天気図の描き方はだいぶん改善されてはいるのだけれども。

7 月10日、これくらいの計算は、信念をもってすれば誰の前でも直ちに行える、と、タカをくくった時に落とし穴は大きな口を開ける。この点については、よく理解しているつもりであったのだけど、今日は落とし穴に落ちかけて無駄な時間を食ってしまった。いけない、いけない、ちゃんとした計算を効率良く行う手順について確認して、次回の演習が始まる前の時間に黒板に解答例をびっしり書いておこう。

7 月 9 日、校正というのは難しい作業だ。既に何度も書いたと思うけれども、自分の頭の中には「正しい式」の輪郭が浮かんでいるので、目の前の式が間違っていても気づかないのだ。昔は木っ端みじんに間違いだらけの物からスタートして「1回か2回だけ」校正したと聞く。当然、間違いだらけだと思いきや、案外そうでもない。文章を書く覚悟というものが自然と身に付いていたのだろう。何度でも手直しできると思っていると、大きな罠にハマる。

7 月 8 日、マガモは渡り鳥。「ニルスの不思議な旅」のカモたちも、マガモだったかな?カルガモは渡らないカモ。アヒルは家畜になった白いカモで、重たくて自分ではほとんど飛べない。アイガモはアヒルとカモのあいの子。水田に放ったりするらしいし、カモ肉と称しているものはアイガモかアヒルらしい。どれも愛嬌のある顔をしているけれども、やっぱりアヒルが一番かわいい。目が人間の眼差しになってしまっているからだろう。

7 月 7 日、プロバイダ責任法は、情報セキュリティに対する一里塚であり、その効力は大きい。しかし、プロバイダが関与しない情報通信には、全く無力であるという抜け穴が存在する。それでもまだ、何らかのネット上で端末間の情報交換が行われる場合には、通信上のログが多少の時間は保持される関係で、あらゆる「悪用」に対して一定の抑止効果がある。問題はネットに乗らない端末間の情報交換。タブレット端末を2つ並べて、片方からもう片方へと写真を飛ばしたりする、あれがそうだ。どの端末からどこへ送られたか?という、ログを双方かつ伝達ファイルの中へ残すシステムにしなければならない。さもなくば、今に SPAM の巣になってしまうぞ!

7 月 6 日、角運動量の合成は、量子力学の中でもちょっと付き合い辛い項目ではないかと思う。一旦慣れてしまえば美しい関係式で、頭に入り易いとさえ感じるものではあるが、古典力学の世界との接点が乏しいのである。これは古典力学の学習方法の問題かもしれない。例えば初等的な流体力学では、静止している流体が角運動量を持つような場合は考えない。流体を構成する粒子それぞれの角運動量が表に出て来るのは、例えば磁性流体の場合だ。や〜めた、やっぱりつき合い辛い。

7 月 5 日、世の中 Higgs で沸き返っている。ちょっと待った、弱い相互作用のゲージボソンでさえ、シッポを捕まえてから後、崩壊の分岐だとか角度だとか、色々と精密測定が「まだまだ」続いているではないか、何か理論の破れというものが見つかるのは、この類いの細かい積み重ねの内で得られる、あるいはその過程で偶然に得られることが多い。道はまだ長いのである。そもそも、Higgs なんてヘンテコなものが、物理的に基本的なものとして受け容れられるか?と言われると、いや「より本質的な何かから emergent であるべきだ」と言いたくなる。相転移があるとすれば、それを導く背景を知りたくなるものだ。もうひとこと:ハイエナさんたちは、プランクスケールまで飯を食い続けること間違いなし。

7 月 4 日、節電の夏である。電力会社のホームページを見に行くと、一昨年よりも随分と低い電力しか使っていないことがわかる。これが本来あるべき省エネルギーのスタイルではないだろうか?あれあれ、オール電化マンションのページが無くなってたり、縮小してたり、リンクがたどり辛くなってたり。電気を使う方へと商売するのではない、というのは公共設備に通じるものがあるかもしれない。行く行くは教育設備にも、この流れが波及したりするかもしれない。

7 月 3 日、台所をガサガサと漁っていたら、干し貝柱がザクザク出て来た。これは高価なものなのである。高価なだけあって、2個あれば家族で夕食のスープが楽しめるのである。さっそく水で戻して、調理に備えることにした。さて、スープを取ったら豆腐を入れて、淡い味付けで楽しもうかな?いや、豆腐は味を消すから、入れるなら少しの野菜かな?こういう時には、チンゲン菜とか瓜とか、味の薄い野菜がいい。白菜は季節じゃないし ...

7 月 2 日、明日、論文を投稿することになっているのだが .... 共著者からの連絡が乏しい。全て自分1人でやっている、あるいは自分が計画の主導者であれば、見切り発車でエイッ!と arXiv に突っ込んでしまうのだけれども、そうでないのだ、今回は。アイデア自身、行列積を知っていれば誰でもたどり着く所にあるものだから、ノンビリと構えていると先を超されるのは目に見えている。ま、いいか、あの論文に科学進歩の歴史が懸かっている、という訳ではないしね。

7 月 1 日、酢を醸造するには、途中でアルコール発酵が入るので酒造免許が必要となる。と、信じていた。酢を作っている人いわく「アルコールに酢酸菌を加えると良いのです」と。なるほど、こうすれば酒税法違反に問われることはない。実際、工場で酢をどんどん造る時には、日本酒の原酒ほどの度数もあるアルコールを、高い温度で酢に変えて行くそうな。ゆっくり、じっくり造る酢の場合は、ぐっと低い度数だとか。よし、ちょぃと、日本酒を空気に触れ合わせて「酢のもと」を造ってみよう。うまく菌が取れたら、本番。でも、どんな酒を使うといいんだ?

5 月と 6 月の1行日記