7 月と 8 月の1行日記  

6 月30日、お隣の、松蔭女子学院大学に行く。チャペルでオルガンコンサートがあったのだ。ゴシック建築を「森」に見立てるというお話の後で、演奏が始まった。ガルニエ建造の古典調律のパイプは、平均率に慣れた我々の耳を飽きさせない。最後の曲は、フラット3つの変ホ長調。古調律で弾くと和音の IV で盛大にウルフが生じる。これは、流石にたまらん!と、最初は感じたのだけれども、慣れて来ると「パイプが林立している」ことが音になって現れていることに気づいて来る。これが「音の森」だった訳か、と、納得して帰る。
6 月29日、量子力学の講義はスピン角運動量に入る。この、点が角運動量を持ち得るということは、古典力学的知識とは相性が悪い。量子力学的には、角運動量は「まわって見た、あるいは回してみた時の位相」だから、点だろうと何だろうと構わない。点を回すのか?と言われそうだけれども、これは「自転」の意味での回転ではない。こういう話をした後で「原子が持つスピン角運動量」などと口を滑らすと、大騒動になる。原子は点ではないからだ。角運動量の合成について話さなければならない、が、話す順番の組み立て方には気を使う。
6 月28日、国際会議の準備というのは、1年前くらいにはもう始まっている。予算申請まで含めると、もっと前か。夜中に突然、スイスからメールが舞い込んだ。そういえば、スイスには10年以上足を運んでいない。なになに、例のダイビング好きな人々がチューリッヒに集まるんだって?あの冷たいチューリッヒ湖に飛び込むつもりなのかい?期間が○日というのは、ちょっと辛い。少し前もって滞在しておかないと、時差ボケの中で時を過ごすことになってしまう。
6 月27日、アヒルと鶏は、ほとんど空を飛べない。カモやカルガモとキジは、空を飛べる。どこが違う?という所に、スケーリングの概念が入って来る。物体が飛ぶ時の空力、平たくいうと大きさと羽の面積と重量の関係、それから羽ばたく時の筋力や作用モーメントの関係。動物が短期間に大型化する時には「比例的に」どこもかしこも大きくなるので、飛べなくなって当然なのである。人間もまた、世代ごとに体格が良くなったと喜んでいて良いのだろうか?
6 月26日、月末までに論文を書くことになっている。自分1人であれば、4日もあれば余裕である。問題は、著者が4名であるということ。4人の間で文章を回すと、一週間はかかる。こういう時には、著者を1人に決めてしまって、後の人はコメントするだけにしなければ間に合わない。ここで、夏至が問題となる。日本で夏至というと、あんまりピンと来ないのだけれども、夏至祭りというものを楽しむ国もある。祭りの時にストイックに論文に集中できるかどうか、それが問題だ。
6 月25日、油揚げが賞味期限切れ寸前で安くなっていたので、まとめて買う。甘く煮ておけば、けっこう長持ちするし野菜の煮物にも使える。スイカの皮は、なかなか使い道に困窮。何かを置く受け皿にして、色合いと形を楽しんだら捨てるというのが一番簡単な使い方。冬瓜の代わりに使うと「イマイチやな」という感じになる。他にも色々と瓜の代わりに使う方法はあるのだけれども、「瓜の方が美味しい」のである。「スイカ皮ならではの美味しさ」は、なかなか追求し辛いものだ。やっぱり中身で満足するべきか?
6 月24日、ワードの文章は Open Office でも何とかなるわい、とタカをくくっていたら、届いたのが某外国語の書類。フォントの問題が出てしまった。マトモに印刷するために、わざわざ日曜日の大学まで行く。実に長い道のりであった。文章に記入して、印刷する。それにサインしてスキャンして、メール添付で送って、やれやれ、帰途に。スーパーに寄り道して何かウマいモンはないか?と物色する。この時期にウマいモンというと、やっぱり夏野菜かな。
6 月23日、量子力学の観測理論について問われる。観測については何度も書いているけれども、繰り返して述べると議論するべきはマクロスコピックな情報処理系を量子力学的に記述することであって、微視系を幾ら眺めたところで解決には至らない。量子力学的に記述、とは書いたけれども、デコヒーレンスに突っ込めばそこに熱力学も絡んで来ると思われる。何か、ひとつ、モデルを立てて「観測する時に何か捨ててないかい?」と、自問自答するのである。
6 月22日、神戸空港の屋上デッキに「働く女性」出現。一見すると見送り客に見えるのだけれども、手を振る相手は整備員であったり、パイロットであったり。地上係員と携帯電話で連絡を取っている。あれはどういう職種なのだろうか?全ての飛行機が到着済みになる頃、その女性は引き上げた。電力節減でオフィスが暑くなって、たまらず屋上に涼みに来た?いや、まさか、そんなことはないよね。
6 月21日、論理体系を言葉という「時系列のもの」で述べ伝えるのは、なかなか難しい。人によって、伝える順序が「かなり」異なるからだ。おおよそ誰にでも通用する順番で用心深く話す人は非常に珍しい。結論から話し始めて、「なぜかと言うとね、」という順番で公理にたどりつくのも、まあ判り易い話し方だ。一番難儀なのが、話す内容の順番に脈絡がなくて、しかも本人の中には整然としたロジックが存在している場合。意味のあることを話している、という事実に気づくまでに相当の時間を要するのである。粘り強く聞く人が周囲に居ないと、あまり理解されない、けれども彗星のように素晴らしい結論を得るのは、このパターンの人だったりする。
6 月20日、気象庁のウィンドプロファイラーが面白かった。中央高地で台風の下層渦が乱されている間に、吹き込む南風が太平洋回りで上層へと吹き上がる形で進む温帯低気圧化が良く見て取れたからだ。上層雲はジェット気流で東に吹き飛ばされてしまったようだ。日本海に入って来たトラフは動きが遅くて、台風本体との合体には間に合わなかった ... 間に合うとロクな事がないので、幸運だったかな。
6 月19日、台風がやって来る、臨時休校となる学校も多いだろう。あ、そう、程度の感想?食堂や給食に関係している人々にとっては、難儀なロスとなる。大量に扱う場合は前日の食材発注では間に合わないから、何日か前に計画を立てて流通に乗せた生鮮食料品は、消費されなければ廃棄を考えざるを得ないからだ。まあ台風は停滞しない限り1日のことだから、マシな方か。もったいない、と、思ったら、お昼ご飯を食べてから帰る、買い物をしてから帰る、そんな所かな:台風がおおよそ去った頃にスーパーに行くと、閉まっている所もあれば半額売り切り中の所もあった。
6 月18日、Formulation に難のある長い論文のレフリーは容易ではない。全体的に、意味があることを書いてあっても、場所によって定義がバラバラな式を見せられたりすると「ええ加減にせえー」と言いたくなる。が、そもそも著者が式の定義など気にしない人なのだから、何か難癖つけても改善というものは限られている。面倒なものには目をつぶって、意味のある所だけ好意的に読み取って、ホイホイっと安易なレポートを書いて返すのが楽だよ、という悪魔のささやきが耳元で聞こえるけれども、そんな悪行を積み重ねるくらいなら最初からレフリーを断る。結果として、何だか無用の苦労をしているような気が ....
6 月17日、サーバー設置場所の停電日にて、家に待機。夕刻には無事、自動復帰した。湯葉を使う時、今までは何となく切って汁に浮かすか、あるいは切って汁を煮含める程度のことで満足していた。が、包んで蒸すとか、包んで揚げて更に煮るとか、色々な可能性があることを「知ってしまった」。精進料理への道なのだろうか?いやいや、肉を包んでも良い。ギョーザの皮の代わりに使うのは、ちょっと栄養的にどうかとは思いもするけれども、まあやってみると面白いかもしれない。物理的には、湯葉と豆腐がどう違うのか?という疑問もチトある。豆腐をうまく「湯葉化」できないものだろうか?押し豆腐にすると、ちょっとソレっぽくなる。
6 月16日、サーバーの停電準備:現在のコンピューターは、ファイルのジャーナリングがシッカリしているし、ハードディスクも頑丈になったので、突然の停電くらいで壊れたりはしない。が、ファイルのバックアップ中に電源が落ちるのは、バックアップサーバーもろとも破壊する可能性を含んでいる。従って、まず自動バックアップを停止。そして、停電後の自動復帰ボタンにチェックを入れて準備完了。ここで気になるのは、停電終了時に、何かの理由により「再停電」した場合。起動後の、ファイル修復中に再停電するのは、ジャーナリングの下であってもあまり目出たくない。まあ、いいか、運を天に任せよう。
6 月15日、孤立した原子の物理というものは、化学や物性と切り離して「ひとまとまりの講義」として組み立てることができる。最後に、原子核の話を入れても良い。あるいはコンプトン散乱など、量子力学の発端となった現象をオマケで付けても良い。量子力学は「道具」として使うかもしれないけれども、深入りしない。そんな講義を「どこかに転がしておく」と世のため人のためになるだろうか?あるいは「あほう踊り」の一つとして無視されるのがオチだろうか。ま、今は時間ないな。
6 月14日、スピン系の話は、ひとたび始めるとドンドン各論へと話が拡散して行き易い。根っこの興味はたぶん共通していて、それは秩序と励起である。いや、無秩序というものも、共通する話題か。普遍性という「くくり」で話がつきそうなのだけれども、そうは問屋が卸さない、スピンのつながり方や相互作用の強さで、色々と考えることが増殖して行くのである。従って、スピン系の話題で集中講義など行うと、それは「拡散講義」になる危険がいっぱいなのである。
6 月13日、彫りの深い、四角く少し短い鍵盤と再び対峙する。対峙すると書いた時点で既にアウトである、手が自然に伸びて行かない状態に陥り、鍵盤の感覚を確立するまでに10分は費やしてしまった。やっぱり小細工では通用しない、押し込む前に余裕を持って指が鍵盤に触れていなければ、どれくらいの力で指を沈めれば良いのかわからなくなる。三週間後に、もう一度ご対面となる。今度は鍵盤と仲良くしたいものだ。いや、鍵盤の先につながっているパイプと。
6 月12日、MacBook Pro の新型出る。ふと思うのは、近い将来のノートパソコンの姿。両面自発光ディスプレイなんか量産できた暁には、たためば iPad、広げれば BacBook という感じで使えるようになるのか?いや、ディスプレイは発光する必要ない、という話もある。(暗くなる飛行機の中では使い辛いけど。)いやいや、きっと「粗品でございます」と、今で言う所の電卓の程度までに陳腐化することは間違いない。その頃の人々は何にお金を落とすの?
6 月11日、物理学会誌に短い研究紹介の記事が掲載されて、著者の末席に私も入っている。「です・ます」調で書かれているのは、私が直接手を入れた文章ではないから「です」。もちろん、全文を何度も読んだ。問題設定はしごく単純で、結果として観測される物理も日常的(?)に慣れ親しんだもの。だけれども、その途中で意外な現象が。それは、読んでのお楽しみに。私は正弦変形と呼んでます、この珍現象を。いや、珍しくない現象なのかもしれない。
6 月10日、ギザギザの10円玉。昔、小遣い銭を財布に入れて駄菓子屋へ行った頃には、半分は大げさでも、けっこうな枚数が手元にあった。集めている友達も居たけれど、珍しくも何ともないモンを集めてるな、としか思わなかった。その頃、古い字体の5円玉はもう少なかったし、百円札は「○○県では流通している」といううわさ話が流れるくらい珍しかった。もっとも、百円札は現在でも札束単位で「売って」いるらしく、さして珍重されないのだそうな。
6 月 9 日、神戸大学から阪神大石駅へと向かう長い道の途中、阪急の線路を渡る辺りのガソリンスタンドが姿を消したのは、つい最近のこと。久々に通ってみると、賃貸ビルになっていた。一階には豆腐屋さんが入るらしい。内覧会か何かをやっていたらしく、出資者なのだろうか、団体さんがバスで乗り付けていた。近くにあったケーキ屋さんの跡はベーグル屋さん(?)に、寿司宅配の看板がかかった賃貸物件は空きに。とかく、交通量が少ない所だから、商売には辛い場所かも。
6 月 8 日、なんだかこのページ、縦に長いな〜と気づく。ああ、いけない、4月末に「切る」のを忘れていた。その頃はもう、スペイン参りのことしか頭になかったのだと、今更ながら気づいた。おおよそ海外に出向く時には、土産話の一つや2つは軽く用意しておかなければならない。いつでも同じような話をしていれば良い、というのでは進展ないしね。さて、次は「かの国」に持って行くネタを仕込まないと。今度は統計力学に戻ることになるだろうか?
6 月 7 日、その昔、とある東欧の国で国際会議があった。参加費を振り込みに、銀行窓口へ行った。相手側金融機関でどれだけ手数料が必要かは予測がつかないこともある、と窓口で説明を受けて、ともかくも必要とおぼしき手数料欄に全て当方負担のチェックを入れる。さて、会議が始まって参加登録してみると、手数料分だけ振込が不足していると指摘される。うっ、吸い込みおったな、経由銀行のどこかが。そんな経験もあるけど、今日も懲りずに銀行へ行って、参加費を海外振込して来た。
6 月 6 日、大学で経済学をカジった頃はバブル経済のド真ん中。経済の加熱もさることながら、スタグフレーションに気をつけよと色々な本に書いてあった。さて、その後の世の中はというと、やって来たのはデフレ、と言うべきか、貨幣価値の凍り付きと言うべきか。何が変わったのかな〜と今更ながら眺め直してみると、外国為替が物流に必要な量を大きく超えているではないか、金利は負にもなり得る妙な世の中になってしまった、金融立国なんて言い始めたのはどの国だ?
6 月 5 日、オリーブオイルは酸化が遅いので、木に塗ればしみ込むまで表面に触るべからず。油が手や衣服についてしまうぞ。と、物の本に書かれている。実際に塗ってみると、あら不思議、すぐに乾いてしまった。これにはカラクリがあって、その木は一度オスモカラーで塗装してあったのだ。この塗料には、強力な触媒が入っているらしく、上塗りした油もドンドン酸化してしまうらしいのだ。ということは、手の油も同じように固めて行くわけか。使い込むと、その人の塗装になってしまうのか?!
6 月 4 日、阪急六甲駅、南側のホームの西側に、駅の「囲い」の手スリがプッツリと切れている所がある。どうして、ここが切れているの?と不思議に思って、辺りを見回すと、ある線に沿って継ぎ目やズレがある。ここで土地が伸び縮みして、元に戻らない位置で固定されてしまったのだ。ズレは2センチくらい。こういう箇所は、今でもあちこちに残っている。ポートライナーに乗ると、橋脚のガタガタは否応なく目に飛び込んで来る。埋め立て地だけに、ズレも大きかったようだ。
6 月 3 日、枝が込み合っている木を剪定する。もっとも剪定時期は、本当は今では駄目だ。秋冬の間に行っておくべきこと。そうとわかっていても、冬に切ってしまうと寒々とした雰囲気になるので、延ばし延ばしになってしまうのだ。その結果、新芽が伸びた時点で全てが破綻する。まあ、この時点で切るにしても、枝を見ながらであれば、まだ何とかなる。最悪なのはノコギリを振り回して外形だけを切りそろえること。そのような街路樹をアチコチで目にする。
6 月 2 日、グルグルと世界を回っていた通信にケリがつく。先週、それに追随しようと試みた結果、時差ボケが全く吸収されなかった。これではマズい、仕切り直し。来週こそ、日本時間に適応するぞ!と、心に決めるも、やっぱり夜になると、ゴソゴソと文章書き。朝やれば効率が良いことがわかっていても、思いついた時にまとめてしまいたいと思うのが難儀なところ。
6 月 1 日、古典情報をとり仕切る存在とは、量子力学的にはどのように記述されるのだろうか?この点が、measurement based computation のキモの一つではないかと思う。測定によって分かれる古典的存在を、何かを「捨てる」ことによって一つに戻すことはできないのだろうか?という、希望的観測のようなアガキを考え始めると、例の如く夜が白々と。こういう時には、良い考えは浮かばない。大胆な前進は、一瞬にして思いつくものだ。
5 月31日、無限小変換 x → x + δx という記述には、落とし穴がいっぱいある。 x → x' = x + δx の方が多少は親切だろうか。たぶん、 x → y = x + δx とする方が誤解が少ないだろう。この時、x と y は同じ平面上の座標と思うか、それとも2つの異なる多様体の上の座標と思った後で同一視の手順を踏むか、ちょっと思案する。それはともかく、場が出て来てφ(x) → φ'(x') と書かれているとき、物理的にどの場所で何を比較しているのか、勘違いするとエラいことになる。
5 月30日、合議する相手は、オーストラリア、カナダ、そしてオーストリアに居る。この全員が確実に通信可能な時間帯というのは、なかなか巡って来ない。強いて言うならば、日本時間の早朝となる。ちょっとの間だけ起きて仕事して、また眠ろうとしても直ちには眠れず。そのまま論文書き。そして沈没。時差の解消ほど遠し。そういえば、梅雨時の日本って意外と観光すると楽しいんだよな、誰か1人呼べば、うまく日本時間に引き込めるぞ?!
5 月29日、ええと、量子テレポーテーションに出て来る Alice と Bob も量子状態だと思ってしまうと、多世界解釈を使って最後まで数式を書くことができる。その記述では、要するに「測定に基づく量子計算」の非常に単純な例が量子テレポーテーションであるとも解釈可能だ。ニールセンの教科書も、ちょっと違った角度から読み込んでみると、それなりに面白いものだと思う。それにしても、観測というのは突き詰められないものだな〜。
5 月28日、Griffiths による量子力学の教科書を、A4 版に拡大コピーしていて、レイアウトの工夫に気づいた。この本は、洋書で時々みかける変形版で、しかも余白がそれぞれのページの左側に取ってある。コピーを取る時に、ページの角をコピー機に合わせるだけで、B5→A4 のコピーが完了する。脚注が少しハミ出ることが稀にあるけれども、とりあえず本筋には関係がないことなので、別に問題ない。もっとも、本の味わいは脚注から来るのだけれども。なお、この本の終章には、Griffiths の専門とする研究が、少しだけ書いてある。
5 月27日、共同研究者から図版が届く。パッと見て、うん、まあいいや、とりあえず論文原稿に入れておけ、と作業続行。しかし、何かがひっかかる。よ〜く眺めてみると、プロットしてある2つのデータの「縦軸の倍率」が違っているではないか!それも、2/3 倍という微妙な倍率で。これを見つけたのは「計算屋のカン」としか言いようがない。論文の一読者として、この違いに気づく人は稀だろう。だから、よく「データねつ造」がバレなかったりするのだ。もちろん、科学者は正直でなければならない。
5 月26日、前夜からず〜っと論文書いてると今日の昼になってしまった。時差ボケ修復の過程で「時間がシフトして行く」のではなく、一旦完全にバラバラになってしまった感じ。そして午後に休息。思い出せば、学生の頃は実験レポートを書いていて、よくこんな風に土日を潰したものだ。夕方に少し散歩がてらの買い物。今年はすこし、サツキの開花が遅いような気がする。5月末に植木屋さんを呼んでる所は、花を切ることになるかもね。
5 月25日、不確定性と聞いて、何を思い浮かべるだろうか?普段使わない言葉ではあるけれども、普通に聞けば「あのビルの建設計画には、ちょっと不確定要素があるよね」の不確定要素と同類のものだと思うだろう。ところが、物理を一旦学んでしまうと、どのように聞いても「量子力学の不確定性」しか思い浮かばなくなってしまうのである。そうなってしまっては、もう手遅れである、物理人間と化してしまったことを、受け容れなければならない。いやがおうにも。
5 月24日、こんなところ に Benasque での写真が何枚か貼ってある。白黒のは私が写したもの。何故白黒なのかというと、暗い所で望遠レンズを使ったりして、iso 感度を上げきっているから。カラーにすると、ザラザラで見れたものではない。白飛びや黒潰れしているけれども、それは「そうなるフィルムモード」を選択してあるから。「よく写りますよ〜」という条件よりも、「なかなか写りませんよ〜」という環境の下でマグレ当たりする写真の方が面白いように思う。「そんな事しても何の役にも立たないじゃない?」と指摘される方向へと進むのが私の趣味。
5 月23日、桐の木を眺めに行く。ああ、やっぱり、盛大に芽吹いていた。桐というのは、根元からぶった切っても翌年にはスッと立ち上がるくらい、しぶとい。そして、うっかりすると、容易には切り倒せないくらい巨大化する。芽の生える方向をよく見定めて、どれを残すか決めないといけない。一方で、ツバキはいま古い葉を落とす時期。ちょっと揺らすと、ガサガサっと黄色い葉が落ちて来る。常緑樹の隠れた落葉である。
5 月22日、朝いちばんの講義は、いつになく頭が冴えていた。が、昼食を食べた後に時差ボケが強くでて、研究会午後前半の記憶がスッ飛び。後半に生き返ったが、今日の集中は朝一番に使い果たした。飛び回って外交や商売をする人は、どうやって時差を吸収しているのだろうか?スポーツ遠征では、そもそも時差を吸収しないという選択肢もあるようだけど、会議や商売となるとそうも行かない。
5 月21日、日付が変わった気がしない1日なのである。吸い込まれる1日とでも表現した方が良いだろうか。帰国して、ゆっくり .... いや、関空からポートアイランドに船で移動して、そこで今日も研究会に出席なのである。いつもの赤い出で立ちで登壇だ。かれこれ、20日弱も着の身着のままであることは、まあ伏せておこう。下着は、讃岐うどんで鍛えた「足踏み洗濯」で全3着のローテーションであった。
5 月20日、搭乗券に 11:05 KL 1666 便 03A と書いてあった。ゲート 3A に行くと、誰も居ない。妙だ。掲示を見ると 11:05 にゲート 4A から出発する KL 機がある。ゲート変更か、水でも飲んでよ。でも何かが妙だ。よくよく掲示を見直すと KL 1665 便であった。そう、さっき見たのは到着便の掲示だったのである。搭乗券発行時にはゲートが確定していなかったので、欄が空いていたわけだ。出発便の掲示を見直して、確定したゲート 24B まで走る。空港はけっこう広いものだ。指定のボーディングタイムに間に合ってやれやれ。サバを読んだ時間だから、指定時刻から軽く15分は余裕があった。アムステルダム空港では、恒例の BORG レンズへの検査があった。「メーカー製品」ではないものは、何でも怪しまれるものだ。ともかくスペインは訪れる度に好きになる国だ。色々なことを含めて。
5 月19日、Benasque から Barcelona まで、バスで4時間だった。昼間についたので、明日のフライトまで充分に観光する時間がある。しかし!研究会の途中で「論文一本書こう」という事になってしまい、日は傾いてもいないのに、ホテルのデスクで黙々とパソコンに向かう。まあ、窓を全開にすれば、日に日に日没が遅くなる夏至前の空気「だけ」は楽しめます。それでもあきらめずに、カメラを窓に向けてみたら、お城が建っているのが見えた。小さな幸せ。
5 月18日、最終日は人が減って、午後になると皆さんサヨナラ、というのが普段の研究会パターンなんですが、明日の帰りのバスが来るまで缶詰ですから、午後も物理談義が花開きました。なるほど、計画の段階から「短い滞在は歓迎しません」と断ってあったわけだ。寝る前に、ターミネーターみたいな、カフェのお兄さんにも別れの挨拶。
5 月17日、長かった会議も明日で終り。今日は会議の後で、公式のお別れパーティーが開かれた。面白いのは、始まりも終りもないこと。段々と人がテーブルに寄り集まって来て、ザワザワと歓談、途中で主催者がほんの短い挨拶、30秒くらいだろうか。そして、また人々が少しづつ減って行き、自然にお開きとなる。無理がなくて良い。
5 月16日、北京からの御一行様は明日帰るとのこと。晩餐会(?)となった。晩餐とはいっても、いわゆる定食。皿2つに、デザート。何を選ぶか?アーティチョークのハム炒めと、何かの鳥のグリルを頼んでみた。出て来たのはウズラ。美味しいけど、骨が多くて難儀した。他も皆さん、それぞれに。カタツムリを選んだ人は、少なくとも50個は食べたようだ。それでも完食できずにギブアップしてた。量は大したことないから、見かけに負けたかもね。
5 月15日、フタを開けてみたら、同じ研究をやっていた、という事がよくある。いわゆる「競争」というものとは、少し違う。ナントカ競争というのは、複数の研究グループが互いに目標を共有しつつ、目の前の問題解決を競い合うものだ。「こんな事、誰も思いつきはしないだろう」という隠し球を投げ合ってみたら、同じものだった、というのが今回おきた事。これまた、珍しくもない。大学院生だと経験が少ないから、慌てるかもしれないけれど。
5 月14日、サラダや野菜の茹でものを頼むと、何も味付けしていないものが、で〜んと出て来る。塩、胡椒、オリーブオイル、酢で自分の好みの味にしていただく。残った「即席ドレッシング」をパンにつけて食べるのも、なかなか美味しい。肉もシプルに岩塩だけ、それで充分に味わい深い。最後にデザート。スペインはプリンの類いが多彩。でも、重たいからフルーツのオレンジを頼んでみた。すると皿に、丸のままのオレンジが乗ってるだけだった。ガックリしつつも食べてみると、これまた濃厚な味。総じて外れないのが、スペイン料理のいいところ。
5 月13日、夜に雨が降る。山陰から遅い日の出になると、陽気が戻って来た。Benasque を出て Cerler に登り Anciles へと降りる。再び Benasque へ戻る途中で、谷に不気味な音が響き渡った。寒気が吹き降りる音だ。天気が悪くなると直感して、急いで帰投。実際ににわか雨が降ったのは、その1時間も後だった。さて、今日はコレとアレを片付けてしまわないと。
5 月12日、天気予報を見ると雷雲はずいぶん西。軽く3時間は余裕ありと判断して、昨日のルートに再挑戦する。昨日難儀したルートへの分岐点で、クロスカントリーの2人が突っ込んで行くのを見た。通り抜けるか戻って来るか、ともかく泥だらけになるだろう。無事 Cerler の街を攻略して戻って来ると靴が臭って来たので、今度は石けんで入念に洗う。
5 月11日、日没までに4時間ほどの空き時間ができた。幾つかの散策ルートを教えてもらう。一番条件が厳しい山道へわけ入ること1時間、目標まであとわずかの所で沼地が出現。これは登山靴じゃないとクリアできないや、途中で車道に入るべきであった。結局、出発してから2時間半で帰投。靴をジャブジャブと洗う。明日は雷雨だそうな、再挑戦は日曜以降。
5 月10日、座長を仰せつかる。ただ、今日は「何とかフォローできる量子情報」ではなくて、数学屋さんが講演する日だ。どれほど集中していても、理解可能な範囲には限度がある。聴衆の大部分も同じ状況で、講演終わって「質問ありますか?」と振るとし〜ん。こういう状態を人柱と言う。聴衆が質問可能な所まで、何とかバリアを下げるのが座長の仕事のひとつ。
5 月 9 日、フランスから、インターンシップでバルセロナにやって来た学生さんと昼食で一緒になる。日本にも、少しの間滞在したことがあるそうで、東京近辺のことを色々と話してくれた。私にとって、東京は「異国の都会」であって、最近ではマドリードの方が訪れた回数が多い。天気が回復したので、丘に上がってみた。息が上がる。一週間で体が鈍ってしまった。
5 月 8 日、今日は山の天気で、朝から小雨だったり霧が出たり、そうかと思えば青空が雲間から見えたり。周囲を見回すと牧草地が広がっていて、白い馬茶色い馬がエサを食べている。何のために育てているのか、それは不明。冬の間は、スキーのコースとなるらしい。こんな場所なので、国際会議の参加者は最終日まで缶詰となり、途中で足抜けできないのである。
5 月 7 日、物理の話になると、そう、「苦手の英語」を使って話すことに、あまり抵抗が無くなるから不思議だ。もちろんこれは、聞いてくれる方の人間が中身を理解してもらえるのだ、という確信があるからであって、例えば一般聴衆の前で物理を英語で紹介しろと言われたら、ちょっと躊躇する。そういう時には、面白おかしく話さないとね。
5 月 6 日、ベナスクまで6時間バスに乗る。いや、実際は5時間もかからなかった。苦難の長旅かと思えば、一瞬であった。ハノーバーからやって来た、南京出身の学生さんと、喧々囂々の物理談義を大声で行っていたからだ。何かを伝えようとすると、話の途中であまり理解せずに否定して来るので、こっちも本腰を入れてじっくり反論する。日本の学生もこれくらい胆力があれば、と、思った。
5 月 5 日、力学的に安定していることと、見るからに安定感があることは一致するとは限らない。ガウディーの建築物、あれ、一見するとトンデモナイ形をしているのだけれども、よくよく見てみると四角いものを削っている、あるいは四角から飛び出させて造形していることがわかる。支える所は四角いのだから、理にかなっているものだ。
5 月 4 日、カジノや博打には走らない私、でも賭け事はする。飛行機の座席は通路側を選ぶのが好みの私、できるだけ二列並びの通路側を選ぶようにしている。すると、閉じ込められた窓側を「誰も選ばない」確率が半分くらいある。今回は勝ち!と思っていたら、斜め後ろには4列並びに一人で座っている人が居た。おぬし、やりおるの!
5 月 3 日、そら豆は生のまま薄皮もむいてしまい、蒸す。フキは熱を通しすぎないよう、細いものは一分もゆでない。小魚の中骨は、洗って冷凍しておけば、いつでも骨せんべいにできる。料理を食べる時に、カウンターに座れば教えてもらえることが色々とあるものだ。勉強も、講義室で聞くものだ。... と言っておけば、ビデオ講義の時代にクビにならないかな?
5 月 2 日、9ページの論文原稿が届く。よく見ると、同じ内容のことを、あちこちに分散して何度も書いてある。う〜ん、と、考えた後で、やっぱり直すべきは直すものだと決意して、7ページ半までスリム化する。いや、うまく書けば、丁寧な説明を加えても6ページに収まるだろうか?こういう事は、よくある。詳しく説明することと、長く書き連ねることは、時として相反するのである。だいたい、昨今、長いと読んでもらえないしね。
5 月 1 日、量子力学の状態発展方程式には、ハミルトニアンが堂々と出て来る。これと、古典力学の「ハミルトンの運動方程式」の関係について話すのは厄介だ。相空間量子力学や非可換空間を持ち込めば一発ではあるけれども、そんな枠組みを持って来るのも面倒臭い。というよりも、量子力学の初学者が量子力学を納得する為の「小道具」として使えない。まだ、ラグランジアンの方が古典力学と「仲が良い」かな、式の見た目では。

3 月と 4 月の1行日記