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1 月26日、ウィルスというと、とかく悪者のように思われているけれども、生物の進化に大きな役割を果たして来たというか、影響を与えてきた存在だ。コンピューターウィルスというものも、とかく悪者として扱われるけれども、コンピューターがどのように守られるべきか?という意識を植え付け、情報に鎧を被せる貴重な働きをして来たし、ウィルスのような働きをしつつ機器を結びつける枠組みも造られて来た。さて、量子コンピューターの場合、ウィルスはどのように形成されるものだろうか?量子コンピューターに取り付いて、悪さをしたり、何もしなかったり、そんな存在を作れるだろうか?こんな素人の考えは、とうに専門家があれこれと研究しているはずだ。

1 月25日、長い文章を書いていると、同じことを二度三度と書いてしまいがちなのだ。あるいは、別の内容を書いていても、よく見るとキーワードが置き換わっているだけで、導入から章末まで似たような構成で、結果として通して読んでみると「さっきと同じじゃん」という印象を持ってしまうわけだ。自覚症状を持つことは難しくて、しばらく文章を置いておいて、他人の気持ちで読む必要がある。査読などで他人の文章を読む場合には、一発で何度も引っかかるのが不思議なものだ。小説とかマンガなど、スンナリと入って行くものは、あらかじめ結構練った上で作品に落としているものだと、感心するしかない。

1 月24日、今日は刺身だ刺身だ、と意気込んで街中までやって来て売り場をウロウロ、しかし人々の考えることも同じ、ついでに漁のない日だ。サク取りした魚は、ちゃんと処理してあれば数日は生で食べられるから問題ないと言えば問題ない。ただ、鮮魚が並んでいない売り場は何となく淡々としていて味気ないのである。仕方がないから生食用のホタテを仕入れて、少し小さく切って酢水を通し、わさび醤油に絡めて、薬味を散りばめてご飯と一緒に食べる。気分だけはミニ海鮮丼。ご飯に乗せる刺身とか寿司ネタは薄切り、刺身のままなら少し厚切りだったなーと、乗ってない刺身を思いつつ、次の機会を楽しみにして、お茶で締めた。今日も結局は雨の1日だったなー。

1 月23日、冷たい雨の1日で、海辺の我が家でじっと執筆を続ける1日となった。台所を見るとタマネギが転がっていて、さあ何にしたものかと鍋に放り込んで、水を少々加え、梅酢を入れ、冷蔵庫に転がっていた肉片を入れて、うーん、早煮昆布を切り入れて、あとは時間に任せる弱火の加熱。段々と良い香りが立ち、味見をしてみると、まあまあ整ったものになっていた。海産物と梅酢は相性が良いのだろうか、大昔は酢というと梅酢だったとも聞く、まあ色々と試してみよう。で、昼が来るともなく夜が来るともなく、何となく一日が同じような時間感覚で過ぎ去った。ネットのない頃だったら「暇な1日」になっていたのだろう。暇のないのが現代だと理解した。

1 月22日、めちゃくちゃ暖かい朝 ... 室内で感じる朝の気温はとても暖かかった。が、外に出てみると何だか肌寒い。雨の湿っぽい空気が、重さを感じさせるのだろう。湿った空気は乾いた空気よりも質量密度が低いのに、感覚的には重たく感じるのだ。ここ何日かは、この菜種梅雨のような雨が降ったり止んだりらしい。球根が水を吸うには良い環境だ。北国では、球根は雪に埋もれて、雪解け水で育ち、チューリップも夏まで枯れないらしい。神戸のような暖かい地方では、初夏になるともうダメだ。この辺りではスイセンの栽培が似合っているのだろう。

1 月21日、電磁気学という学問体系(というか教え方)は、よく知っているつもりでも、常に「あれ?」という落とし穴が待ち受けているものだ。コイルの自己インダクタンスを考える時には、コイルを作る導線の太さは考えないことになっている。でも、実際にコイルを作る時には、特に高周波回路向けの小さなコイルなどで、導線の太さが無視できなくなる。また、導線の巻きの隙間から、外部にも磁場が少しは出て行く。有限の大きさの物を扱う時には、結局は電磁場を含めて全体的にシミュレーションしてみて、という事になってしまうのだ。抵抗もあるし、高周波になると電波の放射も無視できなくなる。この辺りは、高いクロック数で動く CPU でも事情は同じだ。まだまだ、電磁場は畏れをもって戦う相手なのである。

1 月20日、ふわっと暖かな朝になった。気温はまあまあ低いのだけれども、ほとんど無風で、日向に出ると暖かさを感じるのだ。特筆すべきは気圧で、1030 hpa を超えている。いや、これは海面補正した気圧で、神戸大学のように丘に登った所では 1000 hpa 以上であることが珍しい。それでも今日は間違いなく超えている。移動性高気圧がこんなに堂々と通過するのは、もう春だという証拠なのだろうか。今朝はプレプリントの投稿数が少なかった。大統領就任のお祝いムードか、それとも春節の走りか。最近は日本人の名前を(割合としては)あまり見ないような気もする。危うし科学立国。そもそも、そのベースとなる物がないのかも。

1 月19日、とある場所のアジサイが、バッサリと剪定されていた。アジサイの花芽は、昨年の秋には枝先にできていて、冬を過ぎて新たに出てくる芽は伸びても葉しか付かない。あーあ、とは思うものの、伸ばし放題というのも問題があって、植栽の適切な管理は難しいものだと思う。まだ何個かは、花芽が残っているようだから、伸びて来たら大切に保護しよう。そういえば、昨年まで綺麗に咲いていたツツジもまた、夏の暑さで枯れ込んでしまった。その枯れ枝を切る作業が行われた仕上がりを見に行くと、こちらもまた花芽の部分が落とされている。こちらは何とも言い難い所があって、サツキ・ツツジの類は、樹形を整えるならば、冬のうちに強く剪定するほか無い。それぞれかもしれない。

1 月18日、共通テストの問題が公開された。試行調査の問題に比べると、随分と「こなれた」印象がある。十分な時間をかけて検討されたものなのだろう。第 2 日程の問題が、同じようなレベルまでブラッシュアップされていれば、なかなか凄いことだと思う。これから科目間の得点差や、それぞれの設問の正答率など、統計資料が発表されて行くだろう。それをもとに、来年以降、特にさ来年以降の出題が調整されて行くことになるのか。長い道のりだ。歴史を辿ると、共通一次の頃は、けっこう出題形式に大きな変化・変遷があった。入試というものに「定常的な状態」はあり得ない、ということなのだろう。どのような形式であれ、難易度であれ、結局は数字化された学力が合否判定となることは間違いない。

1 月17日、カップ麺の消費期限を見ると、今日の日付だった。年に一度、震災の日にカップ麺を食べて、新しいものと入れ替える ... と思ってそもそもの消費期限を調べたら、半年くらいに設定されているのだそうな。もちろん、消費期限を超えても充分に食べられるし、「昭和の感覚」で言うならば、そもそも食べられるものと食べられないものは、自分の五感で判断するべきものだ。だいたい、昔は消費期限の押されていない舶来のビスケットなど、平気でバリバリ食べていた。いや、舶来物は高価で珍しかったから、我先に手を伸ばさないと、獲得競争に敗れるのであった。冗談だろうと思うのが、蜂蜜(純粋はちみつ)の消費期限。混ざり物のない、結晶化してしまった蜂蜜は変質のしようがない。何年経っても大丈夫だ。でも、あんなものだけ?でハチの子が育つのも不思議なものだ。

1 月16日、コロナの追跡で、夏の間にウィルスがどう生き延びるのか、少しはわかったのだろうか。インフルエンザのように???人々の間で細々とウィルスが受け継がれて、広まる条件が揃った冬場を待って、目立った感染拡大が起きる、そんな気もする。今の状況となってしまえば、去年の「コロナ検出騒動」は笑い話のようなものだ。もう感染者が出ても、全く特別なことではない、日常のこととなった。記憶を辿ると、大昔にもエイズ騒動があったあった、感染症に対する人々の反応というのは、時代を経ても変わらないものだと感じる。そして、結局のところは公衆衛生と健康増進が基本的な対策であることが再確認されるのだろう。これから先の行政では、人口密度の抑制が課題となるかもしれない。

1 月15日、今日は共通テストの前日で、午後は授業なし。ちゃんと下見に来る姿を見かけるのは例年通りだ。だいたい、受験生の年齢層にとってコロナは恐るに足らない存在だ。我々はそれよりも高齢とは言え、コロナが怖いから大学に来て仕事できないなどと公言したら、自主的に引退しろと申し渡されるだろうか。まあ、自然界には畏れを抱きながら活動するのが人類の常と言えるだろう。大陸に渡る時には、コロナよりも狂犬病の方がずっと怖い。あれは一本鎖 RNA ウィルスながら、免疫に交差があって、信頼あるワクチンが作れるのだそうな。コロナの方はこれから先、インフルエンザのように何年かに一回は自然に感染を繰り返す、そんな感染症になるのだろう。ともかくも、体調万全で受験生できますように、お祈りするばかりだ。

1 月14日、今日は本当に春。はっきり言って暑い。体が寒さに慣れ切ってしまったのだろう。... と油断して、軽装で屋外作業を延々とやると、やっぱり寒い。フランス語では、お日様は嘘をつくと表現するらしい。日差しは春のように暖かなのに、気温は低いという状態だ。ヨーロッパの内陸では放射冷却も激しく、天気図では高気圧が真上にあるのに、朝もやがいつまでも晴れないという朝もあったな〜と、冬の時期の滞在を思い出す。そう言えば、アチラで夜中まで残って研究していたら、トイレ掃除にやって来たのが東欧からの外国人労働者という光景も目の当たりにしたっけ。冬のような春のような朝から、昔の記憶が甦って来た。

1 月13日、暖かくなって、地面を見ると草が青々としていた。枯れるべきものがスッキリと枯れてしまい、残ったものがその場を占めるという自然の摂理、季節が確かに進んでいることを感じる。空気が緩んで、何だか春がやって来たかのようだ。まだまだ冬の寒い時期だというのに。受験生にとっては、今がまさに勝負所、今週末は共通テストだ。初めての共通テスト、センター試験からどれくらい「衣替え」したか、実に興味のある所だ。難易度をそれほどは変更できないはずだけれども、ひょっとしたら、恐ろしく回答率の低い設問が登場するかもしれない。それはセンター試験の頃から、既にあった現象だとも言えるか。推移を見守ろう。

1 月12日、暖かい雪の朝となった。前日までの凍りつく朝に比べると、気温がプラスというのは何と暖かいのだろうか?と思う雪の光景である。というわけで、大学の辺りでも、日陰を除いて、あまり積もらず。これから更に暖かくなるので、残った氷をカキ集めて雪だるまを作っても、早々に解けてなくなるだろう。解けるといえば、長年の懸案?がひとつ、解けそうな気配を見せ始めた。まあ、それは自然の中にある構造だから、いずれは誰かが見つけるだろうという、その程度のことだ。科学者の難儀さは、この点にあって、どんなに余人に先駆けて何かを発見しても、それは神様が創り上げた自然の摂理に過ぎなくて、誰が見つけても同じものしか見つからないのである。

1 月11日、クロマメは高価なので、大豆を使って甘い豆を作ってみることにした。どちらも、植えると似たような芽を出して、同じようにマメができる。ただ黒豆の方がサヤが大きくて、中身が黒いだけ。黒豆として売られているのは大粒のもので、そして粒の大きさを揃えたものだ。粒が大きいほど高価で、小さい黒豆とか、欠けた黒豆など、選外品は案外安い。比べて、大豆は安い、激安である。農産物の国際価格がよくわかる代表例かもしれない。というわけで、安い大豆を買って来て水を注ぐ。最初は丸かった大豆の皮に、みるみるシワが寄って行き、続いて豆自体が膨らみ始める。そのまま放置すると大豆もやしだ。十分に水を吸ったら、忘れないうちに火入れしなければ。その後、甘くするか、甘辛くするか、思案するのも楽しい。

1 月10日、氷の朝となった。海から西風が吹いていたこともあって、気温自体は昨日の朝ほど低くはない。内陸部では随分と冷え込んだようだ。風速は、かなり穏やかとなり、よく晴れていることもあって、日向にいると暖かさを感じる。日陰に入ったり、時折吹く風に、やっぱり寒い日なのだという事実を再認識する。こう寒いとついつい、暖を取るかのようにオーブンレンジを使った調理を始めてしまう。そういえば冷凍室に凍った生の食材が置いてあった、あれをオーブンに放り込んで ... という具合である。鍋の煮込み料理も始めて、さて換気扇を回す必要があるか思案する。風の強い日には隙間風で十分に換気されている気もするのだ。まあ気休めに回しておくか。

1 月 9 日、大学の辺りは、気温がプラスにならなかったのではないだろうか?そんな気がするほど、いや事実かもしれない、寒い1日であった。地面に水をまくと、全く吸い込まれる気配がない。しばらく経って、もう一度地面を見ると、まいた水が凍りついている。これが噂に聞く天然のスケートリンクというものなのか。寒い地方では、運動場の片隅にスケートリンクを作って、冬場の運動はスケートという、そんな話も伝え聞いてはいたけれども、目の前で水が凍るのは、なかなか得難い経験であった。随分と昔には六甲山の上で、池に張った氷でスケートしていたという写真も検索するとヒットする。さあスケートを楽しもう、と、思ったら、土日祭日は事前の登録が必要なのだそうな。面倒なご時世となったものだ。

1 月 8 日、氷点下の朝となった。すでに昨日の日没前から氷点下だったので、水分が凍りついてしまい、道路から水の気配が消えた。北国ではよくあることで、砂だと思っていたら、雪解けの時期になって水浸しになってしまい、初めて氷だと気づくものだ。ロゼッタをしっかりと張る植物は、こんな寒い時でも元気だ。そうかと思うと、凍りついた大地から水を吸えなくて萎れてしまった植物も見かける。寒気の吹き出しは少しだけ弱まっただろうか、気圧の谷が大きくて、寒気が通り抜けるのは週末のことらしい。もう1日、氷の世界を楽しもう。見ていて面白いのは、人々の出勤風景。マイナス 20 度くらいの防寒服を着ている人を見かける。まあ、台湾の冬でコートを着ている人を見るくらいだから、普段よりも寒いという事なのだろう。

1 月 7 日、連続体から流体へと至る物理学の教育課程は、後に場の理論を学習する時に大変役に立つので、とても重要なものである。けれども、物理学というよりは数学のテクニックに過ぎないので、量子力学やら統計力学やら電磁気学といった、真に物理的な内容の教育に対して「二の次」の扱いにならざるを得ない。学部でも大学院でも、どちらかというと、必要に応じて自習して下さいと言った感じのカリキュラムを組み立てている所が多いのではないだろうか。むしろ、物理を道具として使う工科系で、連続体がキッチリと取り扱われているように(カリキュラムを眺める限りは)感じられる。限られた履修時間の間で、どのように教えて行くかというのは、正解のない難しい問題だ。

1 月 6 日、一応は物性物理というものの周辺に身を置いているので、フェルミ粒子が幾つか以上ある系を相手にして物事を考えることが多い。このフェルミ粒子系、少数であっても色々と非自明なことが起きる。わずかに 4 つであっても、空間構造から予想されるよりも多くの対称性を抱えていて、まだまだ検討すらされていないような摂動もわんさかとある。そんな事を吹聴すると、じゃあ物理学者は行列の固有値と固有状態について熟知しているのかと、数学者から揶揄されそうだ。いや全然。広大な未知の領域が目の前に広がっている。その中から、手っ取り早く引っかかる獲物から引っ掛けて行くのだから、海に出向いて魚を獲ることと良く似ている。海の全てが明らかになる時、そんな日は来て欲しくないし、来ることもないだろう。科学は永遠だ。

1 月 5 日、嵐の前の静けさとは今日のこと。ここ何日かの寒さに比べると、風もなくて比較的暖かく、上着なしでも屋外で作業できる。これから一時的に天気が崩れて、その後に3日間の寒い日がやって来ると、まあ昔の人々も経験的にわかっていたので三寒四温という諺が伝わっているのだろう。さてこの暖かい午後に何をしようか?と考えてはみたものの、プレプリントは大量に公開されているし、年末年始に溜め込んだ仕事もまだまだ片付いていないし、そういえばそろそろ会計年度の締めも考えないといけないし、卒業研究は佳境に差し掛かる時期だし、考えるまでもなく目の前にあるものから手をつけて行くしかない年明けの授業開始日であった。

1 月 4 日、今年は故郷の金比羅山にお参りできなかったので、職場の近くの神社の金比羅宮にお参り。琴平のお酒をお供えして、本殿にもお参り。何事も、願うことがまず大切だという、その辺りの解釈が年々、自分的に変わって来た気もする。ただ願えば良いという訳にも行かないのは重々承知で、できることから対策を講じて最後に願ったり、これから何かを始めようとして最初に願う、そんな願い方が多くなっただろうか。予算申請の書類を書く時には当たるように願うのである。もちろん、事前の準備や計画を書面に端正に落とし込んで、審査員を含め、誰が読んでも通じるように推敲して、祈って出願・提出するのである。お供えに、思いがけず、お下がりを頂戴してしまった。

1 月 3 日、寒い夜に眠るには、どれくらいの防寒をすれば良いのか、ちょっと試してみている。起きていられる衣服のまま、何もまとわずに横になると凍死の危険があるし、そもそも寒くて眠れない。よく語られる新聞紙は確かに暖かくて、上からかぶる分には数重で何とかなる。下は段ボールが二重くらいは必要だろうか。どちらもよく燃えるので火気厳禁だ。毛布だと何枚だろうか、意外と空気を通してしまうので、三重にしても、まだ少し足らないくらいだ。登山用品のアルミコーティングしてあるシートは、確かに暖かい。赤外線に対して不透明であるということの重要さを教えてくれる道具だ。一説によると、岩石の泥のようなものを繊維に混ぜるだけで、この効果が現れるらしい。まだまだ防寒のサイエンスは進化しそうだ。

1 月 2 日、例年であれば1月2日は某所に集まって同窓会を行うのだけれども、今年はコロナ第?波が来て早々に中止。色々と面白い話題が「今だから聞ける」という貴重な機会だっただけに、少しばかり、いやとても、寂しい気分の正月2日となった。何というか、まだまだ枯れていない面々が集まっていたわけで、生々しい話もあったかなーと、昨年までを思い出して、しみじみ。そうかと思えば、既に鬼籍に入られた方も。どうして鬼の文字が「鬼籍」という言葉に入っているのか、少々は理解が進んだのがアニメによる学習効果だろうか。ほとんど連絡のつかない人も数多くいて、それはそれで、知られない権利が正しく行使されている証であって、良いことだと思う。物理屋として活動する限り、この知られない権利はあり得ない。

1 月 1 日、初詣で、りんご飴を購入する。小さな紅玉のリンゴに、薄く ... いや、結構ぶ厚く飴が塗ってあった。そのまま食べるにしても、まずは飴の薄い場所を探してガブリと噛みつき、そこから広げるように飴とリンゴを食べて行き、結構苦労して完食。縁日で売るには、あれくらい飴が付いていないと、すぐ柔らかくなってしまうのだろう。色々と苦労はしたけれども、美味しかったことは間違いない。デザートとしてリンゴ飴を食べるような時には、本当に薄く薄く、飴をフルーツに絡めると、とても美味しいものが出来上がる。その要素は、コース料理のデザートにも時々反映されていて、飴が系のようにフルーツに掛かっているものだ。コース料理を食べなかった昨年を思い出して、リンゴ飴の甘さに感謝した。


2019
7 月と 8 月 (映像収録編) 9 月と10月 (街海散策編) 11月と12月 (風邪感染編)
1 月と 2 月 (暖冬珍病編) 3 月と 4 月 (在宅勤務編) 5 月と 6 月 (遠隔講義編)
2019
7 月と 8 月 (夏空日傘編) 9 月と10月 (残暑熱帯編) 11月と12月 (讃岐行脚編)
1 月と 2 月 (ダイエット編) 3 月と 4 月 (平成令和編) 5 月と 6 月 (講義出張編)

2018
7 月と 8 月 (酷暑昼寝編) 9 月と10月 (神風来襲編) 11月と12月 (国際会議編)
1 月と 2 月 (教務調整編) 3 月と 4 月 (早桜花見編) 5 月と 6 月 (方向解釈編)

2017
7 月と 8 月 (東西行来編) 9 月と10月 (台風暴風編) 11月と12月 (胃痛通院編)
1 月と 2 月 (朝オムレツ編) 3 月と 4 月 (激戦挑戦編) 5 月と 6 月 (研究員待編)

2016
7 月と 8 月 (研究行脚編) 9 月と10月 (技術鍛錬編) 11月と12月 (SLOVAKIA編)
1 月と 2 月 (共形情報編) 3 月と 4 月 (朝型昼型編) 5 月と 6 月 (昼夜逆転編)

2015
7 月と 8 月 (机前執筆編) 9 月と10月 (講義ゼミ編) 11月と12月 (懐古探訪編)
1 月と 2 月 (赤筆修正編) 3 月と 4 月 (客人来神編) 5 月と 6 月 (地球半周編)

2014
7 月と 8 月 (離陸着陸編) 9 月と10月 (玉翠準備編) 11月と12月 (テンソル編)
1 月と 2 月 (雪面滑降編) 3 月と 4 月 (花粉飛散編) 5 月と 6 月 (東奔西飛編)