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7 月12日、大学を卒業したのはバブル真っ只中のことであったから、今では考えられないような事が色々とあった。とある有名な「就職支援会社」から電話がかかって来て、企業が集まって講演会するから、参加するだけで交通費と日当合わせて「ン万円出す」とか、就職活動している友達にはバンバン旅費も小遣いも出たし、そもそも就職活動にチョイと顔を出せば一発で内定が出たし、そのまま他社に取られないよう「合宿」と称して保養所で酒池肉林の毎日であったとか、あれや、これや。ただし、このようにスンナリと決まるのは大学に届いた求人に答えた場合であって、例えば当時はまだ花形であった客室乗務員などは、今よりも狭き門であったと記憶している。教授から「お前はこの会社」と割り振られて、そのまま就職なんて風習が残っていた所もあったかな。記憶が怪しいけど。企業の初任者研修の講師になるアルバイトなんてのもあった。ウィスキーの値段は、今から思うと馬鹿馬鹿しくなるほど高価であったけれども、それがドンドン売れたのだから、社会に余力があったなーと回顧するのである。

7 月11日、昔書いた講義ノートを開くと、明らかにおかしい部分がある ... そんな経験は何度でもあるものだ。気がつく度に修正を入れてあるのだけれども、それでも色々と間違いが潜んでいる。良くあるのが「書いたつもり」で書いてないという現象。対数 log が、書かれてあるはずの箇所に、なぜか抜けがあるのだ。この手のものは、ひょっとしたら見た瞬間に頭の中で補正されるから、log が書いてなくても、板書する時には自然と書いたのかもしれない。一番マズいのが、受講者が意味を汲み取る間もなく次々と、教員が数式を板書して、意味のわからないまま受講者が書き取っていた、その結果として誰も間違いに気づかないというパターン。これでは、講義を行う意味がないのである。今日もまた、そんな経験を積んでしまったのであった。

7 月10日、自信には裏打ちのあるものと、そうでないものがある。後者の代表格が「本が書けるはずだ」というもので、実際に書き始めてみないと何とも言えない作業であるにも関わらず、自分では書けると思い込んで、作業を始めるのである。小説にしても専門書にしても、要するに読者がまだ心の中に持っていない世界を、言葉(と絵図と数式)を使って構築して行くことになるので、どこかで「まだ概念を持ち得ない新たなもの」を唐突に持ち込む必要が生じる。理系の本なら、定義したら使って良いだろう、という突き放した書き方もアリはアリなのだけれども、それでは読者から突き放されてしまう。論文を書く時も基本は同じで、なるべく突き放さないように書かないと、読者代表の覆面レスラーから突き放されてしまうのである。

7 月 9 日、簡単な絵であっても、見た目がおかしくないように描くことは、案外難しい。講義で立方体を描くことが良くあるのだけれども、先に「立方体だ」と断っておかない限り、立方体に見えないものになってしまう。何だか奥行きが薄いとか、歪んでいるとか、辺の長さが等しくないとか、立体感がないとか、角度が直角に見えないとか。三角錐で底辺が正三角形というものも、なかなか難易度が高い。三角錐は三角錐だけれども、底面が直角三角形に見えるようなヘンテコな図になるのだ。円錐は円錐で底面の楕円がクセモノだし、球と X, Y, Z 軸という定番の「歪んだ図」も良く見かける。パッと見は良くても、線分などを追加して正しく図形を描いて行こうとすると、どこかで破綻するのだ。こういうのは、電子黒板で ... と長年言われ続けているような気もするのだけれども、投資と耐久性の関係で、まあ良くてプロジェクターによる投影が関の山。黒板ほど、安価で耐久性のあるものは、なかなか無いのである。

7 月 8 日、しばし雨の降らない場所に避難。気象情報を見るに、西日本でも、ようやく日が射して来たようだ。ここ何日か雨でロクに出歩いていないので、足が鈍っている。ちょっとした坂道を登るのにも、パワーが足りない。こういう時には、積極的に歩いてまず荷重を減らす。そうする内に、段々と筋肉や関節の可動範囲が広がって来て、快調に歩けるようになって来る。幸い、夏の暑さはまだ本番ではない。散歩を楽しんだ後は、頭を使う ... 使うんだろうか ... ともかくデスクワークのようなものに専念する。そしてまた、夕日というにはまだ高い太陽を眺めつつ、帰り道の散歩。神戸の散歩は坂道だらけだけれども、平地が主体の散歩も悪くはないものだと思った。

7 月 7 日、雨の神戸、七夕の行事は、ほとんど取り止めとなった。昨日の午後の大渋滞を思い出せば、仕方のないことだ。鉄道がほとんど止まってしまった時に、道路だけで輸送の需要を賄えるか?という問題は、阪神大震災の時からずーっと課題となっている。昨日、宅配便は集荷も配送もアウト、同じように営業して回る職業、流通業、そして末端の商売は完全に上がったりとなり、生協もまた例外なく営業を狙い撃ちされた。夜の間にアチコチで崩れたり水が出たりして、午前中の交通機関は「模様眺め」の雰囲気、ようやく午後になって、定時運行となって来た。さて、海辺の我が家から、少し散歩に出かけようかな ... いやいや、道路と側溝の境目が見えない箇所が残っている、危ないので早々に引き揚げる。

7 月 6 日、昨日はまだ「靴下」について考える余裕があったけれども、今日はもう、傘をさしていても一歩目からズブ濡れ、覚悟の素足スニーカー。地面に水を吸い込む余裕が全くなく、降った雨がそのまま川となって道路を流れ下る。JR の最寄り駅まで歩くだけで、膝から下はビショビショ。そう、日本は夏になったら南国なのであるから、ちゃんとそれに似合った服装でなければならない。昔の人は、げた履きだったのだろうか、それともワラジというサンダルだったのか。と、ブツブツと独り言を口にしながら歩いても、雨音にかき消されてしまう、そんな強い雨が降り続く内に駅に到着。気持ち悪い電車通勤、素足の姿も目立つ。阪急六甲からバス停の間、バスを降りてから先、同じような水との戯れを経て、職場に到着したのであった。

7 月 5 日、空梅雨ではないか?というのが、先週までの感触であった。そして、その、恐らく最後に、ドカッと降る。海辺のわが家でも、もう洪水になるのではないか?という雰囲気で山から水が流れ下っているし、川から流れる泥水で海もまた茶色に染まり、風情なし。やっとの思いで阪急六甲に辿り着いて、さてバス乗り場へ ... そこまで移動する、わずか 20 m くらいの間に、すでに足元がドロドロと化してしまう、凄い雨であった。ここまで苦労してやって来て、さあ仕事 ... あ、今日は授業が無いのね ... まあ世の中、そんなモンでしょう。ついでに、裏山が小さく崩れたという連絡も入って、いくつかの通路が通行止めとなった。崖が崩れなくても、木が倒れて来る気配は十分にある。君子危うきに近寄らず。

7 月 4 日、新潟で何が良かったか?まず、一番素晴らしかったのが、集中講義に耳を傾けてもらえたこと。だいたい、集中講義みたいに長い講義では、あちこちで昼寝モード、あるいは携帯モードとなるものだけれども、かなりの割合の学生が最後まで耳を傾けてくれた。有難いことだ。次に、飯がうまかった。量もたっぷりあった。そして安い。これら相まって、ちょっとした定食でも満足満腹、財布に優しい。ホテルの朝食が、これまた素晴らしく、ずーっと食べていたかったのだけれども、電車の時間を考えると朝食に許される時間は、わずかに 20 分、ご馳走の山を片目に、泣く泣くチェックアウトしたのであった。また新潟に来る機会があれば、今度は時間をゆっくり確保して楽しむことにしよう。

7 月 3 日、ホテルの Wifi の接続に癖があって、ちと難儀した。部屋から接続しようとすると、電波は捕まえても、IP アドレスが取得できない。仕方なくロピーヘ出て接続してみると、スンナリ接続できる。そのまま部屋に戻ると、しばらく時間がかかるのだけれども、今度は比較的スムーズに接続できる。こういう現象に、時々出会うのだけれども、何が原因なのかは、その道の専門家でないので、皆目見当がつかない。アクセスポイントの認証の方法に鍵がありそうなのだけれども、それをアレコレと調べるよりも、つながる電波を探してウロウロする方が速いものだ。そうして苦労して接続して、何か意味のある仕事をしたかと言うと、それは .... 結局、バーカウンターでカクテルを傾けつつ、海外のサッカー記事を眺めるに終わった。

7 月 2 日、新潟は涼しい所で、と、書き出したいのは山々なのだけれども、今日は関西よりも熱かった。フェーン現象が起きると、サッサと気温が高くなるらしい。カーッと照りつける太陽が梅雨明けそのもの(?)の夏を感じさせる。JR 新潟大学まえから、大学までの間、日陰を作るような建物もあまりなく、散歩を楽しむことができた。それを言い出すと、阪急六甲から神戸大学の間も同じではないか?と、突っ込まれそうだ、それはその通り。坂道が無い分、新潟大学への散歩は天国なのである。ひとしきり楽しんだ後で、大学生協をチラリと覗いて、本日のメインの業務に入る。講義では、bit という概念自体が、現代ではそれほど共通の概念ではないことを知る。言葉・概念の Generation Gap を知ることも、これまた楽し。そりゃそうやなー、真空管みたいなモンやからなー、8-bit とか 16-bit なんていうアナクロい話題は。

7 月 1 日、物理学を理解する人はゴマンと居て、物理学を一定のレベルで修めたからと言って、職業としてのポストが転がって来るわけではない。一応、最初の数年間はポスドクという立場で当座の飯代くらいは稼げるのだけれども、そこで「好き勝手する」ことで、何か新しい概念を編み出す必要がある。と文章で書くと、何か大変なことのように聞こえてしまうのだけれども、学問は隙間だらけなので、何かを考え始めれば、必ず何かに行き当る。やってはならない事が、「言うことをよく聞いて、指示された通りに仕事に打ち込む」ことで、そのままでは「残りカス」ばかりつかまされることになる。流行を追うと、同じような目に遭うことが多いものだ。

6 月30日、雷雨が通り過ぎる時に、航空機がどのように飛んでいるかを眺めるのは、まあまあ、無意味ながら退屈しない時間潰しとなる。そこには積乱雲があるわけで、よほど高い高度でなければ横切るのは無謀な行いとなる。下層はどうかというと、これまた突風やら局所的な下降気流やら、ロクなことがない。というわけで、気象レーダーと、航空機の現在位置を示す画像を見比べて、どう避けているかを観察するのである。もっとも、どちらも三次元表示してくれる訳ではないので、実際にどのように飛んでいるかは、いちいち航空機の情報を表示させて頭に入れなければならない。時々、堂々と積乱雲を横切るのが居ると思えば、それは台湾からアメリカに向かう便だったりする。実に無駄な時間を過ごして休養を取る週末であった。

6 月29日、物理学の分野で、修士の論文審査をどのように行うかという慣習は、国によってエラく違っている。論文を書いて提出するという所までは、まあ一緒と言えば一緒なのだけれども、審査員をどこから選んで来るかとか、審査会を開催するかどうか、それが公開か非公開かなど、マチマチなのである。指導教員と「外国からの」審査員で審査をするような国さえある。その場合、わざわざ外国から審査にやって来る訳ではないので、メールでコメントのやり取りをして、修了となる。味気ない気はするのだけれども、論文の中身を真剣に審査しようと思うならば、実に合理的なシステムである。但し、審査員の技量を確かめる段取りがあるので、そこだけは、ちと面倒と言えば面倒だ。まあ、様々なシステムがあるというのは、多様性を保つには良い事なのだろう。

6 月28日、一日中雲の中。前線の南側に入っていれば天気が良いかというと、そうではない典型例だ。前線をどこに描くか?ということ自体がハッキリとしない場合もあるわけで、天気図の前線の位置に意味があるかどうかも怪しいと言えば怪しい時もある。全球シミュレーションの相対湿度を眺めていると、雨が降る可能性のある場所がおおよそわかる。可降水量とも見比べながら、今の天気を .... いけない、いけない、第一に見るべきは生データであって、シミュレーションの結果ではない。というわけで、ウィンドプロフィーラーを見てみたり、ラジオゾンデの観測結果を見てみたり。風船から得られるデータが、今も貴重なことに代わりはないのだ。今日はひょっとしたら、虹色のモヤに包まれるかな?

6 月27日、アメリカの小学校に通っていた人から、社会科の授業の進め方を聞いたことがある。まず最初に「世界」から習い始めるのだとか。地球があって、大陸があって、国々があると。そこから、段々と範囲を絞って行って、最後に身近な場所について習うそうな。なるほど、そういう教育方法もあるか。日本は?学生に聞いた所では、今も伝統的に地域の学習から始まって、だんだんと広げて行って世界の国々は後から習うらしい。こういう話を並べておくと「世界から習うなんて画期的だ」と、洋物の輸入へと続けるように思われるかもしれないけれども、それはどっちでも良いことだと思う。アメリカの場合は単に、「お父さんは外国を飛び回っています」という子供が沢山居るから、まず世界から習い始めるのだと思う。あるいはご先祖様や親戚が世界に散らばってるからか。

6 月26日、辞書の無力さを感じるのが、in this respect だとか、this constitutes とか criteria とか、もちろん使われ方にもよるのだけれども、パッと適当な訳語が見つからない時である。翻訳するという作業であれば、時間をかけてジックリと意訳してみて、うまくハマる表現を見つければ良いのだけれども、文献講読において、この辺りのものの意味を問われたら、即答することが難しい。少なくとも専門書の範囲では、書いてあることがすーっと頭に入っているので、その流れを断ち切って一部だけを日本語で表現するという、結構苦しい作業が待ち受けているわけだ。ハッキリ言って、このような「誰が発言するかによって変わって来るような表現」に大した意味はないのだけれども、大した意味がないからこそ、色々な表現が使われてしまうのである。ああめんどくさ。

6 月25日、珍しく朝早くに目覚めて、川の流れを眺めつつ、しばしの作業。海辺の自宅から眺める川は、朝昼夕それぞれに美しい。雨が降ったら濁流となる恐ろしさも感じるのが、梅雨時の常。色々と宿題が積もり積もって、夜寝ていても、あれやこれやと浮かんでは消え、名案だと思ったことも朝になれば忘れてしまうのが凡人の凡人たるところ。天才は、ちゃんと「朝のお告げ」があるらしい。仕方ないので、思いつかないモンは考え直して、何とか形になるようにセコセコと作業する、そんな朝を過ごして、さて通勤。朝は、ちゃんと「マジョリティーの人々」の通勤風景が広がっているのである。オイラはマイノリティーでいいや。

6 月24日、羽田というのは、どんな町なのだろうと、ふと思って Google Map であちこち散歩してみる。空港の存在故に周囲が広々とした、伊丹のような風景が広がっている。昔風の街並みにも見える。道路と鉄道の関係も面白いもので、普通は道路に沿って鉄道がある、あるいはその逆なのだけれども、空港のそばでは歴史故のことか、その関係が崩れている。そして川が流れていて、橋の上から富士山が綺麗に見える。そうか、富士山を東京から眺めるスポットの一つだった訳だ。今度、時間があったら散歩してみよう。最寄りの駅は、ええと、大鳥居か、それともコアに天空橋か。

6 月23日、客室乗務員と、その近くの乗客の会話がチラチラと聞こえて来る。乗務員曰く、「私、働き始めて5年です」「その前は3年ほど別の仕事をしていました」「どんどん中途採用しています」「グラウンドスタッフからの転職も多いです」... ふーん、業界はそんな状況なんだ。ええと、大学を卒業して3年と5年を足すと、おおよそ年齢が推定できるというオマケも付いている。さて機は着陸態勢に入り、すんなり着陸か?という寸前に、ガコッと落とされて低く滑空して姿勢を整えてから、ハードに着陸。雨の日は、滑走路に余裕がなかったら意図的に落とすこともあるとかないとか。

6 月22日、今日は素晴らしい夕焼けになるだろうか?と期待していたのだけれども、どうも良い気配なし。適度に太陽光が抜けるだけの隙間が雲になければ、強く赤い夕焼けにはならないのである。かといって、スカッと青空でも、地平付近を除いて青い空から闇へとつながって行くだけだから、面白くない。夕焼けハンターは、毎日のように網を張ってるんだろう。現像という裏技を使うと、いつでも、ある程度は夕暮れっぽい写真を撮れるのだけれども、スタジオでドラマを撮る訳でもなし、その日の記録にもならないから、その方向にはあまり興味がない。もちょっというと、手軽ではないというのが、怠け者の私に合っていない。と、グダグダと書いている内に暗くなって来たので、今日もおしまい。

6 月21日、夏至祭りという西欧文化(?)は、あまり輸入される気配がない。すぐ後に、ボーナス祭り(??)とか、七夕祭りがあって、ついでに梅雨の雨が降り続く悪天候もあって、なかなか都市部であっても、イベントを組みにくいからだろう。農村では尚更で、稲が根付いてシッカリして来るまでは、祭りどころではない。やっぱり梅雨が明けるまでは、あまり祭りという気がしないのが、日本の風土かもしれない。稲作を始める直前に、ドロドロの祭りを行うというのが、世界各地にある水かけ祭りなどとともに、気候にあった祭りの形かもしれない。あ、トマト祭りってのもあったか。夏至が過ぎたら日差しも傾いて来るので、職場の植栽管理は、少し楽になるだろう。ヤブ蚊は手強いけれども。

6 月20日、風邪薬の効能の一つに、炎症を抑える働きがある。鼻水などの分泌が減り、喉の痛みも和らぐ。5月末に風邪にかかり、3週間は飲み続けただろうか。よくよく思い出してみると、その頃から胃痛が始まり、先の日曜日には絶不調にまで至った。風邪薬に含まれる成分を、よくよく検索してみると、消化器症状が副作用として報告されていることを見つけた。いや、検索するまでもなく、注意書きに書いてある。その原因は、どうやら消化液から体を守る粘液の分泌まで抑えてしまうかららしい。そこでスパッと飲み止めると、あら不思議、胃痛が取れてしまった。あの風邪薬には、傷の炎症を抑える強い働きもあるので、色々とバランスを取って、乱用しないように注意深く服用するようにしよう。(ついでに、セキ止めの成分は、通常の服用量を超えて飲むと、それだけで危ないらしいし。)

6 月19日、生物の神経系はたぶん、感覚器官さえ揃っていれば死角のない空間認識が可能なのだろう。周囲360度、いや「立体角にして4π」の、どこもかしこも一応は見える、そんな視覚だ。但し、それぞれの場所に同じ分解能で認識できるような視覚は、トンボなどの例外はあるにせよ、たぶんあまり役に立たなくて、どこか一方向だけは異常に高い分解能・認識能力を備えて居る方が、自然界の生き残りには優位ではないかと感じられる。全周の視覚が獲得できるかどうかは、そのような信号を与える光学系か画像装置を動物に組み込んでみればわかる。ここでちと気になるのが、昆虫などの空間認識能力獲得の速さの秘密。人間だと、視覚に頼ってコケたり変なものを踏んだりせずに歩くには数年以上を要する。鳥は一ヶ月もあれば空を飛べる。が、昆虫は脱皮して複眼を使い始めたら、サッサと飛ぶのである。昆虫にメガネをかけさせると、ハテ、サッサと対応できるのだろうか?

6 月18日、昨日の停電で、サーバーが自動復旧しないのはなぜ?と、不思議に思っていたのだけれど、通勤してみて原因が判明。なんと、Hub が昇天していたのである。停電で Hub が故障というのは、稀な事だと思う。普通は少々叩こうと、ブチッとコンセントを引き抜こうと、ヘッチャラな機器だから。通信機器数多く設置されていて、網目を組んでいるだけに、それくらいタフでなければならないのだ。ただ、もう十年余は使ってるから、故障ギリギリの部品があったのかな。分解掃除したら復活するかもしれないけれども、火が出たりしたら大変だから、ここは引退ということにしよう。というわけで、急いで新しい Hub を買いに走った。今日は、地震の影響で学内の店舗が午後の早々に閉まってしまうので、営業時間ギリギリの買い物となった。

6 月17日、海辺の我が家でのんびり過ごして、昼からゆったりと JR に乗って三ノ宮へ行き、三宮プラッツで音楽を楽しむという予定だった。が、体調が絶不調となり、午後は寝て過ごすことになった。仕方なし。波の音に聞き入り、潮風を楽しむ。これもまた良いではないか。ノンビリしていると、色々なものが目につくもので、そういえばここ数年間に渡って使う機会の無かった物があれこれと目につくので、この際、ガサッとゴミ袋に入れてしまうことにした。あまりに大きすぎて入らないものもある。そういうものは、また別の機会に、電話で連絡して回収してもらうことになるだろう。ともかく、海辺では何でもサビサビになって、すぐに使えなくなるものだ。

6 月16日、朝は好調、と思いきや、昼過ぎから絶不調に陥る。その状態のままフラフラと大学に登り、しばらく苦しんでいると日が西に傾く頃に突如復活する。この予測のつかない体調の波は、寄る年波というものなのだろうか、古文にも持病に苦しむ人々の記述がある。昔は科学も医学も未発達だったので、こういう事があると一生懸命祈ったのだろうか。(何に祈ったかを問うと角が立つので、そこはボカしておこう。)この「科学も医学も未発達だったので」という記述は、百年先、二百年先の人々が読んだら腹を抱えて笑う事であろう。きっと、毎日のように「健康チェックシート」を舐めて、あらゆる感染症や免疫の異常などを瞬時に判定して「症状が出る前に」治してしまう時代がやって来るからだ。と言うわけで、絶不調の日は、まだ歴史の中にある人類というものを慈しむ日にして行こうと思った。

6 月15日、助詞の「の」の使い方はとても幅広くて、「小さいのと大きいのと、どっちがいい?」という時の「の」は何じゃいな?と問われても、困るのである。(ついでに、この「小さい」の品詞が何かという不毛な議論もある。)同じような用例に見えて「あれは、大きいのです。」という「の」は別の働きを持っている。文型的には同じである「あれは、私のです。」になると、だいぶん「の」の本来の使い方に近づいて来る。じゃあ「この、あの、その」の「の」は何じゃ?讃岐人間ならば「知らんのー」と答えることだろう。もうエエかの、不毛な議論は。こういう所で飯を食ってる人々が沢山居るんだろうなと思いつつ。

6 月14日、何かの建物を建てた時、周囲にそれとなく植えられる木々、ホントに後々のことを考えているのだろうか?というものも多い。一番目立つのが、針葉樹のスギとかヒノキの仲間。これは、放置すると巨大に育ってしまい、気がついてから慌てて剪定すると枝が抜けた不恰好な樹形となり、何年かそんな状態を過ぎた後で切り倒されるか、あるいは枯れてしまう。大きくならないように、こまめに剪定しなければならないけれども、そんな手間暇かける人も金もない、という事になりがちだ。ふと職場から窓の外に目をやると、うーん、そろそろ、大幅に剪定しないとヤバイなーという木々が目に入るのである。幸い、こちらは広葉樹だ、結構手荒に切り戻しても、芽が出て来る。スペースが占領される前に、ギコギコと切ってしまおうか?

6 月13日、18才で成人、いよいよ4年後に現実となる。大学で何か変わることがあるか?というと、あるような気もするし、無いような気もする。入学して学ぶというのは契約行為で、学生と大学との間で書面を交わすことは、従来通りだろう。学生と教員が互いに成人同士として接するというのも、3回生以上では今でもそうだから、今までと違う何かが生じる訳でもない。大学の枠の外側で、学生たちが社会に接する時には、色々と違いが生じるかもしれない。ややこしい契約に巻き込まれたような場合には、今までなら未成年の契約は取り消せる、で済んだものが、略式とはいえ訴訟を起こす必要があるかもしれない。継続して観察あるのみである。

6 月12日、新学習指導要領「生きる力」も、これまでの学習指導要領の更新と同じように、まずは小学校から提案されて、中学校、高校と順に公開されて来た。在学中の学童・生徒が、突然ある日から違うカリキュラムとならないように、入学した順に切り替えられて行くというスケジュールだ。ただ、杓子定規にそれを実行すると、最大で12年待たないといけないので、間をつなぐ中間的な措置が取られることもある。この順番で資料が作られて行くには、もう一つ大切な要因がある。土台となる小学校版で使った表現と不一致がないように注意しつつ中学校版を作り、そして同じように不連続性が生じないように高校版を作る。それぞれの教科で、全体として一体感があって、うまく設計された教育メニューとなる(はずだ)。検索してみると、戦後に初めて作られた指導要領も公開されていて、その素朴さには、なかなか興味深いものがある。圧巻は超高密度の現代化カリキュラム。あれは今もピラミッドのように君臨しているのである。

6 月11日、北京で地下鉄に乗った時、手荷物検査が必要で驚いたことがある。あれだけ広い国になるとテロ対策も大変なものだと思ったものだ。狭い日本では、そこまでする必要もないだろうと、妙な安心感を抱いた覚えがあるけれども、ニュースを見聞きする限り、危険は身の回りに常々迫っていて、ただ気がつかないだけなのだと言わざるを得ない。では手荷物検査かというと、うむ、それだけの公的な雇用を生み出すことについては悪くないだろうけれども、スーパーで沢山買い物して地下鉄に飛び乗ろうとして、手荷物検査で袋をブチまけてしまう失敗などアリアリと浮かんで来て、面倒なものだと思う。結局、世の中、ガンダムのレバーを操作するようなもので、あっちを立てれば、こちらが立たないのである。

6 月10日、合奏をする時には、自分のフレーズが回って来た際に、最初の音を出すタイミングに苦労する。達人だったら音楽を泳いで、スッと入って行けるのだろうけれども、素人ではそう上手く行かない。大抵は遅れてしまうし、意識し過ぎて早く入って泳いでしまうこともある。そういう入り方ではリズムが一定せずに、いつまで経っても不安定なまま演奏を続けて、チグハグと自分のパートを終えることになる。全体の演奏の始まりは更に面倒で、素人演奏が1拍目でトチると空中分解へと直結する。しばらく演奏が続くように見えて、落ちる時に落ちるのである。とかく物事の始まりは難しいものだ。

6 月 9 日、思い込みというのは恐ろしいもので、こうであるはずだ、という考えが頭を支配している限り、別の角度から物事を眺める妨げとなる。専門分野であっても、いや専門分野でこそ、その手の思い込みが良く起きる。私が学生の頃、実空間くりこみ群という手法は「最初のブームが過ぎ去った後」で、要するに定量的には役に立たない手法だと考えられていた。そう信じ込んでいたので、密度行列くりこみ群に着手するまでに2年を要した。もっと速く飛びついて入れば良かった?いや、それはそれで、応用にドップリ浸かって、行列積に目が向かなかったかもしれない。ともかくも、思い込みは運命を支配するものだ。

6 月 8 日、あじさい、その色に注目してしまうけれども、実は白黒写真の背景として、とても良い題材なのである。あじさいの葉は結構暗い色をしていて、また日陰に植わっていることが多く、白黒写真で撮るとシッカリと黒く映る。そして、その中に高いコントラストで、クッキリ映る花が、まるで壁紙のようにポツポツと並んでいるのである。これぞ写る季語と言って良い存在だ。雨傘との相性も良くて、透明な傘でも柄物でも、ちゃんと響き合ってくれる。ついでに雨まで降っていてくれれば最高な状況なのだけれども、梅雨の日とは言っても、望む時に望む強さの雨が降ってくれるとは限らないので、常々気を配っておいて、ここぞという時にカメラを持ち出す。... ここぞという時に限って、他用で身動きできないものだけれども、それもまたストイックに楽しい。

6 月 7 日、平成10年以降、小中高の教員になるには、介護実習を受ける必要が義務付けられている。これが何を目的としているのか、法律を見てみると「個人の尊厳及び社会連帯の理念に関する認識を深める」と書かれている。法律らしい書き方と言えば、確かに法律らしい簡潔な書き方で、法律の効果が「レバーを上げ下げするようなもの」であることを覚悟していることが読み取れる。それぞれの場所に出向いての短い期間の体験なので、どのような効果が生じるかは千差万別であることが容易に想像できる。教員免許の取得バリアを少し高くするという、母集団への効果もあるのだろう。それはそれで良いとして、夏休みとか春休みなどの授業のない所で実習してくれればと思うのが、ポツンと空いた机を眺めての感想なのである。

6 月 6 日、天気図を見ると、梅雨前線が延々と描かれている。前線というと、気団がぶつかり合う線であり、そこで風や気温や湿度が不連続に変わる所とされている。さてシミュレーションによるデータを見てみると、確かにそのような場所が無い訳では無いけれども、どちらかというと風の方向が 100 Km ほどかけてゆっくり変わるとか、あるいは全く不連続ではない部分が多い。じゃあ梅雨前線はどうやって描いているのか?ということになる。高い空まで不連続な面が続くという仮定に立つと、前線の北側の上空どこかにジェット気流が流れていることになる。その存在を盾にとって、無理やり天気図に前線を描いているのではないか?という気がするのである。ちなみに、今の時期は地形的な理由で台湾の東あたりから九州にかけて、大気が収束し易い状態が続く。ここもまた、天気図との相性が悪いのである。天気図は参考資料程度に考えておく方が良さそうだ。(追記: 可降水量や、700 hpa のシアを見ると、天気図の前線と結構良い一致があることを理解しました。)

6 月 5 日、あらゆる教育メソッドは、それを盲信的に用いると効果が薄いばかりか、逆効果となる。その典型がアクティブラーニングと反転授業だ。注意を要するのが生徒の予習の度合いと、その実態である。自習と称される部分が学習塾、家庭教師、メーカー教材、あるいは兄弟などの家族に支えられている家庭もあれば、共働き、片親、そして相対的貧困の家庭もある。教室のことしか知らない教員にとっては、前者のグループに反転授業は「とても効果的に見え」、後者に対しては「集中的に指導できる」ように感じられる。教員の自己満足度は高いかもしれない。しかしながら、下手をすると教員の存在意義がドンドンと学習カウンセラーへとシフトして行き、また、講義をこなすという緊張感に欠けた怠惰な授業、要するにサボりに直結しかねない。また、自習用の教材には、常に予期しない「つまづき所」が存在するという問題にも配慮が欠けている。先ほどの後者のグループには、常にこの問題が付きまとうのである。これを改善するには AI 質問箱、要するに AI マンツーマン教師を充てるしかない。結局の所、ますます教員の存在意義が消失して行くのである。マルクス風に表現するならば、「そして学校は消失する」のである。まあ、どのみち、10年も経つとまた別のメソッドが出てきて、これに盲信する騒ぎとなるだけだから、放置しておこう。

6 月 4 日、気体の標準状態というものがある。どんな気体でも、1モルは常温常圧で 22.4 リットルとなり、分子間相互作用を無視する限り、これは分子量によらない。こう聞くと、ちょっと疑問を持つのである。仮に、ソフトボールくらいの質量の重い原子があるとするならば、それが作る超重たい気体もやっぱり、22.4 リットルなのだろうか?もちろん、重力の影響がない場所での話である。もちろん、そうなる訳ではあるけれども、何かが違うぞと、頭の片隅からささやきかけて来るのである。そんな重い世界の話を考えても、何の役にも立たないのではあるが。

6 月 3 日、植えた木が枯れるという話は良く聞くし、度々目にしてきた状況でもある。植物にとって、移植というのは大変な環境の変化なのだろう。幾らでも根を伸ばせる地植えが、案外枯れやすいのかもしれない。これまで育って来た状況と比べて、水加減など大きく違うのだろう。一方で、鳥のフンから生えたような、雑木林を作る木はしぶといのである。クスノキのように、あっさり枯れてしまう種類もあるけれども、大抵は枯らそうと思っても枯れないしぶとさの持ち主だ。引き抜いて根が半分くらいになったものを、そのまま別の場所に植えても、ちゃんと根付いてしまう。野生の強さには脱帽。

6 月 2 日、スイセンは春に咲く花が目立つ植物だ。すくっと立って、パッとラッパを広げる華麗さを持っている。一方で、早々に枯れてしまうチューリップとは違い、6月になっても青々とした葉が茂ったままという、しぶとさがある。この長い葉は、しばしば他の植物から光を奪い去り、成長を阻害する。また、少々の雑木の中でも、その枝葉をかき分けるように葉を伸ばすので、多少の陰でも枯れることがない。そういう場合には、花をつけずに葉だけで終わるから、そのセコさに感服するのである。ある程度増えたら、雑草のように見えて来るのは、人間の勝手というものだろうか。

6 月 1 日、半減期は、一般用語として定着している一方、正確な理解はなかなか難しい。同じ放射性元素の原子を4個用意して、半減期が経過するまで待つ。その時点で何個の原子が崩壊しているか?と問うと、高校で習う物理学の範囲では2個と答えることになる。これが、世間一般の認識であるだろう。実際の所は、確率 1/16 で0個、確率 1/4 で1個、確率 3/8 で2個、確率 1/4 で3個、確率 1/16 で4個の原子が崩壊している。そして、この個数は「個数を数える実験をした時に決まる」のである。(但し、放射線の周囲への影響を事前に調べていない場合に限る。)数えるだけで量子測定というのが、なかなか面白い所だ。

5 月31日、魚の料理には、一般的に「別の魚から取ったダシ」を使わない場合が多い。もちろん例外も数多くあって、アナゴの天ぷらに合わせる天つゆだとか、白子の料理だとか、見つけようと思えば幾らでも例はあるのだけれども、いずれも強い味を持っていてダシに負けないか、あるいは淡白であってどのようにも味付けできる場合だ。大抵の魚は、それ自身で十分に味わい深いので、じっくり煮れば味が出るし、合わせようと思えば魚のアラから取っただし汁も出番が多い。従って、魚料理に加える味は植物に由来するもの、海藻であるとか、酒みりん、そして醤油などが主役となる。研究にも、こんな相性があるのかもしれない。数値計算屋と数値計算屋が手を組んでも、単に持ち味を殺し合うだけなのかもしれない。一方で、調味料が数値計算という仕事をしたくない、という気持ちも良くわかる。共同研究は立ち上げが肝心だ。

5 月30日、熱がエネルギーであるという認識が、いつ頃に確立したのか?という科学史の謎がある。定量性まで含めて細かく実験して「文献に残した」のはジュールだという点は、たぶん議論の余地が無い。じゃあ定量性を度外視すると?仕事が熱に変わるという事を誰がと問い始めると、本当に誰なのかよくわからないし、まかり間違えばラテン語文献の世界に分け入る必要が出て来る。一方で、ジュールが熱エネルギーの正体について、始めはどのような描像を持っていたのか?と考えるに、想像もつかないのである。トムスンとの交流が始まった後はきっと、原子論について一定の認識を持っていたに違いないのだけれども。さて、どこを切り口にして話し始めましょうか。

5 月29日、昨日、ネットワーク設定の変更があった。平たくいうと「インターネット」の話。研究室の入っているフロアのエッジスイッチに、これまではグローバルなアドレス空間が届いていたのだけれども、セキュリティー向上などを目的として、プライベートネットワーク化された。さあ、Wifi の再設定だ ... と意気込んで作業に向かうと、既に Wifi のアクセスポイントから「ブリッジモードに設定してください」というコメントが届いている。凄いなー、ちゃんと上流がどんな環境なのか、常々監視しながら動作していたのだ。というわけで、ボタンを3回押す程度の簡単な作業で、Wifi 関連の設定は終わってしまった。色々とトラブルがあるぞ、と、身構えていただけに、超簡単な作業で拍子抜けした。

5 月28日、英語が読めれば何とかなる、というのは現代科学の話。ちょっと歴史を遡ると、数学や化学の論文の多くが、フランス語で書かれている。数学の場合特に、記号や定理の名前がフランス人名なので、いかにフランス語が当時の国際言語だったか、よくわかる。そんなの英語に翻訳して読んだらエエじゃないか、とも思える部分もあるのだけれども、昔の人は結構、文章に凝ってることが多くて、そのまま放り込むと誤訳される場合が多いし、また原文の響きも失われてしまう。というわけで、年寄りの趣味として読むフランス古典文献のために、学生の頃にかじったフランス語をボチボチ復習している。飛行機の中で、NHK テキストを読んでたら、アテンダントさんから「フランス語読んでましたね」と声をかけられる。聞くと、パリにも良く飛ぶ方で、仏検の2級を持ってるのだそうな。あれは難しいんだ、尊敬の眼差しあるのみ。

5 月27日、負の数の大小というものは、うっかりしていると、言い間違えてしまう。-3 よりも -10 の方が大きい、といった類の単純な間違いである。こういう自明な場合は、あまり間違える要素がないのだけれども、お金の貸し借りに例えて「三百万円の借金よりも、一千万円の借金の方が大きい」と書くような場合に、危ない橋を渡るのだ。これが、マイナスの数を借金に例えて教えようとする「悪しき教育方法」に対する、私なりの抵抗の理由なのである。足らない部分は足らない部分であって、借り入れではない。ちなみに、借金をマイナスと付けるか、プラスと付けるかという、簿記の問題もある。お金が絡んで来ると、何でもややこしくなるものだ。

5 月26日、二酸化炭素、CO2 というと、どこにでもありふれた分子だし、炭素は4価、酸素は2価で、価数の勘定も合ってて、化学結合は単純なものだ。少なくとも高校で習う化学の範囲では。じゃあ、分子軌道はどうなってるの?と、疑問を持ち始めると、面倒な事に足を踏み込むこととなる。炭素と酸素の間には、まず p 軌道のσ結合があって、余った電子がπ結合する ... という病像が立つ。このままでは、π結合は互いに直交していて、分子の対称性が落ちていることになる。ええと、対称にするには、二つの場合を同じ位相で足し合わせておくと良いのかな?この対称化が、化学的に意味のある事かどうかは怪しい。化学の主目的は、反応に関与する最も大きな因子から拾って行くことだから、重箱の底を突くのは、本流からドンドン離れるわけだ。化学は、傍目から見るには楽しい対象だなー。

5 月25日、高校の物理で習う反発係数、これは結構、不思議なものだ。例えば球が床に衝突して反射する時、何が起きているかを考えてみる。球と床が接触すると互いに押し合って、すこーし弾性変形するのだろう。そこに運動エネルギーを溜め込んで、今度は逆方向への運動へと解放する。この時、球の内部運動や、床に伝わる振動としてエネルギーが逃げてしまわずに、そこそこ反発してくれる所がまず不思議の一丁目。また、運動の細かな条件によらず、いつも大体同じような速度比で反射が完了することが、不思議の二丁目。たぶん、衝突速度とともに、緩やかに反発係数は落ちてゆくのだろうけれど、その途中であまり凸凹しないのだろう。ここにも、何か繰り込み的な要素があるのかもしれない。

5 月24日、週明けに、風邪の初期症状を喉に感じて、段々と進行中。昔に比べて、この進行速度が遅い気がする。ウィルスの核酸をコピーするという、細胞の能力自体が落ちているのではないかと思う。コピーが遅くなるだけなら歓迎する面もあるのだけれども、免疫系の立ち上がりも同様にトロくなっているようで、完治するまでに大体いつも3週間はかかる。年に何度か風邪をひくと、年間通算で2カ月間くらい、ウィルスと明示的にお付き合いしていることになる。よくよく思い出してみると、昔の上司は「1カ月はセキが取れない」とも言ってたので、年齢とともに更に回復が遅くなるのだろう。恩師曰く、風邪との戦いに敗れる時があるならば、それが寿命なのだそうな。うむ、まだまだ遠いな。

5 月23日、何かを理解する時に、理解できない状況というものが大切なのだということが、とある文章に書いてあってハッとした。理解しているのか、理解していないのか、その区別について自覚症状がない状態では、細かい論理の積み上げは無理である。どこかに穴が出来てしまうのだ。また、理解できない状況について、モヤがかかったような不快感を覚えなければ、理解しようと推論を進める助けにならない。もちろん、不快感が強すぎるのはマイナスにもなり得るので、程度問題ではあるけれども、常々ハッピーでは推論の助けにならないことは確かだ。そういえば確かに、物理学者が頭をヒネっているような時には、みんな不満そうな顔をしている。好々爺になってしまうと、学問は卒業ということだろうか。

5 月22日、大学は、少なくともそこで学ぶ学生達にとっては、ノンビリした場所である。時間割が詰み詰みということは絶対になくて、高校から進学した1年生にとって「1限と4限だけあって、2限と3限が空きコマなんてアリ?」とか、「3年までで大方の卒業単位が揃うのなら、なぜ4年在学なの?」など戸惑うこと必至だろう。この、一見すると無駄に空いているように見える所が大学の大学たる所で、そこで好きなように時間を過ごすことが、誰の指図も受けずに自立して行動し始める為には大切なのである。但し、どの大学でも、そのような運用になっているか?というと、必ずしもそうではない。大学を選ぶ時には、カリキュラムもよく見て欲しいと思う所があるのだけれども、実際問題としては、やっぱり「偏差値」ということになるのだろうな。

5 月21日、普段とは違う道筋で、阪急六甲駅から神戸大学へと歩いて行くのも、また楽しいものだ。色々な発見がある。中身を空っぽにしてリノベーションしていた一軒家は、賃貸住宅として生まれ変わったようだ。あちこちの更地に、家が建って風景が豊かになった。一番の変化は、崖の中ほどに通っている車道から、藪の中へと抜ける道が整備され始めたこと。今まで、そこに斜面という土地があっても、改良工事を行わない限り使えないという、価値があるのかないのか良く判らない土地のままン十年間も放置されていた場所だ、これで新しい宅地の開発がまた始まるのだろう。駅からほど近い、眺めの良い場所だ。しばらく注目しておこうかな。

5 月20日、室内の観葉植物というと、昔はゴムの木が定番であった。あの木を日本の室内で栽培してゴムが取れるのかどうかは?だけれども、何となく、その辺りには生えていない、ちょっとエキゾチックな感じが良かった。最近あまり見かけないような気がする。実に様々な観葉植物が入手できるようになって、ゴムの木の出番が減ったのだろう。うまく切り戻さないと大きくなってしまうという点も、ちと人気が陰った原因かもしれない。枯らそうと思ってもなかなか枯れない、頑強な所が、なかなか憎い木である。その割には、大木にまで育ったものを目にしたことはない。少し広い土地に触ることができるならば、またどこかで育ててみようか?

5 月19日、神戸まつり、第一日目は地区の祭り。朝方まで雨がパラついて、ようやく雨が上がる、そんな天気の中ではあったけれども、海辺の自宅から少し歩いた場所では例年の如く出店が並び、人々もそこそこ集まって来ていた。潮風が強くて遮るものがない場所なので、曇っていて良かったかもしれない。その後、電車に乗って一路東へ。三宮に到着すると、ゴールデンウィークとは違った、地元の人々による賑わいがあった。フラワーロードを南に下り、公園のステージを見に行くと市長が挨拶している所であった。そのまま居留地まで歩いて行くと、大丸の横が通行止めになって、ここも出店で賑わっていた。結局、見るだけでおしまいの、貧乏な神戸祭り鑑賞であった。

5 月18日、ついこの間まで、とある職場でときどき会って仕事をしていた方の訃報に接する。虚を突かれるというか、全く実感が湧かないというか、とても快活である姿ばかりが思い浮かび、同姓同名の別人ではないかと疑うばかりだ。これが、信じられないという感覚なのだろう。e-mail を出したら、返事が戻って来るのではないだろうかと、そんな気さえする。職場では、仕事の隅々まで細かく注意を払っていただき、色々とお世話になった。その際のやり取りが、思い出そうとするまでもなく、音声付き映像が次々と浮かんで来る。ひと仕事終えて、また別の機会に、ひょっこり別の場所でお会いするだろうと、そんな予感さえあっただけに、喪失感は大きい。静かにお祈りするばかりだ。

5 月17日、神戸大学生協にも、ハラールフードを出す食堂がある。いつもは混んでいるのだけれども、今日、チョイとのぞいてみると、あら比較的空いている。もうゴールデンウィークが終わったから?いや、お店の人によると、ラマダンに入ったのだそうな。そう聞いて、ハラールフードを昼食時に提供する食堂の運営とは、なかなか難しいものだと思った。では、やって来ているお客さんは?見渡すと、それなりに「外国人食堂」として機能しているようだ。色々な言葉が飛び交っているし、西欧からの留学生も目立つ。こうやって、段々と利用者が増えて行くと、ハラール食堂の営業時間も長く設定できる。そうなったらいいな。

5 月16日、Wifi のアクセスポイントは、ネットワーク機器の中でも「古いものが使われ続けている」率が高いものだ。古いと、遅いとか、数多くの接続をさばけないとか、セキュリティーが甘いとか、まあ様々な問題を抱える傾向がある。そのような事もあって、何かの機会にエイヤッと機器を更新してしまうのが良い。そうして、何かご利益があるか?というと、利用者の少ない場所では、あまり何も感じないかもしれない。ただ、管理者の側からすると、機器更新したという免罪符を得たという冗談は置いておいて、問題が発生するリスクを多少とも低減できるだけでも、安眠への道なのである。そのような視点で辺りを眺めると、まだまだあるぞ、危ない機器が ...

5 月15日、放置されていた場所に生えて来た松。その存在に気づいた時には、もう結構大きくなっていた。そのまま大木になるのであれば、好きなように伸びてもらって良いのだけれども、生えて来た場所では大木になれない。となると、庭木として管理しなければならない。が、時すでに遅し、徒長した姿では、庭木としては不恰好極まりないのである。枝をちょっとだけ残して、バサッと切るのが正しい道なのだけれども、誤魔化し誤魔化し適当に剪定して、今日まで見苦しい姿を晒していた。さて5月も半ばを迎え、枝を眺めると、結構小さな芽が出て来ている。よし今だ、という訳で、問題となっていた徒長枝を「何本か」切り取った。これで格好良くなったかというと、いや全然ダメで、あと数年ゴマ化した後に、別の徒長枝を切って、その間に芽を伸ばすという作戦。策士策に溺れるとも言われるから、上手くゆくかどうかは、未知数だ。

5 月14日、離陸して空港の近くを旋回する飛行機の中から、下の空を眺めると、滑走路へと着陸しようとする機体が目に入る。新幹線くらいの速さで飛んでいるはずだけれども、上空から見ると無動力のグライダーが着陸して行くように、ゆっくりに見える。機体が随分と大きいから、相対的にゆっくりに見えるのだと思う。ちょっとグライダーらしくない所を探すと、主翼が太いこと。フラップを下ろしているので、余計に太く見える。ああやって、揚力を増して、その抵抗に打ち勝つためにエンジンも適当にフカす。何事もこれ、商売上の空の世界は燃料が無くては始まらないということを実感する。

5 月13日、電磁気学で相手にしたくないものが「質量のない膜電荷」である。コンデンサーの電極みたいなもので、質量のないものだ。有限の大きさの円板電荷が互いに引き合って運動する時、円板の運動に伴って電流が流れるので、周囲には磁場が生じる。この磁場が、実効的な質量となるので、無限の速さで円板が引きつけ合うことはない。円板なら、面倒だけれども、まだ問題の程度が少ないのだ。本当に困るのは、ふくれたり縮んだりできる球上に一様に分布した「質量のない膜電荷」である。これが二重になっていると、同じように引きつけ合って運動するけれども、この時には磁場が現れない。対称性より明らかだ。じゃあ、そのエネルギー、どこへ行っちゃうの?(ちゃんと電荷の質量がゼロになる極限を取ってないからだ、というのが一応の説明だろうか?)

5 月12日、船着場に到着して、さあ乗船。出航すると、明石海峡大橋手前までの折り返しの2時間弱クルーズでノンビリできる。目的その1は、タンゴ演奏を楽しむこと。タンゴといえばバンドネオン。今日はピアノと二重奏。いや楽しかった。それはそうと、演奏以外にも楽しいことが。望遠レンズの出番なのである。航路の真上は、ちょうど関西空港へ着陸する航空機や、離陸した機が低空を飛んで行く真下なのである。ついでに神戸空港もある。暇になる暇がないほど次から次へと飛んで来て、エンジン音を響かせて去って行く。カメラの準備を怠ると、起動や追尾が間に合わなくて、アホウのように長い筒だけを振り回す、道化を演じてしまう。いつでも来い、と、準備して撮影。

5 月11日、ノンビリとした金曜日がやって来たので、久々にスケートの動画を見る。ちょっと気になったのが、スピードスケートのマススタート。オリンピックの決勝では、序盤・中盤の画像がカットされているので、あまり良く分からないかもしれないけれども、スタート直後から「格闘」が始まっているのである。狙い通りのポジションを確保する戦い、場所が空いていなければ押したり引いたり肘鉄を食らわしたり、(ルール違反の取られない範囲でなら)何をしてでも空けて割って入るという氷上の小競り合いを積み重ねて、ようやくトップ集団に入る、あるいはそこへとチームメイトを送る。これに気づくと、何回見ても楽しめるのがマススタートの面白さだ。道化者が何人もいるのである。物理学会にも、似たようなのがいるかも?

5 月10日、空気は簡単に圧縮できるのに、水はほとんど圧縮できない。... 少なくとも人間が容器を押したくらいでは。この事実は小学生にも教えられるものだけれども、その説明は高校の物理学ではまだ難しい。辛うじて、空気が圧縮できる程度の所までは何とかなるけれども、水の圧縮となるとお手上げだ。最初から水というのも、実はあまり良くないのかもしれない。もちょっと単純な単体の液体がいいんじゃないか?と思って探すも、適当なものはなかなかない。液体ラドンという、チョイ危ないものが思い浮かび、誰か写真やムービーにしてくれていないだろうか?と、検索してみると、怪獣の写真ばかりヒットした。言われてみると、確かに怪獣の名前っぽい。

5 月 9 日、恒星の中身は、今のところ直接的に観測できないので、理論的に想像するしかない。物質が絡んだ物理には妙な所があって、大体の場合、物質が濃い所、つまり密度の高い所は上手く説明ができて、薄くなるとヘンテコな事が次々と起きる。我々が存在できるのも、そのヘンテコな薄さの物質のおかげだ。逆に、恒星の中身は上手く想像できるようである。さて、中にあるのは物質だけではなく、光も満ちている。太陽くらいの星でも、中心温度はン千万度にもなるので、強烈な青い(?)光を放っているはずだ。もっと重い星になると、この輻射圧の方が優勢になって、星の中心を光が支えている状態となる。天体は豪快な物理対象だ。それもこれも、今日、ささっと講義した、電磁場のボルツマン統計が入り口となる。理解してもらえただろうか?

5 月 8 日、野菜ジュースの中に入っているミカンの果汁、原材料名は「うんしゅうみかん」と書かれている。植物としての通称はウンシュウミカンと、カタカナ書きであるらしく、漢字で温州蜜柑と書くことは稀なことらしい。温州とはどこ?と思って、しばし空想にフケる。暖かい州だから、紀州とかその辺りだろうと当たりをつけて、さて検索。結果は、お隣の国、中国の沿岸部の地名であった。ただ、蜜柑の木自体が中国原産かどうかについては、諸説あるようだ。ついでに、ウンシュウミカンと一括りに書いてあっても、実は細かい品種に分かれていて、ミカンひとつでも区別があるのだということを理解した。同じような区別は、殆どの農産物にあるのだろう。無いのはマツタケくらいか?

5 月 7 日、汎関数と偏微分記号ほど厄介なものはない。汎関数微分は、その意味をまずキッチリと定義しておく必要があるのだけれども、それはともかくとして基本的には「他の変数で微分するのではないですよ」という意味において、偏微分の一種である。しかしながら、「その変数が動くことによって引き起こされる、汎関数の変化は全部拾ってください」という意味においては、全微分というか、普通に普通の微分なのである。だから、誤解を避けようと思うと、独自の記号を定義するしかない。ただ、そのような独自の記号は当たり前ながら一般的ではないものなので、その講義、そのプリント、その本に限った記号の使い方となってしまう。マクスウェルの時代のように、微分は全部、d で表しますよ、という時代に戻っちゃうと、教える方としては楽チンなのではないだろうかとも思えるのだ。

5 月 6 日、カナをどうやってタイプするか、色々な方法がある。... と書いた時点で、もう終わっているのかもしれない。いま、日本中でやり取りされる和文は、量的には殆どがフリック入力によるもので、タイピングなんかお呼びではない。仮にタイピングに限定するとしても、9割方がローマ字入力だし、その方が、手を痛め難いのではないかと思う。和文で JIS 配列カナ入力を使うのは、残りの1割の人々で、私はそのマイノリティーの一人だ。ただ、人にはあまり勧められない。一番の難点が右手の小指を酷使すること。これを避けようとして、薬指か中指を使う変態タイプを行うと、ミスったり、右手首を痛めたりする。「ホームポジション」と JISカナ配列でタイプするだけで、欠点が良くわかる。このカナ配列を決めた頃から既に半世紀ぐらい経過していて、外来語の使用頻度が違うのだ。解決方法の一つは、ホームポジションを右に一つズラすこと。但し、英文を打つ瞬間に、また戻って来る必要があって、これもあまり良い案ではない。ローマ字かなー、タイプ回数が多くて煩雑だけど。

5 月 5 日、久々に大阪に降り立つ。阪急三番街が改装されて、少しモダンになっている。三番街らしくなくなった?いや、私にとっての三番街は、大昔に川が流れていた頃で終わっているから、いまどうなろうと、あまり関心はない。基本的に、地下街を人々が速く歩き、そして左右からテレビゲームのように人が攻め込んで来る、あの感覚はいつの世も同じだ。そのまま南へ向かって、第1ビルから第4ビルの辺りにやって来ると、時代は昭和のままフリーズしている。もっとも昔は、その北側の地上にバラックが集まったような雑然とした街があったのだけど、ディアモールが出来上がる頃に消えてしまった。いちばん大きな変化が、梅田から通年のスケートリンクが消えたことを含め、茶屋町が綺麗になってしまったことだ。また、どこかにリンク造ってくれないかな?

5 月 4 日、神戸の街を歩くと、まず旧居留地の南の端の、石造りのファサードの前で「前撮り」するカップルひと組に出会う。そしてしばらく進むと、モザイクの南の灯台前でまたまた前撮り。もうしばらく歩くと、また前撮りカップルに遭遇。どのカップルも、幸せそうにしていて、ついでに経済力もバッチリの模様で、これは長続きするのではないか?と思えた。統計的に言って「前撮りするカップルは離婚率が低い」という記述は、恐らく正しいのではないかと思う。少し言葉を足すと「(結婚式・披露宴を行えるだけの余裕があって、更に)前撮りする(ほど経済的に恵まれている)カップルは(相対的に)離婚率が低い」ということだ。こう書いていて、複雑に思う所がない訳ではない。同じようなことが、学問についても言えるからだ。

5 月 3 日、朝は強風、昼からは陽気、まあまあの外出日和の憲法記念日。だーれも大学に居ないだろうと思っていたら、結構居る居る。そうか、卒業生が訪問するには、ちょうど良い連休なのだ。バーベキュー風景もあちらこちらで。普段、学生とバーベキューを囲むと、結構アクティブな光景となるのだけれども、卒業生となると風格が出てくるというか、大人しくなるというか、優雅に時間を楽しむようであった。色々と近況も聞けて有難い時間を過ごさせてもらった。さて、仕事仕事。とは言っても、今日の仕事は arXiv に出た論文から少しだけリストに付け加える程度だ。サッサと済ませて、遊びに行こう。

5 月 2 日、高温超電導は既に20年以上の歴史を刻んで、常温超電導も「あって不思議ではない」所まで来ている、と考える人が居る現状に、特段の不思議を感じない。(個人の感想です。)超流動はどうかというと、高温超流動という話は聞いたことがないし、常温超流動なんて夢のまた夢である。流体は分子からなる、という所が明示的なネックで、分子量が大きくなると、大抵はコヒーレンスが失われ、相互作用は大きくなる、とまでは言わなくても、減ることはない。結果として、一番シンプルなヘリウムが、今なお超流動の最先端を行くのである。なお、中性子星はデッカイ原子核みたいなものだから、あれについては問わない事にしておく。

5 月 1 日、連休の中日である。今日と明日は講義がある日。でも、明らかに大学に居る学生の数が少ない。当たり前だとは思いつつ、明日の講義について構想を練る。どれくらい来てくれるかなぁ、そんなに期待していないのだけれども。でも、明日は、カノニカルアンサンブルの重要な箇所だ、欠席した人はぜひ、幾つかの教科書を借りて来て、比べ読みして、ボルツマン因子の導出について理解しておいて欲しいものだ。かくいう私、ボルツマン因子の、一応の理解に至るまで、けっこう時間がかかった。最初に読んだ教科書が悪かったのだと思う、どの本とは言わないけれども。キッテルの統計力学は、とてもわかり易い。Gibbs の伝統が生きているように感じられるものだ。オススメ。

2018
1 月と 2 月 (教務調整編) 3 月と 4 月 (早桜花見編)
2017
7 月と 8 月 (東西行来編) 9 月と10月 (台風暴風編) 11月と12月 (胃痛通院編)
1 月と 2 月 (朝オムレツ編) 3 月と 4 月 (激戦挑戦編) 5 月と 6 月 (研究員待編)

2016
7 月と 8 月 (研究行脚編) 9 月と10月 (技術鍛錬編) 11月と12月 (SLOVAKIA編)
1 月と 2 月 (共形情報編) 3 月と 4 月 (朝型昼型編) 5 月と 6 月 (昼夜逆転編)

2015
7 月と 8 月 (机前執筆編) 9 月と10月 (講義ゼミ編) 11月と12月 (懐古探訪編)
1 月と 2 月 (赤筆修正編) 3 月と 4 月 (客人来神編) 5 月と 6 月 (地球半周編)

2014
7 月と 8 月 (離陸着陸編) 9 月と10月 (玉翠準備編) 11月と12月 (テンソル編)
1 月と 2 月 (雪面滑降編) 3 月と 4 月 (花粉飛散編) 5 月と 6 月 (東奔西飛編)