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4 月20日

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4 月16日

4 月15日

4 月14日

4 月13日、朝起きると何だか熱っぽいし、喉もイガイガとする。昨日は三宮に繰り出して大声で話していたから、それが原因かなーと思って過ごすうちに、カゼの症状が出てきた。都会で暮らす限り、ウィルスの海で暮らしているようなものだ。大学も新入生で満ち溢れていて活気があるし、潜伏期間を考えると学内で感染した可能性もある。そうでないかもしれない。どうでも良いというのが今の感覚だ。コロナ騒動の折は無意味なことを繰り返していたものだと思う。今日明日は良いものを食べて養生することにしよう。幸い、食欲に影響はないし、味覚嗅覚も正常か、少し鈍い程度だ。それはそうと、サッサと報告書を仕上げないと。

4 月12日、キュウリとトマトの苗が届く。どんなふうに運ばれて来るのだろうか? と不思議に思っていたら、パレットに苗ポットを入れた状態でパレットごとダンボール箱に固定されていた。取り出すのが少々難儀で、上から手を入れてパレットを持ち上げる途中で本葉を何枚か折ってしまった。最初に箱をカッターで分解してからパレットを持ち上げるべきであったなぁ。まあ茎が折れていなければ、そのうち伸びるだろう。苗ポットの土はギリギリの量になっているので、何日かかけて少しずつ増し土して、丈夫な苗になった所で定植することにしよう。その間は、十分に水やりしつつ、太陽光に当たってもらおう。

4 月11日、所用あって、御影の山手へと足を運ぶ。あの辺りは道の通り方が複雑で、時折しか訪れない人間にとっては、事前によく地図を眺めて道を覚えておかないと遭難してしまうか、あるいは目的地にいつまで経っても辿り着けない。南北、つまり山を上り下りする向きの道は比較的わかり易いのだけれど、神戸大学からは東西の移動となる。谷筋が鬼門で、沢を渡る橋が限られていて、そこを外すと沢に降りてずぶ濡れにならない限りは横切れなかったりする。また、道を知っておかないと、無用の登り降りが発生して、普通に阪急電車で移動する方が楽だったりもする。いつも思うのは、御影の山道は趣があるということ。豪邸もポツポツ、いやゴロゴロとあって、びっくりする。

4 月10日、統計物理学で扱う「全系 = 部分系 + 熱浴」が、孤立系であるかどうかは深く考えなくて良いと思っている。熱浴は十分に大きく、熱浴の半分とか4分の1もまた十分に熱浴として扱え、残りが「熱浴に接して熱平衡状態にある外部の系」となる。熱浴が N 個の微視系から構成される場合、部分系 + 熱浴が持つエネルギーは N の平方根程度までは揺らぐ可能性がある。これがまあ、考えるエネルギー幅 Δ の候補だろう。教科書的には、この幅の中の状態を平等に扱うのだけれども、エネルギーが平均値から外れるほど実際には出現が珍しくなって行く。この細かい差は、対数を取ってしまうと普通は無視できるので、教科書にこんな事は書かないし、考えるだけ徒労に終わる。それよりも、熱平衡への向きづけをテンソルネットワーク的に説明づけられないかなーと、思案中。

4 月 9 日、春の嵐となって、桜が吹き飛んでしまった。雪のように花びらが吹き溜まっている場所があるかと思うと、松葉やクスノキの枝葉が降り積もった場所もあって、台風が通過した後のような感じにもなっていた。こんな日に朝一番から講義なのかい? と思ったけれども、結構な数の出席者がいて少々驚いた。今日はフーリエ変換など。既に物理数学 I, II などで習っているとのことで、確かにこれを知っていなければ電磁波など取り扱えない。でも、3年生から編入して来た方も居たので、軽くおさらいを。と、軽くという所がマズかった、フーリエ変換に移る所で係数が合わないので立ち往生。定義域の違いを発見して、何とかおさまった。危ない、危ない。

4 月 8 日、第一回目の講義。色々とやらかす。事前に用意してあった BEEF+ のページをデフォルトの「非表示モード」から「表示モード」に変更し忘れていたので、zoom のリンクが閲覧できない状態であった。指摘されて、途中から「表示モード」に。ただ、学生さん達は既に講義室に来ているので、わさわざ zoom 接続する意味もなかった。それから、zoom のカメラも兼ねているパソコンを置くデスクに、受講者が座っていると板書の書写しなどでカメラが揺れて、映像的に使い物にならなくなる点も発見。次回から修正しよう。2020 年に収録のムービーもオンデマンドで公開した。4 年前は若かったなーと、しみじみ思う。今日の講義では、途中からパワーが落ちて、最後は初等積分とニラメッコして終わった。少しは予習しておかなければ。

4 月 7 日、カラスノエンドウの新芽をたくさん取って来て、よく洗って、茹でて、もう一度よく洗ってから絞る。ちょっと硬めの大根葉のような食感で、微かにマメの味と香りがある。今の時期にしか食べられなくて、暖かくなって豆が出来始める頃には硬かったりアブラムシだらけだったりとなる。実の方も、若い内は炒めると食べられる。今の時期の野草は、冬の間に蓄えられた大地の養分を使って一気に伸びるので、ミントなども太い茎で立ち上がって来る。どんどん収穫してミントティーなどに活用するのが良い。案外美味しいのがミントのジェノベーゼソースで、邪道と言われそうだけれどもご飯に混ぜても美味しい。サンドイッチにミントが挟んであるような感覚だと思えば良い。さて、明日からは講義だ。

4 月 6 日、寿司を作ることにした。巻きか、握りか、散らしか、色々と迷う。巻き寿司には、マヨネーズとか梅とか肉とか、色々と禁じ手を使えるので気楽な所がある。また、作り置きしても割と味が落ちない。きっと、そういう食べ物だと思い込んでいるのだろう。が、しかし、海苔がない。握りも考えたけれども、色々なネタを準備するのが大変だ。スーパーで買って来た刺身を寿司ネタにするには、洗ったり水抜きしたり拭いたりと、手間ばかりかかるし、魚の種類をたくさん揃えるのが家庭の食卓では難しい。結局、チラシとなる。ここでも面倒臭さが先に立って、具材を酢飯に混ぜ込むのは止めて、酢飯の間に甘く煮た穴子を挟んで、最後に海老やエンドウマメなどの具材を乗せて出来上がりとした。酢飯がキッチリと仕上がっていれば、まあどうにかなるものだ。次はサク取りした魚から準備し始めて、握りにしよう。

4 月 5 日、新入生がやって来て、あちこちの学部でオリエンテーションが行われている。経営学部では生協食堂に集まって、歓迎会のような催しが行われていた。生協の学生会館店では教科書販売の準備も進んでいるし、来週からは授業がスタートして食堂の大混雑が始まる。授業に備えて、そろそろデータベースの更新をしなければならない。今年の前期は、まだ Zoom が使えるから配信もしよう。その方が、講義室がギチギチに混まなくて済む。2020 年に作成した統計力学の配信動画も、まあ使い物にはなるか。どうせ、それと同じ講義しかしないし。少しは手を抜くかも知れない。何でもかんでも並べれば良いというものではない。

4 月 4 日、ようやく花が見頃になった。神戸大学は少し (??) 山手にあるので、海辺に比べると一日ほど開花が遅い。今日は入学式の日で、午後からは理学部でもガイダンスがある。親子連れが桜の木の下で記念写真撮影していた。昨年に色々とトラブルになった入学アルバムの写真撮影、今年からはアルバムではなくて、個人的な記念フォトブックの形で作られることになったようだ。X を閲覧していると、どこかの大学で学部入学生を無断顔出し掲載したとかいう情報も流れて来た。既に消去されていたけれども、特に SNS は拡散が速いだけに常日頃から要注意・要確認だ。

4 月 3 日、今日も机の移動など。研究室の部屋を見渡すと、誰が管理しているものか不明な物がある。明らかにゴミであるものは捨てる。ひょっとすると誰かの視点で眺めると価値があるかも知れないものは、ゴミになる日まで積んでおく。それが 10 年になるかも知れない。備品という制度は厄介なもので、例えば大昔は電話を置いたら、それは朽ちるまで使うものであったので、永続的な価値観の下で管理された。今のパソコン機器は 10 年も経つと使い物にならなくなる。工場での制御とかデータ入力専用機として使われる場合は例外で、キーボードなどは昔の PC の方が遥かに頑丈だ。うーん、書いていることに取り止めがない、きっと雨のせいだ。

4 月 2 日、大学を去る人あり来る人あり、私も数年すれば研究室を空っぽにしなければならない。そういう目で眺めると物が多すぎる。ともかくガラクタは減らして行かなくてはならない。NEXT Cube はどうしたものかなー、あれは椅子として使おうか?! いやいや、ガラクタはガラクタだ、あの画面が見たかったらエミュレーターを動かせば良いだけだしなぁ。初代の Cube は CPU が非力だったし、Unix に乗ってる割には良くハングした。今の MacOS には色々な面影が残っていて、特に finder window のカラム表示がほぼそのままだ。というわけで四角い箱はお払い箱! もっとも、ダイヤル電話だとか機械式タイプライターなど、その前に捨てるべきものが沢山あるのだけれども。

4 月 1 日、今日は嘘が流行る日なので、SNS にうっかり反応できない。どんな嘘が、と眺めていると、王子動物園のパンダ、タンタンが亡くなったというニュースが。これは嘘であって欲しいけれども、もう動けなくなっていたからなー、大往生だ。ペアでやって来たコウコウの方は 2010 年に亡くなって、以来ずーっと一匹だけ。もう 13 年以上も経ったのかと、感慨深くもある。王子動物園はこれからリニューアルして行くそうなので、今のパンダを前面に出したイメージは段々と消えて行くのだろう。どんな動物園になるのだろうか? フクロウとかシカとか象とか、色々といて楽しい場所であることには変わりないだろう、と願う。

3 月31日、引き続き日曜日も大学にやって来る。今日はメーリングリストの設定。去る人あり来る人あり。色々と確認しながら作業を進める。そういえば、学生も新たに配属されて来るなー。ああそうだ、就職活動関係のサーバーのアクセス登録も進めなければならない。だいたい、こういう作業は新年度に圧縮されてやって来る。とは言っても数十人のことだから、まあ作業量は知れている。これが、生協だとか大学になると、何千人と扱う必要が出てきて、こうなると複数人数で並列に更新作業を進めなければならなくなる。大変だろうなーと想像しつつ、生協の食堂にはどんどんお客さんが来て欲しいなーと念じる今日この頃だ。

3 月30日、大学を空けること 3 日。今日は土曜日だけれども、ちょっとだけ file の upload などに、大学までやって来る。誰もいない。桜が少し咲き始めている。入学式ごろにちょうど満開になるのだろう。機会があれば記念写真を桜の下で撮影したい所だ。もう今日は初夏を感じる暑さで、これからは日除けを考えなければならない季節になって来た。たんぽぽも満開で、もう少しすると綿帽子になるだろう。子供たちの宝物が地に溢れている。大人になると、綿帽子にあまり関心がなくなるのは何故なのだろうか? と、ふと思う。誰もいないから、ちょっとだけギターを弾いてみると、4 日間のブランクがそのまま音に出た。生楽器は繊細だ。

3 月29日、春の嵐となった。横殴りの雨が、結構強く降っていて、少し歩くだけでも荷物も体も濡れそぼってしまう。こういう時には、無理をしない方が良い。雨風の凌げる場所で、天候の回復を待つ。幸い、Free Wifi が通っていて、日常業務も少しできた。お昼過ぎにはだいぶん状況も良くなって、動けるようになって来た。民族大移動の週末を直撃した嵐によって、どこも人で溢れかえっていて、東京は世界でも稀な都会なのだということを再認識した。どこを歩いても、同じようにカフェがあって、飲食店があって、コンビニがあって。そして、修理のできる時計屋のように今時にはニッチな商売もまた、東京では何とかやって行ける。ぼんやり色々と考える内に帰りの時間となった。

3 月28日、毎日同じように通うのは退屈なので、地下鉄だけで行ける場所をフラリフラリと探し歩いてみる。丸の内線から三田線へ乗り換えて最後に京急へと乗り換えるのは、けっこう無駄で面白かった。途中で別の線のホームを通り抜けてみたり、改札外での乗り換えがあったり。要するに無理無理な設計になっている。ヨーロッパだったらゾーン料金になっているだろうな、とは思ってみても、ここは日本だし海の向こうのように平地が広がっている場所ではない。そういえば東京駅で降りたことないなーとも思って、地上に出てみると観光客しかいなかった。皇居まで何もないからなー。昔は武家屋敷でも建っていたのだろうか。

3 月27日、本郷キャンパスで研究会。地下鉄の本郷三丁目を上がると、さてどちらへ?? これがいつも鬼門で、交差点が東西南北ではないという江戸ならではの難儀な道筋を見定めて、エイヤッと歩き始めたものの、何かがおかしい。しばらく進んだところで地図を眺めて、ああ、90 度違う向きに歩いていたと、元に戻る。東大に入ってしまうと、後は有名な時計塔を目指して歩けば、理学部に到着する。いつも思うのだけれども、東大はあの表面が崩れかかった古い建物を、どれだけの費用をかけて保守しているのだろうか? キャンパス内では、高校生が何人も教員に引率されて歩いていた。探究活動が尊ばれる最近では、珍しくない光景なのかも知れない。

3 月26日、卒業式の日。午後には 4 年ぶり (?) の祝賀会で、広い教室に料理が並んで、華やかで楽しい時間が流れた。集合写真の撮影係として、教室であれこれと写真撮影。強風や、突然のにわか雨などもあって、今回は屋内での撮影となった。それでも、時折晴れるなど、事前に予測していたとはいえ、ファインダーを眺めながらの泥縄作業が続く。主役は卒業生なので、なるべく良い雰囲気で写真におさまってもらえればと、ちょっと息抜きの言葉をかけたり、自ら失敗したフリをしてみたりと、工夫しつつの撮影となった。午後の遅い時間帯になると青空がのぞいたので、改めて屋外で撮影した学科・専攻もあった。夕方遅くまで、別れを名残惜しむ光景が続いた。

3 月25日、卒業・修了にあたっての記念写真の撮影は明日。天気予報は完全に雨。これは初めての経験だ。事前のカメラテストを午後に行う。室内は明るさがないので、F 値の大きなレンズを ... という訳には行かない。焦点深度が小さくなってしまい、並ぶ人々の何処に焦点を当てても、他の場所がボケてしまう。どちらかというとセンサーの感度が大切だ。かといって、iso 感度を無理に上げると、モザイクで組んだような画質になって見るに耐えない。ホワイトバランスもどうしようかなー、こればかりは、当日になってみないと光の加減がわからないし、撮影している最中にもどんどん変化して行く。ブラインドを上げておくか下げておくか、ハロゲンランプをどこに配置するか。うむ ... あまり深く考え過ぎても、写真が面白く無くなるしなー、パッと撮らないと笑顔が消えてしまうのだ。出たとこ勝負で行こう。

3 月24日、新開地のビッグマンゲートへとジャズを聴きに行く。昨日の午後もやっていた。雨の中、催しを開催する方も聴きに来る方も、要するに愛すべき音楽バカなのだろうと思う。通りすがりの人々の反応が面白い。踊る人あり、スキップする人あり、訝しげに眺めつつ通り過ぎる人あり、出前らしき自転車あり。その後、北野へ散歩に行くと閑散としている店あり、団体客で満員の店あり、色々な風情があった。SONE というライブハウス、名前は聞いていても何処にあるのか今まで知らなかったのだけれど、坂道を降りて行くと通りに面していて、あらこんな場所にと驚いた。その周囲にもライブハウスが沢山あって、なるほどこれが神戸に赴任すれば何とかを忘れるという定型句そのものなのかと思った。とっくに忘れてるけど。

3 月23日、4年生との共同研究を論文に取りまとめて投稿した。イジング模型の相転移という、統計物理的には標準的というか、ありふれた話題についての論文だ。今回の視点はバルクと境界。これもまあよく知られていて、系の境界ではバルクとは異なる相転移が現れるし、相転移温度が違っていても良い。さてケイリー樹と呼ばれる格子の上では妙な相転移が知られていて、系が十分に大きければバルクは相転移するけれども、境界は有限温度下では磁化を持たない。これは、格子がループを含まない構造になっていることと関係があると言われて来た。では、ケイリー樹のようであってループを持っていたら、どうなるのか? という疑問が自然に生じるわけで、これに対する答えが今回のテンソルネットワーク形式による計算結果だ。詳細は火曜日に掲載となる arXiv プレプリントで。

3 月22日、明日からは梅雨らしいので、今日の晴れを楽しむ。気温は高くないけれど、風はもうおさまっていて、出歩くと日差しが暖かく感じる。今日はこのまま気温が下がらないらしいので、春休みにしようか。... 仙台に居た頃は、パッと休暇を取って春スキーに行ったなー、独りで。ボッチのスキー場は、自由に行動できて思う存分滑れたけれど。今朝は通勤の車中でも、人々の装いが春らしかった。ハカマ姿の女性もいて、そうそう、卒業式のシーズンなのだということを思い出した。神戸大学も週明けすぐに卒業式だ。雨の予想だけれども、少しでも天気が良くなって屋外で撮影できることを祈っておこう。

3 月21日、明けて、今日の六甲山はケーブルの山上駅あたりが雪景色になっていた。これは山の裏のスキー場も良いコンディションだろうと思ったら、ひな祭りの頃に今季の営業は終わっていた。スケート場も、通年ではないリンクはもう営業終了の時期だ。今季はまだ氷に乗っていないので、夏の間にガチな人々ばかりが集まるリンクの片隅で、細々と練習しよう。それともローラースケート買おうかな? あれはだいぶんエッジ感覚が違うから、別物と言えば別物だけれども、無いよりはタメになる。問題は夏の暑さ。真夏には屋外でブーツを履く気にならないのだ。やっぱり真夏のリンクかなー、霧の漂う陰気な場所なのだけれど。

3 月20日、真冬のような大風が吹いて、昼過ぎからはみぞれが降る。地面が暖かいので積もることはなかったけれども。春の暖気が日本の辺りを漂っているので、寒気が降りて来ると低気圧がどんどん発達する。今はそれが南岸から東岸だけれども、もう少し季節が進むと日本海で急発達することもある。今日はインド料理屋さんでカレーをいただく。窯で焼いた肉やナンを、スパイスの効いたソースやカレーでむさぼるように食べる。辛さがある方が胃もたれしない、不思議な料理だ。満足して帰る時には、辺りは寒いはずなのに、歩いている内に汗がじわーっと出てきた。これが薬効なのだろう。今度はもっと辛いものも食べてみようか。

3 月19日、神戸大学が近畿のトレンドに上がっているので、何のことだとクリックすると、サークルが宿泊先で悪ノリ(の域かは別として)した光景をそのまま流していた。これがバズるとマズいという感覚が無かったのだろうなー。実は神戸大学に限らず、あらゆる大学について言えるのだけれども、大学名はこのような学生団体にもちゃんと及ぶ形で商標登録して、大学名を冠にするのは定期的な申請・認可のプロセスを経るべきだと思っている。その際に、団体の内規を添えて届け出ることも大切だ。ところで、大学の名前が付いた学習塾が結構あって、これを放置していていいのかなーとは前々から思っている。

3 月18日、論文をいつ書くか? というのは大切なことだ。研究はずーっと続くものなので、どこまでをひと塊の研究成果として論文に落とすかの判断をしなければ、ズルズルと一つのテーマに縛られてしまって、論文を書けなくなってしまうからだ。成果がハッキリしていて、受理される程度の内容が得られたら、その時点でスパッと切って公表してしまうのが、まあ普通だろう。それから後で、何か新しい成果を得たら、その時はその時で続きの論文を出すのが良い。研究がうまく行っている時には不思議とこの音楽のようなテンポを自然と保てる。そうでない時は何かがおかしい。

3 月17日、すじ肉をマトモに調理したことが今までないので、一度試してみる。まず下茹でしてアクを取って、切り分ける。その状態で、もう少し処理した方が良さそうな雰囲気だったので、もう一度茹でこぼした後に、ネギと生姜を加えて2時間と少し煮る。へー、こんなふうに状態が変わって行くんだ。柔らかくなってから、茹で汁の味見。臭みもなかったので、調味料を加えた後に、水分を飛ばし始める。少し煮汁が濃くなって、色が付き始めた所で火を落とし、肉はストッカーに分け、煮汁はガラス容器に小分けして冷却。ゼリー状になるだろう。そのまま食べるか、それとも野菜のお供にするか、楽しみだ。今日はコートなど着ていると暑い暑い、昔の人が如月と言うわけだ。着物はそんなに頻繁に脱いだり着たりできないからなー。

3 月16日、もう 25 年以上使っているオーブンレンジ、頑丈で壊れる気配がない。唯一、庫内灯だけが切れたままだけれど、直す必要がない。料理は見るのではなく香りで判断するものだ。色々と機能はあるのだけれども、大抵は予熱なしのオーブンか、電子レンジだ。時々、トーストと、グラタンのボタンを押す程度。茹でものとかあるにはあるのだけれど、それならば茹でたほうが仕上げが簡単なので、使ったことがない。今日は思い立って、カレー作りのモードを選んでみた。でも待てよ、普通にオーブンを 110 度に加熱しておいて、鍋に食材を入れて落とし蓋をして加熱するのと変わらないではないか、そちらの方が直感的なので途中でオーブンに変更。ちなみに中身はポトフであった。そうこうしている内に三里塚から野菜が届く。今日は野菜三昧だ。

3 月15日、ようやく素手で出歩ける気温になって来た。少し走ると、もう暑い陽気だ。丘の斜面を眺めると、枯れ草の下から勢いよく下草が伸びている。スイバはもう充実していて、野草の季節を迎えたことが実感できる。春の新芽の時期には、まだ昆虫が増えていないので、どの葉も綺麗に伸びている。この後、だんだんとアブラムシやテントウムシ、そして芋虫などが増えて来て、それを食べに色々な動物が姿を表すようになるのだろう。六甲登山口にある市民の花壇はスイセンやパンジーが花盛りで、大学への行き帰りに綺麗な様子を楽しめる。新入生がやって来るのも、もうすぐ。講義の準備しないと。

3 月14日、中之島にある大阪大学の施設にやって来た。もともと大阪大学は中之島にあって、土地が限られていることや水害などあって豊中・吹田の竹林に移転した経緯がある。最後まで残っていたのが中之島講堂で、自分が学位を取得した時に訪れた時にはまだ往年の姿のままだった。福島駅を出て現地に赴く道中はというと、予め地図を見ていたにもかかわらず、ついついリーガロイヤルホテルの方へトコトコと歩いて、何やら工事現場を一周して戻って、何だかおかしいなーと、ふと辺りを見回すと大学のような施設が目に入る。そうだ、ここが目的地だった、という迷走の後で現地に到着。懐かしさはゼロ。それでいいか。

3 月13日、挿し木したラベンダーが、すごく伸びて来た。前にも書いたように、こんなに簡単に発根して苗になるのなら、わざわざ苗を買い求めたりしなくても良い。大株になる強い品種の方が挿し木の成功率が高いようだ。今の時期だからうまく挿せたのか、それとも真夏でも大丈夫なのか、これから色々と実験してみようと思う。もっとも、勝負はここからで、小さな苗を定植できる大きさまで育てないといけない。それはそれで、また手間と場所を取ることだし、鉢植えで管理しなければならない。地植えしたラベンダーは真冬でもない限り移植は避けた方が良いからだ。六甲山の麓を散歩すると、地面は既に春爛漫だなー。

3 月12日、今年は遅めに確定申告。今年はスマホで申告、と思ってたら、初めて手続きを行う場合には数日かかると書いてあって断念。その数日の作業は、納税の後で来年に備えて行うことにした。というわけで、今年も某税務署まで出向いて、紙で提出して、その場で納税。あと何年かで教員としての収入は、非常勤で稼げるくらいまでになってしまうので、何か副業を考えておかなければならない。執筆業もあり得るのだけれども、そもそも本というものの存在が希薄になりつつあるので、どういう媒体でサイエンスをどう伝えて行くのが良いのか、色々と考えてみよう。

3 月11日、一度最後まで書いた文章でも、頭から読み直すとやっぱりダメな箇所が色々とあって、手を入れることになる。その順番ではダメとか、大多数の読者にとっては知らなくても良いことだとか、色々な角度から検討する。用語や表現を統一することも大切だ。また、同じ単語が短い範囲に集中して出てきたら何かがおかしいなど、ダメ文章である指標を幾つか持っておいて、それらを総合的に使うことも重要だと思う。そうこうして、何とか推敲を終えた文章もまた、読み返すと何だか妙ということがあって、そういう場合には骨組みの悪さに気づく必要がある。文章書きはなかなか難しいものだ。

3 月10日、論文を書く。書き物は、普通は難儀なもので、できれば避けたいようにも思う。ただ例外があって、世の中で自分だけが知り得ていることは、なぜかスラスラと書ける。それが英語であっても日本語であっても。恐らく、その新しいことを自分の内にとどめておく事が勿体無いというか、不自然に感じるのだろう。ある意味で、噂を抱え持っている状態に近いかも知れない。ガリガリと書き進めて、粗いところは後から修正するという感じで次々と単語を入れて行く。不思議と何のストレスも感じないのだ。もっとも、これは統合された自我の感じることで、その下で働いている神経系や肉体にガタを押し付けているのかも知れないけれども。

3 月 9 日、うずら豆を煮る。まず 8 時間くらい水につけて、皮にシワがない程度まで水を含ませる。その後で火にかけて、沸騰した所で一度ゆでこぼす。この時の煮汁を味見してみると、何というか草っぽい味がする。豆が植物であることを感じる瞬間だ。捨てた煮汁は泡が立ち易い。灰汁と呼ばれるアルカロイドがたっぷりと含まれているのだろう。再び水を加えて鍋にかけると、段々と豆が膨らんで来る。沸騰させないことが大切で、100 度まで温度が上がると豆の中で気泡が生じるのか、皮が破れて豆が砕ける。そうこうしている内に煮上がって、柔らかくなったので火を止めて蒸らす。味見すると、虎豆と同じような感じで、目隠しで並べられると区別は困難だろう。さっそく頂いた。

3 月 8 日、マウスの充電が切れた。Mac のマウスは、充電中は使えない。このデザインどないしてくれる?! と言いたい所だけれども、乗用車でも何でも複数持っているのがアメリカ社会、マウス 2 つ持ってればいいでしょ、と言われるだけだろう。仕方ないので、サーバーマシンからトラックパッドを引き抜いて来て、有線で接続する。無線のままでは、認証に手間がかかるのだけれども、有線だと繋ぐだけで使えるようになる。ノートパソコンのように、トラックパッドをキーボードの手前に置きたい気はするのだけれども、大き過ぎてその配置が無理、というのが少し厄介だ。騙し騙し作業しよう。

3 月 7 日、神戸大学の合格発表の日。合格している人よりも不合格の人の方が多い。合格者を探すつもりで X をキーワード「神戸大学」で検索すると、けっこうな数の不合格ポストがヒットしてしまうのだ。現在では複数の大学を受験するのが常なので、浪人という選択をする人は減少しつつあり、仮面浪人アカウントをよく見かける。大学で勉強しながら受験にも備えるのは大変だなーとも思うけれど、大学で受ける講義が受験にも効果があるはずだ。特に数学とか外国語など。社会科の科目も、暗記ものよりも少し高い視点から眺めると楽しいのではないだろうか。どのような選択にも、楽しい未来はある、そう信じたい。

3 月 6 日、長すぎる論文というものに時々遭遇する。そういう論文が書けるということ自体が驚きなのだけれども、それを読む人がいると信じて書くことにもまたびっくりする。物理の論文で数十ページは大抵の読者にとってキツい。読まれるかどうかなどは度外視して、真理を紙に落とすことに集中して書くのだろう。ふと思うに、それだけ長い論文の投稿料を払えるのだろうか? 少なくとも、今の状況では日本から海外の雑誌に投稿する気にはならない。それくらい投稿料が高騰しているのだ。まあ arXiv プレプリントサーバーがあるから、そこで公開しておしまい、そういう考え方もあるだろう。さあ読もう。

3 月 5 日、サツキの挿し芽の幾つかで蕾が膨らみ始めた。恐らく根付いている。挿し木、挿し芽は数を打てば当たるので、ともかくセッセと土に挿して行くに限る。ローズマリーとかミントなどは、とても簡単に根付いて、地植えすると憎らしいほど増えてしまう。去年に水挿しで発根してポットに移しておいたアジサイは、根本から丈夫な芽が開いて来た。草木はバラエティーがあって楽しいものだ。その鉢の周りに、ナメクジが散歩した跡がある。鉢水の他には特に水のない場所なのに、朝になるとどこかに潜んで、また夜になると出てくる、不思議なものだ。自然界で昼間に散歩すると鳥に食われるのだろう、そんな動物の習性もまた興味深い。

3 月 4 日、久々に銀行の窓口で、現金で振り込みを行なった。お役所仕事にはありがちな、振り込みの証明を「紙」で行うためだ。こういう所が事務的に時代遅れなのだとは思うのだけれども、電子化ということになると今度はお役所特有の電子コインが出来たりして、その開発に何億円も費やした上で、誰にも使われなくなったりするかも。そう考えると、まあ紙で良いかと一人納得した。銀行の方が少し進化していて、窓口の現金扱いがなくなって、ATM みたいな感じの機械で全ての現金の出し入れを集中して行うようになっていた。そこに人が一人張り付いているので、その分の人件費は仕方ないのだけれども。

3 月 3 日、ひな祭りの日。ちらし寿司を作ることにした。まず椎茸から。これは前日に作っておくくらいでちょうど良いものだ。エビも軽く茹でて、半分は刻んで更に甘く煮込み、後の半分は飾りつけ用に取っておく。豆を茹でて刻んで彩りを添え、穴子は刻んで甘辛く煮る。煮汁の変化をよく見極めることと、鍋を混ぜないことが大切だ。紅生姜の汁はすし酢に加えて香りを出し、飯に加える前に米酢を加えて最後の調整。味の確認ができたら、炊き上がったご飯に調合した酢を加えて切るように混ぜ、途中で具材も加えて軽く混ぜる。皿に少しずつ盛って、穴子やエビを乗せ、錦糸卵をかけて出来上がり。うまい。うまい。間違いなくうまい。あ、もう食べてしまった。

3 月 2 日、久々に論文執筆に取り掛かる。とあるモデルに対して、色々と思い込みがあって、それを示そうと計算データを集めてもらったら、意外な結果が得られてびっくりしたという経緯をそのまま論文に落としたい気持ちはあるのだけれども、そういう紆余曲折は読者のためにはならない。スッキリとした議論が必要だ。また、数式にも統一感がなければならない。グラフも見かけを揃えておくのが無難だ。なるべく読者に無用の負担をかけないというエチケットを守って論文を書く、いやそれは論文に限らずあらゆる文章に共通するものだ。しばらくの間は、この書き物を楽しめるだろう、出来上がりが待ち遠しい。書くのは自分なのだけれども。

3 月 1 日、ガサゴソと研究室の整理をしていると、バドミントンのシャトルが出てきた。水鳥の羽のもので、まあまあのものだ。少し羽が薄くて、所々乱れているので、高級品ではない。中学生の頃はナイロン製のボロいシャトルで練習していたので、たまに水鳥のシャトルが入ったら、打った時のパッという乾いた音と、飛んでいる最中の存在感が楽しかったものだ。あれからもうン十年も経ったから、樹脂製のシャトルもさぞかし進化しているのだろう ... と思って検索してみると、相変わらず昔風のナイロンシャトル。競技人口が少ないスポーツにはありがちなことだ。それでもラケットの方は随分と進化したのだけれどなー。


2024
1 月と 2 月 (卒業発表編)
2023
7 月と 8 月 (散水散財編) 9 月と10月 (Mac!裏技編) 11月と12月 (清掃撤収編)
1 月と 2 月 (野菜料理編) 3 月と 4 月 (テンソル編) 5 月と 6 月 (授業ゼミ編)
2022
7 月と 8 月 (論文執筆編) 9 月と10月 (円安値上編) 11月と12月 (制限緩和編)
1 月と 2 月 (ギター曲編) 3 月と 4 月 (Mac!苦闘編) 5 月と 6 月 (素麺円安編)

2021
7 月と 8 月 (散水栽培編) 9 月と10月 (選挙音曲編) 11月と12月 (片付整頓編)
1 月と 2 月 (共通試験編) 3 月と 4 月 (剪定草抜編) 5 月と 6 月 (執筆出版編)

2020
7 月と 8 月 (映像収録編) 9 月と10月 (街海散策編) 11月と12月 (風邪感染編)
1 月と 2 月 (暖冬珍病編) 3 月と 4 月 (在宅勤務編) 5 月と 6 月 (遠隔講義編)

2019
7 月と 8 月 (夏空日傘編) 9 月と10月 (残暑熱帯編) 11月と12月 (讃岐行脚編)
1 月と 2 月 (ダイエット編) 3 月と 4 月 (平成令和編) 5 月と 6 月 (講義出張編)

2018
7 月と 8 月 (酷暑昼寝編) 9 月と10月 (神風来襲編) 11月と12月 (国際会議編)
1 月と 2 月 (教務調整編) 3 月と 4 月 (早桜花見編) 5 月と 6 月 (方向解釈編)

2017
7 月と 8 月 (東西行来編) 9 月と10月 (台風暴風編) 11月と12月 (胃痛通院編)
1 月と 2 月 (朝オムレツ編) 3 月と 4 月 (激戦挑戦編) 5 月と 6 月 (研究員待編)

2016
7 月と 8 月 (研究行脚編) 9 月と10月 (技術鍛錬編) 11月と12月 (SLOVAKIA編)
1 月と 2 月 (共形情報編) 3 月と 4 月 (朝型昼型編) 5 月と 6 月 (昼夜逆転編)

2015
7 月と 8 月 (机前執筆編) 9 月と10月 (講義ゼミ編) 11月と12月 (懐古探訪編)
1 月と 2 月 (赤筆修正編) 3 月と 4 月 (客人来神編) 5 月と 6 月 (地球半周編)