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3 月31日

3 月30日、「指を挟まない」は、「指を詰めない」と同義の言葉。どちらかというと、指を「詰めない」の方を良く耳にする。... というのは、実は生まれ育った地域の特性だったらしい。検索してみると、指を「挟まない」の方が 10 倍くらい多くヒットする。どうも、指を詰めるというと、別の意味で使われるのが標準的となっているらしいのだ。今度、電車に乗る機会があったら、それぞれ、どのように表示されているか、注意して読んでみよう。そういえば、電車のドアの下の方に、指を詰めて泣いている「くまさん」のイラストが描かれた車両に出会って、可愛かったから撮影したかったのだけれども、場所が場所だけに、カメラを向けることができなかった。

3 月29日、秋に草刈りする場所に、スイセンの球根を植えておくと、春先にいち早く芽を出して花が咲き、初夏に他の草木が育って来る頃に枯れてしまう。そこまでで増殖完了なのだろう、晩秋に草刈りがあると、また翌春に顔を出して来る。それも、数が毎年のように増えて行くのだ。草刈りが入らない場所では、枯れ草に負けてしまって姿を消す。人の手を借りる植物の一つである。あ、草食動物が下草を食べてしまう場合も、同様か。スイセンは毒があるので、食べられることがない。どうやって臭いを嗅ぎ分けているのかは、不明だ。動物と植物の不思議な縁、人もまた生態系の一部に過ぎない、そんな気がする。

3 月28日、おやつ時に、突然の雨。春は天気が変わりやすい時期だ。道行く人々は ... あら、ちゃんと傘を持っている。最近は、朝の天気よりも、10 分前のレーダー画像を見て行動するのが常識となっているのだろうか。こうして、雨が降ってくれることは、ありがたいものだ、野草が活き活きと芽を伸ばしている。もう、道端にはスイセンが咲き、チューリップらしきものが顔を出した植木鉢も、アチコチで見かける。さて、もうそろそろ、雨も止む頃だろう、と思って周囲を見渡すと、ますます強く降っているではないか。自然は恐ろしいものだ、六甲山で難儀してる人が居ないことを祈りつつ。

3 月27日、新しい薬を飲む時は、副作用に用心しなければならない。色々と怖いことがパッケージに書いてある。というわけで、風邪薬は「この製品」と決めて、不都合がない限り、同じものを飲むことにしている。しかし、風邪薬にも流行り廃りがあり、一つの製品にかじり着くと段々と入手が困難になる。そこで、乗り換えが必要な時には、じーっと成分を見比べて、なるべく似たようなものを選ぶ。興味深いことに、幾つかの製薬会社が「互いに乗り換え可能な製品」を用意しているのだ。むかーしは病院でアセトアミノフェンを処方されたものだけれど、よく唇がパリパリになったものだ。今はイブブロフェンが主成分のものを飲むことにしている。気管支拡張剤の dl-メチルエフェドリン塩酸塩というものも入っているなぁ、これは、悪名高い(?)アンフェタミンにも似た分子だ。薬剤というものは、何でも毒、あるいは毒の隣の物質だと思った方が良いのかも。

3 月26日、普通のミンチ肉には、脂身がタップリ入っている。塩や香辛料を加えて、じっくり炒めると、脂の中に赤身が浮いた状態になって、何の料理にでも使えるし、脂を抜くこともできる。水分以外の重量の、半分以上が脂なのではないだろうか。現在では、コレステロールの観点から悪者にされてしまった脂だけれども、カロリー摂取というのは食の本来の目的なのだから、善悪を議論しても始まらない。ミンチ肉に脂タップリなのは、サシの入った肉が豚肉でも牛肉でも重宝されていることが原因の一つだ。美味しい赤身肉を調理して楽しむ、そういう習慣もあって良いか。日曜日の台所は、色々と考えさせられるものだ。

3 月25日、風邪で伏せっている訳には行かないので、今日も書類書きのために職場にやって来る。こういう時間を残業にカウントしてはならない。いかなる書類も、それを楽しんで書かなければ、虚しいのであるから、書類書きは楽しい時間なのである。(←と、ブラックに自己暗示をかけることン十年 ...)この、書類というものもまた、誰かが読むのであるから、コミニュケーションの一種には間違いない。書類の端から端までじっくりと読まれることは稀で、大抵は「パッと見てチェックする」か、あるいは「目に付いた所を拾い読みする」だけだ。その短い時間の間に、何かをアピールすることが重要であり、一点豪華主義で中央突破をはかるのである。もちろん、ジックリ読まれても大丈夫なように、論理の破綻がないものを届けなければならない。さあ頑張るぞ。

3 月24日、何日か前に、嗅覚が一瞬妙になり、何時間かの間、耳管の通りが悪くなった。これも花粉アレルギーの影響かなーと思いつつ過ごし、送別会でガンガン喋って喉を潰しガラガラ声に。年寄りになったのだから養生しなければと、静かに過ごすも喉はイガイガになるばかり。あ、これは花粉アレルギーではなくて、ウィルス感染だ。ここまで判別できれば、後はお気楽な風邪薬コースである。最近の風邪薬は良くできていて、ピタッと症状を抑えてくれる。ただし、薬が切れ始めると、途端にパワーが落ちて来て、普通の病人に戻る。一種の禁断症状のように、次の錠剤を飲む。また切れる、の繰り返し。毎日、缶ビールを飲む程度の薬代がかかる。勘定してみると、製薬会社が繁盛する理由も、よく理解できるのである。

3 月23日、とある県の高校入試の理科の問題が公開されていたので、読んでみると、傾いたレールに小球を「転がす」実験がテーマとなっていた。おお、回転運動を題材に取ったか! と感動して読み進むと、「小球はレールから摩擦を受けず」という注意書きが添えられている。なるほど、これは非常に凝った運動だ。球はレールを、一定の角速度ωで回転しながら、斜面を滑り降りたのである。この運動を「転がる」と称することには、一抹の抵抗を感じるのではあるけれども、そもそも中学理科では物理(を含む理科諸分野)の全てが「実験・観察してみると、こうなった」という発見的経緯で語られるのである。そういう目で見ると、問題としては大難なく成立しているのである。大学で物理を「論理立てて」教えるという仕事の単純さが、とても有り難く思えた瞬間であった。

3 月22日、重い鉄の扉を開いて入る、窓のない部屋で調査を行う。中は当然真っ暗なので、まず照明のスイッチを入れてからドアを閉める。この手順を間違えると、真っ暗闇になって、難儀なこととなる。普通は、扉を開ければ、外の光が入って何事もないのだけれども、一部のドアは自動ロックになっていて、内側から正しい操作をしなければ開かない。その操作は明るくないとダメ。... というトラップに、ハマってしまった。こういう時には、慌てないことが大切だ。そこかしこに LED の光があるので、数分待てば辺りが見えるようになって来る。鳥目にならないように、普段からちゃんとビタミンを採っておくことが大切だ。食べれば、慌てない、事故らない。

3 月21日、王子公園駅の辺りに、神戸市の文教南北軸がある。地図を開くと、教育機関や、その跡地、そして美術館などが南北に並んでいる。どうして、この様な配置になったのか、その歴史については詳しくないのだけれども、昼間人口に占める未成年の割合が、特に高い界隈である。その、ド真ん中にあるのが王子動物園。これまた、日中に訪れると、小さな子供達と、そのお母さん達しか見かけない所だ。動物の写真を撮ってみたいなーと思って足を運ぶには、ちょっと気構えが必要だ。動物は面白い反応を返してくれることもあって、なかなか、ハマると楽しいのであるけれども。鳥さんたち、元気かな〜?

3 月20日、氷に乗る。朝一番の氷は素晴らしい状態で、スケートが上手くなった気分を感じさせてくれる。そこで、グイグイと練習すると、2時間程度でヘトヘトになってしまって、その先は「流しているだけ」の状態になってしまう。そういう時に、何の練習をするべきなのか、あまりよくわからないのだけれども、以前よりもエッジが使える範囲が広くなっていることを感じる瞬間が「ときどき」ある。誰かを避ける時や、ちょっと止まってみたとき、アウトエッジを使った制動が効くと楽しい。そればっかし練習するのは、アイスホッケーのディフェンスをやっている様なもので、フィギュア愛好者からは煙たがられるけれど、面白いものを練習しない理由はないのである。ジャンプを跳ぶ時にも、エッジを使った制動が必要だし。

3 月19日、今日は、神戸でゴソゴソと「人間活動」した後に、ゴソゴソと「公的活動」をして、そしてゴソゴソと「非公開活動」の夕べを迎える。近場ながら、移動時間を結構費やしての行動だ。その間に、何を考えて過ごすかが、大切なことなのだろう。昔の人々は、円の中に直線を引いて、いろいろな定理を証明した。この平面幾何学の多くの部分が、実は解析的な手法で「もっと簡単に」証明できてしまうことを知ると、拍子抜けな部分もあるし、感銘を受けることもある。学問の進歩というものは、おおよそ、こういう単純化なのだろう。もっとも、初等教育で出題される問題に関数論の知識を使うのは、何となく、ズルという気もするのだけれども。

3 月18日、二日目の学会は、ジュニアセッションに始まり、シンポジウムに終わる。後者はさておき、ジュニアセッションは実に良かった。こんなにも沢山の中学生・高校生が、研究意識を持って日々過ごしているのだ。それぞれの地方から集まって来た高校生達は、言葉が地元のままで、これまた趣があるのである。標準語で会話して居ても、言葉というか、声の出し方に特色があって、例えば仙台の言葉を聞くと、懐かしいなーと感じる。故郷の高松からも、高専の学生さん達が、マリンライナーに乗って?あるいは高速バスに乗って、やって来て居た。みなさん、そのまま物理への関心を、終生持ち続けて下さいな。

3 月17日、学会初日、大阪大学の新しい (?) 講義棟に、初めて入る。場所は、昔に「ロ号館」があった所で、建物の雰囲気も何となくロ号館に似てはいるのだけれども、何となくどこかが違うというか、何もかも立派になっている。改修ではなくて新築だそうな。こんな場所で学びたかったなぁと、思いつつも、毎回 10 分くらい遅れて来る先生の講義を、ギシギシと音が鳴るボロい椅子に座って受けた記憶も蘇って来て、阪大はいいなーと改めて思った。それは、待兼山という場所が持つ雰囲気なのだろう。コンクリート・ジャングルの伝統は、しっかりと受け継がれているのである、どの建物も無骨なのが、なかなかヨイ。

3 月16日、時が流れること、これは麗しいことだと思う。始まりがあれば終わりがあり、終わりは新しい始まりでもある。毎年、この時期になると、同じように、こんなことを考えるのである。教育機関で働く者の宿命かもしれない。直接、言葉をかけて何かを伝えることは、もう叶わなくても、今までに議論して来たことの一部は、何らかの形で将来に反映することだろう。それが反面教師という形であったとしても、実に有難いことだ。明日からの一週間は、学会やら研究会やら、色々と行事が続くので、大学を巣立って行く皆さんを、門出の日に見送ることはできないかもしれない。

3 月15日、さあプレプリントを読むぞ、読むぞ、と意気込んで arXiv プレプリントサーバーにアクセスすると「経験したことのない現象があり、公開を明日に延期する」というお知らせが表示されていた。ということは、明日の朝のプレプリントは、通常の2倍の分量となるわけだ。その現象は火曜日だけにして欲しいと思っていただけに、明日の夜明けを迎えるのが億劫になった。また、今日の朝一番を狙っていた投稿者も、ガッカリしたことだろう。いや、それは、明日の朝一番を狙っていた人々かもしれない。朝一番ではなく「朝まんなか」になってしまうからだ。さて今日はどうやって過ごそうか?と思案していると、美しい虹が待兼山にかかった。物理学会を応援してくれているのだろうか?

3 月14日、神戸のファッションというと、日頃はあまりピンと来ないのだけれども、たまに首都圏へやって来ると「あら、少し昔のスタイルが」と感じることが度々あり、実は最先端を走っている部分も多々あるのだという現実に気づくのである。何が原因なのか、ハッキリとはわからないものの、貧乏であっても「お召し物へのこだわり」が人それぞれあるというのが、神戸の神戸らしい部分を形成しているのだと思う。これは制服の着こなしや、通学カバンへに付けるアクセサリーなどという、地味なものにも現れているものだ。そもそも、神戸で何か特定のスタイルが「そのまま」大流行するということは、珍しいことなのだ。大抵、何かしらの「変形」がある。

3 月13日、街を歩いていて、あるいは街の2点間を移動していて、行き先までの経路がわからなくなった時、ともかく辺りを見回して、地図や案内図を探す。神戸で、この技が使える場所は幹線道路沿いか、商業地に限られている。大阪や京都は、もともと道路が整然と走っているので、あまり地図が必要ないのだけれども、結構あちこちで地図を見かける。東京は、犬の散歩をしている住宅地にまで地図がある。この、地図をじーっと眺めるのは旧人類の私で、(老若を問わず)スマホを使う新人類は、画面を見てサッサと歩いて行く。密かに「電波が尽きたら路頭に迷うぞ?!」と、思ってる私。

3 月12日、日曜日も、何となく大学にやって来てしまう、これでは「退職したらボケ老人」直行コースではないか ... と、思いつつ、日頃の業務もこなし、日頃はできないこともやり、ついでに SNS で息抜きする。この、SNS の息抜きが膨大な時間のロスとなりつつあり、イカンイカン、業務に専念、少なくとも自らのエネルギーを投じて何かを形成することに時間を使おうと節制しつつ、その合間に SNS。なに、こういう悪いクセは、インベーダーゲームの頃からのものだし、次は fj、そして 2ch、と、まあ、常々あったことだから、これはもう終生治らない無駄遣いだと開き直りつつ、今日の時間を職場に費やす主目的もこなす。

3 月11日、大学入試の競争率が低迷、という話を良く聞く。少子化の影響が主要なものではあるものの、実は隠れた要因が「進路指導の序列化」である。進路指導で、A 判定 B 判定くらいまでしか受験「させない」、ダメモトの C 判定受験は「ランクを下げて」別の大学へ、という「きめ細かな対応」が、それである。受験する側の当事者の気持ちに立つと、よく理解できることだ。ダメモトでもいいから、希望を持ってチャレンジしてほしい、というのが待ち構える側の期待と本音。それは、実質的には過半数の受験者が不合格である状況を期待するものでもある。こういう議論ができるのも、私立大学という強力なバックアップがあってのことだ、それは常々、忘れないようにしている。

3 月10日、大学の良い所は、幾らでも数え上げることができる。その中から、マイナーながら、大学の精神を体現している事例を1つ挙げよう。卒業式や入学式に「当事者を交えての予行演習がない」ことは、重要である。もちろん、会場設営とか放送機材の手配とか、席次や司会進行を準備する人々は入念に検討を重ねるのだけれども、学生を巻き込んでの予行演習など、絶対にしない。いや、強行しても「全員自主欠席」でおしまいなのである。高校でも、予行演習したりしないか。じゃあ、中学校・小学校はどうなのだろうか?昔は延々とやってたよな〜。今の時代では、父兄席からメール着信音やらワンセグの放送のゴソゴソとした音声が漏れ聞こえて来る時代だからなぁ。あ、そうそう、洋風の風俗が何でも良いという訳ではないのだけれども、パーティーの初めに乾杯の音頭を取ることが無いという、アチラの習慣は良いものだ。いつの間にか楽しい時間が始まって、用のある人からバラバラと去って行く。学校も、こんな風であれば、不登校なんていう言葉も生まれないのにな〜。

3 月 9 日、あら、朝から高校生が、親子連れが、そして部活動のジャージを着た集団が。あ、そうか、今日は大学入試の合格発表だった。午前 10 時に、意外な場所から出て着た掲示板に駆け寄る受験者が若干名。「っしゃぁあ〜っ」と腕を振る姿、じわじわ〜っと笑顔になる様子。当然、周囲の部活動勧誘員に取り囲まれる。まあ、掲示板まで見に来るのは、受験に手応えのあった方々なのだろう。しばらくすると、合格を確認した上で、記念撮影にやって来る方々の姿が見えた。これまた、取り囲まれる。そうこうする内に、段々と普段の静けさへと戻って行くキャンパス風景であった。

3 月 8 日、食パンの風味を論ずるならば、まずは4枚切りを食べてみるべし ... という類の主張は、4という数字を5や3に変えても、ホントらしく聞こえるものだ。その点を予め断っておいた上で、やっぱり4枚切りは美味しい。... これもまた、数字を5や3に変えても ... とゴタクを並べて退散してはならない、やはり4枚にはトーストしてもパンの塊を食べているという質感があって、幸せな気分になれる。この感覚は、6枚切りを2枚食べても得られないものだ。さて、4枚切りを一枚食べて、満足しなかったら、もう一枚か? ... それは、ちょっと多いような気もする。そうこう考える内に、出勤時間になってしまった。さあ、電車に乗って、降りたら標高差 60 m か 70 m の登山だ。

3 月 7 日、教員は、それぞれの学校から雇われている「だけ」ならば、確定申告の必要はない。集中講義などで、非常勤講師として働くなど、追加の(?)業務が入ると、その分の収入を合算して、確定申告する必要が出てくる。人によっては、教員業の稼ぎよりも、出演料だとか講演料だとか印税だとか、そういった収入の方が多い方もいらっしゃるのだそうな。きっと多忙なんだろうなーと想像するし、申告書の作成も込み入ったものになるのだろう。幸い、貧乏人の申告書類はシンプルなものだ。サッサと作って、集中講義からの収入の1〜2割ほどを納付して、おしまい。作業のオマケというか何というか、非常勤講師だけで生計を立てようとすると、とても困難であることを理解した。

3 月 6 日、むかーし、テレビでアメリカの田舎街を見ていて、バケツのような大きな容器に入ったアイスクリームを、巨大なスーパーというかショッピングモールで仕入れて、でっかい車に積んで自宅の巨大な冷蔵庫に入れて、毎食のようにドカドカと食べる場面に仰天した。そんな業態は、アメリカのように広い国土と、潤沢なエネルギーと、世界の富が集まる田舎ではの光景だと思っていた。最近のショッピングモール、段々と、それに近い雰囲気になって来たような気がする。ともかく広くて、販売される商品、特に食品にメガサイズのものがあり、買い物客はカートを押してドンドン詰め込んで購入して、自動車に積んで消えて行く。何かが妙な気がする。

3 月 5 日、氷に乗る。今日は試しに、スケート靴を「なるべく緩く履く」ことにしてみた。何だか、心許無いような気もするのだけれど、ともかく氷に乗って感覚に慣れてみると、あれ?何だか、今までよりも深くアウトエッジに乗れる。今までは、ある程度深く乗ると「戻って来れない」感じの恐怖感があったのだけれども、それが緩和されたと言ったら良いだろうか。違いは何かというと、足裏の角度を使ってエッジを操る自由度が増したのだ。これを突き詰めて行くと、下駄にエッジを付けたスケート靴となる。スピードスケートの靴も、外見はそんな感じだ。なーるほど、足の自由度は、スケーティングには大切なんだなー。

3 月 4 日、ポートライナーの、市民病院前駅のすぐ近くに、何だか妙な外観の建物がある。普通のビルは、縦と横の線で構成されているものだ。この、奇妙なビルは、正面に蜂の巣を横に潰したようなファサードがあり、とても有機的に見える。建物の名前は、融合連携イノベーション推進棟。IIB という看板を掲げているので「数学IIB」みたいなものだろうかと、勝手に思っていたら、Integrated Innovation Building の頭文字だそうな。中は吹き抜けのらせん階段が上階まで伸びるモダンな構造。ここに、生命科学以外の研究者が居るということを、初めて知った。融合連携なのだから、それはそうか、いろいろな分野が集まっているわけか。

3 月 3 日、ミツバチがその生涯で集める蜜はスプーンに一杯足らずと聞いたことがある。これを贅沢に、パンに塗って食べられるというのは有難いことである。と、いう話、実に「話の組み立てのマジック」と言えるだろう。その昔、保険の外交員さんに聞いた話では、商売相手である勤労者の生涯収益は、2億円とか3億円という額で、そこから「毎日のコーヒー代より安い」掛け金を頂くのだそうな。これに比べると、税金の割合はケタ違いに大きい。収入への直接税、支出にかかる間接税、それぞれの物品に上乗せされている労賃・工賃などに隠れて含まれる税金、etc.。こうやって吸い上げられた百兆円を贅沢に塗り込むのは、さてどんな食パンなのだろうか。

3 月 2 日、覆面レスラーの仕事というのは、覆面レスラーなので、対戦相手に正体が知られることは、極力避けなければならない。しかしながら、覆面レスラーとして色々と技を繰り出すことは、とても難しいのである。どんな風に立ち回っても、自分の経歴やら仕入れた知識に基づく「クセ」が出てしまうので、手や口を出せば出すほど正体がバレてしまうのだ。場合によっては、もうバレバレであることを前提として、審判にアピールするようなこともある。対戦者が、世界初の技を披露するという時は、特に要注意だ。実は、覆面レスラーとして過去に公表した技が「新技」と称されることが良くあるのだ。でも、それをズバり指摘すると、正体をバラすことになる。うーん、覆面レスラーは収入も入って来ないし、何とも言えない役割だなー。

3 月 1 日、ちょっとした植え込みを、まじまじと眺めてみて、そのカオスぶりに目がクラクラとした。ユキヤナギが植えてあって、そこに何かよくわからないツル植物が、はい登っているのである。庭を設計した人は、きっと、このユキヤナギが茂る場面を想像したことだろう。いや、茂ったのは、イネ科の雑草であった。苦労して、その雑草を抜き去って見ると、今度はツルだったわけだ。このツルは、いくらでも伸びるので、とりあえずユキヤナギの周囲からは刈り取ってしまうことにしよう。この作業の途中にも、隙間よろしく、カラスノエンドウが見る見る伸びて来る。あれは、引っこ抜くのが簡単なので、とりあえずは伸びていてもらおう。


2017
1 月と 2 月 (朝オムレツ編)

2016
7 月と 8 月 (研究行脚編) 9 月と10月 (技術鍛錬編) 11月と12月 (SLOVAKIA編)
1 月と 2 月 (共形情報編) 3 月と 4 月 (朝型昼型編) 5 月と 6 月 (昼夜逆転編)

2015
7 月と 8 月 (机前執筆編) 9 月と10月 (講義ゼミ編) 11月と12月 (懐古探訪編)
1 月と 2 月 (赤筆修正編) 3 月と 4 月 (客人来神編) 5 月と 6 月 (地球半周編)

2014
7 月と 8 月 (離陸着陸編) 9 月と10月 (玉翠準備編) 11月と12月 (テンソル編)
1 月と 2 月 (雪面滑降編) 3 月と 4 月 (花粉飛散編) 5 月と 6 月 (東奔西飛編)

2013
7 月と 8 月 (大橋渡海編) 9 月と10月 (激変日常編) 11月と12月 (印度華麗編)
1 月と 2 月 (感冒養生編) 3 月と 4 月 (東西奔走編) 5 月と 6 月 (枯野夢旅編)

2012
7 月と 8 月 (高空気流編) 9 月と10月 (次々行事編) 11月と12月 (入国管理編)
1 月と 2 月 (厳冬感染編) 3 月と 4 月 (電圧発光編) 5 月と 6 月 (渡西来鴨編)

2011
7 月と 8 月 (飛行少年編) 9 月と10月 (鮮魚包丁編) 11月と12月 (場論執筆編)
1 月と 2 月 (鳥撮光学編) 3 月と 4 月 (日々激震編) 5 月と 6 月 (研屋鍵盤編)

2010
7 月と 8 月 (転地養生編) 9 月と10月 (研磨没頭編) 11月と12月 (涅槃煩悩編)
1 月と 2 月 (蛇行氷上編) 3 月と 4 月 (桜花観光編) 5 月と 6 月 (屈折望遠編)