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3 月31日

3 月30日、有名人にも訃報が。(とある意味で)成功した人ほど長く人々の前で働くことから、我々がメディアで知っている人の年齢構成は、高齢者層が厚いものとなっている。政治家がいちばん端的な例だろうか。いわゆる有識者というものも、この範疇に入る。物理学会構成員もまた同じだ。見知ったる人々の顔を思い浮かべれば、新聞に毎日のように書き込まれている、何人感染、何人死亡という数字を「眺める」のとは、全く異なる想いがあるものだ。特に、恩のある人には元気でいて欲しいと思う。← これが既に勝手な想いで、自分から真っ先に餌食となる可能性を排除している。まあ、人間、そんなものだろうか。

3 月29日、新学期のスケジュールが一応は決まっているのだけれども、この一年間について、今の時点で何か確定的なことが言えるか?というと、全く無理な状況となりつつある。公式の掲示にも、最初または最後に、決定的なことは何もないという意味の文言を付け加えられている。さて、海辺の朝は人通りが少ないし、海からウィルスはやって来ないので、風向きの具合の良い時間帯に少し散歩する。ほとんど誰も歩いていない。桜が咲いている。人々の活動が止まってはいても、木々が新芽を吹く様子は例年通りだ。こうして春は確実にやって来て、やがて梅雨となる。その頃には、どういう世の中になっているのだろうか、まずは生き抜かなければ。

3 月28日、カメラでオールドレンズを購入する時に、注意を払うべきことを一つ学んだ。それは最小の F 値には、常に設計上の無理があるということ。今日の観点から言うと、F4 でレンズを設計するのは余裕だろうと、自然に思ってしまう。しかし、それは経験則が十分に蓄積した上で、コンピューターが使い放題という恵まれた環境の上のことであって、旧石器時代に通用する常識ではない。大抵のレンズが、開放から少しだけ絞った時点で、最大のコントラストを得るように設計してある。それよりも小さな F 値を使う場合には、後で画像処理しなければならない。まあ、それも楽しみか。

3 月27日、国分寺という地名はアチコチにある。故郷のうどん県で国分寺というと、それは讃岐国分寺のあたりで、JR 国分寺駅もある。国分寺が各地に建立された頃は、流行り病に再々襲われたとも伝わる年代で、仏教をもって国家鎮護するのが目的と、教科書には書いてある。... 書いてあるけれど、じゃあどうやって鎮護したんだ?と問われると、ええと、答えようがない。お経をあげるという、今日よく接する慣習が、そのころに広まったのだろうか?とか、色々と人々の風俗まで浮かぶような、そんな学習も大切だろうか。さてコロナウィルスの世の中に、再び国分寺が脚光を浴びるようになるのだろうかと、思ったり、思わなかったり、取り止めのない雨の日の午後だ。

3 月26日、写真を撮って大変なのが、その整理。今回は、整理を全て任せているので、何もしなくても良いのだけれども、撮っただけで見ないでいるのは良くない。どの写真にも失敗している部分はあるわけで、ミスを未然に防ぐには、写真のマズい所をイヤというほど見なければならない。今回は全員合わせると 300 人くらいになる。こういう時に顔認識して、それぞれの人のフォルダにリンクを貼ってくれるソフトがあると楽だろうなー、もう存在するとは思う。ある意味恐ろしい時代でもあって、集合写真の類いは流出しないように管理しなければならない。さて、その前に、まず日常の論文読み書きから。

3 月25日、撮影で難しかったことの一つが、焦点合わせ。最近のレンズは、日中に明るいと絞りが自動的に小さくなってしまって、焦点合わせが難しい。もちろん、それを防ぐ機能も付いているのだけれども、そのボタンをいちいち押すのも面倒臭い。これはもう、15 mm くらいのマニュアルレンズを探すしかないか ... と思っても、選択肢はそれほど多くない。少し研究しておこう。サブカメラの方は、50 mm のマニュアルレンズを取り付けていた。こちらでマズかったのが F 値の選択。古いレンズであまり小さな F 値を選ぶものではない。辺りが夢のようにボヤけた画像になってしまう。F2 くらいから先を使うのが無難だ。ま、これらの問題は、ある程度は後処理で何とかなる。手間を増やすのは良くないけれども。

3 月24日、急遽、小規模セレモニーのカメラ担当を引き受けることになった。機材は、普段から使っている Lumix を大小 (?) 3 台用意。さて問題は、持っているレンズがほとんど全て、固定焦点であること。撮影場所はデッキの上にあるので、長い焦点距離のレンズを使うと「柵越えして奈落の底へ落ちる」まで後ずさりする必要があるのだ。25 mm でも、まだ少し長すぎる。そこで取り出したのが AI NIKKOR 24 mm F2.8 という、年末のレンズ祭りで仕入れたオールドレンズ。日光が差し込むと、迷光が画面を焼いてしまう難儀な所もあるけれども、目立った収差がなくて良く写る。予備カメラは 15 mm F1.7 と 12 mm F1.4 の、一応は LEICA 認証の入った自動焦点レンズ。絞り値は全部 F2.8 に揃えておこうか。日光があれば十分だろう。SD カードはフォーマットして、電池は充電。準備万端?ということがあり得ないのがカメラの怖い所だ。

3 月23日、バジルを買って来て、水に挿す。うまく発根してくれれば、実生苗を育てるよりも手っ取り早くバジルを収穫できる。少し暖かい時期になると、発根が早まる場合もあるのだけれども、発根する前に腐ってしまう率も上がる。春くらいの季節が挿木に向いているようだ。日照時間も微妙に関係しているのかもしれない。発根には陽が当たる光合成の時間よりもむしろ、暗い夜の方が必要なのだろうか。ミントも同じように水挿しで苗が作れる。こちらは、いつやっても、ほぼ確実に発根する。植え付けると、その場所の栄養分を吸い尽くしてしまうまで成長して、憎たらしくなる。この辺りに、園芸というものの難儀な側面があって、そこそこ栽培が難しくないと人々の関心を引かないのだ。

3 月22日、節分の豆まきに使う大豆、あれを土に植えると、大豆が半分に割れたような双葉が芽吹く。大豆もやしの姿そのままだと考えると良い。ではそら豆は?ずーっと今まで、きっと巨大な双葉が土から顔を出すのだろうと想像していた。ではやってみよう、と、生のそら豆を買って来て、土に植えてみると ... いつまで待っても、双葉が出てこない。どうなってるんだ?と思っていたら、ヒョローっと、スィートピーみたいなツルが伸びて来た。最初は、それがソラマメだとは気づかず、何が生えて来たんだろうか?と思案したほどだ。豆の仲間の中には、ずーっと双葉の部分が土に植わったまま、という変わり者もいるのだと、初めて知った。

3 月21日、木の幹は、どうして円筒形なのだろうか?単純に、形成層で細胞増殖が起きるだけならば、凸凹ができた時に、それが修復されることなく段々と乱雑な表面になって行き、綺麗な円筒にはならない。凸凹を修正するような働きが形成層にはあるはずで、しかもそれは局所的なルールで決まっているはずなのだ。また、それぞれの樹木の表面に現れる模様も面白くて、プラタナスのように複雑なパターンを形成することもある。これまた統計物理学が登場しそうだ。生命現象の中には、様々な数学が隠れているのだろう。研究テーマにしてみようか。きっと、既に沢山の研究がなされているとは思うけれども。

3 月20日、神戸大学理学部物理学科の偏差値は? ... そういう概念には興味がないというか、敢えて目を向けないようにしているのだけれども、やっぱり気になって見てしまった。結果はまあ、見ればわかることなので、ここにわざわざ書くまでもないだろう。最近薄々感じていることは、この偏差値という数字に従って進学先を選んでいるであろう受験者も多いらしいということ。絶対に物理学がやりたいんだ、という感覚の受験ではなくて、まあ理学系やったらどこでもいいんじゃない?という感じ。それは良くないことなのか?というと、何とも言えない部分がある。大器晩成という言葉もあって、何となくボンヤリと過ごしていて突然ある時、開眼するパターンもあるのだ。しかしまあ、偏差値、そんな値だったのか。(←まだ気にしてる ...)

3 月19日、大阪と兵庫の間で不要な行き来は自粛せよとのことで、祭日ではあるのだけれども、海辺の我が家から電車に乗って大学までやって来る。あ、海辺の我が家が兵庫県の海辺であることをバラしてしまった。さて大学で何をするのか?というと、まずはプレプリントのチェック。それから、大切な仕事がもう一つ。変換学習のリセット。Mac OS のカナ漢字変換が、最近とても妙な動きをするので閉口していたのだ。よく言われるのが、フロントエンドプロセッサーを「昭和の使い方」で鍛えようとするのは、現在では悪影響しかないということ。文節変換なんか今では誰も使わないんだよなー。というわけで、エイヤッと、妙な学習の履歴をリセットしてしまった。さあ、また執筆へ。と、日も傾いて来たので、海辺の我が家に戻ろうかな。

3 月18日、阪急六甲から神戸大学へと登る道は山道だ。住宅の間を通っている道もあれば、崖道やら藪の中をくぐり抜けるような抜け道もある。今日は風も弱くて、辺りは春の香りに包まれていた。田舎の匂い。要するに、冬の内にイノシシやら鳥やら犬やらネズミやら、あらゆる動物が落として行った肥やしと落ち葉などが混ざって発酵する、あの香り。雪国のスキー場などでも、あたり一面に匂い立つ。牛や羊が放牧してある場所では、贈り物の周囲から猛烈に下草が生えて来る。花が咲き乱れて、お花畑のように。春先は黄色い花が目立つ。さて次は桜の出番だ、もう後数日だろうか。

3 月17日、人間の目でレンズの働きをしているのはどこ?と問われると、大抵の人が水晶体と答える。「中学理科 目の構造」あるいは「中学理科 目のしくみ」で画像検索すると、それそのままの図がヒットする。しかし、これはちょっと、何とかしなければならない図なのである。ここでレンズと称しているのは凸レンズのことであって、凸レンズの働きが最も強いのは角膜表面なのだ。水晶体もまたプラスチックレンズ並みに屈折率が大きいのだけれども、人間の目の場合、どんなに頑張っても角膜によるレンズの働きに比べて、半分くらいまでの集光力しか得られない。従ってレンズと称するのであれば、角膜表面もレンズ、水晶体もまたレンズ、これらの複合レンズにより網膜に像を結ぶ ... が正解となる。もちょっというと、網膜に結ばれたボロい像から得られる情報を、かなり脳神経系が「盛って」いるらしい。これは携帯電話のアプリ真っ青な情報処理だろう。どんなふうになっているのかな?

3 月16日、冬に戻った1日。六甲山は雪化粧、神戸大学でも雪が降った。気温もけっこう低くて、日陰には小さな吹き溜りもできた。大学の Home Page には、新入生向けのガイダンスが web 資料で公開された。一度こうして作っておけば、来年からも使い回しできるし、わざわざ集まってガイダンスする手間も減らして行ける。今年のコロナ騒動は、これらの「省力化」の背中を押したのかもしれない。大切なことは、こうして省かれた手間を継承して、いや更に進めて行くことであって、時計の針を巻き戻すような議論には目を光らせておかなければならない。「昔はこうだった」とか「これが常識」という言葉は、聞いた瞬間に古い!と考えるようにしよう。あ、さっき、私、これらの言葉を口にしたな、トホホ。

3 月15日、ティッシュペーパーの供給はようやく戻って来たけれども、トイレットペーパーはまだまだ回復が鈍い。購入制限をしている状態だ。一度、家庭から空になってしまった物品は、入荷してもどんどん我先に買い求められて、けっこう長い期間に渡って不足状態が続くわけか。イザとなったら、ティッシュペーパーで「用を足す」か?大昔は、丸いロールがなかったから、トイレには「ちり紙」が積んであったものだ。いま和式トイレに戻れと言われたら、もう無理。贅肉たっぷりの重たい体で、あのしゃがんだ姿勢を長時間保ったら、翌日は筋肉痛になることだろう。これを機にウォッシュレットが進化するかな?

3 月14日、物理屋同士の場合、もちろん商売仇といえる相手は沢山いるのだけれども、商売仇だからといって「あの陣営とは口もきくな」ということはない。互いに、秘匿すべき情報があれば、それについては言及できないのだけれども、誰とでも物理という共通の方向を持って議論を進め、互いのアイデアを埋め合う内に新たな進展が得られたりもする、そういう状態が普通だ。こういう open な慣習に慣れきっているので、時と場合によっては周囲から驚かれたり、怒りを買ったり、呆れられたりもする。では世間に合わせるのか?というと、相変わらずなのであって、物理屋は物理屋の道を行くだけなのである。人々の行いについても、履歴を辿ればそれは物理現象としては一意であるという信念がある。それをどう解釈するかは各個人の自由だし、そこは open に考えて良いのだと思う。一週間を振り返って、ふと、そんなことを考えた。

3 月13日、今日は13日の金曜日として歴史に遺るのだろうか?株価がこれだけ一気に落ちたのは、ブラックマンデー以来のことだ。翌日の新聞は、株価の一面が黒三角ばかり。ただ、実体経済への影響は、かなり遅れてやって来た。その当時はネットも細々とした e-mail と fj の掲示板くらいだったし、まだまだテレビと紙媒体でのノンビリとした情報伝達が主体だった。今の SNS の世の中は、どちらの方向にも速やかにブレるものだと今回の騒動で感じた。で、コロナが去ったら株価が戻るか?というと、さてどうなんでしょうね、今まで財政支出で持たせていた部分が消し飛んだということは、誰しも認識している所で ...

3 月12日、普段の平日の昼間の街は、ご高齢の方が目立つ。これは当たり前で、生徒・学生は学校に通っているし、就職してバリバリ働いている世代はそれぞれの職場で過ごしている。ところがここ数日、街が若者天国と化しているのだ。コロナウィルスに感染した場合の致死率について、高齢であるほど高いというデータが人々の耳に入るにつれ、それに当該する年齢層の人々を見かけなくなった。家族に諭されて自宅か近所で過ごしているのだろう。一方、若い人々に蟄居していろと、いくら言っても無駄であるし、エネルギーは外で発散してこそ。というわけで、深夜の街から様々なツイートが飛んで来るのであった

3 月11日、普段とは違う持ち物を携えている時は、色々と油断できないものだ。ファイルを手に持って銀行の ATM で作業をした後、その場を離れるとファイルがどこかに。あ、ATM の横に置いたままだ!と、気づく。そこで慌てて、エスカレーターを「駆け下りる」という危険行為に出る。後続の人がもし居れば危なかった、と、後になって思う。ともかくも「忘れ物しましたー」と声をかけて、ATM 横に置いてあったファイルを回収して、再び職場へ。今度からは、ちゃんと手提げ袋などにファイルを入れて持ち歩くようにしよう。この時期は毎年、色々と振り込みがあるものだ、もう少ししたら地方税か。

3 月10日、まあまあ暖かくて、日中も薄暗く、雨がしとしと降り続く。下草が伸び放題、石垣のコケも緑を増した。このような条件の下で伸びた植物は、何となくヒョロリとした感じとなる。カラスノエンドウは伸び放題に伸びて、バッタリと倒れてそのテリトリーを広げる。初夏までにタネを作って、あとはじーっと暑い夏を地面で耐えて、寒い季節になると再び活動を始める。どういうスイッチに従って、このような周期を作り出しているのかは知らない。赤い花は、まあまあ綺麗だ。後期試験へ挑む受験生たちも、この雨の日に学力を伸ばしていることだろう。前日に開いた教科書や参考書にズバリ的中などという幸運があるだろうか?

3 月 9 日、合格発表の掲示はないのに、親子連れがチラホラと。ああそうか、下宿探しなのだ。不動産の契約には保証人が必要なので、親が居れば契約をサッサとできるのだ。もちろん保証人は印鑑をついて、必要に応じて身分証明となる書類を添付するだけで良いので、顔を見せる必要はないのだけれども、親子揃っての契約の方が重要事項の説明なども楽だろう。部屋が決まったら引っ越しパックに、寝具や家具などの見定め。今は携帯やタブレットが一番の「家具」で、後は冷蔵庫が必要かどうか?といった所だろうか、「下宿」という言葉自体がもう使われなくなり始めていることだし。新生活様変わりの世の中だ。今年は静かな新学期となりそうだ。

3 月 8 日、スケートリンクが閉まってしまって、休日に体力づくりをする方法を考えなければならなくなった。一番簡単なのが散歩。登山もやってみたいのだけれど、今の時期は花粉が飛びまくっていて、山道に分け入ると悲惨なことになる。というわけで、海辺の我が家から、海に添った道を延々と散歩。そのまま三宮へ ... いや、都会の海辺は甘くないのである。アチコチに埋め立て地があって、海辺を歩くことを阻んでいる。このような場所に到達するたびに大回りして、再び海辺に出てと、妙な道なき道を散歩して、ようやく三宮までたどり着いた。延々と東に向かって歩いた後の帰り道は、西向きだ、そして日が暮れた。体重たいして減らず。

3 月 7 日、コロナの感染が広まって来て、街からますます人々の姿が消え ... ええと、そういう訳でもない。確かに、学校が休みになって、クラブ活動についても禁止ということで生徒児童を見かけることは激減したけれども、スーパーマーケットは相変わらずというか、普段より買い物客が増えたような印象すらある。商品にも変化があって、外食できないならば家で食べようかという客が目当てなのか、次々と目新しい食品が並ぶようになって来た。今のところは物価に目立つた変動はないように映る。ただ、工業製品は品切れが多くて、ノートパソコンなどは買おうにも現物が払底して、どうしようもない状態だ。中古が人気になるかも?

3 月 6 日、コンクリートは少しずつ溶ける。雨が流れると、石灰分が二酸化炭素を含む水に少し溶け込んで、少し離れた環境の異なる場所で再び固体に戻る。鍾乳石を作る原理と同じだ。あるいはサンゴや貝殻として海の中で固定化されることもあるか。この過程が、溝や水路の途中で起きると厄介なことになる。俗に詰まる、と呼ばれる現象だ。骨材を含まない石灰だけの塊となるので、石のように硬いわけではないのだけれども、それでも叩かなければ取れない程度の硬さはある。通常の水流だけで吹き飛ばすことができないので、一旦詰まり始めたら、ガシガシとかき落とすか、専用のジェット水流で削り取るしかない。コンクリートの建物のそばで水が溢れたような跡を見つけたら、この手の詰まり方をしている可能性がある。観察あるのみ。

3 月 5 日、しばらく前に、アザミの苗が売られていたので購入した。寄せ植え用の山野草としての販売で、あんなものを寄せ植えにしたら大変なことになるんじゃないか?と不思議に思いつつ、単独で鉢植えにする心づもりで入手した。水をやって陽に当てていると、やはり素性を現してドンドン成長、うーん、鉢植えくらいで良いのかなー、地植えにしないとダメかなーと思うほど大きくなり始めた。元々がアザミなので、こうなることは解っていたとは言っても、やっぱりデカい苗になると元々の可愛らしさが懐かしくなる。大きいと言えば、スペイン料理に使うアーティチョークもまた、アザミの近縁種だったっけ、あれも栽培したいと思いつつ、その大きさ故に遠慮していた。挑戦してみるか?

3 月 4 日、卒業式を行わないことになった。衣服のレンタル、祝賀会や二次会なども多くが解約となり、○千万単位のお金の動きが凍りついたわけだ。昨今の状況では、こうなることは予測の範囲内であったとも言えるだろうか。さて、改めて「卒業式」を眺め直すと、その意義がだんだんと変化して来たのだろうと感じる。今はどちらかというと SNS に投げる写真撮影の機会として重宝されている。通信制の教育機関では、卒業式もネットで行う所がある。この試みは、あらゆる騒動にほとんど影響されないという強みがあって、一歩進んでいるなーと思う。自主ヴァーチャル卒業式でも立ち上げるか???

3 月 3 日、きょうはたのしいひなまつり。そのうららかな日に入った知らせが「神戸市で感染者」とのこと。事実としては「感染者が検出された」であって、たぶん少し前から細々と感染のバトンタッチが行われていたのだろう。何ができるかというと、何もできないというか、今までと全く変わることがない。例年、冬の間は手袋をして、なるべくドアノブなどに手で触れないようにしている。大きな病院では、看護師などがドアを開ける時には、常に肘かどこかでボタンを押していて、手をなるべく使わないようにしている光景を見かける、その真似。火を通したものを食べるとか、帰ってきたら花粉落としを兼ねて着替えたり、花粉がすごい日にはシャワーを浴びたり。まあそうやっても感染する時には感染するから、後は免疫を信じる。そして自粛はせずに楽しく過ごす。そんな所かな。

3 月 2 日、神戸の観光船ルミナスが民事再生というニュースが飛び込んで来た。運行会社のホームページの記事などを読むに、コロナ騒動が最後のひと推しになったことは確かだけれども、構造的に採算割れとなっていたようだ。神戸の観光船をいくつか乗り比べて思うのは、素敵なオープンデッキがある船が「より楽しめる」ということ。これは、宇高連絡船に何度も乗ったという昔の経験から来る郷愁かもしれないのだけれども、やはり海は海風に当たってナンボだ。これからどう再生して行くのか、あるいは船を売却するのかは分からないけれども、乗船する誰もが海風に当たれるような航海に出て欲しいなーと思う。

3 月 1 日、肉を醤油漬けにしておいてからオーブンで焼くと、少しハムっぽい色になった。塩を含んだ状態で加熱すると、こうなるらしいとわかって「ハムの作り方」など、ネットで閲覧してまわる。なるほど、まず塩に漬けておいて、塩抜きした後で乾燥・加熱という工程でハムが作られるわけか。生ハムの場合は塩抜き工程がなく、そのままの熟成となる。大きな冷蔵庫があれば、自宅でハムを作って楽しめるだろうなーと思いつつ、やっぱり買って来る方が楽でいいや、と、楽な方向へと流れる現代人の自分、まあそんなモンだろう。何より、冷蔵庫で腐らしてしまったら、庫内の掃除が大変だ。胞子はすぐに、他の食品に飛んで行ってしまう。


2019
1 月と 2 月 (暖冬珍病編)
2019
7 月と 8 月 (夏空日傘編) 9 月と10月 (残暑熱帯編) 11月と12月 (讃岐行脚編)
1 月と 2 月 (ダイエット編) 3 月と 4 月 (平成令和編) 5 月と 6 月 (講義出張編)

2018
7 月と 8 月 (酷暑昼寝編) 9 月と10月 (神風来襲編) 11月と12月 (国際会議編)
1 月と 2 月 (教務調整編) 3 月と 4 月 (早桜花見編) 5 月と 6 月 (方向解釈編)

2017
7 月と 8 月 (東西行来編) 9 月と10月 (台風暴風編) 11月と12月 (胃痛通院編)
1 月と 2 月 (朝オムレツ編) 3 月と 4 月 (激戦挑戦編) 5 月と 6 月 (研究員待編)

2016
7 月と 8 月 (研究行脚編) 9 月と10月 (技術鍛錬編) 11月と12月 (SLOVAKIA編)
1 月と 2 月 (共形情報編) 3 月と 4 月 (朝型昼型編) 5 月と 6 月 (昼夜逆転編)

2015
7 月と 8 月 (机前執筆編) 9 月と10月 (講義ゼミ編) 11月と12月 (懐古探訪編)
1 月と 2 月 (赤筆修正編) 3 月と 4 月 (客人来神編) 5 月と 6 月 (地球半周編)

2014
7 月と 8 月 (離陸着陸編) 9 月と10月 (玉翠準備編) 11月と12月 (テンソル編)
1 月と 2 月 (雪面滑降編) 3 月と 4 月 (花粉飛散編) 5 月と 6 月 (東奔西飛編)