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5 月28日、その昔、大学生になったなーと感じた機会というものが何度か、いや何度もあった。その中の一つの経験が、授業に出ないこと。面白くない講義で、必修でもなければ捨てる、つまり履修を放棄することが可能だ。また、出席が必須でない講義であれば、一度や二度くらい講義に出なくても単位は取れるし、専門科目のうちで先に内容を理解してしまっているものであれば、試験のその日まで、特に講義に出る必要もない。そういうわけで、真面目に講義している先生の講義よりも、教科書と全く関係のない雑談を色々として、学問の雰囲気を楽しませてもらえる講義に、よく出席した記憶がある。まあこれは、その昔の昔話であり、個人的な体験談であると断っておくのが無難かな。誰にでも勧められるという訳ではない。また、現在の大学のシステムが昔と同じか?というと、ええと、それは ...

5 月27日、MacOS の update があった。日本語変換が、更に「マシ」になっていた。というか、ライブ変換を導入する過程で、パソコンとスマホの予測変換の利用方法の差異を、全く意識しないかのようなカオスが生じていた「悪夢」から、ようやくキーボード入力ならではの特徴を活かした変換に戻って来た。ワードプロセッサー時代の我々の感覚では、文節変換の精度が上がればそれで充分なので、一度変換候補として確定したものが、続く助詞の入力や句読点の書き加えで、入力の意図と関係なく書き換わってしまうのは非常にマズイ反応であったのだ。iOS と MacOS を下手に融合する流れが少し変わって来たようにも感じる。さて今日も、遠隔講義の準備だ。

5 月26日、交差点で息が上がっている自転車の女性、uber eats の配達員であった。自転車に見覚えがあるなーと思って見直すと、レンタル自転車であった。レンタル料金を支払ってまで行うほど利益が出るのだろうか?と思って検索してみると、初期投資が不要なので今の状況のように、利用の需要が急増した場合には好都合なバッファーになっている事実と、行政の支援もあってか、特別料金が設定されていることを知った。電動アシスト自転車はなかなか強力で、神戸の急坂でもスイスイと登れる。荷物の少ない状況であれば。タップリと背負った配達員は、信号が青になると、意を決してペダルを踏み込んで行くのであった。... 最初、ちょっと左右によろめいたようにも見えたが ... がんばれ!

5 月25日、換気扇フィルターの油、あれは重曹か何かで化学的に分解するのが良いとされている。で、手元にそれらに類するものなし。物理的には、温度を上げると油脂の粘性が下がって除去し易くなる。が、手で触れる範囲の温度では、多少粘り気が出てくる程度で、これもあまり効果なし。ようやくわかってきた事は、歯ブラシが良いという事実。適当に歯ブラシで溝をブラッシングすると、油が毛の間にべっとりと充填される。それを「しごいて」捨てる、その繰り返し。最終的に、薄い一層の油が残るまでとなったら、お湯と洗剤で最終的なブラッシングをして、一件落着。この方法を発見するまでに、大変な時間を消費してしまった。一度やり方がわかってしまえば、こちらの勝ちだ。

5 月24日、ディーゼルカーは楽しい乗り物だ。電車で行ける場所まで、わざわざディーゼルカーに乗って訪れるのも悪くはない。重量感と、エンジンが回っているという加速感。そして圧倒的な慣行の長さ。ON と OFF がハッキリしているとも表現できるだろう。最初の半クラッチ?の滑らかな加速は、少なくとも昔の電車には乏しいものであった。減速に入る前に、再びアクセルを踏むあの感覚もまたメカっぽくて良い。要するに、何もかも、今となっては珍しい存在なのだ。山間を走るディーゼルカーの場合、これに振り子電車の性質も加わって、カーブする時にジェットコースターのような曲がり方を楽しめる。まあ、そんな事があるからと言って、大阪駅から姫路まで、わざわざディーゼル特急に乗るのは、単なるオタクだよなーとは自覚している。

5 月23日、入道雲を見た。真冬でも、出る時には出る入道雲だけれども、暖かくなって大気が空高くなる季節の入道雲の方が、見ていて美しい。赤道付近を飛行する時に、行先に立ちはだかるように林立する入道雲は見ていて恐怖の対象でもあるのだけれども、地上から眺めると素晴らしく雄大だ。(どんな航空機も積乱雲に突っ込むと大変なことになる。)今日の入道雲は、可愛いくまとまっていて、特にどこかに雷雨を降らせた訳ではなさそうだ。不思議なことに、近くで巨大な入道雲ができる時には、雲が見えない。何となく空の境界が見えなくなって、知らず知らずの内に不穏な雰囲気が漂い、やがて雷鳴や突風とともに降雨が始まるのだ。そんな季節も先に控えているのかな?

5 月22日、日々の変化に気づきあり、だんだんとソラマメの実の入りが良くなって来た。スーパーに並ぶソラマメ、最初の頃はサヤばかりで、豆粒が小さい。段々とサヤが大きく硬くなって来て、豆粒も大きくなる。そして最後は、黄色いサヤの中に、そろそろ色が変わって来そうな豆が入っている状態となる。そこから先は生豆での流通ではなくて、完熟した乾燥豆でのご対面となる。さて、ソラマメはサヤばかりで歩留まりが悪いなーと思っていたら、状態によってはサヤも食べられるのだと知ってびっくり。ただ、流通しているものでは、そのようにサヤまで食べるように栽培されているようにも思えず、やっぱり捨ててしまうのであった。堆肥にしてもいいかな。

5 月21日、その昔、下宿はいつも深夜早朝になると「あ゛ァあ〜」という叫びが発せられて、直後に「ガラガラガラゴロゴロゴロ」と、パイをかき回す音とともに静けさが戻って来る、そんな風情であった。特に金曜日の夜から土曜日の早朝にかけて、複数の部屋で麻雀大会となっていた。そんな雰囲気を横目に、いや遠くに感じつつ、ひたすら朝が来るまでマンガを読んでいたのは私。その4年間の下宿生活で、だいぶんタフになったかも。大学院生になってからは下宿を離れ、大学近くのアパートで暮らし始めた。暮らしには遮音が大切だということに気づけた事が、その後の住まい探しの役に立ったと思う。麻雀大会の現場には足を踏み入れなかったので、彼らが賭けていたかどうかは知らない。

5 月20日、目で物が見える仕組みや光学系としての構造、この辺りを詳しくとは言わないまでも、まあ誤解の生じないように描いた図を探していて、ほとんど無いことに気づいた。大抵の図が水晶体「のみ」をレンズとして捉え、角膜による屈折を無視した図となっている。少し良心的(?)な作図では、角膜と水晶体を一体のレンズとして描き、そのレンズによる屈折を取り扱っている。世の中にないのであれば、ちゃんと描いて世に広めるのも科学者の勤めではないか?と思う所がある。ちゃんと描いて .... と思うと、ついついハマるもので、目のそれぞれの部分の屈折率を掘ってみたり、光学系としての構造のデータに当たったり。時間がかかるな、これは。

5 月19日、昨日の雨はどれだけ降ったのだろうか、流れ下った濁流(という程でもないか?)で海の色が少し変わっていた。そんな朝の眺めから、電車に乗って三宮を通過すると、普通の日々。街もまた、何となく復活の機運が満ちて来ている。まだ「機運」であって、完全復活するのか?というと、恐らく元に戻ることはない。歴史が進んでしまった、とも表現できるだろうか。遠隔でカタがついてしまうものは、遠隔で済ませてしまう、そんな慣習が定着してしまって、わざわざ会議のために各地から集まることも無くなって行くのだろう。今朝、ビデオ講演の案内が届いた。何でも、日本時間で朝5時から。欧米には都合がいいんだろうなー。

5 月18日、気の緩み、という言葉を耳にする毎日だ。いやいや、気はいくらでも緩められるだけ緩めておくのが良い。常々、キツキツの気持ちで周囲に睨みを利かせている状態は、自分にも良からぬ影響を与えるし、もちろん周囲からも疎まれる。空気はだいぶん、緩い感じになって来た。前々から、待ち望んでいた田植え時期の風だ。高い湿度、サツマイモの仲間がどんどんツルを伸ばす、この空気だ。周囲が海に囲まれていて、西からは乾燥した空気が、南からは湿った空気が入り易いこの東岸の気候に、ずっと昔から日本は守られて来たのだろうか。夏が熱帯を「超えて」暑いのは、まあ致し方ないけれども。

5 月17日、椅子の中で、藤張りのものや、ペーパーコードのものを眺める時、いつも「どれくらいの応力がかかっているのだろうか?」と不思議に感じる。座面を叩いてみると、その振動数からおおよその張力を見積もることができる。あるいは、上から 100 kg の人が座った時に、どれくらい「たわむ」かで、張力を概算することも可能だ。あまり大きく「たわむ」と、椅子として使い物にならない。ということは、人の体重を遥かに超える力を、座面の枠が受け持っていることになる。道理で、あのように太い木を使っているはずだ。応力を受け続けた木は、だんだんと曲がる。そんな先々まで、誰かが使ってくれる、そんな椅子が好きだ。

5 月16日、大学のすぐ脇の道で、スズメが歩道に降りて来た。重そうな芋虫を、口にくわえている。どうやって食べようか?と思案しているかのようだ。食べ物を前にした動物の振る舞いというのは、脊椎動物であれば種によらず、あまり変わらないものだと再認識した。写真に撮ろうかと、カメラを手にしたら、気配に気づいて、芋虫とともに飛び去って行った。今の時期の草花が芋虫を支えていて、その芋虫が小鳥を支える。元はと言えば、太陽エネルギーと大地のダイナミクス、それらは星屑から生まれたのであった、宇宙は広大なのだなー。カメラを元に戻して、またトボトボと坂道を登って行く休日?であった。

5 月15日、遠隔授業が、まあまあ何とか成立しているので、これから先は「出席」の概念が変わるかもしれない。授業で出席を取るということは、少しくらい体調が悪くても、ともかく講義室へと出向いて授業に参加しようという、良くない努力を生んでしまう。本人に良くないばかりか、病原体を周囲に拡散してしまう悪さもある。体調が良い人は普通に授業に参加して、体調が悪い人は無理せず自宅から遠隔で参加。そういう世の中になって行くのではないだろうか。まず、教育現場でこれを実現することが大切だ。そのように育った人々は、社会でも同じように実践してくれるだろう。何が何でも出て来い、という時代はもう終わるのである。

5 月14日、文旦の皮の剥き方を会得した。まず、上と下の皮を、少し白い部分を残したままか、あるいは実を少し切る程度に切断する。その後で、白い部分を残しつつ、包丁で皮をむいて行く。黄色い皮が全部取れたら、房の境目を探して、そこに並行に中央まで包丁を入れ、あとは手で二つに分ける。ここから先は言葉で表しづらいのだけれども、二つになったそれぞれの、中央上下をVの字に切り欠く。いよいよ手の出番で、房から実を取り出して行く。皮の白い部分が適当に残っていることが大切で、うまく実が剥がれてくれる。この方法は、八朔など実の硬い柑橘類に共通して使える。甘夏柑やグレープフルーツの場合には、皮の部分を完全に包丁で取り除いてしまう方が実を潰さず、かえって歩留まりが高くなる。防カビ剤を使っている場合でも、先に皮を薄く剥いてしまえば、食べる部分に付着してしまう危険(?)を減らすことができる。

5 月13日、Zoom などを使ったオンライン授業、どこかで見た光景だなーと思って、よく思い出してみると、私立大学の大きな教室で行われた学会公演だった。登壇者は遠くで、前のスクリーンも小さくて良く見えない。その代わり、天井のあちこちにモニターがあって、スピーカーから流れる音声を聞きながら画像を見る。スライドと音声の公演、それをそのまま、オンラインに乗せて遠隔講義となった訳か。よくよく考えてみると、我々研究者は様々な場所で「そこにあるものを使って講演すること」に慣れていたのだ。遠隔講義が比較的スムーズに導入されたのは、(教育機関の中では)大学ならではの事だったかもしれない。

5 月12日、イノシシは何を食べているのだろうか?現場を見たことがない人は、豚の餌の延長だろうと考えるだろうし、それでまあまあ当たっている。何でも食べる。都会だと、間違いなくゴミあさりをする。野山では?というと、ドングリが転がっていればドングリを食べる。地上に何もなければ、ともかく土を掘って、生き物が出てこようと芋が出て来ようと、ともかく食べてしまう。結果として、地面は掘り返した跡だらけとなってしまう。花壇に食べられるものを植えたら、一巻のおしまい。芋類は、動物避けしないと絶対に栽培できない。昔も今も、作物は動物から守って育てるのだ。人の気配の消えた大学は、かくして毎晩毎晩、掘り返しが続く。

5 月11日、気象学の本をマトモに読んだことがないので、天気図と雲の関係は「何となく」適当にフィーリングで眺めていた。天気図は、地上での気象現象を簡単な図に押し込めたものなので、それが雲や風や降雨と厳密に結びついている訳ではない。ただ、なるべく多くの情報を大きく外れることなく図示するという役割は重要だ。で、少しばかし検索して調べてみた。天気図上で前線として描かれる線の「どちら側で」降雨があるのか?は、場合によりけりであることを知った。知ったというか、既に何度も経験している暖域内部での降雨が、どのように起きるのか、その仕組みも少しは理解できた。いずれにしても、前線の解析というのは、天気図を描く上の鬼門であることに違いはない。

5 月10日、稲が育つ湿った風が吹いて来た。アジアの季節風というか、いよいよ梅雨目前である。例年、この季節となるとインフルエンザはどこかへと退散してしまう。(秋冬になると戻って来る訳だけれども。)稲作が春に始まり、秋に収穫、この農作業のサイクルが、4月を年度の始まりとする習慣の自然な所なのだろう。もう少し早めて3月でも良いかとは思うけれども、北国はまだ雪が残っている。欧米での9月入学というのは、麦かジャガイモの秋植えから来る習慣なのではないだろうか。ついでながら我々の感覚で言うならば、7月に大学入試を行うのは、とても厳しいのである。まあ、ひょっとすると遠い未来には、いつでも入学しなさい、いつでも卒業しなさい、そんな時代がやって来るかもしれないのだけれども。

5 月 9 日、高校の同窓生の中で、物理分野へと進学した人々とは、大学・大学院と時折は連絡を続けていた。研究者となってからは、専門分野が違うと交流する機会もなく、きっと元気でそれぞれ活躍しているんだろうなーと、想像するばかりであった。研究職についた人の場合、フルネームが所属機関などを含め、必ずどこかに掲載されるので、その追跡は容易といえば容易だ。同窓会を前に、学会の参加者リストを眺め直して、名前を見つけたこともあった。まあいつか、この研究教育の場を卒業したら、しょーもない物理の話でも語り合おうか、そんな風に思う日々だ。昨日、ふとした機会から、その中の一人が2年前に他界していたことを知った。

5 月 8 日、リアルタイムで講義を行った場合、ログインできない等の事象が多少は(?)生じたらしい。要因は様々で、そもそも機器や OS が対応していないとか、使っているソフトに参加者数の制限があるとか、時々しかログイン許可をしなかったので、結構待たされただけだけれども、諦めてしまったとか。こうしてオンラインで配信できることがわかってしまうと、来年からの講義にも大きな影響を与えそうだ。以前から、講義の最中に写真やビデオを撮影している受講生も居るには居る。欠席者に見せていたのだろう。こういう「補講」を、オフィシャルに行うのが普通になって行そうだと感じる。少なくとも、もう従来の方法には「そのままでは」戻れない。目覚めてしまったのだ。

5 月 7 日、今日から新学期。遠隔講義が始まった。学生たちの tweet を眺めていると、いろいろな形態で実施されているようだ。Zoom のような道具を使ってみたり、動画配信であってみたり。そして素晴らしいのが、単に、文章が転がっているだけと言うもの。自習は学習の基本だ。一人で読んでいて、詰まった部分については質問が出来る準備がしてあれば、の、話だけれども。自分は動画配信派で、課題の回収などがメール添付という形式。受講者が多くなると、メールのレスポンスを返すだけで疲れてしまうのだけれども、そんなに多くはならないはず。一応、メールだと様々な痕跡が残るので、後から確認するのも楽だ ... ろう、きっと。

5 月 6 日、大学が提供しているメールサービスに、学生がアクセスできているかどうか?を調べている。今は gmail など、幾らでも簡単に使えるメールがあるので、メールクライアントに自分で設定を書き込むことは稀になって来ている。結果として、メールサーバーとクライアントソフトを分けて認識することも難しくなっているようだ。インターネットのブラックボックス化は日々進んでいると言って過言ではない。さて、大学のメールサーバーにこだわる理由は、もう一つあって、それは現代的な視点から十分な設定が行われている機器を使っているか?と言う点だ。市販のパソコン + 市販の OS だと、古い機器は条件を満たさなくなる。気骨があれば、unix 系の OS を自分で入れて設定するのだろうけれども、今日ではもう流行らないんだろうな ...

5 月 5 日、オンデマンド授業の撮影は毎日続く。だいたい、やり方がわかって来たには来た。ただ、どうもワンパターンに陥りがちだ。きっと、これまで、自分の講義を自分で見直すことなく、ワンパターンに黒板の前でダラダラと喋り続けていたのだろう。反省。ではどうするか?まあ、書きながら話すと言うのはやめようかな。先に板書しておいて、それに基づいて 10 分くらい話して、一度カメラを切る。そこまでが一区切り。そう言う風に授業の内容を切って行かなければ。また、話す内容についても、あまり込み入った所の導出は適当にパスする必要があるかと思う。どうせ試験には出せないし、必要なのは基礎的な理解であって、こまごまとした断片的な応用ではない。切り捨てるべきは切り捨てよう。

5 月 4 日、統計力学を学習する時に、ミクロカノニカルアンサンブルから学び始めることが多い。そこで設定されるのが、悪名高き「孤立系」である。巨視系を孤立系として実現することは、ほぼ不可能で、ある意味で思考実験であると言っても良い。また、実のところ、孤立させる必要もない。例えばバケツの中の水について、任意の 1 ml の領域を考えて、それを「孤立系」と考えても全く問題ない。そこから出入りする粒子やエネルギーの「割合」は、巨視系の場合には無視できるほど小さいので、粒子数・エネルギーが一定のアンサンブルとして捉えて良いのだ。もちょっと言うと、そのアンサンブルでさえ、全部用意する必要は全くない。単純に、可能な状態を全部考えた平均値に、現実の巨視系が良い一致を示すと言うだけのことだ。なお、外部への応答を考える時には、粒子の出入りの有無、つまり拘束条件が問題になって来る。この点については、ミクロカノニカルアンサンブル、カノニカルアンサンブル、グランドカノニカルアンサンブルの差異に注意しなければならない。と、今日も講義の準備をするのであった。

5 月 3 日、自宅で講義映像を収録するのは難しい。マイクに向かって大声で話す、そんな場所がないのだ。ユニットバスの中に籠もってしまうか、それとも納戸の中か。海辺に出れば、気持ちは良いのだけれども、機材を潮風にさらすのは良くないし、あとの掃除も大変だ。と言うわけで、やはり収録場所はどこかの建物の中で、という事になる。時々、大学にやって来て作業するしかないかなー。機材も何もかも揃っている場所だし。いよいよ7日から講義開始 ... いや、そう思って始めると、初日に全てのネットワークリソースが落ちてしまう。もう、閲覧できるものは閲覧してもらおう。

5 月 2 日、講義ノートを映す形で、どこまで講義映像が作れるかを試してみている。わかったことは、簡単な数式や図であれば、まあまあどうにかなるのだけれども、少し込み入った説明は、やはり一度、板書しないといけない。これはどう言うことかと言うと、講義ノートをどのように美しく作っておいたとしても、それを見て即座に説明することは困難であるという、私なりの事実だ。ノートを板書する時に、少し頭の中で予行演習をしていたわけだ。板書が完了したら、説明もできる、そんな現象らしい。もっと理想を述べると、やはり講義ノート無しで板書説明できるくらいに、初等的な学問を体系的に頭の中に入れておきたいものだ。

5 月 1 日、ノイバラの花が咲く季節となった。このバラはとても丈夫で、簡単に挿木で増やせるし、放置すると憎たらしいほど増えて行く。ついでに、トゲが多くて、初夏に花が咲いたら後は茂るだけ。まさに野生のバラだ。花は一重で、たくさんの花が一斉に咲く。バラ科の植物の花は、花弁が5枚で、その中に雄しべや雌しべが見える。イチゴの花も同じ形で、あれほど見かけが違う植物なのに、同じバラ科なのだということが、感覚的に理解できる。ノイバラが茂る場所へは足を踏み入れない方が良い。トゲトゲの枯れ枝が待ち受けていて、トゲが刺さった端から折れて、痛いこと限りなし。オリエンテーリングやクロスカントリー競技の人々からも嫌われていることだろう。


2019
1 月と 2 月 (暖冬珍病編) 3 月と 4 月 (在宅勤務編)
2019
7 月と 8 月 (夏空日傘編) 9 月と10月 (残暑熱帯編) 11月と12月 (讃岐行脚編)
1 月と 2 月 (ダイエット編) 3 月と 4 月 (平成令和編) 5 月と 6 月 (講義出張編)

2018
7 月と 8 月 (酷暑昼寝編) 9 月と10月 (神風来襲編) 11月と12月 (国際会議編)
1 月と 2 月 (教務調整編) 3 月と 4 月 (早桜花見編) 5 月と 6 月 (方向解釈編)

2017
7 月と 8 月 (東西行来編) 9 月と10月 (台風暴風編) 11月と12月 (胃痛通院編)
1 月と 2 月 (朝オムレツ編) 3 月と 4 月 (激戦挑戦編) 5 月と 6 月 (研究員待編)

2016
7 月と 8 月 (研究行脚編) 9 月と10月 (技術鍛錬編) 11月と12月 (SLOVAKIA編)
1 月と 2 月 (共形情報編) 3 月と 4 月 (朝型昼型編) 5 月と 6 月 (昼夜逆転編)

2015
7 月と 8 月 (机前執筆編) 9 月と10月 (講義ゼミ編) 11月と12月 (懐古探訪編)
1 月と 2 月 (赤筆修正編) 3 月と 4 月 (客人来神編) 5 月と 6 月 (地球半周編)

2014
7 月と 8 月 (離陸着陸編) 9 月と10月 (玉翠準備編) 11月と12月 (テンソル編)
1 月と 2 月 (雪面滑降編) 3 月と 4 月 (花粉飛散編) 5 月と 6 月 (東奔西飛編)