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1 月24日、北国に行くとパウダースノーに出会う、という話を良く聞く。では南国の?神戸では出会えないのか?というと、いや、一年に何回かは、そんな雪が六甲山に積もる。そんな時を狙い撃ちして、六甲山スキー場へ行くと、軽い雪国体験ができる。ただ、ちょっとでも気温が上がると、すぐに普通の圧雪になってしまうので、本当に狙うしかない。こういう日に限って、仕事が入っているものだ。まあ、その代わりというか、何というか、スケートリンクには恵まれている関西の冬である。ポーアイのスケートリンクは、電動のザンボの調子が悪くなって、今はガソリン車で製氷中だとか。ザンボってなに?と思われたら、検索してみることをお勧めする。

1 月23日、再び雪の舞う午後となった。東方に低気圧あり、西方に高気圧あり、典型的な冬型だ。直接的に日本の天気には関係しないけれども、そのもう一つ東に、デッカイ温帯低気圧があって、気圧が 940 hpa 台になっている。これは空間的スケールが大きいということで、台風のように中心が目立って強風というわけではない。直接関係ない、とは言っても、上層の空気の流れに影響を与えるものだから、この大きな低気圧も間接的には、今の天気に影響しているし、そしてこれから先の天気に関係して来ることだろう。ともかく寒気がドカッと西日本まで降りて来るとしたら、まあ、もう一回くらいが限度かな?その後は、だんだんと昇温して来るだろう。

1 月22日、氷の上は子供達だらけ。やっぱり、少し天気の悪い午後は、スケート場が混む。今のシーズンになると、スケートの上手な子供もポチポチと目立ち始める。貸し靴でスイスイと滑って行くのは、たいしたものだ。大抵の貸し靴は、下手に引っかからないように、アウトエッジがものすごーく甘い。これで、クロスの練習をさせるのか! というのが、正直な所である。なお、クロスを、そんなに早くから練習する必要あるのか?ということは、長年の疑問点だ。左足のアウトエッジで踏ん張り辛い靴で、カーブに差し掛かって、乗れないエッジでクロスすると、上体がカクカクと滑稽に動くばかりの、ヘンテコなクロスとなる。... と書きつつ、自分のスケーティングも、相当妙なのだろうなーとは思っている。

1 月21日、ディスエンタングラーは、どういうものだろうか?と、しばし思案する。そして、単にディスエンタングルするだけならば、ありとあらゆるディスエンタングラーが作れてしまうことに気づく。MERA や TNR で用いられるディスエンタングラーは、変分計算の一翼を担っているのだ。うーん、エンタングルメントだけを指標にしてディスエンタングラーを作るというのは、ちょっと難しいことなのか。ただ、ディスエンタングラーを求めるために用意する環境は、もうちょっと簡便に作れても良い気がする。ちなみに、エンタングルの反対語はディスエンタングルであって、ディスタングルではない。何とも言えない、英語のエンタングルメントである。

1 月20日、今日は普通の (?) 道筋で大学へと向かう。なぜか調子良く登れ、アッという間に六高台キャンパスまでやって来てしまった。調子に乗って、発達科学部まで歩いて上がろうか?という気持ちが頭をかすめたけれども、後のことを思い出して、それはやめておいた。もうすこし高い所まで登ると、神社があったり、眺めの良い橋に出たり、ケーブル山頂駅まで辿り着いたりする。でも、確か、今日は、午後から天候が急変するんだった、そんな哲学の散歩をしたら、遭難して戻ってこれなくなる。というわけで、早々に理学部へ向けて「下山」、随分と早く職場に着いたものだ。そこから先は長丁場なんだけどね。

1 月19日、阪急六甲駅に降り立って、大学へ行く。この、通勤の道筋も、毎日同じでは飽きてしまう。今日は、ずーっと東寄りのコースを通って、工学部あたりに出る道を歩いてみた。そこで驚いたのが、新築建売りが急増していること。これまで、更地だった場所が、何だか急に動いているのである。世の中、浮き金が出てきたのだろうか。景気が良いような感触があるような、無いような。何せ、景気というのは、コップの水が少し足らないか、溢れるか、という程度の微妙な差で成り立っているものだから、ちょっとバランスが崩れるだけで、コロリと冷え込んでしまうからだ。その後に残るのは不良債権。戸建てが、そうならないことを祈りつつ、大学に到着した。

1 月18日、半世紀ほど生きて、初めて知った事実。「バルタン星人」が正解であって、記憶にある「バルダン星人」は誤りであること。また、この誤りがあっても、コミニュケーションが成立していたこと。語中の清濁というものは、かほど聴き分けが難しいということだ。子音の硬軟もまた、聞き分けにくいものの一つで、あちこちの方言に「きにょう」という、昨日の発音が残っているけれども、注意していないと聞き取れない。余談ながら、この「きにょう」はローマ字ならば KINNYOU となるので、パソコンが「きにょう」を勝手に「金曜」に変換してしまうのだ。そんなことないように、わざわざ「かな入力」してるのに、お節介なパソコンやなー。

1 月17日、バナナは種ができない。食用になるバナナは、三倍体だから種ができない、ということらしい。種ができなければ、どうやって増やすのだろうか?バナナの木をぶった切って、挿し木にして増やすのだろうか?と思って調べてみると、「木」に見えていた部分は葉っぱの鞘がグルグル巻きになっているだけで、芯がないのだそうな。また、あの巨大さに見間違えてしまうのだけれども、あれは単子葉植物。ということは、茎と葉の間からしか脇芽が出てこない。そして、茎は大抵、地下に短く収まっている。写真検索すると、根元から生えてくる子株を、株分けして増やすとある。なーるほど。二倍体のものは、ちゃんと種もできるから、品種改良も可能なわけか。調べている内にバナナの分類が簡単ではないという、泥沼のような記事を見つけてしまい、情報検索時代の罪深さを実感した。

1 月16日、センター試験の問題が全部公開されたので、パラパラとめくってみる。どこを見るかというと、誤答を眺めるのである。社会科の科目の誤答が、なかなか面白いのだ。共通一次試験から現在のセンター試験までを見て「抱腹絶倒の誤答集」を作ったら、絶対に売れるんじゃないかと思えるほど、おかしなもので満ちている。それに比べて、正答の何と味気ないこと。これは世の中に共通することかもしれない。正しい答えは、常に面白くなく、正しくない受け答えがウケるのである。太平洋の向こう岸で、まさにウケ狙いのやり取りがあるようで、今朝もテレビに長時間流れて居た。ウケない日がない大統領を選ぶ理由も、わかるような気がして来た。

1 月15日、神戸市内は一面の雪。海辺のわが家も、横を流れる用水路の上に氷が張る、その上に雪は積もる、そのすぐ横の車道を行き交う自動車は、六甲山の山を越えてやって来たのだろうか、屋根に雪が乗ったままだ。何より怖いのが、足下。ところどころ、ブラックアイスができているではないか。もっとも、暖かい地域だけに、陽が昇ると、この楽しい状況はすっかり消え去ってしまった。むかーし居た仙台では、きっと今頃、足下がキラキラと輝き、氷が薄汚れた砂となって車道の脇にたまり、降ってくる粉雪が地面を這うように風に流されて居ることだろう。今は地下鉄東西線もできた仙台、雪の日も、昔ほどは不便ではないだろう。

1 月14日、センター試験始まる。噂では、今の形態でのセンター試験は、来年、再来年、その次までの、あと3回ということらしい。こんな風に、入試の形態を変えて行かないといけない理由は、色々あるけれども、一番の理由は「固定化すると科挙になってしまう」からだろう。受験者側が、傾向と対策について高度な技を身につける「定番の学習方法」が生じ、学問に向かうという本来の学習意欲とは違った価値観が生じかねないこと。また、その技の習得を支え得るブライベートスクール受講機会が「金次第」という、世知辛い世の中になってしまう危険があること。... もちろん、裏付けのない推測だが。また、試験の仕組みを変更したことにより「合否に影響する」とすれば、それはボーダーラインの辺りに限定されるものだろう。結局、誰のために試験のシステムをいじるんだろうか?と、思わなくもないけれども、試行錯誤も「全体としては」悪くないか。個々に、利益・不利益があることは確かだろう。

1 月13日、物理のこと以外、なーんも知らない私、今日は「手形」についてお勉強。何か副業でも起業しない限り、まず使うことはあり得ないのだけれども。こういう時には、やはり、日本銀行のサイトが頼りになる。何となく雰囲気で文章を書くということはまず無くて、誰が読んでも誤解がないように、押さえるべき所を抑えた簡潔な文章で説明してある。なーるほど、ちょっとクレジットカードに似た決済手段なわけか。いやいや、これは信用を基にした通貨モドキの発行でもあるから、(本来は)無制限には手形を乱発できないわけだ。ここで知ったことは、大昔からある、つけ払いとか、あるとき払いなどが、経済活動を円滑にする道具として自然発生したことには、道理、いや、数理があるものだということ。面白いなぁ、経済学は。

1 月12日、Facebook、見ず知らずの方からの友達申請、まれに承認することがある。もちろん、(a) ごく最近作成された (b) 経歴に矛盾がある (c) 著名人と名前が同じ (d) 化粧した女性の顔写真がバーンと出ている、など、明らかに SPAM なものは除く。また、承認してみて、同様のヤバいアカウントを大量に友達に持っていたりすると、そそくさと縁を切る準備はしている。時々見かけるのが、クリック広告や、誘導広告の媒体と化しているアカウント。一方で、無限連鎖講はどうも、SNS とあまり相性が良くないようだ。アシが付き易いのだろうか、それとも直ちに報告されてしまうのだろうか。ともかくも、稼ぎの道具には、あまり向いてないな、と思うのである、SNS は。

1 月11日、キャベツと白菜以外の菜っ葉は、下処理がなかなか厄介。工場で水栽培されたものを除き、必ず土ぼこりをタップリとまとわり付かせている。それも根元の隙間に。無農薬とか有機とか書いてあると、イモムシさんこんにちは。あるいは、アブラムシがゾロゾロ。葉をバラバラにして、よく水洗いして、まずサッと下ゆでしてアブラムシなどを落としてしまい、よーく確認の後に調理に入る。結構大変な割には、最終的に残る量が知れている。讃岐でいう「まんば」くらい、たっぷりと残ってくれる葉物野菜は売ってないかなーと、あれこれ探し歩く昨今なのである。歩留まりなんか気にせず、根元を無視してしまえば楽は楽なんだけれども ....

1 月10日、NTSC方式の映像伝送、昔の人はよく、こんなものを思いついたものだ。タフな信号伝送方式で、粗悪な回路でも、ともかく映像だけは映るし、ヘンテコながら、とりあえず色も出る。特に、カラーのハッキリした、古いフィルム映画なんかに似合っていた。信号線一本でいい、というのも、安易に色々な機器を接続するのに好都合だった。この NTSC 方式で送られて来た番組を、延々と見たはずだけれども、記憶に残る映像はなぜか、デジタル画面のように思い出されるのである。人間の記憶の不思議だ。ネットに転がってる当時の映像を見直すと、まあなんと、ボケボケなこと。記憶は、こういう風にして美化されるものだと気付いた。

1 月 9 日、連休の間に、どんどん仕事が降ってくるのである。まず、海外からは、連休も何も関係なく、様々なメールが舞い込む。これはまあ仕方ないことだ。問題は、「休日だから、たまった仕事を整理しよう」という、休日勤務組からの連絡。気分は良くわかる、休日や連休にこそ、集中して「書類の山」と格闘できるのである。普通に考えればブラックなのかもしれないけれど、何となく、もう、身についてしまった慣習なので、仕方ないか。なお、研究職はいつ研究しているのか?というと、問題を頭に引っ掛けておいて、何気無い時間にふと思い出しては、アプローチを検討するのである。机の上で「研究するぞ」と息巻いても、進むものではないのだ。

1 月 8 日、今日は雨だし、スケートなどにわざわざ足を運ぶ人も少ないだろう。と、甘く考えていた。それは歩行者の発想であって、マイカー族の存在をすっかり忘れていた。スケート場についてみると、見たことがない盛況。更衣室のロッカーが、ほとんど埋まっている。冬休み最後の日曜日、遠出もできないことだし、スケートしよか?という親子連れで満ちていたのだ。何の練習もすることなく、リンクを周回する。いや、まあ、氷の乗りだけは、少しキープできたかもしれない。特に、エッジチェンジする時に、少しエッジを先行させて正しい位置に体重を乗せる感覚が掴めたかもしれない。また来週、ちゃんと滑ろう。

1 月 7 日、今日は何を食べようか?と思案して、鉄板を引っ張り出して来た。分厚い鉄板をコンロにかけて、弱い中火でじっくり温める。そこで、お好み焼き。ついでに、焼いてある餃子も温めて、ちょっと鉄板焼きの気分を味わう。ステーキハウスなどで使う鉄板は、手では絶対に持ち上げられない重量なのだそうな。台所に、そんな鉄板の場所を作りたいものだけれども、貧乏人には手の届かない設備だ。いや、手が届いても、その重量を支えるには、床の補強が必要となる。ウチの、やわい木造の床では、そんな物を据え付けた段階で床がたわみ、その反動で壁が曲がり、ひいては家屋倒壊となるであろう。

1 月 6 日、ボディーキャップレンズという、「写ルンです」みたいな写真が撮れるレンズがあると聞いて、仕入れてみた。こんな、針穴みたいなので ... と思ったけれども、その昔、写ルンですで、とても綺麗な写真が撮れてびっくりした覚えがあるので、予断を交えずに使ってみた。あらびっくり、明るい場所だけでなく、室内でもちゃんと写るではないか。これは結構びっくり。それだけ、センサーの感度が上がって来たという実情もあるのだろうけれども。パンフォーカスで、あまり何も気にせずに、どんどん撮れるのが、また面白い。大きなカメラだと、ついつい、ピントを合わせたり、露光の調整をしたり、あれこれといじってしまいがちなので。

1 月 5 日、たっぷり昆布と鰹節を使ってダシを取って、雑煮を作ってみた。美味しい。これらの素材は、既に完成された調味料だと考えて良い。よく、「化学調味料は使わずに、丁寧にダシを取って」という表現が使われるけれども、それは既に素材に含まれていた美味しさを、損なわないように汁に移し替えただけのこと。大部分の手間は、昆布を干す作業と、鰹節を熟成させる工程にある。煮干しを使う場合も同様。ただし、煮干しの場合は頭を取ったり、腹を除いたりという、調理前の手間も少しはかかる。ともかくも、雑煮は、こうした手間の集大成だということが、よくわかった。餅を焼くのもまた、ひと手間。楽しいことだ。

1 月 4 日、狭い空間で何人かが酒を飲むと、その空間がどんどんアルコール蒸気で満たされる。一緒に飲んでいる時には、多分気づかない現象だ。かほどに、アルコールは蒸発しやすいものかと思った。でも、どこから蒸発した?酒を注いだ容器の表面?そこは、あまり表面積が大きくない。ただ、容器に入っている酒のアルコール度数は高い。それとも、呼気からアルコールが出てゆく?そういえば、お巡りさんの検査も、「吹いてください」だ。血中アルコール濃度は、大したことないはずなのだけれども、肺胞の表面積は非常に大きなものだ。さて、どちらが主因なのだろうか。

1 月 3 日、脱カゼ薬を決行。カゼをひくと、だるーくなってしまうので、ちょっとでも体感を改善しようと、カゼ薬を飲んで「カラ元気」な時間を過ごすのが、いつものパターン。今回も、それに乗って飲み続けること一週間。しかし、ノドが渇くなど、色々と不都合なこともあるので、今日をもって離脱。... してみたら、その途端に、また咳払いが戻って来て、ありゃリャ。もうしばらくは、分量を半減してでも、飲まないと満足に動けなくなってしまうかなーと。この微妙な「禁断症状」は、アルコールなどと共通するものがある。中枢神経のどこかに、何らかの作用があるのだろう。要するに「クスリ」なのである。

1 月 2 日、ライカのレンズに、初めて触れる。大きさの割に、とても重たい。一方で、フォーカスリングや絞りリングは、軽く回って、止める時にはピッタリと止まるし、メカのガタ付きが感じられないほど小さい。スーッと、導かれるままに撮るような感触。なるほど、これがライカの面白さなのかと思いつつも、値段が値段だけに、自前のものを用意することは無理。「ちょっと貸して」が関の山だ。中古では、色々と安いライカのレンズもあるのだけれども、「これがあったらなー」というスペックのものは、おしなべて高価であるか、あるいは難あり品。世の中、まだまだ、ノウハウの塊というものがあるものだと感じた。

1 月 1 日、餅を焼こう、いつもはオーブンで焼いているのだけれども、ガス火でも簡単に焼けるので、その辺りの網を持って来て、チョイチョイと火にかざす。硬くなって、どこにも水分がないような餅の表面も、こうして火に当てると、ふわっと膨れて、かき餅のような食感になる。オーブンや電子レンジだと、ここまで持って来るのは大変だ。千度を超える炎の上端すぐの場所の火力は、実に強いものだと感じる。周囲が焼き固まる頃に、不思議と内部に熱が行き渡り、ぷっくり膨れて来る。ここで物理がチラリと頭に浮かぶ。これは、多分、餅を作る時に入った泡の所から膨らみ始めるのではないか、と。均質で泡のない餅が仮に作れたならば、過熱の結末として、爆発的に膨らむのではないだろうか。実は、そうなってるのかもしれない。ともかく、餅の物理は、定量化が難儀そうだ。トライし甲斐があるネタかもよ?


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7 月と 8 月 (研究行脚編) 9 月と10月 (技術鍛錬編) 11月と12月 (SLOVAKIA編)
1 月と 2 月 (共形情報編) 3 月と 4 月 (朝型昼型編) 5 月と 6 月 (昼夜逆転編)

2015
7 月と 8 月 (机前執筆編) 9 月と10月 (講義ゼミ編) 11月と12月 (懐古探訪編)
1 月と 2 月 (赤筆修正編) 3 月と 4 月 (客人来神編) 5 月と 6 月 (地球半周編)

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7 月と 8 月 (離陸着陸編) 9 月と10月 (玉翠準備編) 11月と12月 (テンソル編)
1 月と 2 月 (雪面滑降編) 3 月と 4 月 (花粉飛散編) 5 月と 6 月 (東奔西飛編)

2013
7 月と 8 月 (大橋渡海編) 9 月と10月 (激変日常編) 11月と12月 (印度華麗編)
1 月と 2 月 (感冒養生編) 3 月と 4 月 (東西奔走編) 5 月と 6 月 (枯野夢旅編)

2012
7 月と 8 月 (高空気流編) 9 月と10月 (次々行事編) 11月と12月 (入国管理編)
1 月と 2 月 (厳冬感染編) 3 月と 4 月 (電圧発光編) 5 月と 6 月 (渡西来鴨編)

2011
7 月と 8 月 (飛行少年編) 9 月と10月 (鮮魚包丁編) 11月と12月 (場論執筆編)
1 月と 2 月 (鳥撮光学編) 3 月と 4 月 (日々激震編) 5 月と 6 月 (研屋鍵盤編)

2010
7 月と 8 月 (転地養生編) 9 月と10月 (研磨没頭編) 11月と12月 (涅槃煩悩編)
1 月と 2 月 (蛇行氷上編) 3 月と 4 月 (桜花観光編) 5 月と 6 月 (屈折望遠編)