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5 月30日、植物は、隙間があったら生えて来る、とは言っても、種か地下茎か、あるいは枝葉の一部でも降って来ないと、新しく芽を出して来ることは難しい。風に飛ばされる小さな種、綿毛の付いた種でも、垂直に切り立った壁には引っかからないものだ。この点、コケとか地衣類、あシダもそうか、とても軽い胞子でどこまでも飛んで行く所が、なかなか素晴らしい。さてコケの分類は?と調べてみると、あれあれ、大まかに3つの種類があって、それらを合わせたものが「コケ植物」らしい。一応、植物ではあるようで、昆布やワカメのようなことにはなっていない。なにぶん生物には不案内なので、これ以上語るとコケるのがオチか。

5 月29日、質量が連続に分布したバネの運動の計算は、色々と厄介なのである。フーリエモードにしてしまえばエエじゃん?と思わなくも無いのだけれども、境界条件と整合を取るのが厄介だし、また、バネに撃力が働いた場合だとか、バネの端が伸びた状態で「手を離す」と、縦方向へのキンクが走って、自分自身の弾性力が撃力になってしまう。これらの状況を、式に頼るのではなくて、まずは頭の中にイメージを蓄えて、運動させてしまうことが一つの解決方法だと言えるだろう。さて、この小さな系の物理、何かに使えないかなー。弦理論に使うという冗談はナシね。

5 月28日、あれ、電車の広告が無い。と思って辺りを見回すと、全部液晶画面になっている。そうか、山手線の新車両なのだ。まだ、どういうコンテンツを作ると良いのか、デザインの研究が進んでいないようで、動画が出ている割には、イマイチ、広告としてはインパクトが薄い。紙に印刷した文字や写真のコントラストの良さというものに、まだ手が届いていない印象がある。こんな事が出来るのも、液晶というものが値崩れしてしまったからなのだろうなー。マトモにポスターを発注するくらいならば、同じコンテンツを配信した方が安いや、というシビアな節約の需要もあるのだろう。これから、どんな電子広告を車内で見ることができるだろうか ...

5 月27日、いつかは情熱も 記憶の底へ ... と書くと、JASRAC が飛んで来るんだそうな。そこで、ふと思うことがあるのだけれども、適当な無理数、例えばルート2の中に、任意の文字列を探し出すことはできるのだろうか?√2 の中に、ある楽曲の歌詞が丸々入っている、なんていうことを想像するだけで楽しいのである。実用的な意味からいうと、もし潜んでいたとしても、「何桁目から始まる」ということを指定しようとすると、トンデモない桁数を指定しなければならず、記憶としては全く役に立たない。役に立たないからこそ、こういうことを考えるのは楽しいのであり、学問の対象となるのである。

5 月26日、大学の講義棟の中庭のツバキが、どうも調子が悪い。ずーっと理由が不明だったのだけれども、よーく根元を眺めてみると、地面のキワキワの所では幹の太さが倍になっている。その上で急にくびれている。そこにあったのは、植え込んだ時に根鉢を作っていた、樹脂製の強靭な帯。あらら、根元で締め付けられていたわけだ。どうするか、ちょっと思案した。下手にいじると、形成層に傷をつけたり、折れたりする可能性がある。よーく確かめてから、そろそろと帯を幹からはがしてみる。一部は幹に食い込んでいた。形成層ごと、ごそっと剥がれる最悪の事態は何とか避けられて、やれやれ。さて、復活してくれるだろうか?

5 月25日、居室の模様替え作業を、少し行う。部屋の中のガラクタを、右から左へと移動するだけで、幾分かのスペースが生まれる。そして、ついでに、これはもう捨ててもいいや、というものがゴロゴロと出てくる。少々重たいので、あとで捨てようと思っているうちに、何年もスペースを占拠してしまったゴミには風格がある。捨てられることを拒否しているかのようだ。これではいけない、今度こそ捨てないと、部屋のヌシとなってしまって、こっちが押しつぶされるぞ。今度こそできる、部屋の掃除、まあ何とかなるでしょう。それにしても、困るのは、保管しておかなければならない書類。全部、古紙回収に出したいのだけれどもなー。

5 月24日、阪急六甲駅前は、パン屋さんの激戦区かもしれない。一体、何軒あるんだろうか、この狭い界隈に。学生がたくさん通るという事情はあるものの、全てのお店が共存するには厳しいものがあるように映る。ただ、営業時間帯は少しずつズレていて、早朝からやっているお店と、結構遅くまでやっているお店がある。また、フランスパンが得意、デニッシュが得意、モチモチの調理パンが得意、という違いもある。当然どのお店も、食パンはしっかりとした物を提供していて「広告で話題の食パン」には目もくれる必要のない美味しさだ。ただ、ライ麦パン、黒パン(←同義か?)は手に入りにくい。ベーグルの店は、できたと思ったら、あっという間に撤退してしまった。色々あるのが、毎日通勤で通る阪急六甲の面白い所だろうか。

5 月23日、メロンの真ん中に入っている種の部分、キュウリみたいで美味しくないと思っていた。事実、昔はマズかった。最近のメロンは糖度が上がっていて、しかもキュウリ臭さが随分と減っているので、ひょっとしたらウマいんじゃないか?と思って、茶こしに取って、エキスだけ根気よく取り出してみると、あら美味しい。贅沢を言うと、やっぱりキュウリなのであるけれども、それを感じた上で、十分に美味しい。それにしても、果物というものは、陽の恵みを糖分に変えて、植物的には盛大に無駄遣いさせるわけだ。元々は鳥や小動物などに食べさせて、種をアチコチに運ぼうという魂胆だったのだろう。人間も分け前をいただけるとは有難いことだ。

5 月22日、カナダの国境近くに Brock University という大学がある。一方、ニューヨークに StonyBrook University という大学がある。この二つを、今の今まで「同一視」していて、後者の名前を聞いても、頭の中ではカナダにある「見たこともない大学」が浮かんで来るのであった。共同研究者から「その大学、カナダにないぞ」と知らされて、冗談だろうと思って検索してみて、始めて真実を知った次第。今まで、論文を読んでいても、どっちも「ブロック大学だなー」と思っていたわけである。思い込みは怖いものだ。それはともかくとして、手をつなぎつつ、朝からラブラブと大学にやって来る二人連れをポツポツと目にする昨今、初夏は若葉のように愛が育ち易い時期だと感じるのである。

5 月21日、仙台では青葉まつりが盛大に行われているそうだ。この時期の仙台は、本当に美しい。神戸でも、今日はサンバで有名な神戸まつりが行われている。地元の人曰く「行かんでいいよ」とのこと。行ってみたいという気持ちを持つということは、まだ神戸の人間になり切れていないのだろう、たぶん。と、行きたい所だらけなのだけれども、今日もまた別の作業と打ち合わせが待ち受けている。こういう時に限って「なにわ筋線の難波への乗り入れ可能な地下の空き地探し」みたいな、しょーもないことを調べてみたくなるのである。が、そんな時間もない。黙々と目の前にあるスタックに挑むのが、まず先決だ。

5 月20日、お昼前から、あれこれと雑務に入り、2時から一時間ほど他の仕事を行い、また元に戻って 21:30 までミッチリと作業をこなす。明日はまた、別の作業が待ち受けている。よくよく考えると、このようにして研究時間が全くない状態に満足してしまっている昨今である。研究者たるもの、答えのない海へと毎日漕ぎ出して行かなければならない、という焦りは何処へ行ってしまったのだろうか。そもそも、定評のないもの、新しいものを評価しようという考え方が、どこかおかしいのである。全く新しいもの、人々に馴染みのないものは、そもそも理解が得られないのであるから、評価の根拠を示せと言われても無理なのである。そこを無理に作文するから、時間を食うのである。あーあ。

5 月19日、継ぎ目が目立たないようにしてください、というのはよく聞く言葉だ。何かと何かを継ぐ、これは全体を構成する要素である、部分を継ぐということを意味しているので、少なくとも、一部とか部分という概念が必要となる。物理を考える上で、この「一部分」は鬼門の一つだ。小さく区切ると、性質が変わってしまう物理系も多い。そんな小さな容器がどこにある?と揶揄されそうだけれども、例えば白い色の飴を例に取ると、透明な飴に空気を含ませて、何度も伸ばした結果、細い空気のチューブが一方向に揃って白くなっている。このチューブが、どれくらい細いかは、チョイと計算してみればわかる。... と、考えていて、どんどんチューブを細くしたら、最後は再び透明に戻るのだろうかという、別の疑問が生じて来た。真相やいかに?

5 月18日、よく晴れた日は、陰影が濃い。こういう時には、いい写真が撮れるだろう、と思ってカメラを構えるのだけれども、意外と面白くない写りになることが多い。人物を写すなら、光を避けての逆光とした方が、妙な影ができなくて良い、ということが度々だ。もちろん絶対にそうというわけではなくて、光を見つめるように浴びることで映える被写体もある。場合場合で、それぞれ適切な角度を選んで行かなければならない。学習も、似たような所がある。何でも揃っていて、教える人も周囲に居て、ぐんぐん伸びるかというと、そうとも限らない。一冊の本が、階段のステップを登る手助けとなることもある。そんな本を書いてみたいものだ。

5 月17日、EMS は、最も速く届く郵便システムの一つだ。うまくすると、ヨーロッパまで3日あれば届く。ただし、そんなにポンポンと飛行機が飛んでいる訳ではないので、積めなかったら待ちとなる。まーだかな、まーだかな、と、待つのである。物品を送ると、通関で引っかかることが、時々ある。不幸にも、向こうに届かなかったら、そのまま戻って来る。戻って来ても、帰りの料金を請求されることはない。道中、どこを通っているか、一応は追えるのだけれども、国際交換局から発送されて、向こうの国際交換局に届くまでは、一時音信不通となる。さて、無事に運ばれているだろうか?

5 月16日、物体を投げる時に初速が一定ならば、45度に投げ上げると最も遠くまで届く、その理由を考えて行くと?まず、垂直方向には等加速度運動だから、滞空時間は速度の垂直成分に比例する。一方、到達距離は速度の水平成分に滞空時間をかけたものになる。従って重力加速度という係数に関わらず、速度の水平成分と垂直成分の積が到達距離の因子となる。成分の2乗を足し合わせると、初速の2乗になるから、要するに「初速の大きさを対角線とする長方形の面積(←次元を無視)を最大化せよ」という算数の命題に落ち着く。答えが、正方形の場合であることは明らかであるし、この対角線の角度が「そのまま」投げ上げの角度になるわけだ。こういう説明って、どっかに転がってておかしくないんだけどなぁ。ただ、シュレディンガー方程式的な理解は、まだ得ていない。

5 月15日、早朝に足がつる。その時に、筋肉を痛めてしまって、朝はほとんど歩けない状態からスタート。しばらく、ひょこひょこと歩いていると、段々と回復して来て、昼頃には、気をつけて歩けば他人にわからない程度の動作ができるまで回復。ただし、これは痛みに慣れてしまったという側面も大きくて、本当の回復には何日か必要だろう。国内に居るから、どうということはない。以前、スペインでこうなった時には、旅が継続できるのだろうかと、本当に心配した。... 翌朝の美味しいご飯で、回復してしまったのだけれど。スペインの飯はうまい、というのが心底理解できた気分になったものだ。実際、美味しいのだから、仕方ない。元の話に戻ると、夜になってみると、1日の間に、痛めていない側の足を痛めていたことに気づいた。互いにかばい合うらしい。

5 月14日、仕事はのんびりと行うのが良い。というわけで、今日も仕事。天気良かったなー、こんな時は遊びたい、という気持ちを抱えて、仕事をすると案外捗るものだ。結局は、ずーっと色々な仕事をして終わった日曜日であった。飯は寿司にするか、と、寿司屋に行ってみると行列ができてて断念。隣の中華料理にした。定食はまあ、そこそこのモンだろうと思って注文したら、美しいまでに美味しい料理が出て来て、これがホントに、あの値段で作れるのかとびっくりした。都会は何事も激戦区なのだろうか。もちろん、どこにでもあるチェーン店は、同じように同じ味なのだけれど。

5 月13日、食べられる、が、食べれる、に変化しつつある「ら抜き言葉」、この「られる」が敬語や可能に使われるようになった経緯、ちょっと調べたくなって来た。というのも、ロマンス諸語(たぶんゲルマン諸語でも?)で使われる、接続法に似たような側面があるからだ。接続法には直接法と全く同じ綴りのものが、人称を変えて出て来る場合が良くある。二人称の相手に、三人称で語りかける事によって敬語とする。従って、前後の経緯を切り離してしまって、その部分だけを切り出すと誤読する可能性もある、そんな危険が接続法にはある。食べられる、も、その前後を狭い範囲で切り出すと、可能なのか敬語なのか受動なのか、容易には判別がつかない。動詞を取り囲む名詞の格をハッキリと書けば判別できるのだけれども、何事も短縮して伝えたい、忙しい現代では「食べれる」の導入は自然なものだろう。

5 月12日、裏道というものは、いつも意外な場所でつながっているものだ。建物Aを出て、飯屋Bへと行く時、建物Aの敷地の正門をくぐって、駅の架橋を渡って、あっちから登って、そっちへと歩いて行って、ようやく到着。こういう経路で10分くらいかかった道のりが、帰りは裏道をたどって裏門から入ること、たったの5分。じゃあ最初の散歩は無駄だったのかというと、頭の中で地図を完成する作業には、ちょっと寄与したかもしれない。歩くだけでは、意外と地上の位置関係は把握し辛いものだ。それが証拠に、伊能忠敬以前の地図は、一応の測量をしてあるものでも、妙なものが多い。一説によると、田畑の上がり、つまり税収を隠すために「わざと」歪んだ地図を描いたという話も。

5 月11日、コケは水と光があれば幾らでも育つ。... それは植物なら何でもそうか ... ともかく、化石に残るくらい、どんな環境でも育つ力強さがある。ところでコケって、分類上はどんな植物?コンブやワカメのようなものなのだろうか?それなら、コケが食えても良さそうなのだけれど、食べて美味しいという話は聞いたことがない。胞子ができる所は、シダ植物にちょっと似ている。そうそう、そういえばゼニゴケの発生とかいうのを、中学か高校の生物で習ったような記憶が、かすかにある。その頃に習った知識は、ほとんど全て抜けてしまっている。いま、高校の生物の教科書を開くとびっくりするのだ、内容がゲノムてんこ盛り。時代は変わったものだ。

5 月10日、日本大学の場所を地図で調べて、お茶の水駅から南に向かって歩く。大学の「キャンパス」があるという思い込みが、全ての真実をマスクしているのに気づくまでに、どれくらい歩いただろうか。そういえば、ヨーロッパの大学で同じような経験をしたことがある。旧市街に、普通に建っている古いアパートの一角が大学の研究室だったとか、商店の裏側に研究所があるとか。そうこうする内に、ようやくたどり着いた日本大学、一部を見ても、どれくらいの規模の大学なのか見当もつかない。調べて見てびっくり、私立大学としては最大規模と言っていいではないか、どうやって共通教育を行っているのだろうかと、ふと、調べてみたくなった。

5 月 9 日、ススキをひっこ抜く。この、ススキの難儀な所は、地下茎がぶっとい割に、上部に顔を出す部分が細くて切れやすいこと。なかなか、根こそぎ抜くという訳に行かない。じゃあ掘って抜けば?と言われそうだけれども、地下茎が板のようになってて、クワか小さなツルハシでもないと、なかなか掘り起こせない。もちろん、そこまですると、他の植物の根もブチブチに切ってしまうので、どうしたもんだろうかと。そうこうしている内に、何だか足元が痒くなって来た。蚊にやられたのだろうかと見てみると、小さな赤い噛み跡。あーっ、アンラッキー、ブヨだ。しばらく、痒さを楽しむ日々となりそうだ。

5 月 8 日、物体をなるべく遠くへ投げようとするとき、45度で投げれば良いことは、ニュートン方程式から簡単に示すことができる。... 物理屋の観点から、この説明では納得できないのである。45度という美しい数字、つまり初速度の水平成分と垂直成分の大きさが全く等しいという、ある意味「対称性」がある時に、到達距離が最大になるという結果なのだから、もっとシンプルな回答の方法があるはずだ。うーん、どうなってるんだろう?と、思わぬ思考の迷路にハマって沈没。(→数日後に解決しました、対角線の長さが一定の四角形で面積が最大のものは何?という数学に落ちるんですね。)実は、もうちょっと拡張があるはずで、球形の惑星地表から物体を投げたらどう?という、楕円軌道からの考察も可能なはずだ。力学は奥が深いものだ。

5 月 7 日、大阪府の公立高校の受験システムが、ここ何年かの間にどんどん変わりつつあることを知った。同じ中学校とは言っても、都会には色々な特色を持った学校があるのだろう、全てを教育現場に任せて、そこから上がってきた内申点を信じられるかどうか?という所に、一抹の疑問を感じている風にも見受けられる。そもそも東京や大阪では、内申点の割合が地方よりも低い。その低い中で、あれこれと採点レバーを動かして、中学・高校・教委がキャッチボールをしているわけだ。ちなみに大学入試はどうなのかというと、国公立大学ではセンター試験と二次試験でほとんど全てが決まる、と、毎年公表される、それぞれの大学の入試要項に書いてある。もちろん、推薦や面接を重視する例外枠もあるのだけれども。これらのシステムはともかくとして、現場の教育が、内申や入試を人質に取ったように行われることは本末転倒であって、教科それぞれの面白さを生徒に伝えるようであって欲しいものだ。

5 月 6 日、カメラの大切な部分である、センサー。今は固体物理学を応用した半導体の部品である。昔はそこに、フィルムという化学反応を用いたものが位置していた。どっちが解像度や感度がいいの?と問われると、ハテ、一概には何とも言い難い所がある。ただ、フィルムは現像しないと画像にならないし、スキャンしなければ電子化できない不便さがあって、どんどん廃れてしまった。このまま、半導体センサーの時代が長く続くのだろうか?それとも、光と物質、とりわけ光と分子の反応が、もっとよく理解される時代がやって来ると、再び化学的な知識がカメラに戻って来るのだろうか?それとも生物学の知識が???

5 月 5 日、松を剪定すると、松ヤニが出てくる。しばらくの間、じわーっと松ヤニが出て、やがて固まる。松ヤニの香りは、そんなに悪いものではない。これは、何かハーブのような使い道があるのだろうかと検索してみると、まず松ジュースがヒット。松葉で作るそうな。次に松葉酒。若い松ぼっくりのジャムとか、あれや、これや。まあ、松ヤニで香りづけした、ギリシアのワインのような感じなのだろう。私の好みはというと、剪定した松葉を堆肥にした時の香り。ほんのり、松茸の香りがするのである。この、わずかな香りをぎゅーっと凝縮したものが、松茸なんだろう。ちょっと断っておくと、松茸自体が、取り立てて好きというわけではない。

5 月 4 日、犬の大好きな散歩。はて、散歩とは何じゃいな?音は、サンポで、日本語の音のようでもあり、また漢語のようでもある。語源や由来を調べてみると、どうも怪しげな説が並んでいて、しかも中文へのリンクがない。これはますます怪しい。ところで散歩って名詞なのか動詞なのか?よくわからない。中国語は習ったことがないのだ。よくわからないまま、叩いてみると、離合詞という、これまたドイツ語の分離動詞に似て非なる、いや似ても似つかないものに出会う。ありゃりゃ、熟語として覚えているものが、結構このカテゴリーに含まれるではないか。とすると、散歩の語源諸説は、やっぱり冗談だったのか???

5 月 3 日、神戸市の都市計画地図を、久しぶりに閲覧してみる。あら、便利になっている。今までは、マス目に区切られた地図ごとに画像が表示されるという、とても手間のかかる閲覧方法だった。今は、普通の地図アプリと同じように、どんどん、スクロールできる。ええと、神戸大学の近辺でまだ計画が実行に移されていないのは、主に阪急六甲駅の周辺。何だか妙な気もする。毎日の電車通勤で眺める限り、阪急の路線の、すぐそばの土地に、どんどん新築木造住宅が建っているからだ。鉄筋コンクリートじゃないから、いいだろう?といえば、その通りなのだけれども、やがて計画が進めば、立ち退きか、住宅の一部を崩すことになるぞ???

5 月 2 日、ロブスターが長生きだ、ということを聞いて、その大きさから何となく納得してしまうのだけれども、どうやって病気にならずに生き残るのだろうか?という不思議さもある。強力な免疫があって、ちょっとやそっとの事ではウィルス感染しないとか、細菌が取り付きそうになったら、サッサと白血球みたいなものが食ってしまうとか、色々と防御策があるのだろうか。他にも、海の中には長生きするものが、色々と。陸上で生きる動物は酸素を使い過ぎているのかもしれない。... そうかと思えば、サクラエビのように、サッサと世代交代してしまうものも居て、節足動物の多様さには、常々、びっくりさせられるのである。

5 月 1 日、松の剪定をする。何年か、放置されたまま伸びた松を剪定しようと思ったのが去年のこと。伸び放題に伸びた松というのは、樹形もヘッタクレも無いので、バサッと行こうと、何度も考えたのだけれども、松は強剪定するとスカスカになってしまい、充実した姿に戻るために2年はかかる。そこで、寂しくならない程度に切って、適当に見栄え良くなって来たら、不要な枝をバサッと切ることにした。今日の作業は、その第一段階。まず、枝分かれしている部分から垂直に立つ太い枝を落とす。残った分岐の数が実に多くて、5とか6。そんなバカな ...。ここで教科書通りにYの字にすると、上記のスカスカ状態となるので、まず3から4に。その際も、強い枝、上に向く枝から払って、なるべく重ならないように、アレヤコレヤと考えて、作業を進める。しかし結果は、やっぱり、2年先を見据えるしかないような見栄えになった。


2017
3 月と 4 月 (激戦挑戦編)
1 月と 2 月 (朝オムレツ編)

2016
7 月と 8 月 (研究行脚編) 9 月と10月 (技術鍛錬編) 11月と12月 (SLOVAKIA編)
1 月と 2 月 (共形情報編) 3 月と 4 月 (朝型昼型編) 5 月と 6 月 (昼夜逆転編)

2015
7 月と 8 月 (机前執筆編) 9 月と10月 (講義ゼミ編) 11月と12月 (懐古探訪編)
1 月と 2 月 (赤筆修正編) 3 月と 4 月 (客人来神編) 5 月と 6 月 (地球半周編)

2014
7 月と 8 月 (離陸着陸編) 9 月と10月 (玉翠準備編) 11月と12月 (テンソル編)
1 月と 2 月 (雪面滑降編) 3 月と 4 月 (花粉飛散編) 5 月と 6 月 (東奔西飛編)

2013
7 月と 8 月 (大橋渡海編) 9 月と10月 (激変日常編) 11月と12月 (印度華麗編)
1 月と 2 月 (感冒養生編) 3 月と 4 月 (東西奔走編) 5 月と 6 月 (枯野夢旅編)

2012
7 月と 8 月 (高空気流編) 9 月と10月 (次々行事編) 11月と12月 (入国管理編)
1 月と 2 月 (厳冬感染編) 3 月と 4 月 (電圧発光編) 5 月と 6 月 (渡西来鴨編)

2011
7 月と 8 月 (飛行少年編) 9 月と10月 (鮮魚包丁編) 11月と12月 (場論執筆編)
1 月と 2 月 (鳥撮光学編) 3 月と 4 月 (日々激震編) 5 月と 6 月 (研屋鍵盤編)

2010
7 月と 8 月 (転地養生編) 9 月と10月 (研磨没頭編) 11月と12月 (涅槃煩悩編)
1 月と 2 月 (蛇行氷上編) 3 月と 4 月 (桜花観光編) 5 月と 6 月 (屈折望遠編)