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7 月21日、銀行口座の残高がゼロになると、自動的に引き落としが不可能になるのだと、ずーっと信じていた。が、場合によってはそうでないこと、貸越しという手段があることを、いまになって初めて知った。ふーん、上手い仕組みになっているものだ。経済学は高校の政治経済と、大学の教養で習ったキリなので、そろそろ復習しておくのが良いのかもしれない。むかーしむかし習った、公定歩合とか準備預金による金融のコントロールなんて、もう実際のところ何の役にも立っていない。ケインズの呪い、いや、ケインズの言い遺したことを無視した呪いとしか思えないのである。

7 月20日、夏の野菜は、ざっくりと刻んで炒めて、冷蔵しておくと色々と使えて重宝する。そのまま、ドレッシングをかけて食べてもいいし、ダシと合わせてもいい。温めない方が、花のような香りが楽しめて美味しい。唐揚げでも買って来て、一瞬でカレーにすることもできる。夏の野菜は水気が多いので、鍋に焦げ付くこともあまりない。もちろん、注意は怠れないのだけれども。分量の割には沢山野菜が入っているので、気がつくと定食よりも高くついていたりする。下処理をあまりしていない野菜を段ボールで買い付けないと、こういうものは安くは作れないものだ。野菜室付きの大きな冷蔵庫があったらなーという10年来の夢を実現するには、まず稼がなくてはならない。どうやって???

7 月19日、夜の帰宅時に、ウリ坊を引き連れたイノシシを見かけた。なかなか用心深くて、サッサと茂みの中に消えてしまったのは残念だ。大学の構内で、一体、何を食べているのだろうか。今の時期なら、ノコノコと這い出て来たセミは、ちょっとしたオヤツだろう。草刈りの後も、イノシシの好きな場所らしい。年中、どこかで草刈りが行われていて、翌朝になると早速その跡を掘り返した跡ができる。目ざといものだ。ミミズが居るのか、カナブンの幼虫が出て来るのか、それとも芋でも埋まっているのか、ともかく土が好きな動物だ。そして、掘った後にはハトがやって来て、おこぼれ頂戴している。自然はうまくできているものだ。

7 月18日、まっ昼間に散歩。風が吹いて、ああ涼しい。この所ずっと、30度を超える熱気の中だったので、29度でも涼しいのである。ただし、じーっとしていればの話。坂道を登り始めると、やっぱり暑い。あちこちにセミの抜け殻が見える。ふと、これが人間だったら、面白いことになるだろうなーと思った。毎年、抜け殻が一つずつ出来るという、冗談話の設定だ。(←どうせ、誰かが既に文章化しているだろう。)有名人の抜け殻があったら、結構な高値が付きそうなものだ。人間は脱皮動物とは、結構遠い種だから、内骨格だし毛が生えていたりして脱皮するには無理があるのだけれども、そこはまあ、冗談話だから許してもらおう。

7 月17日、3つ以上の数の筆算というものを、計算ドリルとやらで、やらされることがあった。そろばんならば、これは OK である。幾つ数があっても、二段の間で計算するだけだ。しかし、手で行う筆算の場合、繰り上がりが二桁になった段階で筆算としての意味が破綻するのである。こういう、無意味なものを、結構たくさん、初等教育で「教育の時間潰し」のために行った記憶がある。だいたい、位取り記数法によって書かれた「並ぶ数字」について、多項式の係数としての意義を抜かして頭ごなしに覚えさせるのであるから、何を教えているか訳が分からなくなって当然なのである。初等教育の現場にも数学の心を持つ人々が、もっと沢山居て良いはずなのだが ...。

7 月16日、確か色々とやるべきことは数多くあるんだったと思い出して、連休こそ、そのような仕事をこなす絶好のチャンスと捉え(←役人的言葉遣い)ノコノコと大学にやって来るのであった。さて、幾つかあるんだけど、どれから手をつけようかなー、これは楽しい選択である。今の時間には、神戸港で帆船が帆を張るデモンストレーション中のはずだ、それを想像しつつ、行って見たいなーという気が起きることを喜びとして、ストイックに物理に没頭するのである。なお、これは自分の個人的な趣味であって、他人にも「休日に研究しろ」と強要するわけではない。諸々のことを天秤にはかって、やっぱり神戸港だー! 帆船だー! という判断があれば、それは立派なものだと思う。あ、祇園祭もやってるんだった。

7 月15日、神戸は海辺の街。波の音で目覚めると、何だか今日は道ゆく人が多いのである。連休というだけではない。帆船がやって来るのである。帆船パレード。(←すぐ反戦パレードと変換されるのは、日頃の入力のせいか?)今回はロシアからやって来た航海実習船が面白かった。乗っているのは当然、ロシアの人々、それも若いお兄さんが多かった。色の使い方が、日本の帆船とは違っていて、外国という感じがする。実際、船の中は(停泊している時には日本の法律が適用される可能性があるとはいえ)ロシアなのである。ともかくも、この3日間の停泊の間に、神戸を楽しんでもらえるだろうか?

7 月14日、今は恐ろしい世の中で、むかーし昔はこうだったとか、もう時効だからとか、うっかり話せない時代なのである。そこに、誰が見ても違法ではない、または不道徳でないと、判断できない内容が含まれている場合、時間を超えて第三者から批判を浴びることが目に見えているのである。道端に百円玉が落ちていたら、多分それは、どこかに隠しカメラがあって「横領」を見張っているのである。そう思うに越したことはない。我先にと、拾おうとした時点で「警察に届けようと思った」と釈明しなければならないのである。一円であっても同じである。したがって、夜に歩道を歩くセミの幼虫を集めて歩き、唐揚げにしようなど思っても、実行すれば即ち「誰かの貴重な食料を横領した」ことになるのである。一方、想像するだけならば、いくらでも想像する自由があるのである。思索万歳!

7 月13日、「フィッティング」という言葉が、色々な意味で使われていることを知った。我々の業界で「フィッティング」というと、実験で得られたデータをグラフにして、理論的に予測される、あるいは適当に選んだ、関数が描く直線や曲線の「どれ」が、点々と示されるデータと良い一致を示すか?ということを考えることである。うまくデータに曲線が乗れば「良くフィットしている」などという言葉遣いになる。どうやら、身の回りでは、衣服やら靴やらが、ユーザーの体型に合うように加工する、あるいは着こなすことがフィッティングらしい。また、工学的にも様々な場面で、フィッティングが登場する。外来語は使われ方が面白いものだ。

7 月12日、「あの人たちの計算は信用できない」という、何だかサイエンティストとして真っ当な発言なんだろうか?という言葉を、国際会議の場で耳にしたことがある。確かに、その発表内容はガタガタであったのだけれども、常にそうか?と問われると、そうとは言えないのである。たまたま、計算を担当していた「誰か」が間違ったデータを出してしまうことが無いとは言えず、また、その「間違い」を周囲が見抜けないことも稀ではない。しかしながら、この何とも言えない類の印象操作は、付きまとうことがあるので要注意だ。そういう事がないように、事前に著者間で、計算条件について、よーく討議しておくことが大切だということを、改めて理解した。

7 月11日、今朝は、セミの声で目覚めた。あちこちに抜け殻がある。抜け殻だけならともかくも、やっぱり、道中で力尽きて、道の上で踏まれてしまったものも点々と。地面に出ようとしたらアスファルトがあったとか、木の根に阻まれて生涯を終えるものも多いと聞く。そういうのは、肥料になったと考えれば良いか。さて今日の午後は、セミではなくてゼミ。関西弁では、上りアクセントで「ゼミ」と、ミの字を強く発音する。そして、お約束の通り、その後の助詞が抜け落ちる。「ゼミ始めるで」というふうに。ゼミでは論拠、論理の構築が大切で、ここを素通りしようとすると、思わぬ障害物に出くわして頓挫するのである。幸いなことに、どこかで議論がストップしても、また次回、新しい気持ちでスタートすれば良い。セミでなくて良かった。

7 月10日、足もとを動く影あり。この前は、緑色のカナブンだった。昨夜の神戸大学は?セミの幼虫 ... あれを幼虫と言って良いのだろうか、セミになる直前に歩いて出てくるゴツい姿は、老虫と言っても良いくらいだ。ともかく、道を歩いていては羽化できないので、そろりと木にとまらせる。強引に捕まえると、それだけで羽化が止まってしまうこともあるのだそうな、何事もソロリソロリ。一瞬、天ぷら鍋が頭の隅によぎったのであるけれども、自然の中ならばともかくも、この都会で何を吸って育ったのか不明のセミだから、揚げて食べることは断念。さて今頃は、どこかで空を舞っているだろうか?それとも、カラスの餌食になってしまっただろうか?

7 月 9 日、顔写真をプリントする時に、片面印刷にするか、両面印刷にするか?迷わず、イケメン印刷にするべきである。こう言う、寒いネタは、暑さで苦しむ人々の間で発するのが良い。一杯おごることになっても知らない。忙しいラーメン屋さんで、このような世迷いごとを言うと、叩き出されるか、良くて軽く無視されて終わりである。このように、身を粉にして自ら灰をかぶる(?)のも、これまた人々の幸せのためなのである。滅私奉公あるのみ。

7 月 8 日、酔った兄ちゃんが、電車の床に座り込んで、ドアを背にして寝ている。さて、どうしたものか。前後不覚の状態の兄ちゃんに近づくと、運が悪ければ一発殴られてノックアウトである。また、本人が動けなければ、ギックリ腰を覚悟して起こす必要がある。その際に、ゲリラ、いや、ゲロリなんてことが無いとも限らない。なるべくギリギリまで、見守るだけにしようと思う内に駅が近づいて来た。と、その時、女性の車掌さんが現れて、優しく声をかけたら、目を覚まして素直に従う兄ちゃんであった。女性の力はすごいなーと思った。

7 月 7 日、ジェット気流はどこへ?実は、もう、梅雨明けも近いのではないか?というくらい、極渦が小さくなって、切離された寒冷渦も動きがトロくて、梅雨前線という雰囲気がない。どちらかというと、熱帯のスコールのような、緩い気流の中で起きる降雨が続いている。もちろん、気流が緩いからといって、雨が緩いということはないのである。むしろ、動かずに雷が鳴り続ける、厄介な雨をどんどん降らせて、帰るに帰れなくなるのである。そういう時は、慌てず、その場で寝よう。あるいは、眠らなくても良いのかもしれない。週末は24時間営業だ〜と、強がれないのは、寄る年波のせいか?

7 月 6 日、オクラは、生でも刻めば食べられるけれども、表面のトゲの処理が厄介だ。少し茹でると、取り扱いがずっと簡単になることは言うまでもない。肩の所を、包丁で少しむいてから、ヘタの所を落とすと、穴が空かずに済む。さて、オクラを煮込むとどうなるか?そんな事、わざわざ実験しても仕方ないのだけれども、まず縦に切れ目が入るように割れてしまう。その後も加熱を続けると、アレレーッ、干からびた唐辛子を水で戻したようなと言うか、何とも言えないボソボソの繊維だけが残って、残りのネバネバは完全に分解、元のオクラは影も形も無いのである。煮汁を賞味してみても、オクラ感はゼロ。どこへ消えてしまったのだ?あのネバネバは ...

7 月 5 日、国民年金と外国人留学生・ポスドクの関係は厄介なものだ。年金を無視することが全く不可能かどうかは別として、無年金障害者になる確率がゼロとは言えないので、頭から無視することは勧められない。(もっとも、その状態で滞在を続けるかどうかは別として。)満額払って、帰国するときに一時金を受け取るか、減免申請するか、どちらかを通常は選択してもらうことになる。両者には微妙な違いがあり、よくよく理解しなければ判断は難しい。ここに救いがあって、両手の指で数えるくらいの数の国との間で年金の協定が結ばれつつあり、5年程度の短期滞在であれば母国の年金を支払い続ければ良い。ともかくも、外交関係というのは、ひとつひとつが協定になるので、なかなか難しいものだ。

7 月 4 日、最近、好んで良く食べるのが、スイカの白い部分。昨年までは、それを煮て冬瓜のように食べていたのだけれども、今年は生。生食で美味しいのは、白い部分の半分くらいまで。サラリとした感じの淡い甘みがあって、キュウリのような歯ごたえ、水々しい感覚、けっこう好きになってしまった。これに慣れてしまうと、ド真ん中の甘い部分は「甘すぎ」と感じてしまうから不思議。スイカは積算温度もさることながら、日照が勝負。夏至を過ぎた頃が一番美味しい。(←個人の感想です。)今日の台風の雨で、水を吸い過ぎて割れてしまったものもあるだろう。この辺りで作ると、多分、イノシシやアナグマがパクッと食べておしまいかな?

7 月 3 日、アルファベットを頭から3文字書、言って下さい。... 誰でも A, B, C と口にすることができる。では、7 文字では? A, B, C, D, E, F, G と、何とかなるだろうか。16 文字になると ABCDEFGHIJKLMNOP と、最後が P であることを的確に意識することは、工夫なしには難しい。例えば ABCD EFGH IJKL MNOP と、4つずつ口にすれば割と簡単なのだけれども、咄嗟には思いつかないだろう。数を数えるという行為も、ある範囲を越えると直感の及ばないものとなり、数字という言葉で理解しているらしいのだ。おそらく、それが原因で ABCD ... と文字を思い浮かべつつ、同時に頭の中で数えることができないのだ。母語によって差があるんだろうか?

7 月 2 日、「にがり」が店頭から姿を消す。なぜ「にがり」を探しいるか?というと、植物に一発で効くからだ。海水中のミネラルの 15 %ほどはマグネシウム塩なので、海水でも構わない。塩害が問題となる程の量を与える必要はない。なにせ、葉緑体の色素の、ど真ん中に1原子かるく乗っかっているだけなのだから、分量としては大したことないのである。その「にがり」が、全く販売されていない。豆乳を売っている横に、吹き寄せ豆腐を作るための「にがり」が置いてあったのは、もう何年まえのことだっただろうか?もっとも、探すまでもなく、塩よりずっと安価に、にがり粉末をネットで仕入れることができるのであるが ...

7 月 1 日、アルミは鉄よりも軽い。だから、最近のアルミ合金で出来た電車の車両は、昔の鉄製のものより「ずっと」軽い。... と書いてあったら、編成重量を比べてみると良い。アルミと鉄の比重ほど大きな差は出ないし、実は「ほとんど変わらない」場合さえある。これには、鉄の方が機械的な強度が大きいというマジックが潜んでいる。軽いというだけだったら、大昔の木製の車両の方がずっと軽い。燃えやすくて、メンテナンスが大変なので廃れてしまったけれども。ものすごーく軽くしようと思ったら、それこそトロッコ列車のように、骨組みと幌だけにしてしまえば良い。地下鉄に使ったら、さぞかしウルサイことだろう。


2017
5 月と 6 月 (研究員待編)
3 月と 4 月 (激戦挑戦編)
1 月と 2 月 (朝オムレツ編)

2016
7 月と 8 月 (研究行脚編) 9 月と10月 (技術鍛錬編) 11月と12月 (SLOVAKIA編)
1 月と 2 月 (共形情報編) 3 月と 4 月 (朝型昼型編) 5 月と 6 月 (昼夜逆転編)

2015
7 月と 8 月 (机前執筆編) 9 月と10月 (講義ゼミ編) 11月と12月 (懐古探訪編)
1 月と 2 月 (赤筆修正編) 3 月と 4 月 (客人来神編) 5 月と 6 月 (地球半周編)

2014
7 月と 8 月 (離陸着陸編) 9 月と10月 (玉翠準備編) 11月と12月 (テンソル編)
1 月と 2 月 (雪面滑降編) 3 月と 4 月 (花粉飛散編) 5 月と 6 月 (東奔西飛編)

2013
7 月と 8 月 (大橋渡海編) 9 月と10月 (激変日常編) 11月と12月 (印度華麗編)
1 月と 2 月 (感冒養生編) 3 月と 4 月 (東西奔走編) 5 月と 6 月 (枯野夢旅編)

2012
7 月と 8 月 (高空気流編) 9 月と10月 (次々行事編) 11月と12月 (入国管理編)
1 月と 2 月 (厳冬感染編) 3 月と 4 月 (電圧発光編) 5 月と 6 月 (渡西来鴨編)

2011
7 月と 8 月 (飛行少年編) 9 月と10月 (鮮魚包丁編) 11月と12月 (場論執筆編)
1 月と 2 月 (鳥撮光学編) 3 月と 4 月 (日々激震編) 5 月と 6 月 (研屋鍵盤編)

2010
7 月と 8 月 (転地養生編) 9 月と10月 (研磨没頭編) 11月と12月 (涅槃煩悩編)
1 月と 2 月 (蛇行氷上編) 3 月と 4 月 (桜花観光編) 5 月と 6 月 (屈折望遠編)