← Home  

2 月 5 日

2 月 4 日

2 月 3 日

2 月 2 日

2 月 1 日

1 月31日

1 月30日

1 月29日

1 月28日

1 月27日、強い東風が吹いて、道ゆく人々が傘ごと飛ばされそうになっている。この時期の冬に、強い東風は珍しい。気温は10度くらいあって、風さえなければ割と暖かいはずなのだけれども、日光もないく、肌寒さを感じる。この後しばらく、前線と低気圧が北上を続け、日本海に低気圧が入る予報となっている。週の後半に差し掛かる頃に、ようやく寒冷渦が西から追いついて、冬らしい天気に戻るはずだ。ただ、地面も海も相変わらず暖かいままなので、めちゃくちゃ冷え込むことはないらしい。不思議な天気は、まだしばらく続く。そんな事を見ている内に1月も末となってしまった。

1 月26日、高校で学ぶ物理学の内容は、大昔からあまり変わっていない。科学と人間生活という章は、現場で適当に教えられるか、完全に「読んどけ」モードだろうからページ数が多少あっても勘定には入れない。それ以外で、昔と比べて増えたのは、クォークとかゲージ粒子などで、これも「サイエンスとは言い難い話題レベルのもの」に過ぎず、これまた本質的な変化ではない。逆に、角運動量が消滅していて、習う内容としては減っているような印象も受ける。ところが、入試問題となると少し風向きが変わって、昔よりも全体的に難しくなっている。予備校的指導が、予備校のみならず高校にも浸透して来たらしい。本質を学ぶだけでいいと思うのだけれども ...

1 月25日、ミクロ経済学は多少学んだのだけれども、経営学は全く学んだことがない。財務諸表などを見る力が無い状態である訳で、これではいけない、勉強しなければ。その表の中に、経営の実態が反映されているかどうか?は、あまり自明で無いこともある。本来、ある場所に付けるべき人件費が別の場所に飛んでいたり、仕入れなどについても区分が変わると片方にプラスが、他方にマイナスが加わって、あらゆる場所で赤黒の凸凹が出来上がる。こうなると、もはやどこに経営の実態が存在するのか、素人目には訳がわからなくなる。一つだけ、全部足して幾らやねん?という丼勘定の数字があるはずで、まずはそこから読み解いて行こうか。

1 月24日、球根は適度な湿気があると、すぐに根を出す。台所にあるものだと、玉ねぎとかニンニクとか百合根とか。エシャロットもそうか。玉ねぎは特に要注意で、内側に根を出して伸びる準備を始める。外から水の供給がなくても、花を咲かせて種を作るぞ、という魂胆だろうか。ニンニクは芽が伸び始めると、何となく柔らかくなってしまって、調理に使えなくはないのだけれども、どちらかというとニンニクの芽を育ててから食べたくなる。百合根は、もう少し気温が高くなるまでは待機状態。根を張って芽は充実して来るけれども、直ちに伸びるという訳ではない。それにしても、今年は春が早いなー。

1 月23日、暖気が入ってどんどん暖かくなる天気予報を信じて待てど、暖気は吹かず。アメダスを見ると、ホンの少し南までは暖気が届いて暖かくなっている。これが前線を挟んだ場合の天気予報の難しさだ。これから先の天気もまた、ずーっとBからC程度の不確実さを抱えたままとなっている。まあ仕方ないなーと思う所もある。雨が降ると湿度が上がって、ウィルスの生存期間 ... じゃなかった、あれは非生物なんだった ... 感染可能な時間が一般的には短くなる。これは、学期末には好都合だ。11年前の新型インフルエンザ騒動(による学校閉鎖)の繰り返しは、まっぴら御免なのである。まずは美味しいものを生協で食べて、体力をつける事から始めよう。

1 月22日、既に、菜種梅雨の様相を呈して来た。ということは、年明けの嵐はやっぱり「春一番」だったのだ。季節は速く進んでも、人間社会の営みは急には変わらず、これからが学期末だ。また、4年生にとっては大学生活の仕上げ ... とはならない。物理学を専門に学ぶ学生の多くは大学院に進学する。実質的には、医学部と同じように6年生まであるようなものだ。お医者さんの場合には6年で卒業したら(卒業できれば)とりあえずは、医者の駆け出しとして収入を得る道がある。物理学の場合、博士課程に進む時点で学振のような収入源を確保できることが稀で、しばらくの間は自助努力か、周囲からの補助が必要となる。いま、こうして教員業と研究職を兼業したような状態で働けるのも、親が補助してくれたからなのだ、ということを改めて実感。さて雨の前に帰ろう。

1 月21日、センター試験の物理、興味深い出題もあった。それは第1問の問5の「重心系で見た」2物体の衝突。高校物理では、重心系は発展として囲み記事扱いとなっている事から、問題文に重心系の言葉は出てこないけれども、設定はまさに重心系そのものだ。そして、衝突後の片方の物体の「運動の向き」だけが示されている。弾性衝突とも非弾性衝突とも書いてなくて、一体どんな運動なのだ?と、一瞬考える時間が生じる。初期状態で系の全運動量がゼロであることに気付けば、あとは簡単なのだけれども、そこへ至る試行錯誤があるという意味で、新傾向の出題となっている。大学入学共通テストへの方向性として、良いものだと思う。また、今年の出題に、会話文などの蛇足が付け加わっていないのも、大変良いことだと思う。

1 月20日、新聞を開くと、センター試験の問題が掲載されていた。物理の問題に訂正があって興味深かった。設問の文章の中に λ × [ウ] と書いてあって、ウの中に m + const. を候補の中から選ばせる出題だ。誰が読んでも、スルーっと係数λの m + const. 倍だと思ってしまう所が、落とし穴なのである。代入という概念ならそうなのだけれども、単に文字を書き写すという方式で式を起こすと λ × m + const. となって、長さの次元を持った mλ と、無次元量の const. の和になってしまう。このように解釈すると、適当な解なしとなり、出題ミスとなるわけだ。水際で防げたのは幸いと言えるだろう。それはそうと、元々の式も、数として代入を考えるにしても [ウ] λ の順番なのではないか?と思う所もある。問題作成は難しいものだ。

1 月19日、日曜日の朝だというのに ... 今日はちょっと少ないか。理系科目の受験者は、センター試験1日目の文系科目に比べると、随分と少ないようだ。昨日みたいに、予備校関係者が改札の前で立っているわけでもないし、今日はノンビリした空気が漂っている。さあ、今日はノンビリ、昼間の三宮散歩を楽しもう。神戸港のあたりまで、散歩しようか。それとも、バーゲンの売れ残りでもあさりに行こうか?まずはカフェに入って、一服することにしよう。... あ、大丸神戸店のカフェが改装で閉まってる ... エスプレッソのスタンドくらい、簡易でやってくれてたら助かるのだけどなーと、思いつつ、近くのカフェに入る。神戸のコーヒーは、割とどこでも美味しい。

1 月18日、土曜日の朝だというのに、海辺の我が家の最寄駅から三宮まで、通勤電車のような混雑ぶりであった。そうか、今日はセンター試験の日なのだ。参考書を手にしている受験生もいれば、携帯を眺めていたり、友達同士で屈託のない話をしていたり。中には浪人の決意を語るツワモノも。これから先は、受験生が選ばれる時代ではなくて、大学が選ばれる時代なのだから、堂々としていれば良いし、わざわざ浪人しなくても ... なんて言うと、個人の自由を無視した富国強兵論者だと揶揄されそうだ。全員が実力を出し切れるようにと、よく激励したりされたりする受験だけれども、それは無理というもので、結果や出来栄えが次の行動に悪影響を及ぼさないことの方が重要だ。

1 月17日、25年前に震災が起きた時には、仙台に住んでいた。その年のゴールデンウィークには JR が既に開通していて、その復旧の速さにびっくりしたものだ。その時の工事の痕跡は今もありありと残っていて、使えるものは何でも使う、使わざるを得ないという災害復旧の難しさを示している。ポートライナーに乗ってみると、震災の前に出来上がっていた軌道はあちこち波打っていて、何とか許容範囲の内に収めている。神戸空港の建設時に新設した軌道が実に真っ直ぐで美しいことには、眺める度に、ある種の感動を覚える。毎朝の通勤に使う阪急六甲駅もまた、よくよく眺めるまでもなく、あちこちに地面がズレた跡がある。内陸の直下型地震は恐ろしいものだ。

1 月16日、今年は野菜が巨大であるような気がする。白菜にしてもブロッコリーにしても、既に春野菜のような様相で売り場にうず高く積み上がっている。このまま行くと、本当の春先にどんどん塔が立って、端境期に野菜が枯渇してしまうのではないか?と感じられるほどだ。どんどん購入して食べられる内に食べてしまおう ... 単に食い意地が張っているだけか。大学を散歩すると、ハゼの実などもまだまだ残っている。鳥が飢えていないという事は、昆虫などが活動しているのか、それとも実をつけた野生の麦がたくさん残っているのか。ともかく、こんな時期まで雪も霜も氷も見ない年は、記憶にない ... 昔の記憶は薄れるものなので怪しいけれど。この週末も、まあまあの天気らしい。

1 月15日、この週末に大学で研究を行うために必要な「入構許可」の書類を学生さん達が持って来た。そうか、もう研究成果の発表の日まで、ひと月くらいしか無いのだ。指導者として書類に署名捺印して、提出してもらう。ついでに、次の学会まで2カ月を切っているではないか、研究の成果については、早めに「簡潔に」取りまとめておかなれば。何かをまとめる、という時に、大切なことはコアとなる部分の論理と順番がシッカリしていることで、それらを箇条書きして並べるだけで、全体像が浮かんで来るのが望ましい。ともかく、仕上がるまで推敲の毎日である。それらとは別に、自分の発表やら論文も仕上げて行かないと ...

1 月14日、街行く人々が急に着膨れしたように見える。少しは寒い日がやって来たという要素もあるだろうか。バーゲンで購入した衣服は冬のうちに着ておかなければ、という感覚かもしれない。中には、寒冷地で着用するような完全防備のコートもチラホラと。外回りの警備員が身につけているような、足まで覆う大きなコートだ。あれは確かに暖かいのだけれども、脱いだ時に置き場所を取るし、重たいし、トイレに行くような場合にも気を使う。どんなものにも一長一短があるものだと、しみじみ感じる。テンソルネットワークにも似たような所があって、ベストなものを目指すとプログラミングが面倒臭くなる。この辺りのバランスをどう取って行くかが、課題でもある。

1 月13日、ずーっと暖冬だ。今年は何か変わった所があるのか?と問われると、まず成層圏を見ることになるのだろうか。大流圏との境目のジェット気流は、ずーっと東西に流れるばかりだ。気流が南に蛇行するのは「今年は」北米付近となっている。そのまま、ずーっと上空 30 km くらいまで流れを眺めると、意外にも北極上空に綺麗な丸い渦が見える。例年だと、唇のように平べったく流れる高高度の極渦が、丸いのである。下から上への影響でこうなったのか、それとも上から下に影響が波及するのか?ということは、直感的にはハッキリしない。大流圏の天気図の一部が、中間圏に波のように現れる場合もあって、まだまだこれから、気象学は進んで行くのだと感じる。

1 月12日、焼き鳥をサッサと作ってしまう焼き鳥のタレ、惣菜として売られている焼き鳥は、おおよそコレのお世話になっている。カラメルがたっぷり入った甘い醤油タレで、蒸し鶏などでも、少しかけるだけで焼き鳥風になってしまう。燻製をサッサと作ってしまう、くん液というものもある。これにチーズを漬けておくと、チーズの燻製が一晩で出来上がる。卵などにも使える。どちらも、本格的(?)な方法で作られたものと比較すると、違いがわかる仕上がりとなる。違いがわかるというだけで、即席だと必ず不味く仕上がるという訳ではない。伝統的に手間暇かけたほうがエラいという価値観に縛られてはならない、ということだろうか?

1 月11日、時計はとても長持ちするものだ。中学校進学の時に買ってもらったクォーツ時計は特に高価なものでもなく、そして今でも問題なく動く。長じて金属アレルギーが出るようになってからは、身に付けることが減って、今はお蔵入りの状態だ。10年くらい前に買った赤い Swatch も、リューズに少し問題を抱えてはいるのだけれども、時刻は正確に刻み続けている。その Swatch のベルトが朽ちて来たので、時計屋さんへ。三宮では数軒の時計屋さんが隣り合って営業している。手持ちの Swatch と同じものが今も販売されていて、その半額くらいでベルトの交換ができる。常識的に考えると、半分壊れた時計は廃棄して新しいものを、と、なるのだろう。でも、そういう有様が愛着深く、ベルトの交換を選んだ。

1 月10日、大学受験というキーワードが飛び交った昨年末に思うこと: 要するに大学受験が問題なのではなくて、高校までの教育について議論すべきではないのだろうか。初等教育の場であったとしても「一定の割合で」学問の最先端に位置する、あるいは肉薄した経験のある教員が含まれているのは悪くないことだ。同様に、一定の割合で教員以外の経験がある者が含まれている方が良いだろう。最初から教員になるべくして教育された教員ばかりでは、教育のための教育の場と化し、誰にとっても効率の悪い日々が生まれかねない。教育の現場において客観性というものを、どうやって確保するか、それはそれで面倒ではあるのだけれども。

1 月 9 日、毎年この時期に思うこと: 学生から見て指導教員はひとりだけ。指導教員から見て学生は ... 大抵の年は複数。スケジューリングと割り込み処理という、コンピューターのような、あるいは接客業のような仕事をこなすことになる。応対に穴があると、クレームにはならなくても確実に不満足が生じてしまう。うっかりすると、必要な手助けを放置したままになっているかもしれない。どこかの研究室のように毎週、時間を決めて「検討会」を開催するのが手堅い対応なのかもしれない。この時に、相互に何を研究しているのか?ということを垣間見ることもできる。ただ、理解できなくて、チンプンカンプンな時間と化してしまう可能性もある。研究室って何だ?という問いかけに、答えはないものだ。

1 月 8 日、春一番が吹いて ... いや、春一番は立春から後の話だった。気温が一気に 10 度も上がって吹く風だから、春一番と呼びたくなるけれども、冬の嵐だ。ここまで強く吹くとは思わなかった。警報が出て、講義は休講。となると学生さん達も来なくて、生協の各店舗も午後早くに営業中止。弁当などは半額で販売されていた。今年度は、台風が相次いでやって来て、最後は冬の低気圧かー。いや、まだまだ年度末まで 80 日も残っているではないか、更に荒天とならないことを祈るばかりだ。いや、祈っても仕方ないか、統計的にリスクは予め折り込んでおかなければ。経験的に言うと、年に数日は突然の休講を見込んでおかなければならない。

1 月 7 日、雨の1日となるかと思いきや、雨は降らず。気温がだんだんと高くなって行く1日という予報よりも、気温の上昇が少し遅れて日中は肌寒いまま。アメダスを見ると、確かに九州は季節外れの高温になっているから、そのうち神戸辺りも暖かくなるのだろう。そして、その後は寒気の吹き出しで一気に気温は下がり ... いや、予報では、そのようにはならない模様だ。数日先まで、ジェット気流が東西に流れるばかりで、強い寒気が見当たらないのだ。これは地球温暖化か?と思って Wikipedia を見に行くと「南極や北極が凍りついている間は氷河期」との記述があって、実は人間は氷河期の生き物なのかもしれないと思った。氷河期が終わる頃には、カラスかタコ・イカの世の中になるのだろうか?

1 月 6 日、年明け。最初の勤務日ということになる。ノンビリと始まるような気がしていたけれども、あれこれと雑務が入って、一つ一つこなすうちに日が傾いてしまった。ついでに、昨年に積み残した仕事が随分とある。早々に掃き出してしまわなければならない。どの順番で?と考えもするけれども、手元にあるものは全てケリをつけて行こう ... というのが年始の誓い。それを実現するには、まず規則正しい生活と健康から。食べ過ぎないよう、体重が 60 kg を超えないよう、節制しつつ一年を過ごすことにしよう ... というのが年始の誓い。誓ったことは実行に移さなければならない、さあどれから手をつけようか?

1 月 5 日、飾ってあった、少し大きめの餅を食べることにした。今の頃であれば、まだ餅の内側は元どおり柔らかいし、水分の抜けも少ない。ただ、一番外側だけはとても固くて切れないので、少しだけ水につける。うっかりそのまま忘れてしまうと、餅の米が水を吸って行き、お粥のようになってしまうので、頃合いを見計って取り出し、注意深く包丁で切る。カビの付いている箇所も削り落として、下準備完了。さて、焼き雑煮にしようかな。そういえば、ハードチーズはカビカビの外見とならないよう、定期的に拭くのだそうな。鏡餅も、毎日オリーブオイルで拭くといいんだろうか?オリーブ餅、ちょっと実験してみよう。

1 月 4 日、この3年間ほど、年賀状を出していない。生来の怠慢な性格が出ただけ、ということが要因であることは間違い無いのだけれども、年末の時期に職場も含めて身辺に不幸な出来事が起きると、年が明けたから目出度いというものでもないだろうという、そんな気がするのも「半分は卒賀した」大きな理由である。寒中見舞いかなー、それともやっぱり、毎年のように律儀に年賀状を出してくれる方には近況もお知らせしなければなー、と、迷いながらの正月明けとなった。ポチポチと、寒中見舞いでも書いて投函しようか、そんな気分の週末を過ごしている。それにしても今年は暖かい。

1 月 3 日、高松城の内堀の内部、玉藻公園はお正月に無料開放される。やぐらも公開されているそうなので、見学へ。内部は、割と小ぢんまりとした三階建ての木造建築で、どの階からでも瀬戸内海が見渡せる。いや、再び見渡せるようになった、と言った方が良いだろうか。高松港の界隈は、再開発されるまでは雑然とした感じの場所で、必要に応じてあれこれと建物が不揃いに並ぶ状態であった。それを、サンポートとして綺麗に整理して、最後に手を付けられたのが、お城の周辺。お城の東側には「歓楽街の目隠し」に、美術館が建っている。お城があると、遊ぶ場所もあるというのは、全国共通らしい。

1 月 2 日、正月2日は恒例の、出身高校の同期同窓会となる。その前に、高松築港にあるホテルのロビーへ行くと、案内板にアチコチの同窓会が。この時期のホテルの大広間は、○周年記念同窓会で埋まってるモンだなーと実感。それだけの大きなキャパシティーを持つ店が、高松くらいの規模の都市には乏しいということでもある。地元で細々と?続けている同窓会ながら、毎年のように1クラス分くらいの人数が集まる。卒業生に対して 8 % くらいだろうか。同窓生の職業としては、教員の割合が多いという気がする。お医者さん達は正月も忙しいらしく、毎年のように交代で姿を現すように感じる。まあ皆さん元気なこと、来年まで生き延びようと思った。

1 月 1 日、煮物を幾つか作ると、必ず煮汁ができる。貧乏性なので、この煮汁は何かに使わないとという、強迫観念に取り憑かれて1日を過ごす。炊き込みご飯にしようか、それとも煮詰めて使おうか、あるいはスープの味付けに使おうか?などと。雑煮のダシにする手もあるけど、シンプルさが失われるなー。と、たどり着いたのが、年明け「ひやむぎ」の温かいバージョン。年明けうどんにしたかったのだけれども、麺のストックがないのであった。ひやむぎの麺も、うどんだと思えばうどんだ、それで決まり。ダシの味付けに、煮汁を利用しよう。どちらかというと、しっぽくうどん(←高松の方言かも?)に近いものになる。さて、調理に入ろう。

2019
7 月と 8 月 (夏空日傘編) 9 月と10月 (残暑熱帯編) 11月と12月 (讃岐行脚編)
1 月と 2 月 (ダイエット編) 3 月と 4 月 (平成令和編) 5 月と 6 月 (講義出張編)

2018
7 月と 8 月 (酷暑昼寝編) 9 月と10月 (神風来襲編) 11月と12月 (国際会議編)
1 月と 2 月 (教務調整編) 3 月と 4 月 (早桜花見編) 5 月と 6 月 (方向解釈編)

2017
7 月と 8 月 (東西行来編) 9 月と10月 (台風暴風編) 11月と12月 (胃痛通院編)
1 月と 2 月 (朝オムレツ編) 3 月と 4 月 (激戦挑戦編) 5 月と 6 月 (研究員待編)

2016
7 月と 8 月 (研究行脚編) 9 月と10月 (技術鍛錬編) 11月と12月 (SLOVAKIA編)
1 月と 2 月 (共形情報編) 3 月と 4 月 (朝型昼型編) 5 月と 6 月 (昼夜逆転編)

2015
7 月と 8 月 (机前執筆編) 9 月と10月 (講義ゼミ編) 11月と12月 (懐古探訪編)
1 月と 2 月 (赤筆修正編) 3 月と 4 月 (客人来神編) 5 月と 6 月 (地球半周編)

2014
7 月と 8 月 (離陸着陸編) 9 月と10月 (玉翠準備編) 11月と12月 (テンソル編)
1 月と 2 月 (雪面滑降編) 3 月と 4 月 (花粉飛散編) 5 月と 6 月 (東奔西飛編)