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3 月29日

3 月28日、大安

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3 月23日

3 月22日、ブラシとは何か?... 全くわからない。ブラシを使う時に、その先がどのように動いていて、ブラシを当てる表面にどのような力が加わっているのか、見当もつかないのである。汚れを取る時のブラシの使い方と、表面を磨く時のブラシの使い方は異なっている。また、使い道によって、様々な毛足の長さ、毛の太さ、密度、材質などのバリエーションがある。亀の子タワシもまたブラシの一種である。カーリングに使うブラシ。毎日使うのは歯ブラシ。ブラシを、ちょっとマトモに物理してみるか?生物屋さんは、生物の何処にでも存在するブラシのような構造を、アレコレと既に研究している。生物学ってバラエティーがあるなーと、隣の芝生は青いの感。

3 月21日、草花がだいぶん伸びて来た。下草は、成長がとても速い。冬の間に、大地に溜め込まれた栄養を一気に吸って、葉や茎を伸ばす。この、新芽を野菜や山菜として頂戴できる春の前半は、とても有り難い季節だ。樹木の方は、少し作戦が違っていて、栄養分は幹の表面の薄い層に溜め込んでいるらしい。生きた細胞の存在しない、幹の内部に甘いものがたくさん溜まっていると、雑菌にツケ入られる危険があるのだろうか ... そもそも植物が、どのような免疫を備えているのか、全く知らない物理屋 (←制限用法の修飾) ゆえ、何事も想像するだけなのだけれども。その養分が、芽にどんどん集まって、膨らみ始めた。それにしても、今日は夜半まで高い気温と湿度であった、草木は更に伸びただろう。

3 月20日、テンソルネットワークが上手く動かないという論文が、プレプリントサーバーに上がっていた。見た瞬間、あ、それではアカンと。テンソルネットワークは、物理系の性質に即して、その組み方を変えなければうまく動かない。従って、一様系でうまく行く方法を、そのままランダム系に持ち込んではいけないのだ。ではランダム系はどうやって取り扱うのだ?というと、実はまだよくわかっていない、というのが、答えにならない答え。研究の対象であるという事だ。非常に簡単、単純な系に、物理学の最先端が潜んでいるという、良い例なのではないだろうか。最先端といっても、ドロ臭いばかりで、付き合いたくないものかもしれない。少なくとも、世間的に「カッコいい」とは思われない研究分野だろう。だから面白いんだけどね。

3 月19日、盾と矛が合わさって、矛盾という。盾と矛では、盾の方が防衛的で、矛の方が攻撃的というイメージがあり、盾で身を固めておく方が、矛をたくさん用意しておくよりも徳の高い行いに見える。本当かどうかは、よくわからない。硬い防御は、さらなる攻撃手段の開発を促しているような側面もあるからだ。一方で、攻撃は最大の防御という考え方もある。いつでも攻撃できますよ、という準備を整えておけば、結果的にそれは使わないという論理である。どちらにも一理ある所だ。大切なことは、現場に「装備の使いたがり」が居たとしても、使わないというセフティーネットを構築することで、偶発的に大ごとが生じないことが、誰にとっても幸せなことなのである。それにしても、自然はうまく科学者を騙してくれるなーというのが、日々の感想。

3 月18日、学会のジュニアセッションを、昨日、見て回った。ポスターセッションという形式で行われるものだ。教育的配慮をもって ... という事は、外せない事なのだけれども、なるべく普段のポスターセッションを見て回る時と、同じような「素振り」で会場を巡った。サーっと見て回って、興味があれば質問する、という、そんな感じ。あるいは、他人が「捕まって」説明を聞いている所に、横から聞き耳を立てるなど。正面切って「説明してください」とお願いすると、長い時間を費やすことになって、他を見て回れなくなるのだ。この辺りの感覚を、肌で感じて欲しいなーと思うので、なるべく普段通りに振る舞う。これが、まあ、私なりの教育的配慮だろうか?!

3 月17日、文章の edit は難しいのである。自分の文章でも思うようには推敲できないのである、他人の文章は尚更である。まず、文章を書いた人の気持ちに寄り添って、何が書きたいのかをよくよく理解して、用語を吟味する所から始めて組み立て直すのである。だいたい、初出の言葉がいきなり出てくると、読めないというか、読む方が宙に放り出される ... という事は既に何度も書いてあるのだけれども。こういう欠陥を、日本語だと何となく隠せてしまうような所が無いわけでは無い。けれども、英語で訳してみろと言われると無理なのである。まずは外国語で考えてみるというのも、悪くはないのかもしれない。あるいは、外国語的な日本語で書いてみるとか。

3 月16日、ネットに接続して、さて今日も arXiv だ、と思った瞬間に、今日が土曜日であることを認識した。学会に参加していると、曜日感覚がおかしくなるのである。土曜日でも、大学が賑わっているから、というのが主な理由だろうか。arXiv なければ、まあ学会プログラムでもめくって、さて次はどちらの会場へ移動するか?ということを考えつつ、ボチボチ過ごすことになる。量子コンピューターと機械学習がシンポジウムというのは、順当な所だろう、他に適当なネタが見つからない状況が、かれこれ数年は続いているような気がする。まあ、統計確率というのは、理解と運用に時間がかかる分野なのだ。生態系は、何億年もかけて、確率を手なずけて来たのだ、そう簡単には秘密の扉が開くとは思えないフシもある。

3 月15日、一天にわかに掻き曇り、という言葉、実感があるようで、あまり遭遇しないものだ。今日は、その珍しい事例となった。ついさっきまで晴れていたのに、積雲が次々と湧き出て、遠くから境目のよくわからない暗い雲がどんどん近づいて、あっという間に雨になった。いや、パラパラと降るのはアラレ。雪が降るほど寒くはないし、アラレができるほどには雲が高い、そんな春先の天候となったらしい。さて今日は、眼鏡を某所に忘れるという失態をしでかして、一瞬、新しい眼鏡を作ろうか?と思ったりもしたのだけれども、忘れ物の管理にも気を使う事だろうし、取りに戻った。道中、色々な人々に出会ったので、まあ、終わり良ければすべて良し。

3 月14日、神戸と福岡は、この時期、20分も日没時間が違う。いや、緯度は大して違わないから、どんな季節でも、同じくらいの時間差があるわけだ。毎日がサマータイム、九州っていいなーと思う。沖縄は更に西か。それならば、夜も遅いのか?というと、そうでもないようで、眠らない街を期待するならば首都圏で遊ぶ方が良い。朝は普通に、早朝から始まる。さて福岡の街中はどんな感じ?と歩いてみると、とても外国人が沢山居ることにびっくり、国際空港から 20 分くらいという、アクセスの良い観光地であることを実感した。観光が主目的で福岡を訪れているのではない、と、一応は断っておこう。

3 月13日、ボンバルディアに搭乗する。と、書いて、搭乗って何だ?と思う。乗船とか乗車とか、乗り物を明示する時には搭乗とは書かない。飛行機の場合、乗機はあまり使われずに搭乗となり、降りる時には降機となる。乗り降りで異なるパターンとなる理由は、よくわからない。空港または機内でのアナウンスは「ご搭乗」「お降り」を使うらしい。後ろに「名簿」が続く使い方の場合も、乗船者名簿、搭乗者名簿と、同じ用語となる。ともかくも、搭乗して、瀬戸内海を眺め、空の上から寛永通宝を拝むことができたのだから、ありがたいことだと思う。機内で、思いがけずレターセットも頂戴した。感謝。

3 月12日、杉花粉の落下速度は、おおよそ 1 cm/sec なのだそうな。小麦粉に比べると、随分とゆっくり落ちて来ることがわかる。しかし、風がなければ、そんなに遠くまで飛んで行く訳でもない。神戸辺りだと、南に大阪湾があるので、緩い南風の日は比較的過ごしやすい。この速さだと、空気の粘性抵抗で落下速度が決まっているのだろう。花粉といえばブラウン運動、というのがよくある誤解の一つだそうで、ブラウン運動が顕微鏡で見えるのは、花粉から出て来た小さな粒なのだそうな。従って、落下する花粉を観測しても、ジグザクと運動しているのが見える訳ではない。それはそうと、スギ林に「スギ食い虫」でもバラまいて回ると、スギがバタバタと枯れて行くのだろうか?

3 月11日、真空管アンプに使う、出力用のトランス、細い線がたくさん巻いてある構造上、断線という形で壊れてしまうことがある。断線の手前に、出力が時々途切れるという半断線の状態になることもある。このような時に、どうするか?という対処方法で、最も正しいものはトランスの交換。いわゆる修理である。十分な資金があれば、いまの携帯電話のように、壊れた製品を捨てて新しいものを買うという手があるかもしれない。が、昔々、部品の1つも貴重であった時代の指南書は、ひと味違うのである。「大電流を一瞬流せ」というもの。うまく行ったら、半断線している箇所が溶けて繋がるし、運が悪かったら壊れてしまう。直る可能性があるならば、やってみろ、という荒治療だ。賭けごとも、たまには必要だと教えてくれた本であった。

3 月10日、ゴミはないかと探して回る。努力するまでもなく、ゴミ袋がいっぱいになってしまった。昔は大切だと思っていたものでも、その殆どを時はゴミにしてくれる。そしてまあ、スペースが出来たら、そこに新たなるゴミを積むのが、現代生活を送る者の悪しき慣習なのである。そうならないよう、空いた場所には何も置かずに、自由に寝っ転がれるように死守する、と、誓うだけは誓った。禅寺で修行する人々くらいの就寝スペースがあれば、日常生活も何とかなる、だろう。家電の接続ケーブルも、もう不要になったと思って良いかもしれない、いまどき、赤色と白色のどっちが L で、どちらが R だとか言っても仕方ないのだ。

3 月 9 日、カフェテラスに座って、エスプレッソをいただく。エスプレッソ一杯に、わざわざ座るほどのこともない、とは思うものの、1ユーロでエスプレッソが立ち飲みできるような所は滅多にないので、数百円払ってエスプレッソを座っていただくのである。一瞬だけでも優雅な気持ち。で、飲んでしまうと座っていても花粉を浴びるばかりなので、サッサと立ち去る。屋外のカフェテラスでは、なるべく条件の悪い時に我慢大会のように座るのが趣味だ。めちゃくちゃ暑い日のレモネードはとても美味しい。凍りつきそうな朝に、わざわざ凍った椅子に座るのも一興。単に、お店の人の反応を見たいだけ、と指摘されると、身も蓋もない。

3 月 8 日、うなぎの話。うなぎが高価になった、と、よく言われるのであるけれども、実のところ、うなぎは常に半額で買える対象なので、値上がり分も感覚としては半分なのである。再冷凍可能な商品であるという所が大きい。そんなに何度も冷凍と解凍を繰り返すと味が落ちるのではないか?と指摘されそうだけれども、目隠しテストで冷凍の有無を言い当てる自信は全くない。半額になったものが見つかれば、即刻買っておいて、冷凍する、好きな時に、食べるだけ切断して温める、それだけのことだ。なぜ半額なのか?というと、それは、売り場には商品が並んであるべきであるという哲学のなせる技である。必然的に、売れなくなる前に、サッサと見切ってしまう。こういう「余裕あるいは無駄のある社会」が、いつまで続くのか、見届けたいものだ。

3 月 7 日、真空パックの食品、どれも同じように見えて、幾つか違うカテゴリーのものがある所が、ちょっと要注意だ。まず、梅干しのように、そもそもパックする必要もなく長持ちするものは、何も考えなくて良い。もっとも、最近の梅干しは塩気と酸味を抜いた後で、調味液に漬けたものもあり、成分を確認して判断するに越したことはない。次に、ナチュラルチーズのパックのように、単純に空気を抜いただけのもの。チーズも保存食といえば保存食だ。そして、中性に近い状態の真空パックは加熱・加圧の有無やその方法、脱酸素剤の有無、フィルムの厚さなど様々。一番怖いのがボツリヌス毒素で、酸性かどうかや、硝酸塩の添加の有無で調理方法が変わって来る。どの場合でも、「放置しておく内に美味しくなる食材は稀である」ということを念頭に置くと、サッサと食べるに越したことはない。

3 月 6 日、去年、雑誌の記事を若干ページだけ執筆したことで、2日間ほど働いた程度の収入があった。給与以外に、ほんのちょっとでも収入があれば、確定申告しなければならない。というわけで、書類を作成して、朝一番で某所の税務署へ。さっさと手続きを済ませてから、大学にやって来る。だいたい毎年、花粉が飛び回る時期の納付となる。2月中に手続きできる年もあれば、支払いの明細が出るのが遅くなって3月となることもある。大昔は、電卓を片手にアレコレと計算して、転写式の大きな用紙に書き込んで行ったけれども、ホームページで申告書が作成できるようになって楽になったものだ。まあ、マイナンバーカードがありながら、どうして申告書を1から作成しなければならないのか?という疑問があるにはあるのだけれども。

3 月 5 日、火曜日にしては、プレプリントサーバーが「静か」である、という印象の火曜日の朝であった。なぜなのか?というと、アメリカの物理学会の会期中で、主だった論文は少し前に公開されていたからだ、と推測できる。中には直前に公開、あるいは講演が終わってからの公開というパターンもあって、チラホラと「ここぞ」という論文が転がっている。この研究者は、こういう論文を出すだろうなーという、予測の立つ論文は面白くないもので、研究には意外性が大切だとも思う。単に、私が、飽きやすい性格だからかもしれない。研究者の組み合わせにも、意外性があって良いのかもしれない。

3 月 4 日、アイスホッケーの達人が昔、色々と語ってくれた。スケートは、アウトエッジをどこまで倒せるかが勝負だとか、片足のアウトエッジで急停止するような小技は意図して練習しなくても、自然とできるようになって行くとか。何よりも、スケーティングの重要性を、具体的に説明してくれていたのだ。その事に気づくのは、何年も後になってからのこと。もっとエッジの真ん中に乗りなさいと、言われても当時は理解できなかった。最近、別の達人から「上手い人は、大抵、エッジの真横を使っている」と言われて、ああそういえばと、昔の経緯を思い出した次第だ。その部分が比較的フラットで、エネルギーのロスが少なく、スピードスケートのように伸びるスケーティングができる、そういう明快なことも、指摘されなければ気づかないものだ。スケートリンクは、少しずつ達人から教えてもらえる、有難い場所だ。学び舎も、そんな風でありたい。

3 月 3 日、昔々のこと、小学校で、白酒が話題になったことがある。どこどこのお家の白酒は甘かったとか、サラサラだったとか。ここで白酒というのは、甘酒のことだったのだろう。(... ということにしておく。)ちょっとだけ眠たくなったとか、体が暖かくなったとか、怪しげな話も飛び交うのであった。なにぶん、女の子のお祭りなので、男の子たちは、聞き耳を立てつつも、それが真実なのか冗談なのかよくわからず、煙に巻かれたような状態であった。そういえば甘酒もまた、昔は酒粕を水で溶いて砂糖を加えたものが普通だったので、加熱が甘いとアルコールが残るのであった。今は、麹の甘酒が幾らでも買えるので、酒粕を使ったものは、かえって珍しいだろうか。

3 月 2 日、船を撮る時、近くから撮るか、遠くから撮るか?という問題がある。まあ、どんな被写体でも、近くから撮ることもあれば遠くから撮ることもある。が、船に特有の問題として「船着場」の構造がある。突堤に接岸している船を真横から撮ろうと思えば、隣の突堤から撮るしかないのだ。そこまで移動する距離を地図で測ると、1 km なんてこともある。アングルを変えようと思ったら、そこまで走って行く必要があるのだ。しかも、光線は刻々と変化するので、チンタラ移動していては、絵柄が変わってしまう。移動しながら、どのように撮るか考えて、さあ撮影という段階で「計画倒れ」を実感することも、よくある。研究と、実に似た行為ではないか?

3 月 1 日、本質を突いたコメントは、実に役に立つものだと感じる。スピードスケートの達人から「エッジの色々な部分を使いなさい」という指摘を頂戴した時には、どこをどう使うのか、ピンと来ない部分もあった。一番安定する乗り方から荷重を外すと、必然的に不安定になる訳で、恐怖感が先に立つ面もある。今まで、怖がって試したことがなかった。では、どこまで外したら転倒するのか?を確かめてみると、実はかなりの余裕があることが体感できて、その手前までは前後左右に体重を乗せることが可能になった。特に、バックスケーティングでカカトに乗ることが、バックからフォアへのターンで重要であることを理解した。よくよくホッケーの人々を観察すると、四六時中、体重のかけ方を変えている。氷の上に乗るという、基本は、ジャンルによらない物なのだな〜。

2019
1 月と 2 月 (ダイエット編)

2018
7 月と 8 月 (酷暑昼寝編) 9 月と10月 (神風来襲編) 11月と12月 (国際会議編)
1 月と 2 月 (教務調整編) 3 月と 4 月 (早桜花見編) 5 月と 6 月 (方向解釈編)

2017
7 月と 8 月 (東西行来編) 9 月と10月 (台風暴風編) 11月と12月 (胃痛通院編)
1 月と 2 月 (朝オムレツ編) 3 月と 4 月 (激戦挑戦編) 5 月と 6 月 (研究員待編)

2016
7 月と 8 月 (研究行脚編) 9 月と10月 (技術鍛錬編) 11月と12月 (SLOVAKIA編)
1 月と 2 月 (共形情報編) 3 月と 4 月 (朝型昼型編) 5 月と 6 月 (昼夜逆転編)

2015
7 月と 8 月 (机前執筆編) 9 月と10月 (講義ゼミ編) 11月と12月 (懐古探訪編)
1 月と 2 月 (赤筆修正編) 3 月と 4 月 (客人来神編) 5 月と 6 月 (地球半周編)

2014
7 月と 8 月 (離陸着陸編) 9 月と10月 (玉翠準備編) 11月と12月 (テンソル編)
1 月と 2 月 (雪面滑降編) 3 月と 4 月 (花粉飛散編) 5 月と 6 月 (東奔西飛編)