西野が語る テンソルネットワークの 「世界史」と「日本史」. --> 前世紀は? (英文) >>>> 西野の部屋 >>>> DMRG の部屋

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テンソルネットワークという概念について、21世紀になってから量子情報分野で新規
開発された「かのような」宣伝・受け売り等を良く目にするが、それは全くの歴史誤認
である。局所因子の縮約の形で試行関数を与える枠組みはもっと昔からあり、試行錯誤
紆余曲折の結果、ようやく21世紀初頭に「数値計算として使える道具」として大成さ
れつつある、そういう経緯なのである。そこへ至る道について、私 (西野) の知る範囲で
短くまとめておく。日本の諸学派の寄与も大きいのである。日本物理学会の専門誌であ
Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ) や Progress of Theoretical Physics (Prog.
Theor. Phys.) に、重要な文献がゴロゴロと転がっているのだ。

  (せっかちな人は Prog. Theor. Phys. 105 (2001) No.3, 409-417 の Fig.2 を見よ。)

 予備知識として、イジング模型など「格子上の統計力学模型」を転送行列の形式で取
り扱うことは、その異方性極限として(1つ次元の低い)「格子上の量子力学模型」の
基底状態解析を包含しているという「統計力学の常識」を頭に入れておこう。これは、
鈴木先生の業績 として、良く知られている所である。 (量子力学ばかりに目を奪われる
と、この常識が頭から抜け落ちるらしい。)

 さて、 この文献の2章 にレビューした事項なのだけれども、Baxter が Matrix Product
State (MPS) に対する変文法を 1970 年代に、それもほぼ完全な形で開発していた史実を、
まず理解しておく必要がある。その発想の原点は、1941 年の Kramers-Wannier 近似
H.A. Kramers and G.H. Wannier: Phys. Rev. 60 (1941) 263-276
に求めることができる。Kramers-Wannier 近似は、

   2次元イジング模型の転送行列に対して、磁場中の
   1次元イジング模型の熱平衡分布を変文関数として与える

というものであった。カンの鋭い人は、もうお判りだろう。現代的な言葉遣いで表現す
ると、これは χ=2 の infinite MPS (iMPS) 形式そのものである。この近似の改良として、
菊池の近似」も良く知られている所である。ともに、紙と鉛筆で計算できる範囲で、
Onsager の厳密解 L. Onsager: Phys. Rev. 65 (1944) 117 に良く一致する。Baxter は補助場
の自由度 χ を「より大きく選ぶ」ことが数値的に可能であることを、1968 年に示した。
Baxter: J. Math. Phys. 9, 650 (1968) この 論文の解説を こちら に英文で書いてみたので、
時間があれば、ご覧いただきたい。この論文が Corner Transfer Matrix の初出ではない
かと思う。要するに、2次元古典模型の世界では、密度行列繰り込み群と全く同等の精
度の計算が、20 年も早くに実現されていたのである。参考文献を幾つか並べておこう。
Kelland: Can. J. Phys. 54, 1621(1976)  Baxter: J. Stat. Phys. 19. 461(1978)
Tsang: J. Stat. Phys. 20, 95 (1979)  Baxter and I.G. Enting: J. Stat. Phys. 21, 103 (1979)
1992 年から始まる、DMRG の発展については、ここで述べるまでもないが、Baxter と
DMRG の意外な関連を指摘したのは奥西氏であった。

さて、上記のような iMPS の2次元版は、いつ頃から世に現れたのだろうか?たぶん
I. Affleck, T. Kennedy, E. H. Lieb and H. Tasaki: Com-mun. Math. Phys. 115 (1988) 477
が初出である。概念としての 2-dimensional Tensor Product State は、ここで確立された
と言って過言ではない。(←χが有限次元でも、意味ある表示があることを示した!)
この、いわゆる VBS 状態の拡張について、一時期頑張ったのが Zittartz らのグループで
ある。H. Niggemann, A. Klumper and J. Zittartz: Z. Phys. B 104 (1997) 103 などの文献を
見ると良いだろうか。Sierra らは、DMRG との関連について cond-mat/9811170 で言及
している。

 2次元の Tensor Product State (TPS) が、数値的な変文計算に使えないかどうか?これ
は、現在まで人々が研究を重ねている問題である。そこに一石を投じたのは、日永田・
奥西・阿久津であった。[doi:10.1088/1367-2630/1/1/007] 彼らの形式は、2次元 TPS で
ハミルトニアンを「サンドイッチして」エネルギー期待値を数値的に変文評価した初めて
の例である。しかも、分母・分子の計算には iMPS 形式に相当する、PWFRG 法を用いて
あるのだ。Tensor Network について、この論文の引用を忘れてはならない。
Y. Hieida, K. Okunishi, and Y. Akutsu: New Journal of Physics Vol.1 (1999) 7.

 さて、ここから奥西・西野の共同研究に話を進める。日永田らの成功を横目に見つつ、
3次元古典イジング模型への TPS の応用について、まず Kramers-Wannier 近似から確認
して行くことにした。 Prog. Theor. Phys.103 (2000) 541-548. (cond-mat/9909097)
これは、いわゆる IRF 型の 2 次元 Tensor Product State であある。そう考えるとテンソル
要素を最適化することにより、更に変分自由エネルギーを小さく評価することができる。
実用的でもあり、幾つかの3次元古典系に適用してみた。(中身は読まなくてもよい。)

applied to 3D Ising Model: Nucl. Phys. B575 (2000) 504-512 (cond-mat/0001083)
q=3, 4, and 5 Potts models: Phys. Rev. E65, 046702 (2002) (cond-mat/0102425)
applied to 3D ANNNI Model: Phys. Rev. B71 (2005) 024404 (cond-mat/0210356 ver.3)
applied to 2D Heisenberg Model: (cond-mat/0401115 unpublished) <<<--- Quantum!!!
applied to 3D Ising Model: Acta Phys. Slov. 55 (2005) 141 (cond-mat/0412192)

これらの変分計算において、分母・分子は CTMRG を用いて評価した。
(CTMRG による変文評価は、これが初出である。)

 上に述べた IRF 型変分関数では、定量評価としてはモンテカルロに及ばない精度しか
得られなかったため、変分自由度をシステマティックに増やす方法を検討した。日永田・
奥西・阿久津と同じ形の変分関数、つまり vertex 型の 2 次元 TPS を導入することにした
のである。現代的に表現するならば、infinite tensor product state (iTPS) そのもので、こ
れを用いて、χ=2 から χ=3 までの範囲で、局所テンソルをセルフコンシステントに改良
する方法を提唱した。「environment を参照したテンソルの数値改良」と表現すると判り
易いだろうか。

applied to 3D Ising Model (2-state TPS): Prog. Theor. Phys. 105 (2001) No.3, 409-417. (cond-mat/0011103)
applied to 2D transverse field Ising Model: Phys. Rev. E64 (2001) 016705 [1-6] (cond-mat/0101360)
applied to 3D Ising Model (3-state TPS): Prog. Theor. Phys. 110 (2003) No.4, 691-699 (cond-mat/0303376)

 以上のように、2001 年までに、2 次元的な Tensor Product State の変分評価と最適化
は、Prog. Theor. Phys. に掲載済みであったのだ。量子情報分野で TPS に注目が集まる
のは 2004 年 (cond-mat/0407066) からである。この cond-mat/0407066 からは、西野・
奥西の業績も引用されていることを付記しておく。今日なぜか PEPS と呼ばれている
理論形式が、以上に挙げた諸理論とは全く独立に再発見された訳ではないのである。

おまけ: この論文の ref[13] に、面白いことが書いてある。

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