\subsection*{はじめに}

密度行列繰り込み群(DMRG)の方法は、低次元多体系の性質を探る新たな糸口
を提供している。1992年、S.Whiteにより考案されたこの方法は、伝統的手法
として知られる量子モンテカルロ法や厳密対角化法では難しかった量子一次元
系の精密な基底状態および低エネルギー励起の研究を可能にした。さらに最近
では高次元古典系をはじめ、量子一次元系の有限温度における解析にもこの方
法が応用されている。
DMRGの方法は、系を分割して得られる部分系の基底数を加減することで波
動関数の精度をコントロールできる精巧な変分法であり、同時に、計算機資源
に応じて計算規模を調整することが容易で、かつ、様々な系に適用することが
可能な柔軟性の高い方法である。
ここでは、DMRGの応用の一例として量子一次元系の有限温度の計算法につ
いて紹介する。

\subsection*{有限温度への拡張}

有限温度での計算そのものはDMRG開発当初よりS.White自身によりすでに
考察されており、実空間方向に繰り込みを行うものが提案されていた。この方
法では実空間方向に繰り込みを行うため、有限系に対しては有効に働くことが
予想される一方、熱力学極限が直接得られないという難点があった[1,2]。
これに対して、量子転送行列を用いて虚時間方向に繰り込む方法が最近考案
された[3-5]。ここで用いる量子転送行列は周期一次元系の分配関数を鈴木トロッタ
ー分割したときに得られる空間方向への転送行列である。この方法のメリット
は熱力学極限の分配関数が転送行列の最大固有値から直接得られることである。
この方法は量子スピン系に対してはじめに適用されたが、その結果は量子臨
界点付近の帯磁率の対数補正を再現し、大規模な量子モンテカルロ計算に相当
する精度が示された[4,5]。最近では電子系である近藤格子模型の絶縁相
にも適用され、これまでの量子モンテカルロ計算に比べ高い精度の比熱、
帯磁率、電荷感受率が得られている[6]。

\subsection*{量子転送行列の虚時間方向への繰り込み}

転送行列を使うことで行列対角化の問題に焼き直すのが前述の方法の特徴で
ある。しかし、この転送行列の次元は虚時間方向の長さを与えるトロッター数
を増やすと指数関数的に増大し、その対角化はすぐに困難になる。
有限温度DMRGは絶対零度DMRGが基底の数を制限しながら少しずつハミルトニアン
を実空間方向に拡張していくのと同様のことを転送行列に対して行い、
この困難を解決する。すなわち、まず小さなトロッター数の転送行列から始め、
それを少しずつ虚時間方向に拡張し、トロッター数の大きな転送行列
にするのである。ただし、その拡張の際に転送行列の表現基底をうまく選ぶ
ことで基底の数を減らし、一方で、最大固有値とその固有ベクトルについては
精度よく与える転送行列に変換する。このときの基底の変換行列は最大固有
値を与える固有ベクトルから部分系の密度行列を求め、それを対角化すること
で得る。こうして転送行列の基底の数だけを減らし、虚時間方向に拡張する際
増える基底の数とバランスさせることで転送行列を虚時間方向に伸ばしていく
のである。

\subsection*{絶対零度DMRGとの違い}

転送行列は一般に非エルミート行列である。そのため有限温度DMRGは、絶対
零度DMRGとは異なる特質をもつ。まず、転送行列の右固有ベクトルと左固有
ベクトルとが等しくない。これは、一般化された密度行列が非エルミートに
なることを意味する。同時に、密度行列の右固有ベクトルと左固有ベクトル
も異なって、転送行列の右側の基底と左側の基底の変換が等しくならない。
さらに、非エルミート行列の固有値は一般に正定値でないため、数値的誤差
により複素数や負の固有値が現れてしまう可能性があり、高い精度の数値的
処理が必要になる。また、転送行列は虚時間方向に関して周期的になってい
るため、常に周期的境界条件でDMRGを実行しなければならない。

\subsection*{まとめ}

量子転送行列にDMRGを適用することで電子系を含む一次元量子系の有限
温度の熱力学量の計算が可能になった。この方法は量子モンテカルロ法にみら
れるような統計誤差がなく、精度の系統的制御が可能である。また、負
符号問題も原理的にはないため、今後幅広い応用が期待される。

1) S. R. White: Phys. Rev. B {\bf 48}, (1993) 10345.
2) S. Moukouri and L. G. Caron: Phys. Rev. Lett. {\bf 77}, (1996) 4640.
3) R. J. Bursill, T. Xiang and G. A. Gehring:
J. Phys. Condns. Matter {\bf 8} (1996) 583.
4) N. Shibata: J. Phys. Soc. Jpn. $\bf 66$, (1997) 2221.
5) X. Wang and T. Xiang: Phys. Rev. B $\bf 56$, (1997) 5061.
6) N. Shibata, B. Ammon, M. Troyer, M. Sigrist and K. Ueda: cond-mat/9712315.