密度行列繰込み群のページへのリンク

(注意) 以下の記事は「前世紀」に書かれたものです。

このシンポジウムのテーマであるDMRGという名前の起源は、もちろん1992年の S.R.Whiteの論文である[1]。このDMRGは、十分な長さの1次元量子系の基底状態について、現在の計算機能力で許される計算量で、対角化並みに信頼性のある結果を得られるという特徴を持つため、1次元量子系における実空間数値繰り込み群の方法として広く受け入れられた。しかし、DMRGの有効性についての考察は、その応用に遅れを取ったかたちとなっていた 。

例えば、もし、「密度行列繰り込み群」という名前のとおり、通常の統計物理に現れる「密度行列」や「繰り込み群」というキーワードを直接的に結び付けて考えるなら、それは正しくない。むしろ、理解の障害になる可能性すらある。DMRGに現れる「密度行列」と「繰り込み群」を結び付けるには、行列積型試行関数での変分法、という隠れたキーワードが必要になるのだが、この原理的な側面を考えるには、WhiteオリジナルのDMRGよりも、2次元古典格子系の DMRGを取り扱ったほうがずっとわかりよい。

また、古典系ではDMRGと共通の考え方が古くから研究されていたことを再認識するのも有益であろう。したがって、1次元量子系のDMRGに関しては他の講演に譲り、本講演では2次元古典系における、DMRG、およびそれにつながる一連の数値繰り込み群の歴史的、原理的な背景に主眼を置いて解説するつもりである。

------------------
DMRGを与えられた行列の最大(最小)固有値、およびその固有状態を精度よく近似的に求める方法と見た場合、DMRGが2次元古典系の転送行列に対して応用可能であることは、容易に理解できる。これは、実際西野により1994年によりイジング模型に対して試みられたが、このことがDMRGの原理的な背景の理解への転機となった[2]。2次元古典系にDMRGを用いた場合、得られる結果、すなわちDMRGの固定点は、転送行列の最大固有値を近似的に求めるための変分法により得られるそれと等しいのである。

------------------
転送行列に対する変分法とは、あまりなじみがないようにも思われるが、その歴史は古く、1941年のKramers-Warnnierがイジング模型に用いたのが発端である[3]。その後、1968年にBaxterが、計算機の使用も考慮した上でKramers-Warnnierの方法の一般化を行った[4]。冪乗法より転送行列$T$の最大固有値状態が$|\psi\rangle=\lim_{n\to \infty}\ T^n |\psi_0\rangle$(ただし$\langle \psi | \psi_0 \rangle \ne 0$)と書けるということを念頭に置けば、$T$の最大固有値状態の各要素が、一辺のスピン自由度を残した半無 限の格子の分配関数そのものであることが分かる。もし、この情報を取り入れた状態を簡単な部品から構成できれば、それがよい試行関数になると期待できる。

具体的には、半無限格子を列に分解して考えるのに対応して、行列積型の固有ベクトルを作れば良い。この行列積固有関数を用いる利点は、その次元(DMRGの残す基底の数に対応する)を調節することで任意精度への拡張が容易であることに加え、変分をうまく実行できるアルゴリズムを自然に構成できるということにある。すなわち、この積をなす行列自体にも2段階目の変分を行うのである。これにより、取り扱いの便利な角転送行列(CTM)が導入されるのだが、実は、この2段階目の変分がDMRGでの「繰り込み」に、CTMの4乗が「密度行列」に対応していることが分かる。また、1968年の時点で、Baxter自身も変分方程式をiterativeに解く方法も考案しており、それは、現在の視点から見れば、今日の数値繰り込みの基本をおおよそ含んでいた。

このことから、(2次元古典系の範囲内で)DMRGの登場はこの1968年と言っても過言ではない。ただ、歴史的には、この後CTMは厳密解の方法として発展し、近似法としての取り扱いも他の手法の隆盛の前に表舞台に表われることはなかった。今日、DMRGが登場して以来、変分法を取巻く状況が一変したのは、この講演の存在自体が端的に表しているといえよう。

------------------
さて、以上のことを踏まえて、DMRGを既知とする現在の視点から見れば、DMRG系数値繰り込み群の基本的なアルゴリズムは、次の2ステップにまとめられる:

(1) 異なる格子の大きさに対応する行列間のrecursion relationを構成 する。
(2) 密度行列の大きい固有値を順に残して増えた状態数を一定な大きさに繰り込む。

------------------
試行関数の変分を行うのに対応するのは(2)の過程である。量子系では、なぜ密度行列を構成し、その固有値の大きいものを重要な状態とし残すことで最適化がうまくいくのか物理的な理由が乏しかったが、古典系ではその意味がはっきりする。これを見るために格子のサイズ($=N$)を固定して全ての自由度を取り入れた厳密な転送行列を考えてみよう。DMRGでの密度行列($=\rho$)は、転送行列の固有ベクトルを張り合わせて作られるが、$\rho$を使うと全系の分配関数は$Z={\rm Tr}\rho=\sum_{i}\lambda_i$と書ける。ここで$\lambda$は$\rho$の固有値である。統計系を扱えば(経験的に)$\lambda \ge 0$ が分かっているから、数値繰り込みの(2)の操作は、制限された大きさの行列で与えられた系の分配関数最大の変分問題を解くことに等しいことが分かる[4,5]。また、この変分原理は、DMRGでは非自明であった非対称転送行列の取り扱いの基本的な 指針を与えることにも留意したい。

以上は、$N$を固定した場合の話であったが、次に、熱力学的極限を記述するためのアルゴリズムとしては、逐次$N$を増やすことが必要になる。このために(1)のステップが要求されるのであるが、その基本は、密度行列での変分を上手に利用するため、繰り込み変換との整合性を保ちつつ系を中心から大きくしていくことにあるといえる。

------------------
ところで、数値くり込みの系譜には、DMRGだけでなくいくつか異なる種類があることが知られているが、これは(1)の構成の仕方で説明できるといってよい。例えば、BaxterのCTMの方法やそれを改良したCTMRG[5]は、計算の過程で、$N\times N$ の格子を取り扱えるようなrecursion relationを用いる。これらの場合には、転送行列の固有状態の素性が分かっているためCTMを使って固有状態のrecursion relationを設定できるのが大きな強みである。また、行列を表現する基底を変えれば、行列積固有状態をもう少し前面に押し出した recursion relationを作ることもできる[5]。これは、{\"O}stlundたちの論文[6]や、Whiteの加速アルゴリズム[7]にも共通するアイデアである。

一方、元祖DMRGでは転送行列の対角化を行うため、$N\times\infty$の格子を扱うことになる。また、DMRGでは有限系の方法が確立しているため[1]、計算できる物理量に幅[8]があり、また、非平衡系への応用[9]も可能である。重要な点は、例えば、熱力学極限での物理量の計算や、iterationの過程で$N$を変化できることを利用した有限サイズスケーリングをするならCTMRG[10]、(特にCFTに関連した)転送行列での有限サイズスケーリング[11]や有限温度量子系[11] をやるならDRMGという具合に、目的に合った繰り込みの方法を構成すればよい。これら の応用例については、この後に続く講演で詳しい紹介があるであろう。

最後に、数値繰り込み群が「数値繰り込み群」と呼ばれるゆえんは(1)、(2)の過程が、Wilsonの繰り込み群に似ている事に由来するのであろうが、厳密に言えば繰り込み群とは関係ない事を注意しておこう。


転送行列への応用での主な参考文献

[1] S.R. White, PRL. {\bf 69} (1992) 2863; PRB {\bf 48} (1993) 10345;
[2] T. Nishino, JPSJ. {\bf 64} (1995) 3598;
[3] H.A.Kramers and G.H.Wannier, PR {\bf 60}(1942) 263;
[4] R.J. Baxter, J. Math. Phys.{\bf 9}(1968) 650, J. Stat. Phys, {\bf 18}(1978) 461.;
[5] T. Nishino and K.O. JPSJ. {\bf 65}(1996) 891; {\bf 66}(1997)3040; {\bf 64}(1995) 4084;
[6] S. \"Ostlund and S. Rommer,PRL{\bf 75}(1995) 3537;
[7] S.R. White, PRL{\bf 77}(1996) 3633;
[8] E. Carlon and F. Igoli,preprint; [9]Y. Hieida,JPSJ{\bf 67} vol2;
[10] T. Nishino {\it etal}, PL.{\bf A213}(1996) 69;
[11] Y. Honda; N. Shibata,本シンポジウム.